第6話
何事も無くダンジョンから出て、依頼の達成報告と狩ったモンスターの素材の買い取りのために冒険者ギルドに向かった。
盾の受け流しの仕方をウィストさんから教わったものの、上手くはいかなかった。教えて貰ってすぐにできたら誰も苦労はしないので、当然と言えば当然なのだが。
何度か練習したのだが、受け流し切れずに腕に衝撃が伝わってしまって、腕が痺れて反撃が出来なくなる。さらにタイミングが合わずに受け流しに失敗すると、盾が弾かれるように身体から離れてしまうことも多々あった。身体ががら空きになったため致命傷を負いそうになったときは、さすがにヒヤリとした。ウィストさんがいてくれて本当に助かった。
「腕、大丈夫? 何回も失敗してたけど」
僕の容体を気にして、ウィストさんが心配する。
「なんとかね。それに痛くても練習しなきゃできないんだから、これくらいどうってことないよ」
「けど、荷物持ちくらいは私に任せても良いんじゃない?」
モンスターの死骸と依頼品は、両方とも僕が持っていた。ウィストさんは今は自分の荷物しか持っていない。別にウィストさんから押し付けられたわけではなく、自分から買った役割だ。
今日の依頼と狩猟は、ウィストさんがいたから得られたものだ。だから役に立たなかった分、少しでもいいから別の事で挽回したかった。
それにフィネさんに心配されるという状況を、何とかして変えたかった。
今回の依頼や前回の食事だけの話ではない。ウィストさんに暴言を吐いてから二ヶ月余り、フィネさんにはかなり気にかけられた。
文字を読めない僕が依頼書を見ていると真っ先に説明に来てくれたり、素材の買取査定で待っている間にも話しかけられた。僕がハイエナと呼ばれ始めたときも、最初に言った「元気に挨拶をし続ける」という言葉を今も実行している。
些細な行為かもしれないが、それがどんだけ僕の心を癒してくれただろう。彼女のお蔭で、僕は腐らずに冒険者を続けられたと言っても可笑しくは無い。
だから僕は大丈夫だということをアピールするために、荷物持ちを引き受けていた。余裕があるということを見せれば、心配される機会が少なくなるかもしれない。
近いうちに目的を達成して、少しでも早くフィネさんに恩返しをして喜ばせたかった。
「フィネさんには心配かけてばかりだから、大丈夫だってことを少しは見せないとね」
「……あぁ、なるほどねー」
僕の意図を察したのか、ウィストさんはニヤニヤと笑っている。
「好きな子に心配されるっていうのは、男の子のプライドを考えたら問題だよねー」
「うん……うん?」
予想してない言葉が聞こえたが気のせいだろうか。言い間違いかと思ってウィストさんが訂正する言葉を待ったが、一向にその言葉は出ず、相変わらずニヤついている。
「……違うからね。確かに良い子で明るくて可愛いけど、恋愛対象として見たことは―――」
「え? じゃあ嫌いなの?」
「いや、むしろ大好きだけど……人としてだよ?!」
危うく「異性として好き」という言質を与えそうになった。ウィストさんは「ふーん」と言って残念そうな表情をする。
「そっかー、それは惜しいねー。フィネはヴィックの事を気になる人って言ってたんだけどなー」
「ほんとに?」
考えるよりも先に聞き返してしまう。直後に迂闊な発言をしたと気づいた。途端に、ウィストさんはしたり顔をして詰め寄ってくる。
「あれれー? 恋愛相手としては見てないんだよねー。なのにこういう話は気になっちゃうんだー? へぇー……」
水を得た魚の様な調子で、ぐいぐいと問い詰められる。面倒な事態になった。
フィネさんの事は好きだ。だが恋愛対象としてではなく、一人の人間に対する好意だ。今まで散々な扱いを受けてきた僕にとって、彼女とのコミュニケーションは新鮮で、そして嬉しかった。
ただ、彼女の振る舞いは、僕がフィネさんの妹と似ているから応援しているという、ただの善意で行っていることだ。僕の目的が達成したらそれが続くかどうか分からないし、もしかしたら他の人の応援に力を入れるかもしれない。
だが、その程度の関係が丁度良いのだ。
半人前の冒険者である僕が、これ以上の関係を望むのはおこがましいことだ。望むとしても友達程度の関係だが、それもまだ先の話だ。せめて一人前の冒険者と名乗れるくらいになってからだ。
