第1章(4)

 母校の小学校には卒業以来行っていない。いつか行くだろうと高を括っていたが、その「いつか」は未だに訪れていないのである。


 小学校を卒業する前に「学校にタイムカプセルを埋めよう」と仲の良かった友人たちと計画したのを今でも覚えている。ただ、思いつきの計画は実行に移されることなく、そんな計画など初めからなかったかのように卒業を迎えてしまった。俺はそのまま地元の中学に進学したが、その友達の内の何人かは遠い私立の中学に行ってしまったため、その後会っていない。


 もしあのときタイムカプセルを埋めていたら、それを掘り起こすという名目でまた集まれたのかもしれない。そう思うと惜しいことをしたなと感じる。


 今、こうして小学生の頃のことを思い出してしまうのは、目の前に小学校の校舎と校庭が広がっているからだ。もちろんここは俺の母校ではない。夏目想汰が通う学校である。それでも懐かしく感じてしまうのは、どこの小学校であろうとある程度共通した景色があるからに違いない。


 ジャングルジム、シーソー、滑り台、砂場。下校時刻にもかかわらず、ランドセルを置いてたくさんある遊具を譲り合いながら遊ぶ子供たち。門から出てくる今日の学校での出来事について語り合う仲良しグループ。どの表情にも笑顔が輝いている。


「出てきたみたいだよ」


 節原が指差したのは母親の話にも出てきた想汰の友達の一人、冬川巧ふゆかわたくみである。


 俺たちは相談の結果、想汰に会うよりも先に友人の巧に話を聞くことにしたのだ。想汰が何かを隠しているとして、それを母親にも話すことができないのに見ず知らずの俺たちに話してくれる可能性は低いと考えたためだった。


「巧君、だよね?」


 いきなり目の前に現れたお兄さんとお姉さん(もちろん俺と節原のことである)に巧はかなり警戒しているようだった。顔を上げて目をパチパチとさせ、俺たちの顔を怯えながら見つめている。


「驚かしちゃってごめんね。私たちね、想汰君のお母さんに頼まれて話を聞きにきたの。最近、想汰君と何かあったりしたかな? 良かったら私たちに教えてくれない?」


 節原は屈みこんで巧の頭を撫でる。巧の顔がうっすらと紅潮していくのがわかった。優しいお姉さんに頭を撫でられたら小学生といえども恥ずかしいのだろう。目のやり場に困って下を向く巧からはもはや警戒心は伝わってこない。


 やがて彼はコクッと頷いた。

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