第2話

 マイルスを出発して一時間ほど経った。

 五台の馬車は総勢十名の冒険者に守られながら、隣町のアーゼロ町に移動している。冒険者は上級冒険者が二名、中級冒険者一名、下級冒険者が七名の構成だ。

 本来なら馬車は四台のはずだが、移動便が急遽一台増えたため五台の護衛となった。


 道なりに五台の馬車が縦に並んでいる。先頭と最後尾に、馬に乗った上級冒険者がそれぞれ警戒している。中級冒険者も馬に乗り、列の中央の馬車の横に並んで移動する。何かあったときのために、列の前後に素早く移動するためだそうだ。そして私を含めた下級冒険者は、各馬車の御者の横や荷台に配置されていた。何かあったときのために、すぐに依頼者達を守れるようにだ。


 今までアーゼロ町へ続く道にはそれほど強いモンスターは出現していない。記録上で一番強いモンスターは、精々中級ダンジョンに生息するレベルのモンスターだ。この構成ならば難なく倒せられる。


 旅路は至極穏やかであった。出発前に、馬車が一台壊れてしまうという事故があったが、それ以外は何事もなかった。モンスターを一匹も見かけるどころか、近くの森からもモンスターの鳴き声すら聞こえない。襲われない方が良いのが一番安全だが、こうも警戒のし甲斐が無いと退屈になる。

 しかも馬車を引く馬は、私の乗っている馬車以外は皆高齢な馬のため歩む速度が非常にゆったりとしている。そのうえ、今日はとても心地よい天気だ。昼寝をするには最適な気温が眠気を誘う。モンスターに襲われる心配が無いとはいえ、依頼中に寝てしまうのは非常にまずい。隣で馬を牽く依頼人にばれない様に自分の太股をつねる。


「しっかし、今日はいい天気だねぇ」

「……あ、はい!」


 突然、隣の依頼人に話しかけられる。寝落ちしそうにうつらうつらとしていたが、お蔭で意識が覚醒した。危ないところだった。


 隣にいる依頼人の男性は、マイルスの有名な商店の副店長だそうだ。商品の運送を普段は専門の業者に頼んでいるが、ちょうど隣街に用事があったため自分が馬車を牽いて行くことにしたらしい。

 有名店の副店長なだけあって、精悍な顔つきとすらっとした体格は中年とは思えないほどだった。普段から人と接している仕事をしているのか、身だしなみも整っている。おそらく実年齢は見た目よりもかなり上だろうが、立ち振る舞いからはまったく老いを感じなかった。


「普段は傭兵に護衛を頼んでいるけど、こうも安全なら冒険者に頼んでも良いかもしれないね」

「是非今後も頼んじゃってください。誠心誠意を込めてお守りいたしますよ」


 寝そうになったことは忘れて営業を掛ける。今後も今回のような依頼があれば非常に助かる。


「ははは、それは頼もしいね。昔も冒険者に護衛をしてもらったけど、そのときも一緒の言葉を言ってたんだよ」

「へぇー、冒険者に縁があるんですね。是非わたくし、ウィストの事も覚えててくださいな」

「なかなか積極的だねぇ」

「そりゃあもう、いろんなことに挑戦したいですから」

「良いことだよ。若いうちはいろんなことに興味を持って挑戦すべきさ。そういう人が将来大成していくからね」


 成功している人の口から出た言葉は、遠回しに私を褒めているように聞こえて嬉しかった。思わず頬が緩んでしまう。


「それにそういう人のお蔭で、冒険者の質も良くなったからね」

「昔は悪かったんですか?」

「そうだね。昔ならたとえ安くても、冒険者に頼むことは無かったよ」


 はっきりとした物言いに少し居心地が悪くなる。男性の言う悪い冒険者とは世代が違うだろうが、同じ冒険者の事を悪く言われるのは、あまり良い気分ではない。

 「君達とはあまり関係ないことだけど」と男性が付け足す。


「昔、冒険者ギルドを仕切っていた冒険者が居てね。彼と取り巻きが冒険者だけじゃなく、街の住民にも迷惑をかけていたんだ。しかも権力者の後ろ盾があるからたちが悪い。そんな彼の悪行に耐えきれずに、まともな冒険者は皆別の街に移ってしまってたんだよ。残ったのは彼らと、街から離れられない冒険者、何も知らずに冒険者になった素人だけだったから、冒険者に頼る住民はほとんどいなかった。けど、今のダンジョン管理人とその仲間の手によって、冒険者ギルドは変わったんだよ。依頼の達成率も高くなったし、良い冒険者を増やそうとダンジョンの管理にも手間暇をかけたらしい。以前は汚かったギルドの建物も、かなり綺麗になってたしね。少なくとも、冒険者に対するイメージはガラリと変わったよ」