だから彼女に対して恋愛感情を抱くつもり無かった。フィネさんの恋愛事情には興味はあるが、ちょっとした野次馬的な好奇心だ。
「気になる人」という言葉は気になるが、おそらく勘違いだろう。過度な期待は持たないことにする。別に気落ちはしないが。
「知り合いのことだから気になるのは可笑しくないでしょ」
なるべく当たり障りのない言い訳を言うが、ウィストさんの顔は納得しているようには見えなかった。追及してくるかと思って心構えをしたが、その前に冒険者ギルドに着いた。「話は後でね」と言いながらウィストさんは中に入った。買い取り中にそれらしい言い訳を考えることにする。
ギルドに入って受付に向かおうとしたが、先に別の方に視線が向かった。視線の先には、大勢の冒険者が円の形になって集まっている。輪の中心には、黒髪で背の高いノッポの青年がいる。
「なぁ、この状況をどう説明してくれるんだぁ!?」
円の中から恫喝の言葉が耳に入る。しかしノッポが言った様には見えない。人混みで背の高い方しか見えなかったが、傍にもう一人男がいて、その男が出した声のようだ。
何の騒ぎか分からなかったが、わざわざ見に行くつもりは無い。買い取りと依頼達成の報告を優先しようと思った。
しかし受付にはギルド職員がいない。周りを見ると、遠巻きに騒ぎを見ている姿があった。声を掛けようとしたが、職員達の様子が変だった。なにやら落ち着きが無さそうに見える。
今回に限らず、ギルド内ではたまにいざこざが起こる。ギルドへの苦情やら冒険者同士の喧嘩等、大事から小事まで。だがギルド職員はそういった厄介事には慣れており、対処する術も学んでいると聞いた。そのため、度々厄介事の現場に居合わせたときも、ギルド職員は落ち着いた様子で対応をしている姿を目撃していた。だから今の職員の様子に違和感があった。
事情ぐらい聞こうと、顔見知りのフィネさんを探した。しかし何処にもいない。フィネさんは今日は仕事でギルド内に居るはずだった。
「まさか、ね……」
冷や汗が背中を伝う感触がした。懸念を拭うために、輪の中心にいる人物を見に行った。人混みを掻き分けて、円の中が見える所まで進んだ。
まず目に入ったのが、ノッポとその隣にいる金髪の青年。次に金髪の視線の先にいる人物を見る。
そこには、泣きそうな顔をしているフィネがいた。
意味が分からない状況だった。輪の中では、金髪の青年とノッポで黒髪の青年が並び立ち、向かい側にフィネが突っ立っている。しかも、今にも泣きそうな顔をして。
いったい何が起きているんだ、と疑念が頭に浮かぶ。フィネさんは人から恨みを買うような性格ではないはずだ。しかし僕の目には、そんな彼女が二人の青年に責められている状況が映っている。
ただ、フィネさんが泣かされるような事態は無視できない。輪の中に入ろうと前に出るが、肩を掴まれて止められた。後ろを向くと、見たことの無い女性が僕の肩を掴んでいた。
「おまえ、ハイエナだろ?」
男のような口調だった。誤魔化すのも面倒なので適当に「はい」と答えた。
「だったらお前はここに居ろ。出てったら面倒になるからな」
「どういうことですか?」
「お前が切っ掛けで起きた騒ぎだからだよ」
言葉が詰まって、何も言えなくなった。僕が原因と言われても、心当たりは……いや、一つだけある。しかも、僕が危惧していた問題だ。
「あの二人がハイエナ冒険者、つまりお前のことを話題にして飯食ってたんだよ。陰口にしちゃあデカすぎる声でな。ああいうのは無視するのが一番なんだが、あの子はわざわざそれを否定しに行ったんだ。余程頭にきてたのかね、大声で否定してたな。
それにむかついたのか、あいつらは今度はギルドを批判し始めたのよ。ハイエナを放置するのが悪い、最近はマイルスダンジョンも荒れてる、管理をさぼってるんじゃないかってね。少し前から下層のモンスターが上層に頻繁に来てるんだろ? あれの事だよ」
ダンジョン管理の仕事に、モンスターの活動領域の安定化という項目がある。モンスターを適当な階層に止めておくという内容だ。新米冒険者が活動するような上階層に、新米がどうやっても勝てないモンスターがいると、あっという間に屍の山が築かれる。それを防ぐために、上階層には弱いモンスターを、下階層には強いモンスターが留まるように間引きをする。ダンジョン管理人の仕事の一つだ。
