第1章(3)

 想汰の家は明るい太陽の光が差し込む、住み心地の良さそうな一軒家だった。木の色をそのまま生かしたような作りになっていて、壁の白と濃さの違う様々な木材の褐色がスタイリッシュな印象を与えている。


「お待たせしてすみません。お茶をどうぞ」


 想汰の母親は温かいお茶と桜色の和菓子をお盆に乗せて、それらを丁寧に木のテーブルに置いていく。このテーブルもまた家の雰囲気に合っていた。


「良い家ですね。私もこんな家に住んでみたいです」

「この家、去年亡くなった私の父が建てたんですよ。もともと大工をしていて家にはこだわりがあったみたいで、自分で仲間を集めて完成させたんです。『想汰のために絶対良い家を建てるんだ』って張り切ってましたよ」

「想汰君にとっては最高のプレゼントになったんでしょうね」


 節原はしみじみとした表情で家の中を見渡した。


「あの、想汰について何か聞きたいことがあるって伺ったのですが……」


 不安げな顔をして、対面に座る母親が俺と節原を交互に見つめる。


 その通り。俺たちはそのために来たのだ。鳥飼たちがどのような説明をして彼女に話を聞く許可を取ったのか気になるが、それにこだわっている暇はない。俺たちは俺たちに与えられた使命を果たさなければならないのである。


 俺は早速、話の口火を切った。


「はい。ここ最近、想汰君に変わった様子はなかったでしょうか? どんな些細なことでも構いません。何かあったら教えてください」

「変わった様子……ですか? 特にこれといってないような気がしますが。今日だって普通に学校に行ってますし……。あっ、でもそういえば」

「何かあったんですね?」


 問い詰める形になって彼女を緊張させないよう慎重に尋ねる。


「ええ。つい先日のことです。想汰がよく遊んでいる友達がいつものように家に来て、部屋でゲームをしたりして遊んでたみたいなんですが、帰り際にその友達のうちの一人が妙なことを言ったんです」

「妙なこと?」

「はい。『最近想汰が俺のこと怒ってなかったですか』って」

「喧嘩でもしたんですかね」


 子供同士の喧嘩などよくある話だ。そしてたいていの場合、よくわからないうちに仲直りができる。彼らも何かが原因で喧嘩をしたが、また元のように仲良く遊んでいる。そういうことだろう。


 ただ、そうだとすると過去に戻りたいと願う理由には結びつかない。


「私も友達が帰った後、想汰にそれとなく訊いてみたんです。そうしたら『別に何もないよ』って答えるだけで。もしかしたら喧嘩をしたのかもしれません。でも、想汰はそんなに怒っている感じでもなくて。だからそれ以上訊き出すことはしませんでした。もしかして何か大きな事件でもあったのでしょうか? だとしたら、それに気づいてあげられなかった私は母親として……」


 不安と悲しみに項垂れる母親を見て、節原は椅子からスッと立ち上がる。そしてそのまま素早く彼女の後ろに回り、優しく肩を叩いて微笑みかける。


「大丈夫ですよ。本当に何か大きな事件があったとしたら想汰君だって話してくれたと思います。きっと小さな喧嘩があっただけです。私たちに任せてください。何があったのか突き止めてみせますから」

「……ありがとうございます。よろしくお願いします」


 想汰の母親が節原の手をギュッと握る。他人を安心させる節原の笑顔とスキンシップの力がここでも発揮された。彼女と仕事をするときにはいつもこんな感じで頼りっきりである。


 節原はこの仕事に向いている、と俺は思う。


「さっ、賢次君行くよ。お母様、お話を聞かせていただいてありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ大した話ができなくてすみません。どうか想汰のことをよろしくお願いします」


 想太の母親は最後にもう一度、こちらを見て深々と頭を下げた。


 節原のおかげですっかり母親の信用を得たようなので、これで心おきなく次の聞き込みへと向かうことができる。

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