「それほど変わったんですねー」

「あぁ……だから君達もダンジョン管理人、ヒランさんを支えてあげてね。最近大変そうだから」


 ヒランさんは優秀な管理人であることは、数回しか話したことのない私でも分かっていた。その一方で、優しい人でもある。ヴィックが上級ダンジョンに入ったことを注意するだけで許し、私がヴィックを庇って怪我した時も頻繁に見舞いに来てくれた。他の冒険者の事もよく見ているため、冒険者間の評判も良い。だから男性の頼みが無くても支える気だった。

 しかし商売人にとって情報が大事とはいえ、冒険者のことについてかなり詳しい気がする。


「……詳しいんですね。冒険者のこと」

「この話はマイルスでは有名だよ。けどヒランさんの協力者のなかには『マイルスの英雄』がいたんだから、広まるのは当然だね」


 そういう事情なら詳しいのも無理はない。ソランさんが率先して協力していれば、それだけでも良い宣伝になる。しかもそれに期待した住民が多ければ多いほど、成功した時の効果は絶大だ。そして成功すれば、当時の話を知ろうとする者も増える。情報に聡い商人なら、知ってても可笑しくない話だ。

 しかし今の話を聞くと、さっきまで油断して寝かけていた自分が恥ずかしくなった。


「じゃあ私も、そんな先輩達に恥をかかせない様に頑張ります」


 男性は微笑みながら「頼んだよ」と言って再び前を向いた。

 私も気を取り直して周囲の状況を窺う。目で周りを見ると同時に耳を澄ませる。


 すると遠くから駆けてくる馬の蹄の音が聞こえた。馬車を引く馬とは違う早いテンポの音で、荷車を牽いているようには思えない。振り返って後ろを見ると、一緒に移動している一台の馬車と、その遥か後ろから一頭の馬に乗った青年の姿があった。

 馬を走らせながら近づいて来て、徐々に馬に乗った青年の顔も見えてくる。何故かニヤついている金髪の青年の顔には見覚えがあった。

 昨日、ヴィックとフィネを糾弾していた冒険者だ。


 思い出したときには、既に馬車一台分の距離にまで近づかれていた。金髪は懐から何かを取り出すと、それを上空に向けた。手に持っていたのはピストルだが、少々変な形をしている。銃身が短い上に銃口が大きい。金髪は、その見たことのない形の銃の引き金を引いた。

 パァンと空に音が響くと同時に、白い煙が糸を引くように空に向かって伸びていった。その音に気付いた冒険者や商人、乗客が周りを見渡す。


「君、一体何をしているんだい?」


 近くにいた中級冒険者が金髪に声を掛ける。しかし金髪は答えずにずっとニヤニヤと笑っている。どこか薄気味悪さを感じる。

 直後に妙な足音が聞こえた。道の右にある森から、一体や二体そこらではない、多数のモンスターの足音だ。しかも迷いなく、馬車の方に向かって来ており、徐々に音も大きくなっている。


「……何の音だ?」


 隣にいる男性も気づいた。それほどまでの大きな足音だった。足音だけではなく、気を薙ぎ倒す音も聞こえる。全員が音が鳴る方向を見ていた。

 手前の木々が折れた瞬間、十体ものモンスターの姿が現れた。そのモンスターの姿を見て戦慄が走る。


 モンスターの集団の中には、上級ダンジョンのモンスターが半数近くもいた。


「モンスターが右側から接近!」


 中級冒険者が馬車を護衛する冒険者全員に向かって叫ぶ。冒険者達はすぐに武器を持って馬車から降りた。上級冒険者は、中級冒険者が叫んだ瞬間には馬車の集団の右側に移動し、武器を持って臨戦態勢を取っていた。