しかしここ最近のマイルスダンジョンでは、その間引きが出来ていない。間引きが出来ていない理由は分からないが、それが原因でダンジョンの利用者が減っている。そのことを不満に思う冒険者もいると思うが……。
「だからって、フィネさんにあたるのは滅茶苦茶じゃないですか?」
ダンジョンの管理は、ダンジョン管理人で、かつギルド職員のヒランさんの仕事だ。同じギルド職員とはいえ、フィネさんに不満をぶちまけるのはお門違いだ。
「けどヒランはギルド職員だ。同じギルド職員に鬱憤を晴らせれば誰でもいいんだろ。実際、お前への対応を含めて、今はまだ何も成果を出せてないからな。ダンジョンはともかく、お前に対しては何でもいいから対処すべきだったんだよ」
五階層目に挑戦するようになってから、ハイエナ行為とは無縁の生活をしていた。普通の冒険者として活動をしているつもりだった。
ギルドがハイエナ冒険者と呼ばれる僕に対して、なぜ何もしないのかは分からない。おそらくフィネさんが庇っているのだと思って、それに甘えていた。陰口を言われたり、一度襲われたこと以外では、何事も無く冒険ができたので、あまり深く考えなかった。
けど、そんな簡単な事じゃ無かったんだ。ギルド職員が特定の冒険者を優遇するのは、他の冒険者からすれば面白いことではない。
そしてその原因は僕にあるんだ。僕が出れば、フィネさんが槍玉にあげられることは無い。
「言っとくけど、庇いに行こうとか思うなよ」
僕の考えを読んだのか、言葉で僕を制する。
「けど僕が行かなきゃ―――」
「こんなのはただの喧嘩だ。喧嘩なんざぁ、冒険者ギルドに限らず、どこでも起こる様なもんだ。あの子が形だけでもいいから謝罪すれば、とりあえずこの場は収まる。明日にでもなれば、あぁそんなことがあったなぁ、って感じでよくある喧嘩の一つとして終わるんだ。だから放っておけ」
「……たしかにそうかもしれません」
彼女の言うことは間違ってはいないと思う。この程度の騒ぎは街中の至る所で起きていて、いずれ忘れられるようなことだ。
だがそれは、当事者でなければの話だ。
僕は今の待遇には慣れている。しかしフィネさんはどうだ。こんな目に遭って、フィネさんが明日以降も平常に仕事が出来る姿を想像できなかった。
そしてなにより、
「けど僕は、フィネさんのあんな顔を見たくないんです」
フィネには笑顔でいて欲しかった。
僕は彼女の手を振り払って、フィネさんの傍に寄っていく。僕が前に立つと、気付いたフィネさんは面を上げて僕を見た。
「ヴィックさん……?」
「今まで庇ってくれてありがとう。けど、もう大丈夫だから」
涙目になったフィネさんを見て、フィネの頭を撫でる。柔らかい髪を撫でると、二人の青年に向き直る。
「あれ、どこかで見た顔かと思ったらハイエナ君じゃないか。いったい何の用かな?」
金髪の青年がわざとらしい態度で質問をする。若干ニヤついている表情も腹立たしかった。
「やめて頂きたいと言いに来ただけです」
「やめる? 何をだい?」
「年下の女の子を責めるような行為を、です」
「責めるだって? 何を言ってるんだハイエナ君」
陰口でハイエナと呼ばれるのは慣れているが、面と向かって言われことは無かった。苛立ちを抑えながら話を続ける。
「どう見たってそういう状況でしょ。少女一人を虐めて、恥ずかしくないんですか?」
「おいおい、これは責めているんじゃない。当たり前の事を要求しているだけなんだよ。
君も腐っても冒険者だろ? 冒険者の世界では、男も女も年上も年下も、関係無い。生きるか死ぬかの世界さ。生きるために、ダンジョンの管理をしっかりとしてもらいたいと思うのは当然だろ?」
「死ぬのが怖いのなら、冒険者を辞めればいいでしょ」
「……そういう考えだと、寿命を縮めちゃうよ?」
達観したような口調で、金髪は否定する。
「自分の命を賭けてまで冒険する者はいないさ。下級・中級・上級、どの冒険者も安全を確保しながら冒険している。さながら、縄張り内で狩りをするモンスターと同じように。それに下級ダンジョンには命を賭けるほどのお宝がないにもかかわらず、命を脅かすモンスターがいる。そんなの割に合わないだろ? だから、せめて安心して冒険が出来ることを求めているんだが、それの何が悪いんだ?」
「だったら、自分で管理すればいいじゃないですか?」
