第6章

第1話

 ヴィックとフィネがマイルスダンジョン七階層目に行った翌日の事だった。

 ワーラットを倒した後、私はフィネを連れてダンジョンを出たがヴィックは残った。「もう少しで依頼分を集められるから」という理由だった。今思えば、止めておくべきだったと後悔している。


 ヴィックは翌日になっても帰って来てなかった。

 朝になっていつものようにギルドに行くと、フィネに駆け寄られた。そして開口一番にヴィックの事を聞かれた。「ヴィックさんがどこにいるか知らない?」と。

 私は首を横に振って答えた。ダンジョンで別れて以降、ヴィックとは会っていない。するとフィネはこの世の終わりを感じたみたいな表情になった。


「なんで……なんで帰ってきてないんですか……」


 呟きながらその場に膝を着いた。状況を把握できない私に声を掛けたのは、昨日ヴィックとフィネを糾弾した内の一人であるノッポの青年だった。


「あいつ、まだギルドに帰ってきてないんだってよ」

「ヴィックが?」

「他に誰がいる?」


 おそらく私よりも先にギルドに来てフィネに聞かれたのだろう。うんざりした顔でノッポが答える。


「まだダンジョンにいるんじゃないの? ダンジョンで一夜過ごす人もいるんでしょ?」

「準備してるならともかく、昨日いきなりダンジョンに行ったんだぞ? 準備無しでダンジョンで寝てたら普通に死ぬ」

「寝床に戻ってるとかは?」

「見て来たらしいが居なかったってさ。近くも探したけど見当たらないって」

「……単に見つけられなかったとか?」

「あいつがいつも来てる時間に現れないからこうなってる」


 だんだんと私も不安になってきた。こうも不安材料が揃っていると、最悪の事態を想像してしまう。それをノッポは「死んでるかもな」と平然に言った。


 するとフィネが立ち上がって、めいいっぱい腕を伸ばしてノッポの服の襟を掴んだ。身長差があるため、フィネがノッポにぶら下がっているように見える。


「だれのせいで、こんなことになったと思ってるんですか!」


 服を強く引っ張りながらフィネが訴える。鼓膜が破れそうなほどの大声でだ。これほど怒るフィネを見るのは初めてだった。ノッポもたまらず両手で耳を塞いだ。


「あなたが、あなたたちがあんなことを言わなかったら……ヴィックさんは……」


 悔やむような声を出しながら、フィネが再び膝を着いた。最後まで言葉を続けられなかったものの、フィネの無念は十二分に伝わった。ノッポはイラついたように髪をガシガシと掻く。


「別に死んでるとは限らねぇだろ。今日に限って寄り道してるかもしれねぇし」


 自分の言葉を翻してフィネを励まそうとしている。さすがに罪悪感を感じたのだろう。


「そうそう。もしかしたら呑気にご飯を食べに行ってるかもしれないし」


 私も続いて励ましたが、フィネの表情は相変わらず曇ったままだ。こうなると、言葉だけじゃなくて何らかの行動を起こさないといけない。

 仕方ないと言いたくなる気持ちを押し殺して、一つ提案した。


「じゃ、私がダンジョンに行って探してくるよ。それなら安心でしょ?」


 私の提案にフィネが驚いた表情を見せる。ノッポも同じような表情になった。


「おいおい、正気か? お前たしか、今日の依頼を受けてただろ。それを放り出そうってか?」


 私が今日の依頼を受けていたことを知っていたようだ。

 言われた通り、私は隣のアーゼロ町までの馬車の護衛依頼を受けていた。冒険者十人による護衛依頼は、高い額の報酬金も出る美味しい依頼だ。依頼が掲示板に張り出されて十分も経たずに募集人数に達した。それを放棄するのは、たしかに馬鹿げた行為だ。


