第1章(2)
「小学生の男の子が『過去に戻りたい』って思うとしたらそれはどんな理由だと思う?」
助手席に座る節原は考え込む仕草をしつつ、車を運転する俺のほうを見る。
警察にはパトカーがあるように、俺たちの組織にも専用の車がある。とは言え、大した機能がついているわけではない。本部との通信用にテレビ電話があるくらいで、スパイ映画のように車が改造してあってものすごいスピードが出るとか、ミサイルが装備されているとかそういったことはまったくない。むしろ、あっても困るだけだ。
「ねえ、聞いてる?」
「ああ、悪い。小学生の男の子が過去に戻りたい理由、だっけ?」
「そうそう。賢次君だって小学生のときがあったわけでしょ?」
「そりゃ、あったけどさ」
小学生の頃の自分を振り返ったところで理由など思いつかなかった。学校へ行って、友達と遊んで、家に帰って。普通にそのときを生きていた気がする。もちろん、過去に戻りたいと思うような出来事がまったくなかったわけではないが。
「わからないな。そんなの人によって違うだろうし」
「そっか。まあ確かに小学生とはいってもいろいろあるもんね」
渡された資料を眺めながら節原は口をつぐみ、思案顔になる。
「その子、十歳だったよな?」
「うん。
「何も不自由はなさそうだけどな」
「でも、これは外見上のデータだし、実際は何かあるのかもしれない。それに小さな子は些細な理由で時間退行能力を発動することもあるから」
時間退行能力に目覚めるメカニズムはまだはっきりとはわかっていない。潜在的には誰しもに時間退行の能力が備わっているようだが、それを発動させるかどうかは人による。過去に戻りたいと思うことは皆あるとしても、それを本気で願い、叶えようとする人間は少ないということだろうか。
「とりあえず会って話してみるしかないか。今、学校かな?」
「多分。だから学校が終わるまで待たないと」
「まだ結構時間あるな」
「先に母親に会いに行こうか? そのほうが情報も整理されて想汰君と話すときにも聞き出しやすいし」
「そうだな。そうするか」
「決まりっ! じゃあ早速本部に連絡してアポとってもらおう」
節原は資料を膝の上に置き、目の前にあるテレビ電話を操作する。
数秒経って、画面に男性の姿が映る。
「あっ、辰人君。今から想汰君の家に行くから話し合わせといて」
「大丈夫。もうすでにやってるから行っていいよ」
そう話す、いかにも頭が切れそうな男――
「さっすがー。仕事が早いね。できる男は違う」
「言いたいことはそれだけ? もう切るよ」
「えっ? あ、ありがとね」
節原のお礼が聞こえたかどうかすら怪しいタイミングでさっさと鳥飼は電話を切ってしまった。さすが無駄を嫌う男は違う。彼女の馴れ合いスキルも鳥飼の前ではあまり通用しないようだ。
「辰人君は手強いなぁ」
悔しそうに舌打ちをしながら節原が呟く。
それはいいから夏目想汰のことを考えて欲しい、と心の中で唱えながら、俺は彼の家がある住宅街へ向けてハンドルを切った。
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