第2話

「それで、私の下に逃げてきちゃったのね」


 ララックさんに一通りに説明すると、呆れ顔で言われた。自分がしたことを口に出して、改めて自己嫌悪した。


 ウィストさんから逃げ出した後、どうすれば良いのか分からなくなった。

 冒険者ギルドには戻り辛い。フィネさんには相談出来ない。依頼の際に一緒に組んだだけの人には重すぎる話題だ。

 一人で何とか解決しようと思っていたが、偶然にも見覚えのある商店の前を通りかかった。冒険者になった初日に、ララックさんと出会った商店だ。


 ララックさんとは初めて会った日以降も何回か会っていた。アルチ商店が取り扱っている商品は冒険者や傭兵が使う物が多いため、それらを生業とする人が多く訪れる。僕も客として何回か店に訪れ、その度にララックさんと会った。

 プライベートで会うこともあった。ララックさん曰く、先行投資のつもりで会うたびに食事を奢ってくれて、それに甘えていた。

 だから相談相手としては最適だった。いつも話をするときは、からかわれることがほとんどだが、今はそういう対応をされても構わないと思った。


 店に入ってララックさんを探す。ララックさんは商品を並べている最中だった。店に入った僕に気付くと微笑んで出迎えた。


「いらっしゃい。今日は相談事かしら?」

「……分かります?」

「えぇ、そんな深刻な顔をしていたら、ね」


 仕事中だったので、仕事を上がる時間まで適当に店内をぶらついた。他の店員に睨まれた気がしたが無視した。

 時間になるとララックさんに誘われて、近くの飲食店に入った。

 そして事の顛末を語ったのが、今の状況だ。


「はい。情けなくて、自分が嫌になります……」

「そうねぇ。確かに情けないわねぇ」


 正直な言葉が良心を痛みつける。だが全く反論はできないし、そもそもするつもりは無い。非は間違いなく僕にある。


「そうですよね。劣等感を勝手に感じて八つ当たりとか……」

「八つ当たりはダメだけど、私が言いたいのはそっちじゃないわ」


 僕を指しながら、ララックさんは言い切る。


「今みたいに、何も考えていないことよ」


 意外な指摘に言葉が出なかった。


「劣等感を感じるのは仕方がないわ。八つ当たりするのはかっこ悪いけど、上手くいかないときは誰だってそうしたくなる気持ちはあるわ。

 問題は、その後自分が何をすべきかを考えていないことよ。実は解決策をもう考えていて、私に訪ねたのは弱音を吐く相手になって欲しい、というのならいくらでも聞いてあげるけどね」


 ララックさんの言葉が、深く胸に突き刺さる。途端に自分が恥ずかしくなった。

 確かに自分は、何も考えていなかった。年上のララックさんに話を聞いてもらって、同時にアドバイスを受けようとしていた。いろんな経験をしてそうな人なので、解決策を授かれると思った。

 だがそれでは何も解決はしない。自分で何とかしなければ意味が無い。


 とはいっても、思いつくのは謝ることだけだ。謝れたとしても、それで許してもらえるかは分からない。

 自分の答えに、自信が持てなかった。


「解決策は……考えます」

「えぇ、それが良いわ。あと、愚痴とか弱音ぐらいはいくらでも聞いてあげるわ。それだけでも、大分すっきりできるわよ」


 すでに最悪な形で実証済みだった。もっと早く、ララックさんに聞いてもらえればこんな事にはならなかっただろう。今度からは、ララックさんの好意に甘えるとしよう。


「ありがとうございます」


 礼を言うと、ララックさんは微笑んだ。その笑みからは溢れる母性に、不覚にも甘えてしまいたくなった。


 食事を終えてララックさんと別れた後、冒険者ギルドに向かった。具体的な解決策はまだ思いついてはいない。だが、それは後で考える。先にウィストさんに謝った方が良いと思った。

