第3話

 街行く人々の賑やかな音で目が覚めた。足音や話し声、荷物を動かす音が耳に入ってくる。大通りからあまり離れていない路地裏で野宿をしているので、騒がしいのは仕方がない。

 ララックさんから貰った毛布から出て、野宿の片づけを始める。毛布や服に付いたゴミを払い、荷物の中身を確認する。

 以前、眠りから覚めたときに浮浪者が荷物を盗ろうとしていたので、それ以来荷物を確認するようになった。今日も無くなった物は無さそうだ。


 荷物をまとめて大通りに出る。何人かが汚いものを見るような目で僕を見たが、無視してギルドに足を運ぶ。

 大丈夫だ。この程度ではへこたれない。

 冒険者ギルドに入ると、すぐにいらない荷物を受付に預ける。笑顔で応対してくれるあたり、プロ意識を感じた。


 いつもは掲示板に向かって依頼を受けるが、今日は受けずに外に出た。依頼を受けずにやりたいことがあった。

 迷わずに目的地に足を運ぶ。道行く人々にぶつからない様に気をつけながら歩き、到着すると財布の中身を一度確認してからロマロス武具店に入る。

 店の中は相変わらずだ。防具や武器が整然と並べられている。武器屋の店員は、入ってきた僕を見て一瞬嫌な顔をする。


「おいおい、きたねぇ格好だな。冷やかしなら帰ってくれ」


 邪険に扱おうとする店員だが、僕は無視して目的の品に近づく。その武器の値段を確認すると、店員に向かって言った。


「これください。お金はあります」


 財布の中身を店員に見せると、一瞬で表情を変えた。


「なんでぇ兄ちゃん。買うならそう言ってくれよ」


 愉快に笑いながらそう言った。最初に剣を買ったときもこの調子だった。

 以前と同じ変貌ぶりに、なぜか安心してしまう自分がいた。




 五階層目に来るのは久しぶりだった。ウィストさんと一緒に依頼を受けて以来、この階層には来ていない。

 五階層目からは強いモンスターが現れ始める。そのうえ、以前のグロベア出現の事態を思い出してしまい、なかなか五階層目に降りることができなかった。


 しかし、今日でその弱気とはさよならだ。

 武器屋で買った新しい剣と盾。今までの武器より上等な武器を持つことで、少しだけ気が楽になった。お蔭で五階層目に行くことができる。もちろん、踏み入れるだけで終わるつもりは無い。踏破するのが目標だ。

 剣と盾の使い方は、ここに来るまでのモンスターで練習した。少なくとも、最低限の使い方は覚えたつもりだ。相手が五階層目のモンスターでも、同じように対応すればいいだけだ。


「よし」


 覚悟を決めて、五階層目を歩き始めた。

 設置されているランプの明かりを頼りに歩き続ける。五階層目とはいっても、基本的には四階層までと同じ構造だ。やることは変わりない。ランプが設置されている道を進む、それだけで六階層目に辿り着ける。

 しかし、心配事が無いわけでもない。以前五階層目に来たときは、五階層目のモンスターと一度も会わずに出ることになった。つまり、モンスターの強さが分からないという不安がある。