 二人の上級冒険者のうち、赤髪の青年は槍を、青髪の青年は斧槍を持っていた。二人とも上質な赤色と青色の鎧を身に纏い、向かってきているモンスターを睨んでいる。


「簡単な依頼だと思っていたのになー。ついてないな」

「全くだ。報酬を貰えるうえ、ヒランの頼みとなれば断る理由は無かったんだが」

「ヒランの調査ミスかな?」

「そうかもしれんな」

「つまりこのまま皆が死んだらヒランのせいになるってこと?」

「そうなるな」


 呑気にヒランさんに責任を押し付けようとする態度にイラついた。一体こういうときに何を話しているというのだ。一言言ってやろうと思い、口を開こうとした。


 その寸前に赤髪の青年が、


「じゃあ、絶対に逃げるわけにはいかないね」


 と決意を口にする。青髪の青年も、


「そういうことだ。普通に倒して、依頼の範囲内ってことにするぞ」


 と言って武器を構えた。前言撤回だ。彼らはむしろ、ヒランさんの責任にしない様に戦おうとしている。冒険者にここまで好かれているとは、ヒランさんが少し羨ましい。

 私を含めた冒険者達の準備が終わる。上級冒険者達の下に向かって指示を受けようとした。だが青髪の青年が「待て」と言って止める。


「上級ダンジョンのモンスターは、俺達が何とかする。それ以外を、お前が指揮して対応しろ」


 青髪の青年が中級冒険者を指して言った。全身を甲冑で纏っている中級冒険者は「僕がですか?」と驚いている。大きな身体をしているが、少し頼りなさそうに見える。


「そうだ。中級以下のモンスターはお前に任せる。下級のモンスターはともかく、中級モンスターにはお前か、下級冒険者を複数で当たらせろ」

「そんなこと言われても……」

「やれ! 後は任せたぞ!」


 青髪の青年は赤髪の青年と顔を見合わせると、同時にモンスターの群れに突っ込んでいった。馬に乗っていることもあり、あっという間に距離を詰める。モンスターの群れとぶつかる直前に左右に分かれ、同時に武器が届く範囲にいるモンスターに攻撃を仕掛けた。


「ほら、こっちだ!」


 挑発しながら、モンスターの群れの周りを回り始める。反撃されているが、巧みな馬術で悉く躱している。その技量には惚れ惚れする。

 だが今は眺めてばかりはいられない。おそらくあれは、私達の準備が整うまでの時間稼ぎだ。どれだけあの調子が続くかはわからない。


 それを察したのか、甲冑を着た中級冒険者は少し考えてから指示を出し始める。


「普段から組んで冒険してる人はすぐに組んで! ソロは下級モンスターを担当して! あと、そこの二人は僕のサポートだ!」


 甲冑の人が盾と剣を持った者と大きな斧を持った者を指名する。残った冒険者は、私以外は普段から組んで冒険をしている人達だ。ならば、下級モンスターの相手は私だ。

 担当が決まると、私はモンスターの群れを見る。あの中で下級モンスターは二匹だけだ。見慣れたモンスターであるワーラットと、大きな牙を生やした四足モンスターのピングだ。


 ピングの方は戦ったとこは無いが知識はある。鋭く重い突進を売りにしているモンスターだ。六階層にいるモーグと同じ要領で戦えば勝てる相手だ。

 甲冑の人が皆の用意が出来たのを確認すると、


「僕が先に出てモンスターを引きつけるから、その後に続いて来るように!」


 と指示を出してモンスターの集団に向き直る。打合せが終わったことに気付いたのか、青髪の青年がちらりと視線を私達の方に向ける。すると青髪の人は馬を制止させ、逆方向に回って赤髪の青年と合流する。合流すると私達から遠ざかるように走り出し、モンスターを引き連れようとした。

 同時に甲冑の人が、モンスターの群れの背後を突くように馬を走らせる。モンスターは上級冒険者達に気を取られ、甲冑の人に気付いていなかった。不意を突く形で、甲冑の人は一番手前にいたモンスターの脳天にハンマーを振り下ろした。

 鈍い大きな音が私達の場所まで聞こえた。下級のモンスターなら、今ので死んでもおかしくないほどの威力だ。だが攻撃食らったモンスターはその攻撃によろめくものの、じきに意識を取り戻して攻撃をした者の姿を見た。さらに近くにいたモンスターも、その音に気付いて振り向く。ただ位置が良かったお蔭で、気づいたモンスターは中級以下のモンスターだけだった。