「何で俺達がそんなことをしなきゃいけないんだ。ダンジョン管理人のヒランがいるんだから、そいつがすればいいじゃないか。それともヒランは、多くの冒険者が利用する下級ダンジョンよりも、上級ダンジョンの管理の方を優先するのかな。まぁ上級ダンジョン向けの依頼は、金持ちがよく依頼を出すからねぇ。権力者の機嫌を損ねない様に必死なのかな?」
「ヒランさんは、そんな人じゃない」
僕よりも先にフィネさんが答えた。涙目で身体が震えながらも、声を出してヒランさんを庇う。しかし、金髪は容赦なく続ける。
「じゃあなんで何もしてくれないのかなぁ。ダンジョンの管理はもちろん、そこのハイエナ君のことも」
「だからそれは―――」
「やってないとは言わないよね? 俺は見たんだから。ハイエナしているところを」
フィネさんに向けられた矛先が、再び僕に戻る。
結局のところ、僕のハイエナ行為が問題なのだ。この問題を何とかしない限り、ハイエナ冒険者を贔屓しているという悪評が、フィネさんに付いて回り続ける。
僕はどうなっても良いが、フィネさんは何としても守りたい。そのために、
「どこにそんな証拠があるんですか?」
僕は白を切った。
「……おい。本気で言ってるのか?」
ノッポが初めて口を開いた。その言葉には、怒気が混じっているように聞こえる。同時に周囲の冒険者もざわつき始めた。なかには鋭い視線で見てくる人もいる。
だがこれでいい。矛先をフィネさんにではなく、僕に向いていれば良いんだ。
「もちろん本気です。人の事をハイエナとか言ってますけど、どこにそんな証拠があるんですか? 証拠も無しに疑うとか、卑怯じゃないですか?」
「ふざけんな!」
ノッポが怒鳴る。突然の大声に驚いたが、思惑通りに進んでいる。
サリオ村に居たときに、今と似た光景を見たことがある。悪いことをした者が開き直ったときの周囲の反応を。
開き直るまでは同情的な者や許してあげようとする者がいた。しかしそいつは余程悪事を認めたくないのか、開き直って不満を散らし始めた。その後、周囲の者の目が変わった。一人の人間を見る目から、汚物を見るような目に。
今の僕の状況とは若干違うが、周囲の反応が変わったことはたしかだ。僕の発言を、開き直った言葉と思って軽蔑した視線を送る者や、ハイエナ行為を否定したと見て二人に疑念の目を向ける者、別の意図があっての発言なのかと推理し始める者など、色んな視点から捉えようとしている。
そして彼らの目線は、次の展開を待ちわびている野次馬の様に、僕と青年二人に向けられる。
さっきまでは青年二人がフィネさんを責めるような格好だったが、今は僕のハイエナ疑惑を二人が証明しようとする展開になった。これでフィネさんに向けられた好奇の目を逸らすことができる。騒動が終わった後には、フィネさんが責められたということではなく、青年達が僕のハイエナ行為を糾弾していたという印象が残る。
こうなればあとは簡単だ。あの様子だと、僕がハイエナをしたという証拠は持ってなさそうだ。問い詰めてくるだろうが、適当に躱して頃合いを見てこの場から去ればいい。それでこの騒ぎは終わりだ。
だが二人の青年の様子を見て違和感があった。ノッポは唇を噛みながら憎しみを込めた眼で僕を見ているが、一方の金髪は冷めた視線を向けていた。
「じゃあ君は、他の冒険者の報告が間違っている、嘘をついていると言いたいんだな?」
「そうです」
「さて、変な話になったなぁ。じゃあ誰が一体何故、底辺冒険者の君をハイエナに仕立て上げたんだろうねぇ?」
思わず口を閉ざしてしまった。僕がハイエナだという証拠が無い一方で、逆にハイエナじゃないと言える証拠も無い。このままだと現状は何も変わらない。
僕としてはこの騒ぎが収まれば一番いいのだが、相手は簡単に終わらせてくれなさそうだ。
「さぁ、何ででしょう? そんなことを知りたがる余裕が無いほど、僕は毎日生きるのに必死なんで」
「本当にそれで良いのかな?」
「……どういうことです?」
金髪の発言に首を傾げる。僕の身を案じた様な言葉に違和感を覚えた。
「俺達以外にも君がハイエナだと思っている冒険者は大勢いる。今回で終わらず、また俺達みたいに不満を爆発させる奴が出てくるかもしれないぜ。またそんな事態になっても良いのかな?」
「そりゃ、嫌ですけど」
金髪がにやりと笑った。その表情を見て嫌な予感がした。何か失言をしてしまったか?