「うん。さすがに友達が困っているのを放っておけないしねー」


 だがフィネが困っているうえに、私もヴィックの事が心配だ。それを無視して依頼を受けることは私には無理だ。


「だから代わりに行ってくれない? そしたら私も安心なんだけど」

「ダメです」


 ノッポに代理を頼んだとき、女性の声が鋭く遮った。声がした方を見ると、ヒランさんが鋭い目で私を見ていた。怒っているように見える表情だった。


「あなたは依頼を受けた身です。特別な理由も無しに依頼を降りることは許されません。ちゃんと依頼を受けてもらいます」


 有無を言わさない迫力を感じ取れた。反論でもしたらまた怒りそうな雰囲気だ。ただ気に食わない言葉を耳にして、反論せずにはいられなかった。


「友達を助けたいという理由は、特別な理由じゃ無いんですか?」


 フィネとヴィックを助けたい。私にとって、それは大事なことだ。それをないがしろにされるのは、ヒランさんの言葉でも聞き捨てならない。


「ダンジョンは常に死と隣り合わせの場所です。下級ダンジョンもその例外ではありません。準備不足な冒険者が無茶をして死んでしまうことは多々あります。ヴィックさんも、その内の一人なだけです」

「生きているかもしれないじゃないですか。生きてたら助けが必要なはずです。だから行かないと―――」

「そんな不確かな理由で、依頼を降ろさせる気はありません」


 強い口調のヒランに、一瞬たじろんでしまう。ヒランさんの立場からすれば、私が取ろうとしている行動は許せないものだろう。依頼を受けたにもかかわらず一方的に断ろうとするわがままは、良識のある大人ならしない行為だ。私もそれを十分承知している。

 しかし、フィネがヴィックを心配するように、私もヴィックが心配だ。彼の安否を確認せずに、のうのうと依頼に取り組める自信が無かった。


 引き下がる気は無い。その想いを抱いてヒランさんを納得させる手段を考えた。だが案を考え出す前に、


「お願いです、ヒランさん。ウィストをダンジョンに行かせてください! お願いします!」


 フィネがヒランさんに申し出た。


「ヴィックさんが今の状況に陥っているのは私のせいなんです。何とかしてヴィックさんを助けたいんです! だから……お願いします!」


 必死にお願いするフィネを見て、ヒランさんが悩む素振りを見せる。冒険者が勝手にしたことならともかく、同じギルド職員のせいだと聞いてしまったら易々と断れない。


 少し悩むと、ヒランさんは「分かりました」と返した。


「しかし、ウィストさんをダンジョンには行かせません。依頼を受けたからには、しっかりと依頼を果たして貰う必要があります」

「じゃあどうするんですか?」

「ダンジョンには私が行きます」


 諦めた様な表情で、そう答えた。


「ヒランさんが、ですか?」

「はい。元々は明日ダンジョンの調査に行く予定でしたので、準備は出来てます。そのついでに探すことにしましょう。だからあなたはちゃんと依頼をこなすようにしてください。不服ですか?」


 「いえ」と答えて首を横に振る。ヒランさんが行ってくれるなら文句は無い。むしろ有り難いことだ。

 ヒランさんは準備をしに奥の部屋に行くと、「とりあえず、これで一安心かな」とノッポが言った。


「うん。生きていたら助かるはず……そういえばまだ居たんだ?」


 残って様子を窺っていたノッポに驚いて、ついそう言ってしまった。ヴィックとは知り合い程度の間柄のはずなのに、まだ残っていたのは意外だった。こんな展開になったことに、罪悪感でも感じてるのだろうか。


 しかしノッポは、


「いや、あいつと待ち合わせてるからな。ついでだよ」


 と平然と否定する。


「あいつって……昨日の金髪?」


 昨日、一緒にフィネを糾弾していた相方の顔が思い浮かんだ。そう言えば今日は姿を見ていない。ノッポは頷いた。


「あぁ。俺が来るまで待ってろって言ったから待ってるんだが、いつもより遅いんだよな。何してんだか」


 少しイラついた表情で、ノッポはそう答えた。だが私にはたいして関係なさそうな事なので、ギルドから出る頃にはほぼ忘れかけていた。

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