 一番まずいのは、今回の事を機にウィストさんとの付き合いが無くなることだ。それだけは避けたかった。謝る意志があることを伝えておけば、ウィストさんとの縁が切れるという最悪の事態だけは避けられるはずだ。関係を繋ぎとめている間に、解決策を考えて実行すれば良い。


 早速ウィストさんに謝りに行こうと、冒険者ギルドに向かっている道中の事だった。


「君がヴィック君だね?」


 突然、前から歩いて来た青年に声を掛けられた。

 青年はヴィックより背が高い。やや細身だが引き締まっている体格であることが服の上からでも分かった。

 肩まで届きそうな長さの藍色の髪で優男のような容姿には見覚えが無い。少なくとも顔見知りではないことは確かだ。


「どなた、でしょうか?」


 知らない人から声を掛けられて、内心動揺していた。青年はそんな事を気に止めず話し出す。


「僕の名前はフェイル。君と同じ冒険者さ」


 冒険者を名乗ったフェイルだが、ギルド内では見たことが無い。少し怪しく感じたが、それを察したフェイルは続けて言った。


「あぁ、知らないのも無理はないよ。他の街で活動していたからね。最近マイルスに来たんだよ。それに僕はあまり下級ダンジョンに行かないから、会ったことが無いのも不思議じゃないよ」


 マイルスの冒険者達は、向かうダンジョンによって冒険者ギルドに帰ってくる時間帯が違う。各レベルのダンジョンのある場所と距離差があるからだ。

 下級ダンジョンは冒険者ギルドから三十分で着く場所にあるが、中級と上級ダンジョンは馬車で一時間以上かかる場所にある。

 定期的にダンジョン近くまで通る隣町行きの馬車があるが、馬車が行き来する時間帯は朝と夕方の限られた間だけだ。個人で借りられる馬車や馬が街やダンジョンの近くにもあるが、利用料が高いため使う者は少ないと聞く。故に、ほとんどの者は定期便を使う。

 定期便を使うと、ダンジョンから帰ってくるのは夜だ。夕方に下級ダンジョンから帰ってきている僕とは、会わないのも無理はない。


 ただ、気になるのはそれだけではない。おそらくベテランであろう冒険者が、何故僕に声を掛けてきたのかが分からないからだ。


「何の用ですか?」


 とりあえず、話だけは聞くことにする。

 すると青年は笑顔で言った。


「成り上がるチャンスが欲しくないかい?」


 魅力的な言葉を投げかけられた。


「チャンスって、どういうことですか?」

「言葉通りの意味さ。君の現状を変えられるということだ」


 相変わらず笑顔で話し続けるが、どうも胡散臭い。しかし興味のある内容なだけに、無碍にすることができない。


「冒険者である君に、僕の仕事を手伝ってほしいんだよ。それを達成すれば、君は変われるはずだ」

「変われるって、何を根拠に」

「まず、金銭面で余裕が持てる。報酬は二百シルドだ」

「……え?」


 規格外の報酬に、思わず気の抜けた声が出た。二百シルドは、上級ダンジョン向けの依頼じゃないと手に入らないほどの額だ。

 それほどの報酬が得られれば、欲しかった装備も揃えることができる上に、一日三食の食生活を少なくとも一ヶ月は続けられる。


「生活に余裕が出来れば、ゆとりを持った日常を過ごせる。ストレスもなく、ね」


 装備も揃えれば倒せるモンスターも増えて、難易度の高い依頼もこなせる。つまり日々の生活費を稼ぐのにも苦労しなくなる。なんとも魅力的な誘いだ。


「しかもこれを機に、腕の良い冒険者と知り合うことができる。上手くいけば、その伝手で君個人を指名した依頼を受けることが出来るようになる。仲間もできるし、良いこと尽くしだ」


 仲間という言葉に興味が惹かれる。自分より腕や経験、周囲とのコネクションがある冒険者が仲間にいると心強い。何より、ピンチの時に支え合うという関係が、喉から手が出るほど欲しい。