「じゃあ君がハイエナじゃないと証明できれば良い。それが出来れば君をハイエナとは呼ぶ者はいなくなるだろう」
「そんなことどうやって―――」
「簡単だ。君が一人前の冒険者だと認めさせれば良いだけだ。例えば、この依頼を達成するとかな」
金髪の手には一枚の依頼書が握られている。依頼書に書かれた文字と赤色の印字には見覚えがあった。
ララックさんが出した依頼だった。
「依頼内容はヌベラという薬草を十束採取する依頼だ。ヌベラはこの辺じゃあマイルスダンジョンの七階層以下にしか生えていない。これが出来たら一人前の冒険者だと認めてやるよ」
僕が断念したはずの依頼を突き付けられる。依頼の難易度はすでにララックさんから教授されている。僕の実力では難しいものだった。
「いや、この依頼が出来たら達成って単純すぎでしょ」
「シンプルな方が分かりやすいだろ? 実力のある者がハイエナなんてするわけないからな。それに、この依頼は実力者だと証明するのにぴったしな依頼だ。マイルスダンジョンの七階層の依頼を達成することは、下級冒険者としては十分な実力を持っているって証明にもなる。この街の冒険者の間では当たり前の常識だ」
周囲の冒険者の中に頷いている者の姿がちらほらと見えた。他の冒険者も納得しているようだ。
だが、僕が依頼を達成できる可能性は低い。まだ六階層のモンスターを一人では碌に倒せないというのに、七階層に挑戦するのは無謀だ。
ハイエナ冒険者とまた言われ続けるだろうが、命があるだけましだ。金髪の提案を降りようと決めて、辞退する言葉を口にしようとした直前だった。
「ま、別に降りても構わないけどね。その代わり、俺らはしつこく言い続けるだけだ。ハイエナを贔屓して庇い続けるギルド職員がいることをな」
金髪はフィネさんの方を見ながら、そう言った。
「今はこの程度で済ましてやるが、不満を持つ奴は俺ら以外にもいるぜ。ハイエナに対して何もしないっていうのなら、そいつら集めて抗議してやる。例えば……特定の冒険者を贔屓する、ギルド職員として未熟な女を辞めさせるようにな!」
「やるよ」
反射的に、言葉が出た。さっき口にしようとしていた言葉の、真逆の意味を持つ言葉だった。
「ん? 何て言った?」
「やるって言ってるんだよ。このゲス野郎」
口調を気にする気は無かった。金髪の眉がピクリと動いたが、そんなものは無視だ。
「おい。年上には敬意を払えよ、ハイエナ」
「あんたみたいなゲス野郎に敬意を払えるほど、僕は大人じゃない。それに、僕がやるって言ったんだ。それさえ分かれば十分だろ?」
金髪は怒りで顔を赤くしているものの、表情を崩さない様に取り繕っている。
「……二言は無いな?」
怒りを抑えた声で聞いて来る。
「無いよ」
僕も怒りを抑えて答える。
「ダメです! 断ってください!」
フィネさんが僕を止めようとする。だがこれは、フィネさんの頼みでも断れないことだ。
「嫌です。僕だけならともかく、あいつはフィネさんを虚仮にした。それだけは許せない」
「あ、あんなのはただの挑発です! 私は気にしませんから、依頼を受けないでください!」
僕に危険な依頼を受けさせるために、金髪はあの発言をした可能性はあるだろう。しかしもし本気で言っていたら、フィネさんが槍玉に上げられる日が続くことになる。その可能性を無視してのうのうと冒険を出来る訳が無い。
それに、僅かだが勝算はある。
「大丈夫です。今から行けば無事に終わる可能性もあります」
さっきまでマイルスダンジョンの六階層目にいたが、モンスターの数はかなり少なくなっていた。あの様子なら、七階層目も普段よりはモンスターが少ない可能性がある。隠密に動けば、モンスターと遭遇せずに依頼を達成できるかもしれない。
そのことをフィネさんに小声で話したが、フィネさんの表情は未だに晴れない。
「じゃあ、ヌベラをどうやって見つけるんですか?」
「……その辺に生えてるんじゃないの?」
