第1章(6)
再び想汰の家に戻る道中で、節原は自らの推理を披露した。
「想汰君は過去に戻って、巧君が壁の傷を作らないようにしたいんじゃない? 両親にばれる前に。そうすれば誰かが怒られることもない。巧君が責任を感じる必要もない。すべてが丸く収まると考えたんだと思う」
「でも、なんかそれって罪をかぶろうとしてるのと同じだよな。だって、もしそうだとしたら想太は誰にも相談せずに一人で何とかしようとしてるわけだろ?」
「まあ、そうだけど……」
節原の推理は今まで得た情報をうまくまとめていた。確かにそれが理由なのかもしれない。
ただ、俺は納得できなかった。別に彼女の推理にケチをつけたいわけじゃない。じゃあ、何が不満なのか。それは……。
過去の罪は消えてなくならない。
俺も今まで生きてきた中で過去に戻りたいと思ったことはある。もちろん、それはそんなに強い思いではなかったのだろう。もしそれが本当に強いものであったなら、俺も時空の歪みを発生させるほどのレベルに達していたはずだ。
それでも、その時々の自分は過去に戻れたらいいのに、と本気で悩んでいたように思う。
その一つの例が『花瓶事件』だ。
ちょうど想汰たちと同じくらいの年だった。そのとき、俺は放課後一人で教室にいた。確か何か忘れ物をしたんだったと思う。夕陽が差し込む誰もいない教室で、俺は一人自分の机の中を漁っていた。
それからどういう経緯でそうなったのかは思い出せないが、俺は教室内でサッカーを始めていた。机を寄せてスペースを作り、休み時間に遊ぶために各クラスに一つずつ与えられていたサッカーボールを壁に向かって蹴り始めた。遊んでいるうちに楽しくなった俺は、教室内にもかかわらず、ついボールを強く蹴ってしまった。バンッと壁に勢いよく当たったボールはふわりと浮き上がり、反対側の棚に置かれていた花瓶に命中してしまった。
ガッシャーンという音と共に、俺は絶望の底に突き落とされた気分になった。
やってしまった。そのときの俺は怖くなってその場から逃げ出していた。
後日、あっさりと俺が犯人だとばれるまで、心の中ではある一つの思いがずっと消えずに渦巻いていた。
――過去に戻ってなかったことにしたい。
先生に泣いて謝りに行ったとき、俺はその醜い思いも同時に告白した。先生は黙ったままじっと話を聞いていて、最後に一つ、大事なことを教えてくれたのである。
過去の罪は消えてなくならない。でも、償うことはできる。それをするのは未来だから。
この言葉は今でも俺の胸に残っている。そして、何かあるたびにこの言葉が胸の内側から聞こえてきて、それによってまた前を向くことができる。
だからこそ、俺は過去の罪をなかったことにするために過去に戻ろうとするのを認めたくないのである。確かに時間退行能力を使ってやり直せばうまくいくかもしれない。壁の穴もなくなって、巧の罪もなかったことになるのかもしれない。
だけど、それは本当の解決ではない。一見救いに見えるその解決法は、結果的に大きな過ちを見逃すことに繋がるのである。
「結論を出すのはまだ早い。想太の話を聞いてからじゃないと」
俺たちは家の前に来ていた。下校時刻からはだいぶ時間が経ったし、想汰はもう学校から家に帰っているに違いない。
過去に戻りたい理由は何なのか。俺は本人の口から本音を聞きたかった。
その上で、想汰の心の中から「過去に戻りたい」という想いを消す。仕事はいよいよ大詰めを迎えようとしていた。
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