第3話


 隠し通路を走り続けていると、何もない行き止まりに辿り着いた。だが八階層に出たときと同じように、動かせそうな岩がある。岩をどけると、マイルスダンジョンの入り口がある洞窟に出られた。ここから先は知っている道だ。


 迷わずに洞窟を出ると、マイルスの北門に直行する。馬車が出発していなければ、まだ北門付近にいるはずだ。

 全力で走って北門に着いたが、周囲を見てもそれらしき集団は見当たらない。一つ二つの馬車が待機しているが、個々での移動の準備中だろう。集団護衛の対象の馬車ではない。


 さすがに間に合わなかったか。だが出発してから時間がそう経っていなければ追いつける。

 いつ出発したのかを知るために、北門の守衛に尋ねる。北門を行き来する人々を監視しているから知っているはずだ。


「今日冒険者達が護衛している馬車が出たはずなんですけど、いつ出たか分かりますか? 馬車五台の集団です」


 僕の質問に、守衛は思い出しながら口に出す。


「あー、一時間くらい前かなー」

「一時間?!」


 一時間も前に出発されていたら、今から僕が追いかけても、追いつく頃にはモンスターに襲われているだろう。モンスターに襲われる前に追いつく必要があるのに、今からじゃあとても間に合わない。


 追いつく手段が無くどうするべきか考えていると、


「よくわからんが、追いつきたいなら馬を借りたらどうだ?」


 と守衛が提案した。


「馬?」

「ほら、あそこだよ」


 守衛の指差す方には馬が並んでいた。近くには馬小屋らしき建物があり、そこで管理している馬なのだろう。慌てていたので目に入らなかったが、ダンジョン帰りに何度も見たことのある建物だ。


 馬に乗って行けば間に合うかもしれない。

 教えてくれた守衛に礼を言って小屋に向かうと、馬が一頭残っていた。毛並みが綺麗な一方で、身体はしっかりと鍛え上げられている大きい馬だ。馬の事は詳しくないが、素人目から見てもかなり速そうな馬だと分かった。


 馬には乗った経験は無いがそんな事を言っていられない。馬と柵を繋いでいた縄を取り外して、早速乗ろうとした。


「おいおいおい! 何やってんだきみぃ!」


 馬小屋の中から中年の男性が駆け寄ってくる。慌てた様子で僕の下へ来た。


「きみぃ、勝手にその馬に乗るんじゃない」

「……乗ったら駄目なんですが?」

「乗りたいのならお金を払いなさい。うちはそういう商売なんだよ」


 そういうことか、と合点がいった。冷静に考えれば、タダで馬を貸してくれるような慈善家はいない。

 だがそうと分かれば話は早い。早くお金を払って追いかけよう。


「分かりました。いくらですか?」

「五十シルドだ」

「……五十?!」


 予想以上の料金に声を上げた。今の僕の手持ちは二十シルドだ。到底、馬を借りる料金には届かない。何かの間違いではないかと思ったが男性は至って冷静に「当たり前だろ」と答える。


「こいつはうちでも最高質の馬だ。これくらいは当然だ。むしろ貸してやることに感謝してほしいくらいだ」

「けど高すぎるでしょ?! 高い馬しかいないんですか?!」


 あまりの高さに思わず突っ込んでしまう。馬を借りるのにこんなにもお金がいるのか?

 すると男性は申し訳なさそうな顔をする。


「普段はもっと安いのもいるんだが……今は全部借りられててなー」

「そんな……」


 なんとタイミングの悪いことだ。こういうときに限って金が無く、安い馬もいない。自分の運の悪さを呪いたくなって、諦めたい気持ちが芽生えかける。


 けれど、そう簡単に投げ出すわけにはいかなかった。

 僕はヒランさんに、冒険者を助ける大役を任されたんだ。ウィストさんや皆の命を、こんなことで諦める訳にはいかない。


「お願いです! 全財産を払うので、馬を貸してください!」


 馬を借りられる場所はここだけだ。何とかして馬に乗って、ウィストさん達の下に向かうしかない。そのためならお金だけではなく、装備を売っても構わなかった。


「そんなことを言われてもなぇ。こっちも商売だから、ちゃんとお金を貰わないと」

「このお金と剣も売りますので、乗せてください!」

「いやぁ、俺は値段の分からん武器を買い取るつもりは無いよ」

「早くしないと仲間が……友達がモンスターに襲われるんです! お願いします!」


 男性は短い溜め息を漏らした。顔を見ると、呆れたような表情をしている。


「君みたいなのはよくいるんだよ。仲間がピンチだからとか、急ぎの用事だかで安い料金で貸してくれってな。だがそんな情に流されるほど俺は優しくないんだよ。分かったらさっさと去りな」


 あしらう様な素振りをして、僕を馬から離れさせようとする。だが馬を借りるまで、離れるつもりは無かった。


「お願いです! 嘘じゃないんです! 馬を貸してください!」

「うるせぇ」


 不意に後ろから何者かに首根っこを掴まれた。後ろに引かれながら、馬から離れさせられる。


「いちいち他人に迷惑をかけんじゃねぇ。馬を借りたきゃ金を払え」


 何者かの口から正論が出る。しかしそんなお金があればとっくに払っている。だからこうするしかないのだ。


「どっちみちお前が借りれる馬はねぇよ。おい店長」


 その者は男性に声を掛けると、男性は媚びへつらう様な態度に豹変する。


「はい、何でしょうか?」

「馬を借りたい。至急にだ」


 無情な言葉が耳に入った。

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