フィネさんは愕然とした表情をした。信じられないと言いたげな顔だった。
「ヌベラは岩陰に隠れるように生えていることが多いんです。だから岩がある場所を探せばいいんですが、問題は見分け方です。一緒の場所にヌベラに似た『ヌガラ』という薬草が生えていることがあります。その見分け方を知っていますか?」
知らなかったことに焦りを感じた。まさか似た薬草が近くに生えている可能性があるとは思わなかった。見分け方が分からなければ可能性はさらに下がる。
「じゃあ、私がついて行く! 私なら見分け方知っているもんね」
ウィストさんが寄って来て声を掛ける。頼もしい援護だ。
「ダメだ。お前がついて行ったら認めない」
だが金髪がその援護の邪魔をする。
「いいじゃない別に。たかが一人くらい」
「一緒に行ったらモンスターの相手はお前がするだろ? 七階層のモンスター相手の立ち回り方も一人で上手くできて、初めて一人前って言えるんだ。邪魔はするな」
ウィストさんは「ぐぬぬ」と悔しそうな顔をする。ウィストさんが付いて来てくれないとなると、ヌベラを探すのは難しくなる。見分け方だけでも聞いて一人で行くのが賢明か。
「冒険者以外でも、ダメですか?」
そこに、フィネさんが金髪に質問した。
「……冒険者以外なら護衛しなきゃいけねぇし、モンスターを相手にするときは足手纏いになるからな。護衛付きでこの依頼を達成出来たら、文句どころか頭を下げて謝ってやるよ」
「そうですか……」
フィネさんは僕を見て微笑んだ。
「じゃあ、私が付いて行きます!」
驚きの余り言葉が出なかった。周囲の騒めきも大きくなる。
「正気で言ってんのか? お前」
口を閉じていたノッポがフィネさんに問いかける。そう言いたくなるのも無理はない。
モンスターが少ないことを見込んでいるはいえ、七階層を踏破したことが無い冒険者を護衛にするのは自殺行為にも近い判断だ。
しかしフィネさんは「もちろんです!」と平然と答える。
「私はヌベラとヌガラの薬草の区別はつきます。それに自分が蒔いた種をヴィックさんだけに対処させるなんて、私にはできません。だからついて行きます」
フィネさんの意志は固そうだった。しかし僕の方は自信が無い。
「けど僕は、護衛なんてしたことが無いよ。フィネさんを守り抜けるか分かんないし、万が一のことがあったら―――」
「じゃあ、依頼を受けるのを辞めてくれますか?」
「それは……」
「あと、置いて行こうとしたら一人でダンジョンに入って追いかけますので」
自分が強情であることは自覚していたが、フィネさんも同じように強情であった。
僕はフィネさんが悪く言われたことを許せないから依頼を降りるつもりは無いし、フィネさんも僕を手伝いたいという思いがあるから引き下がるつもりは無さそうだ。
大人しく、一緒にダンジョンに行くしかなかった。
それを察した金髪が、
「じゃあ二人で行くってことに決まりだな」
と言って区切りをつける。
「おい、職員を巻き込むなんて聞いてないぞ」
ノッポが抗議の言葉を金髪に言って、「いいじゃねぇか」と返されている会話が聞こえた。なにやら揉めているようだったが、じっくりと聞く余裕は無い。僕等はすぐにダンジョンに向かう用意を始めた。
「じゃあフィネさんは準備を始めて。ウィストさん、買い取りの方は任せたから」
「分かりました! ちょっと待っててくださいね!」
「了解。あと……」
ウィストさんが心配そうな顔をしていた。
「気を付けてね。ヤバそうになったら辞めてもいいんだから。あいつらは色々と言ってたけど、フィネやヴィックにも味方がいるってことを忘れないでね」
「うん。分かってる」
「それから、今日言ったアドバイスも忘れないでね。すぐに役立つか分かんないけど」
「もちろん」
今まで僕を助けてくれたフィネさんのためにも依頼を達成する。僕の頭にはそれしかなかった。
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