第3話
ソランさんは乗客に向かって、指示を出した。
「みなさん。残っているモンスターは私が倒しますので、それまでは馬車の中で待機してください」
ソランさんの言葉を聞いて、
「英雄のソランが来たぞ!」
「良かった。これで何とかなりそうだ」
と乗客達は安堵の表情を浮かべる。さっきまでは不安で騒いでいたたというのに、ソランさんが来るとあっという間に言うことを聞いた。これも英雄の力というのか。
ソランさんはメイスと呼ばれる小型槌を持ち、ゴーレムの方に向き直る。ゴーレムは既に体勢を立て直し、同じようにソランさんの方を睨んでいる。ゴーレムは、近くにいる冒険者達は眼中に無さそうだった。
「君達も、後は私に任せろ」
彼らに一声かけると、ソランさんはゴーレムの方に向かって走り出す。ゴーレムは向かって来るソランさんを、右手で殴りかかった。ソランさんはその拳が当たる瞬間、さらに加速して拳と地面の間を潜り抜ける。
あっという間にゴーレムの足元に着くと、メイスを両手で握って振りかぶり、足に向かって一気にフルスイングする。ソランさんよりも何十倍、何百倍も重いはずのゴーレムの足が吹っ飛んだ。
足を吹き飛ばされて体勢を崩されたゴーレムは、前のめりに地面に倒れる。ソランさんは地面に倒れたゴーレムの首に近づくと、メイスから剣に持ち替える。剣を縦に振って首を斬り落とし、ゴーレムの身体と頭を分断した。
「すげぇ……」
近くから少年のような声が聞こえた。さっきまでゴーレムを食い止めていた冒険者達が戻って来て、ソランさんの戦いぶりを見ている。彼らの目は、まるで少年の様にキラキラとしていた。まるで憧れの存在を目の当たりにした子供の様だった。
難なくゴーレムを相手している光景を見ていた。しかし、ふと妙なものが視界の端に映った。モンスターが出てきた森の中に誰かがいる。逃げ遅れた冒険者かと思ったが、周りを見ると既に馬車の近くに戻って来ている。それに、その人物をよく見ると、見たことのない人物だった。
髭を生やした角刈りで、私よりも一回りは年を取っていそうな大男。冒険者ギルドのなかでも見たことが無いが、身にまとった装備は冒険者のものだった。
「あれは……ゲノアスか?」
依頼人の男性の声が聞こえた。さっきまでは自分の馬車で待っていたのだが、いつの間にか駆け寄って来ていた。
「危ないですよ。戻っていた方が―――」
「ソランが来たから大丈夫さ。君達は?」
「私達は平気です。あの人以外は」
甲冑の冒険者の方を見ると、今は他の冒険者が甲冑を脱がせて治療をしている。気を失っているようだが、目立った外傷は無いようだ。治療している冒険者の落ち着いた様子から、大丈夫そうだと分かった。
「それより、あの人が誰か知っているんですか?」
森の中にいる大男を指差すと「そりゃあな」と肯定する。
「さっき話しただろ? 以前、冒険者ギルドで迷惑をかけていた奴だよ」
男性との会話を思い出した。同じ冒険者だけではなく住民にも迷惑をかけ、冒険者の評判を落としていた人物。それがあの男なのか?
そのゲノアスの顔を見ると、悔しそうに歯軋りをしていた。あの表情は、まるで事が思い通りに進まないことに気が立っているように見える。なぜそんな顔をするんだ?
ふと、ある疑念が浮かんだ。もしかして、このモンスターの襲撃にゲノアスが噛んでいるのか?
