幕間②

「ありがとうございました」


 ララックは商品を買って店を出た客に礼を言ってから店内を見回した。店内には客が一人も居ない状態だ。


 太陽が真上になる時間帯は、ララックの働くアルチ商店に来る客は少なくなる。この時間帯は食事をとる人が多いので、冒険者や傭兵向けの道具を扱っているアルチには客が来なくなる。

 逆に忙しい時間帯は朝と夕方以降だ。朝はこれから冒険や仕事に向かう人が足りない道具を揃えに来て、夕方は翌日に備えて前日に準備を済ませようとして買いに来る人が多い。


 だから真昼間は大抵暇であった。接客以外にも掃除や商品の補充等やるべき仕事があるのだが、今日のララックには別の用事がある。


「では行って参ります」


 ララックは奥にいた店長に向かって声を掛けると、


「おう。早く帰って来いよ」


 いつものようにぶっきらぼうな言葉を返される。早く帰っても残った仕事は早く終わる物しか残っていないので暇を持て余すだけになる。ララックはのんびりと支度をして店を出た。

 十分程度歩くと冒険者ギルドに到達した。扉を開けるとヒランの顔が目に入る。馴染み深い顔に向かって笑顔を見せる。


「おはよう、ヒラン」

「おはようございます、ララックさん」


 仏頂面で挨拶を返される。それなりに長い付き合いなのだから愛想笑いぐらいして欲しいと常々感じている。


「本日もお疲れ様です。こちらが今回の注文の品です」


 表情を変えずに数々の道具名と注文数が書かれた用紙を渡される。流し読みして注文内容を確認する。いつもとほとんど変わらない注文数だった。


 アルチ商店は毎週冒険者ギルドに冒険者が使う道具を卸している。

 本来、冒険のために使う道具は冒険者自身で用意するのが普通だ。しかし急を要して道具が必要となった場合、すぐに冒険者に与えるために冒険者ギルドがある程度の道具を備蓄する。


 冒険者ギルドとアルチ商店の間に立って窓口になっているのがララックだ。冒険者ギルドに顔が立ち、商店の定員であるのでうってつけの人材と自負している。

 今日もいつもと同じように注文内容が記載された紙を懐にしまう。


「注文承りました。けど、これだけでいいのかしら?」


 注文内容を見たララックは、ヒランの様子を探る。


「どういう意味でしょうか?」


 ヒランはララックをまっすぐ見つめながら聞き返す。

 注文内容はいつもと大して変わらない。しかしララックは事前にある情報を得ていた。


「最近、マイルスダンジョンの様子がおかしいんでしょ? 不測の事態に備えて多く注文があると思ったのよ」


 冒険者との世間話で得た情報だった。

 ここ一ヶ月、マイルス下級ダンジョンの様子がおかしいという話だ。下階層のモンスターが上の階層で見かけられることが多くなっているらしい。七階層以下のモンスターが四階層や五階層にまで来るほどだ。


 モンスターの動きが活発になる活動期なら納得できるが、マイルスダンジョンの活動期は従来なら一・二週間後だ。仮に活動期か早まっているとしても、七階層以下のモンスターが五階層より上の階層に来ることは今までなかったことだ。

 一体や二体ならともかく、何体も見かけたとなると偶然とは考えにくい。ヒランもそれを察しているはずだ。


「部外者に余計な事を言うつもりはありません」


 相変わらず口の堅いヒランであった。しかしいつもの事なので大して驚きはしない。


「さて、次はこちらの質問ですが」

「相変わらずよ。陰口さえ聞けないわ」


 ヒランの質問に、ララックはすぐ答える。ある人物の行方を調査しているのだが、全く手掛かりが掴めない状態だった。ヒランが知りたがっている以上にララックも見つけたかったのだが、現時点で成果は無かった。

 いつもと同じようにここで質疑が終わるはずだった。


「本当に?」


 ヒランが疑う様な目つきでララックを見た。大いに違和感を感じる言葉である。


「本当よ。嘘を言ったつもりはこれっぽっちも無いわ。それがどうかしたの?」

「……いえ、何でもありません」


 明らかな不満顔をして目線を逸らす。何か隠していることがばればれだ。その内容も見当がつく。

 少し突っついて聞き出したかったが、警戒したヒランから情報を得るのは難しい。


 諦めて帰ろうかと思索したとき、顔見知りの姿が目に入った。冒険者ギルドに備わっている食堂、その中のあるテーブル席にヴィックが座って、ちびちびとジュースを飲んでいる。


 今の時間帯、ほとんどの冒険者はダンジョンや依頼のためにギルドに居ないことが多い。休息日の可能性もあるが、つまらなそうな顔を見て違うと判断した。

 あの顔はやることが無くて暇を持て余している顔ではない。現状に不満を感じている顔だった。

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