 前方の上級冒険者と、後方の中級冒険者。丁度真ん中で分かれるように、モンスター達は釣られた。上級冒険者はさらに走って、前方のモンスターを引き連れていく。そのタイミングを見計らって、甲冑の人は私達に視線を送る。今が好機だった。


「行くぞ!」


 誰の言葉か分からなかったが、その言葉を合図にして私達は走り出した。パーティを組んだ下級冒険者達は一直線に中級モンスターに、残りの二人は甲冑の人の下に向かって行く。私は下級モンスターの位置を確認した。


 二体とも他のモンスターと離れていない場所にいる。まずは私が注意を引かなければいけない。

 近い方のワーラットに向かって行く。ワーラットは私に気付くと右手に持っていた棍棒で攻撃してきたが、大ぶりな攻撃は読みやすい。軌道を予測して躱すと、安全な距離を保って剣を振るった。ワーラットの腹に軽い切り傷が付くと、すぐにピングの方に向かう。ピングは私の方を向かず、甲冑の人に照準を向けている。しかも、今にも走り出しそうな体勢だった。急がないと。

 ピングに接敵すると、躊躇わずに横っ腹に剣を突き立てる。ピングは悲鳴を上げながら暴れ始める。すぐに剣を引き抜いて距離を取った。一暴れして落ち着いたピングは、血を垂らしながら怒りに満ちた目で私を睨んだ。

 後ろからはワーラットも来ている。とりあえず、下級モンスターのヘイトを稼ぐことはできた。しかもピングは大量の血を流し続けている。倒れるのも時間の問題だろう。


 二体を視野に入れられる位置に移動する。同時に観察するとピングの動きが鈍く見えた。思っていた以上に早く力尽きそうだ。近づいて来たワーラットの攻撃を避けながら、ピングの動きにも注意を払う。七階層で二体同時に相手したこともあるので、それに比べれば容易だ。

 ピングの足元に血の水たまりのできる頃、最後の足掻きか、牙を向けて突進してきた。ピングの得意な攻撃なだけあって、怪我をしている状態でも、その走りから威圧感を感じた。当たれば間違いなく致命傷を負うだろう。

 だが今回は、その恐ろしい攻撃を利用させてもらう。


 ワーラットの懐に跳び込み、双剣を振るった。至近距離の攻撃だ。一撃一撃が軽いとはいえ、何度も食らえばただでは済まない。それくらいはワーラットも分かっているだろう。

 予想通り、ワーラットも反撃をしてくる。いつもなら下がって避けるが、まだ下がる気は無かった。離れない様にして、右手から斜めに振り下ろされる棍棒を左に移動しながらしゃがんで避ける。再び攻撃をすると、次は振り払うように反撃される。同じように距離を保ちながら、頭を下げて避ける。そのタイミングで、横っ飛びでワーラットから離れた。


 直後に、ワーラットが吹き飛ばされる。さっきまで私とワーラットが戦っていた場所に、ピングが突っ込んで来たからだ。ピングは私を狙っていたが、限界まで引きつけてぶつかる寸前に避けることで、直前まで至近距離で戦っていたワーラットに攻撃させた。

 ピングはワーラットに突進すると、力尽きて地面に倒れた。血を大量に流した上に、深手の傷を負った状態で突進したのだから、倒れても無理はない。ワーラットも、ピングの突進に耐えきれなかったのか、地面に倒れたまま起き上がる素振りを見せなかった。


「まさか、ここまでうまく行くなんてねー」


 予想以上の成果に、思わず警戒してしまう。とことん気分を上げたうえで落とす。そんな不安が胸中にあった。

 だがあるか分からないものに気にして縮こまってはいられない。すぐに二組の援護に向かおう。


 様子を確認しようと、二組の方に目を向けた。

 二組とも中級モンスターを一体ずつ相手取っている。その近くには頭が分かりやすいくらいにへこんでいるモンスターの死骸が横たわっていた。打撃系の武器は、この場には甲冑の人が持っているハンマーしかない。

 私は短時間で下級モンスターを二体片付けたが、それよりも早く、しかももう一体の中級モンスターを相手しながら倒したというのか? 今も落ち着いた様子でモンスターと戦っている。頼りないという評価は全くの見当違いのようだ。