その考えを持って観察していると、ゲノアスと目が合った。すると慌てながら踵を返して森の奥に走って行く。その姿は、まるで悪戯が見つかってバツが悪くなった子供の様だった。
疑念が確信に変わる。ゲノアスがこの騒動を引き起こした張本人だ。
「待ちなさい!」
大声を出して呼び止めるが、当然ゲノアスは待つ素振りを見せない。森の奥に逃げられたら捕まえることは困難だ。しかも森の中にはモンスターがいる。迂闊に森の中に入ればモンスターに襲われるだろう。
だがゲノアスを野放しにすれば、また今回と同じような事になるかもしれない。その元凶をこのまま逃がすわけにはいかなかった。
一匹の馬が目に入った。甲冑の人が乗っていた馬だが、今は持ち主が治療を受けているため誰も乗っていない。さらに馬自体が怪我をしているようには見えない。
私はその馬に乗って、「ちょっと借ります!」と気を失っている持ち主に言って駆けだした。遊び半分だが馬には乗ったことがあるので要領は分かっている。後ろから聞こえる制止の声を振り切って、ゲノアスがいる森に向かった。
森の中は思っていたよりも木々が少なく、木々の間隔が広かった。木にぶつかる心配が少ないため、それほどスピードを落とすことなく走り続けた。
耳を澄ませて、ゲノアスの位置を探る。馬の蹄の音とは別に、ゲノアスの足音が聞こえる。足音を頼りにゲノアスを追いかけた。
徐々にゲノアスの足音が大きくなると、ついにその背中を捉えた。もう音に頼る必要は無い。目に見えるゲノアスの背中に向かって馬を走らせる。そしてゲノアスの横に並び、前に出て進行方向を遮って足を止めさせた。
「どこに行くのですか? ゲノアスさん」
「あぁん?! どこでもいいだろうが!」
ゲノアスは鋭い目つきで私を睨む。怖い顔をしてビビらせて、その隙に逃げようとでも考えているのか。だが数々の怖いモンスターの顔を見ている冒険者に、そんなものは無意味だ。
私は質問を続ける。
「では、何でこんな所に居るんですか? マイルスから離れたこんな森に何か用事でもあるのですか?」
「んなこと、てめぇみたいなガキに話す気なんかねぇよ! さっさとそこをどきやがれ!」
まるでチンピラのような言葉遣いだった。依頼人の男性が悪く言うのも分かる気がする。こんな冒険者が仕切っていたら、誰だって冒険者ギルドに依頼を出したくなくなるのも当然だ。
「そうですか。じゃああなたの手下にでも問い詰めます。じっくりと尋問すれば、吐く人が一人や二人は出てくると思いますよ」
ゲノアスには何人か取り巻きがいると聞いた。モンスターに襲われる前に近づいて来た金髪もその内の一人だろう。金髪だけではなく、調べれば今回の件に関わっている者が何人かいるはずだ。
確証の無い言葉だったが、意外にも効いたようだった。ゲノアスは苛立った表情で舌打ちした。
「クソッ……どいつもこいつも、俺の邪魔ばかりしやがってよぉ!」
大声で不満をぶちまける姿は、駄々をこねる子供の様だった。犯行の自白にとれるセリフに、もはや躊躇いは無かった。
「あなたを皆の下に連れていきます。抵抗するなら実力行使です」
双剣を抜いてゲノアスに見せつける。人を斬るのに抵抗はあるが、ここで下手に出ると舐められる危険がある。強気に出る必要があった。
しかしゲノアスは、何言ってんだと言わんばかりの表情をしている。
「俺がホイホイと付いて行くと思ったのか?」
予想していなかった言葉では無かった。ゲノアスのような人間が、私の要求を簡単に飲んでくれるとは思わなかったが、もしかしてと思って聞いただけだ。
自然と剣を握る手に力が手に入る。ゲノアスは腰に重そうな剣を携えているが、手にかける様子が無い。さっきまでイラついている様に見えたのですぐに武器を取ると思っていたのだが、なぜか今は余裕があるようにも見える。ここから打開できる策でもあるのだろうか?
様子を窺っていると、背後から大きな足音が聞こえた。しかも段々と足音が大きくなっている。振り返ると、大きなモンスターがこっちに歩いて来る姿が見えた。
「ただ闇雲に逃げてたわけじゃねぇんだよ。ちゃぁんと、保険は用意してんだ」
迷いなくモンスターはこっちに向かって来る。徐々にモンスターが大きく見えてきた。そのモンスターは、馬に乗っている私よりも大きかった。
「てめぇみたいな下級冒険者がそいつを倒せるか?」
三メートルの巨体に二本角で牛の顔をしたモンスター、ミノタウロスが両刃の斧を持って私の前に立ちはだかった。
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