第1章(8)
「以上、報告終わり」
帰りの車の中で節原が本部に事の顛末を説明する。
辺りはすっかり暗くなり、帰宅途中と思われる車が長い列を作っていた。自分たちの車もその渋滞に巻き込まれ、先ほどからほとんど進んでいない。
想汰については、彼の思いをしっかりと受け止めた上で、「亡くなった人には会えない」ということを肝に銘じさせた。そんなことは彼だってわかっていたはずで、それに追い打ちをかけるように厳しい現実を突きつけなければならないのは非常に心苦しかった。
それでも、想汰は受け入れてくれたようだった。
本当は過去に戻ってその願いが叶えることができるかもしれない。俺は何度もそう言いたくなるのを堪えた。俺たちはその選択肢を当事者から消し去らなければならないのである。
これは本当に正しいことなのだろうか、と俺は疑問に思うことがある。
確かに、誰かが過去に戻ってしまったら今存在するこの世界は別のものになってしまうのかもしれない。
でも、時間退行という可能性の排除は希望を捨てさせることと同義ではないのか。
もしそうだとすれば、俺たちのやっていることは救いとは正反対のことになる。
まあ、いくら考えたところで今すぐに結論が出るようなものではない。それに時間退行の研究はまだまだ発展途上だ。これから先、いろいろなことがわかっていく中で組織の在り方や自分の活動内容も変わっていくだろう。その中で考えをまとめていけばいい。
とにかく今は、今できることをやるのみだ。
「僕からも報告があるよ」
モニターに映る精悍な顔立ちの青年、鳥飼は冷静にそう言った。
「えっ、なになに?」
節原が画面に顔を近づけて興味深げに尋ねる。
「夏目君だけど、君たちの活躍のおかげでレベル0になったよ。彼の周りの時空の歪みも観測されなくなった」
「本当に? 良かったぁ。これで安心だね」
「ひとまずはね。再び能力を発動してしまうこともあるから油断はできないけど。まあ、しばらく様子を見てみるよ。とにかく今日はお疲れ様」
「辰人君はこのあとまだ仕事あるの? もし、なかったら……」
「ごめん。忙しいから切るよ」
「あっ、ちょっと」
――プチッ。
あっさりと電話は切れ、元の黒い画面に戻ってしまった。
「残念だったな。まあ、しょうがないだろ。鳥飼たちは毎日徹夜で仕事してるんだから」
「それは知ってるけど……」
替えのきく事務官と違って彼ら技官たちには休みがない。迫り来る危険との戦いは三百六十五日、二十四時間続くため、技官たちは仮眠をとれるように本部の上のほうの階に一人ずつ部屋をあてがわれている。俺たち末端の人間とは根本からして違うのである。
「でも、いつも断られてるのよ。たまには付き合ってくれてもいいと思わない?」
それでも節原は納得がいかないようで、小さく頬を膨らませ、ふてくされた表情で同意を求めてくる。
あまり余計なことは言わないほうが良さそうだ。俺は「そうだな」と短く答えて、動き始めた渋滞の先のほうに視線を移した。
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