 甲冑の人の方は大丈夫そうなので、パーティを組んだ下級冒険者達の援護に向かう。彼らが相手しているのは、犬の様な顔をして鋭い爪と牙を持ち、二メートルの高さがあるヒト型のモンスター、ワーウルフだ。俊敏な動きと手数の多い爪の攻撃が厄介だと聞いた。彼らは攻撃を食らわない様に、盾持ちの冒険者がワーウルフに張り付いて動きを制限している。他の冒険者は攻撃を仕掛けているが、素早い動きのせいでなかなか当てられていない。お互いに決め手を欠いている戦況のようだ。

 ワーウルフの後ろに回って、彼らと挟撃しようとした。私に気付いた盾持ちが、口を動かしながら自分の足に剣を当てる。足を狙え、と言っているように見えた。


 私が頷くと同時に、彼は一度後ろに下がる。仲間に何かを言うと、再びワーウルフに向かって攻撃を再開した。彼は剣で、後ろにいた冒険者の一人はボウガンでワーウルフの上半身を狙って攻撃していた。残りの冒険者は武器を構え、攻撃の機を窺っている。

 さっきまでは盾持ちがワーウルフの動きを制限させ、隙が出来たところを三人が狙うような戦い方だった。だが今の戦い方は、盾持ちとボウガン持ちが注意を引きつけている。これだと前で身体を張っている彼だけではなく、後衛も狙われる。四人で組んでいる利点を無くした行動だった。


 しかしそのらしくない動きは、むしろ分かりやすかった。盾持ちの攻撃が次第に大振りになると、ワーウルフも後ろに下がって避け始める。そして盾持ちが大きく踏み込んで攻撃すると、後ろに跳ぶように下がる。その瞬間、私はワーウルフに向かった。

 背後からの素早い不意打ち。しかも彼らの執拗な上半身への攻撃のお蔭で、警戒が薄くなった下半身への攻撃。避けられるわけが無かった。

 着地すると同時にふくらはぎに刃を刻む。突然の不意打ちにワーウルフは悲鳴を上げるが、体勢は崩さなかった。だが私が攻撃した直後に跳び出た冒険者の槍に太股を刺されると、耐えきれずに膝を地面につけた。その瞬間、最後の一人が前に出た。

「ナイスアシストだ!」

 大剣の持ち上げて構えていた冒険者が、躊躇うこと無く大剣を振り下ろした。大剣は膝をついて下がったワーウルフの頭を、真っ二つに縦に切断した。当然、ワーウルフは絶命した。

 簡単に倒したように見えるが、そう思わせる程の連携に感銘を受けた。息の合った連撃に突然参戦した私に合わせた柔軟な戦術は、私には無いものだ。余程息を合わせていないとできないことだ。


「助かったよ。君が来なかったら、もっと時間がかかってた」


 盾持ちがすぐに礼を言いに来る。一番疲れているはずなのに、なかなかのフォローの速さだった。


「いいよ、気にしなくて。それよりも残りのモンスターを倒しに行こう」


 早々に話を切り上げる。残りは中級モンスター一体だ。早く片づければ、上級冒険者達の援護が出来るかもしれない。盾持ちも「そうだね」と頷いた。


「じゃあ早速―――」


 言葉の途中で、何かが私と彼の間を横切った。直後に、横切った方向から何かがぶつかる大きな音がした。視線を向けると、甲冑の人が馬車に衝突して起き上がれなくなっていた。


「嘘だろ……」


 大剣を持った冒険者の独り言が耳に入る。甲冑の人が飛んできた方向を見ていたので、私もその方向に目を向ける。


 目に映った光景は、私の思考を停止させた。

 全身が岩でできた五メートルはある巨体が、甲冑の人と組んでいた冒険者の姿を見据えて立っていた。その特徴はあるモンスターと一致している。


 名はゴーレム。上級ダンジョンに生息するモンスターだ。

 上級ダンジョンのモンスターは上級冒険者が引きつけているはずなのだが、ゴーレムは釣られなかったというのか?

