幕間④

 街の中心から外れた、オンボロな建物が並ぶ地域。そこのある部屋で、男の笑い声が響いた。


「そうかそうか。上手くいったか!」


 部屋の奥にある肘掛椅子に座った大男の声が、部屋の中央で突っ立っている金髪の男に向けられた。金髪の男は喜々とした表情で報告をする。


「はい。まんまと餌にかかりました。今頃遊ばれている頃でしょう」

「はっはっは。そりゃそうだろ」


 大男は存分に生やした髭を撫でながら笑った。椅子の横に置いたテーブルから酒瓶を手に取って喉を鳴らしながら飲む。酒を飲み干すと楽しそうな顔をして、テーブルに置いていた袋を手に取った。途端に金髪の表情が緩む。


「これは褒美だ。大切に使えよ」


 袋の中には銀、銅色の硬貨が入っている。硬貨を一握りして別の袋に入れると、それを金髪に投げ渡した。


「はい。もちろんです」

「じゃ、もういいぞ」


 大男は金髪に退室を命じると、金髪は嬉しそうな足取りで部屋を出た。


「で、フェイル。作戦はどうだ?」

「問題無いですよ、ゲノアスさん」


 壁を背にして立っていたフェイルはゲノアスの言葉に答える。


「すべて順調です。後は明日を待つだけです」


 今回の金髪が起こした騒動が無くても、本来の目的はすでに達成していた。現時点で冒険者ギルドの監視の目を、マイルス下級ダンジョンとツリック上級ダンジョンに目を向けさせている。そしてこちらの仕掛けは既に完了していた。


 マイルスダンジョンには、あるモンスターを一匹放っていた。最下層の十階層、そこに下級ダンジョンのモンスターが総掛かりでも倒せないモンスターを配置することで、ダンジョン内の生態系を狂わせた。あまり好戦的なモンスターじゃないが、八階層より下にいるモンスターが勝手に突っかかっていくので、何もせずともモンスターが減っていくので都合が良かった。他のモンスターは危険を感じて上階層に逃げ、その結果が現状だ。今ではマイルスダンジョンに入る冒険者は激減していた。じきに調査の手が入るだろう。

 ツリックダンジョンでは、フェイルが頻繁に出入りするという情報を与えることで、捜索隊を向かわせた。捜索隊は上級冒険者数名で編成された部隊だ。まともに敵対すれば簡単に負けてしまうだろう。

 だが、ツリックダンジョンでフェイルを捕まえることは無理と言っても良い。あそこはフェイルにとって庭みたいな場所だ。ツリックダンジョンに限れば、英雄のソランよりも生き残り続けられる自信がフェイルにはあった。しかしただ逃げ隠れするだけでは、諦めて撤退する可能性もある。だから時々、まだダンジョン内に残っている痕跡を作ったり、わざと見つかったりすることで、監視させる意味があると錯覚させた。これで捜索隊を留まらせ続けた。故に、今街で自由に動ける上級冒険者は少ない。


 計画は順調だった。不備があるとすれば今回の騒動で、マイルスダンジョンの問題も作為的に感じる者が現れるかもしれないことだ。もし現れれば、作戦がばれる危険性がある。

 だがフェイルにとって、最終作戦の成否はどうでもいい。作戦が実行さえできれば十分だ。


 フェイルの思惑を知らず、作戦が順調だと聞いたゲノアスは満足そうに笑みを浮かべる。


「そうか……くはははは」


 ゲノアスの口から笑い声が漏れる。徐々に声が大きくなり、終いには高笑いをする。

 かと思えば、テーブルを強く叩いた。


「やっとだ……やっとこの恨みを晴らせる! 覚悟しろ、ヒラン!」


 恨み、か。ゲノアスの勘違いも甚だしい言葉に、フェイルは内心ほくそ笑んだ。

 彼の言う恨みは、ただの逆恨みだ。今回の作戦が上手く行ったとしても、彼の鬱憤が晴れるだけで何も変わらない。それを分かっていないお頭の悪さは、まさに滑稽だ。


「最後の仕上げをしてくるので、これで失礼します」

「あぁ。ヘマしたらお前でもただじゃおかねぇぞ」


 フェイルは部屋を出ると、我慢できずに笑みを浮かべた。あまりの馬鹿さに笑いを堪えきれなかった。


「ただじゃおかない、か。あなた程度に、何が出来るんですかねぇ」


 昔はともかく、今のゲノアスには両手で数える程度にしか手下がいない。だというのに、いつまでも自分が上だと思っている姿が滑稽だった。


「けど感謝はしてますよ」


 この街でヒランの人望は厚い。ヒランを恨み、その恨みを晴らそうと行動する者はゲノアスだけだ。そのうえ、少ないとはいえ動かせる手下がいるのでうってつけの存在だった。


「これで、思い知らせることができるんですから」


 フェイル以外誰もいない廊下に、独り言が響いた。

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