 事前に生息するモンスターは調べてきたが、実際の強さまでは敵対するまで分からない。予想より強かった場合を考えて新しい剣と盾を買ったが、どこまで通用するのだろう。


 不安を抱きながら歩き続けると、前方から物音が聞こえる。

 反射的に盾を構える。物音がする方向から、一匹のモンスターが現れた。そのモンスターの姿を見て「運が悪い」と心の中で嘆いた。

 肌が黒く、体格は僕と同じくらいの身長だが二回りほど横に太い、ネズミ顔の人型のモンスター、ワーラットだ。

 事前に調べた情報によると、普段は七階層目を縄張りとしているモンスターのはずだ。手に持っている棍棒を使って、冒険者と同じように狩りを行うのが特徴だ。

 厄介なのが、病原菌を持っていることがあるという点だ。些細な傷を受けた冒険者が、すぐに病気になるということが多々あるらしい。

 七階層目のモンスターであり、病原菌を持っている恐れがある。なかなかシビアな相手だ。


 緊張のあまり、背筋に汗が流れた。

 大丈夫だ、こっちには盾がある。ワーラットの攻撃を受け、攻撃した隙を狙って反撃すれば勝てる。

 覚悟を決めて、ワーラットに立ち向かった。一方のワーラットも声を鳴らして威嚇する。二・三度程鳴いてから近づいて来ると棍棒を振るった。

 攻撃はそれほど早くない。棍棒の軌道をよく見て盾を構える。この攻撃をいなして、反撃をする算段だった。

 だが、その攻撃は予想以上の重さだった。


「いっ―――!」


 攻撃の重さに我慢できず、つい苦痛の声を漏らしてしまう。すぐさま反撃をするつもりが後ずさりをしてしまい、ワーラットとの距離が離れてしまった。

 しかし、その距離はすぐに詰められてしまう。ワーラットが二撃目を振るおうと近寄ってきた。

 何とか体勢を立て直して盾を構える。一撃目は予想外の重さに戸惑っただけだ。次はちゃんと返せるはず。

 二撃目を受けたとき後ろには下がらなかったものの、受けた衝撃で盾を持った腕が痺れる。

 ここからすぐに反撃? 無理だ。攻撃に耐えるだけで精一杯だ。


 四階層までのモンスターの攻撃を受けたときは、これほどの威力は無かった。ワーラットが本来は七階層のモンスターとはいえ、これほどの差があるのか?

 受け入れがたい現実に、つい歯軋りをしてしまう。武器を新調してもすぐに強くなれるはずがない。僕自身はまだ未熟なのだ。こんな当たり前のことを忘れていたとは。

 だがいつまでも反省している場合じゃない。今は目の前のモンスターを倒すことが先決だ。

 考え事をしているにも関わらず、ワーラットは続けて三撃目を繰り出す。何とか受け止めるものの、腕が痺れて反撃できるほどの余裕が無い。

 このままだと、いつか腕が折れてしまうかもしれない。何とか打開策を考えないと。


 ワーラットを見据えながら、自分の持ち札を思い出す。持っている武器は、今持っている剣と盾、腰に携えたモンスター解体用のナイフ。それ以外の荷物は、武器の手入れ道具と身体を拭くためのタオル二枚、少量の補給食と収集用の小袋、あとは焚き火をするための道具一式だ。この場で役に立ちそうな道具は無い。

 道中に何か役立ちそうなものは無かったかを思い返したが、他の階層と同じように壁にランプが設置されているだけだ。

 結局、ワーラットを倒せそうなものが無いということが分かっただけだった。


「くそっ!」


 置かれている現状に嫌気が差し、悪態をついてしまう。このままだとまずい。

 ワーラットは幾度も棍棒を振るう。盾で塞ぐが、少しずつ腕の感覚が無くなっている気がしてきた。徐々に棍棒を振るう速さも上がっているため、避けることも難しい。

 仕方がない。僕は覚悟をしてワーラットの棍棒を見る。振り下ろす棍棒に、タイミングを計って腕に力を入れる。

 あと少しだけ腕が持つことを祈り、僕は前に出た。棍棒を振り下ろし切る直前に、盾を棍棒にぶつける。その勢いに押されて棍棒が強く弾かれるが、僕の腕にも強い衝撃が伝わった。歯を食いしばって痛みに耐える。

 そのまま前進し、ワーラットの懐に近づく。同時に剣を突き刺した。剣の軌道は、真っ直ぐとワーラットの腹を捉えていた。

 しかし、刺さる直前にワーラットは後ろに跳び退く。やはり、簡単に喰らってくれるほど容易くは無い。

 だがこれで十分だった。


 僕は来た道に振り返り、猛ダッシュで逃げ始めた。

 ワーラットの足はそれほど速くは無い。距離を取り、先に走り始めれば逃げ切られるはずだ。

 三十秒程全力で走った後、背後の様子を見た。ワーラットの姿は見えず、足音も僕のものしか聞こえなかった。

 逃げ切れた。その事実に安堵して息を吐く。

 しかし走り過ぎたせいで、五階層目の入り口にまで戻ってしまった。

 腕の痺れも取れない上に、今モンスターに襲われたら勝てる自信が無い。僕は肩を落とした。


「少し休んだら、また行くか」


 このまま帰ったら、昨日までの頑張りが無駄になる、そんな気がした。

 一度、安全な場所を探して身体を休めることにした。


「なかなか上手くいかないなぁ」


 上手くいかないことに気を落としながらも、諦めるつもりは無かった。


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