 ゴーレムは残った冒険者を見ると、腕を振りかぶった。


「逃げて!」


 咄嗟に叫んだが狙われた冒険者は動かない。いや、動けないのか? 敵対する上級モンスターに驚いて足が竦んでいる様に見えた。すぐに走り出して助けようとするが、間に合うか微妙なタイミングだった。


 そのとき、後ろから聞いたことのある音が聞こえた。さっき金髪が撃ったピストルの音だ。

 後ろを見ると盾持ちが、金髪が持っていた銃と似た物を持って、ゴーレムに向けて撃っていた。銃口からは赤色の煙が噴き出て、ゴーレムと盾持ちの冒険者の間に伸びている。ゴーレムは視界を奪う程の煙に驚き、さらに煙に遮られて攻撃対象を見失ったことで動きを止めた。

 この隙に逃げ遅れた冒険者達に近寄って、手を引いて一緒に仲間達の方に戻る。すれ違うように、盾持ちと大剣を持った冒険者がゴーレムの方に向かって行った。


「時間を稼ぐ! 逃げる準備を!」


 すれ違いざまに盾持ちが言った。


「逃げるって……依頼は?!」

「失敗に決まってるでしょ!」


 槍を持った女性冒険者が答える。その表情からは焦りが感じられる。


「けどあの二人を待てば―――」


 上級冒険者の二人がこっちに気付けば何とかしてくれると思った。すると槍の冒険者はある方向を指差す。その方向にはモンスターと戦う上級冒険者の姿があった。しかし、戦っているのは一人だけだった。赤髪の青年が青髪の青年と一緒に馬に乗っているが、青髪の青年はぐったりと前に座っている赤髪の青年の背中にもたれている。

 地面には上級モンスターが一体倒れているが、まだ向こうには三体、こっちには一体残っていた。

 「分かるでしょ」と諭すように彼女は言う。


「あと戦えるのは私達下級冒険者とあの上級冒険者一人だけ。けど上級モンスターは四体もいるのよ。勝てるわけないじゃない!」


 悲痛な叫びが彼女の口から出る。彼女の言う通り、絶望的な状況だ。打開できる未来が見えない。たしかに逃げた方が良さそうだ。

 しかし、その決断ができなかった。一緒に馬車に乗った商人の男性と上級冒険者の言葉を思い出していた。


 男性はヒランさん達のお蔭で冒険者ギルドが変わったと言った。つまり今回の依頼は、ヒランさん達の努力が認められて依頼された仕事だ。上級冒険者達も、依頼を失敗してヒランさんの評価が下がらない様に戦った。ひとえに、ヒランさんやその仲間たちのために。

 だがこの依頼に失敗すれば、今までヒランさん達が積み上げた信頼に傷がついてしまう。彼らの思いを果たせないと考えると、逃げるという選択肢を取れなかった。


「ちょっと、大丈夫なのか? あれ」


 決断に迷っていると、馬車の中から人が出てきた。モンスターが出たときは馬車の中に居るように言われていたはずだが、戦況の悪さを感じ取ったのだろうか。他の乗客も馬車から出て様子を窺い始める。


「なんだあのでかいのは?!」

「……なぁ、あれ、倒せるの?」

「おい! 冒険者が倒れてるじゃねぇか!」


 乗客達が騒ぎ始める。同時に不安が伝染していき、逃げようとする者も現れる。


「待ってくださーい! 勝手に逃げたら守れなくなっちゃいます!」

「守れそうにない癖に何言ってんだ! 注意する暇があったら倒しに行けよ!」

「あんた! 偉そうな口叩いてんじゃないわよ!」

「てめぇもだよ。くそ、これだから冒険者は」

「静かにしてください! これ以上騒いだら―――」


 ズシンっと大きな足音が近くから聞こえた。振り向くとゴーレムが近くまで来ている。大声で騒いでいたので、私達の方に意識が向いたのか。


 ゴーレムは左手を振りかぶって、馬車に目掛けて拳を向けた。馬車にはまだ大勢の乗客が残っている。だが、ゴーレムの攻撃を止める術がない。まっすぐと伸びて来る腕を見て、何もできなかった。

 ゴーレムの拳と馬車の間には、何も阻むものは無い。


 そのまま馬車に拳が当たる、はずだった。

 突如、その間に誰かが上から降ってきた。同時に激しい打撃音が発生する。岩でできたゴーレムの拳が馬を殴った音ではない。硬い物同士がぶつかる音だ。

 ゴーレムの拳が、その人物の眼前の地面に突き刺さった。ゴーレムは苦痛の声を上げながら地面に膝を着き、体勢を崩す。その隙に、ゴーレムの攻撃を防いだ者が口を開く。


「みなさん、ご安心を!」


 その者の姿を見て、乗客だけではなく冒険者達も息を呑んだ。


「私が来たからには、もう大丈夫です!」


 『マイルスの英雄』ソランさんが、丁寧な言葉遣いをしながら参上したからだ。

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