「その分危険な依頼だが、腕の立つ冒険者も一緒だから達成できる見込みはある。どうだい?」


 報酬の額が高いだけに、危険なのは仕方がない。僕みたいな冒険者にとっては、これ以上良い条件の依頼は無いだろう。


 しかし、やはり最初に持った疑念が頭から離れなかった。


「何で僕を誘うんですか? 僕より腕が立って、経験もある冒険者はいくらでもいます」


 明らかにしておきたい事だった。魅力的な依頼だが、やはり怪しいと思っている自分がいる。

 もしフェイルが「嫌ならいい、他を探す」と言えば、依頼を受けないのが賢明だ。詐欺の可能性が高いからだ。

 誰が相手でも言える、もっともらしい言葉を口にすれば、それは生贄を誘う餌だ。適当な返事をして逃げた方が良い。

 その判断を、次にフェイルが発する言葉でするつもりだった。


 すると、笑顔を見せていた表情が、次第に真剣な顔つきに変わった。


「僕は昼頃に、冒険者ギルドで君の姿を見たんだよ。ちょうど、君がウィストちゃんに暴言を吐いているところを」


 急に居心地が悪くなった。あのとき少人数ではあったが、ギルドのなかに冒険者が居た。その場面に居合わせていたと聞き、バツが悪くなる。


「あのときの君は、とてもかっこ悪かった。けど今まで君が酷い待遇で扱われていたと聞いたら、放って置けなくなったんだよ。

 親が死に、ひどい扱いを受け、それでも一人で頑張った。けど、後から来る新人に追い抜かれて、終いには冒険者になって二日目の女の子が遥か格上のモンスターを先に討伐した。僕なら嫉妬で狂ってしまいそうだよ。

 けど君は、それでも耐えて耐えて、耐えてきた。一人で努力してきた。だというのに、世間は君を見てくれない。恵んでくれない。そんなのって、あんまりじゃないか!

 君はこれからも、良いことが自分には来ないと言っていた。けど違う、逆だ! 今まで不幸だった分、君にはこれから良いことが起こるはずなんだ。いや、起きなきゃいけないんだ! そうでなきゃ、君みたいな冒険者が救われない。

 だから僕が、そのきっかけを作りたいんだ」


 大げさに身振り手振りで話す演技掛かった動作だったので、見ているこっちが恥ずかしかった。

 しかし息を切らすほどの語りには熱を感じたのも事実だ。その熱量にあてられ、僕は真剣に聞き入ってしまった。


「ごめんごめん、ちょっと力が入り過ぎちゃって」


 再び笑顔に戻って恥ずかしそうに言った。


「けど、この依頼は良い経験になると思うよ。端役でも危険度の高い依頼を達成すれば自信になるし、失敗しても協力した冒険者とのコネができる。何より君は、ウィストちゃんに謝りたいんだよね?」


 何故分かったのかと言いたくなった。それほど僕は分かりやすい人間なのだろうか。


「謝るのは良いことだと思う。けど謝ったところで、君が変わらなければ元の木阿弥だ。君には悪いけど、また同じように劣等感を感じて、距離を取ってしまうことが目に見えるよ」

「そんなことは……」


 脳裏にウィストさんの姿が浮かぶと、否定しきれなかった。

 たしかに単に謝っただけでは、何も変わらないかもしれない。


「いいかい、ヴィック君。冒険者に必要なことは、才能でも努力でも環境でもない。勇気だ。君がどんだけ八つ当たりしても、僕がチャンスを与えても、変わろうする勇気が無ければ何も始まらない。

 今回の依頼を受けて、勇気を身に付ければいい。そうすれば君は、背筋を伸ばして前に進める」


 満面の笑みを浮かべながら、僕に手を差し伸べた。


「君が前に進むために、僕に手助けをさせてくれないかい?」


 優しい声が心に響いた。これほどまで僕の事を思ってくれた人は居なかった。

 だから僕は、フェイルさんの言葉を信じたくなった。

 差し出された手を、僕は力強く握った。

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