第2話

 ダンジョンに入ると大柄な男性が先頭に立ち、細身の男性が最後尾について進み始める。前から二番目にはウィスト、三番目には僕の順だ。

 モンスターと遭遇した時は、前から来た場合は大柄の男性が、後ろから来た場合は細身の男性が対応し、隙をついて僕とウィストさんが攻撃する手筈だ。しかし今のところ僕とウィストの出番はない。モンスターと遭遇しても、二人が一撃目で倒してくれるからだ。


 大柄の男性はその巨体を活かして重い大剣を振って敵を牽制し、敵の足が止まったところをすぐに攻撃して仕留める。細身の男性は穂先が広い二股の槍でモンスターを捉えて、動けなくなったところを槍で突いて止めを刺す。

 二人とも巧みにモンスターを対処している。これではどっちが護衛対象なのか分からなくなる。


「お二人とも強いですねー。私達の出番は無いかもね」


 ウィストさんも同じように思っていたようだ。言われた通り、これじゃあ僕達のいる意味は無い。


「今は二人に体力を温存してもらわないとね。それにこの辺のモンスターの動きは熟知してるから、軽いもんだよ」

「そうだ。こんなもん朝飯前だ。大変なのはもう少し先だしな」


 二人の気遣いで少し安心する。当初は二人ずつで前後の敵を相手取る予定だった。しかしこの様子だと、途中までは依頼人が一人ずつで対応してくれるようだ。

 力が必要なら遠慮なく手を出すが、目的の階層のモンスターが相手になると思うと委縮してしまう。

 五階層目のモンスターの相手は、僕にとっては荷が重すぎるから。


 依頼の内容は、マイルスダンジョン五階層目まで依頼人を連れて行き、採取した鉱石を運ぶことだ。最初こそ、五階層目という言葉を聞いて依頼の受託を取り消したい思いに駆られたが、二人の素性を聞いてリスクが高くない依頼だと判断した。

 二人は冒険者歴三年でダンジョン七階層目まで踏破した実績があるらしい。大柄の男性は本業が鍛冶職人で、細身の男性は料理人だが、副業として冒険者の活動も行っている。

 ちなみに二人の様に、二足の草鞋を履く者は多いらしい。彼らみたいな冒険者を兼業冒険者と呼ぶようだ。


 二人は時折、都合をつけてダンジョンに向かっている。鍛冶職人は武器の試し切りや武器作成のための鉱石集めに、料理人は料理に使うモンスターや植物を得るためにダンジョンに入る。

 今回もその一環なのだが、鍛冶職人の職場でトラブルがあった。武器製造のための鉱石が足りない、ということだ。


 普段は鉱石を十分に貯蓄しているのだが、急な大量注文が入ったため鉱石の貯蓄が尽きたらしい。こういう時は事前に冒険者ギルドに鉱石集めの依頼を出していたが、職人長の不手際で依頼を出すのが遅れてしまった。

 このままじゃ間に合わないということで、部下であり兼業冒険者の鍛冶職人に白羽の矢が立ったわけだ。


 少量の鉱石なら二人でも事足りるらしいが、今回は二人が運んだこともない量を依頼された。時間があれば二・三回往復すれば良いのだが、時間もないため人手を借りることになった。

 その依頼書が掲示板に張られる前にウィストさんが嗅ぎ付けて受託し、フィネさんに薦められた僕が依頼を受けることになった。


 複数人での依頼受託、ダンジョン五階層目、どれも初めての事で不安だったが、七階層目まで行ったベテラン冒険者が一緒だと心強い。それに初のダンジョンだというのに、全然物怖じしないウィストさんを見ていると安心できた。

 興味津々にダンジョンを見渡したり、二人にに冒険者の話を聞く様子を見ていると微笑ましい気持ちになった。


「三年で七階層目ってことは、最下層の十階層目に行くのってすごい難しいんですね」

「いやぁ、俺らは片手間にやっているだけだからな。本業としてやったら、今頃は中級ダンジョンには行ってると思うぞ」

「よく言うよ。試しに八階層目に降りたら十分も経たずに戻ってきたくせに」

「見栄ぐらい張らせろよ。だが備えも無しに八階層に行くのは無理だと思ったのはたしかだ」

「兼業じゃあ無理な感じなんですか?」

「兼業でも行ける人はいるよ。ただマイルスダンジョンの八階層以降は、中級冒険者になるための試練的な意味を持っている。だから強いモンスターを配置しているってわけさ」

「俺らも本気で備えれば行けるかもしれんが、ぶっちゃけると行く気は全く無い。腕前とかモンスターの問題じゃなくて、リスクの問題でな。翌日に本業の仕事があるのに、副業で怪我するわけにはいかないからな。鍛冶屋の仕事の方が安定して収入があるし」

「顔に似合わず安定志向なんですねー」

「顔は余計だよ。まぁ、傭兵家業を生業にしてる奴なら、兼業でも下級ダンジョンは踏破できるだろうな。あいつらは人だけじゃなくモンスターと戦うこともあるからな。実際に上級ダンジョン入りを許可された傭兵もマイルスにいるぞ」

「なるほどー。けど私はやっぱ冒険者一本ですね。色んなダンジョンに入れたり、たくさんの依頼を受けられますから」

「がはは。十分やる気がある嬢ちゃんだな。たしか最近冒険者登録をしたんだって?」

「はい。ずっとなりたかったんで、十六歳になる日を楽しみにしてたんです」


 希望に満ちた前向きな理由だった。その表情は、嘘をついているようには全く見えなかった。

 ただその気持ちをいつまで持つことができるのか不安だった。


 ウィストさんが冒険者になる前、同じ理由で冒険者になった少年がいた。僕と同じような年頃で、ウィストさんと同じような期待を胸にした顔をしていた。

 しかし少年は一ヶ月もしないうちに冒険者を辞めた。噂に聞くと、理想と現実のギャップに耐えきられなかったらしい。その少年とウィストさんは似ているように見えた。


「皆、そろそろ気を引き締めてね」


 最後尾にいた料理人が淡々とした声で言う。一行の前には下り坂の道があった。


「次が五階層目だよ。本来の目的を忘れないでね」


 緩んだ空気が引き締まった気がした。鍛冶職人は「おう」と短く返事をし、ウィストさんも口を閉じて前方を見据える。

 僕も依頼達成のために、改めて気合を入れ直した。





 カンッ、カンッと鍛冶職人が振るうつるはしに合わせて音が鳴っている。

 鍛冶職人は採掘ポイントに向けてつるはしを振って、そこから出てきた石ころを料理人が拾って鑑識をする。目的の鉱石なら脇に置いているリュックに入れ、違ったら地面に捨てる。それを数十度繰り返すと、鍛冶職人がつるはしを振るう腕を止めた。


「もうそろそろか?」

「うん。ここはもう出なさそうだ」

「よしっ、そろそろ移動するぞ」


 ウィストさんは鉱石の入ったリュックを背負う。僕はすでに鉱石で一杯になったリュックを背負ってつるはしを受け取る。


「あと少しで終わるから、頑張れよ」

「はい」


 五階層目に着いてから採掘ポイントを変えるのは、これで五度目だった。変更する理由は、目的の鉱石が出にくくなったことと、モンスターを警戒しているためだ。

 五階層目になると知恵が働くモンスターもいるため、音を頼りに向かって来るモンスターがいるそうだ。だから一定時間経つと別の場所に移動する。


 現時点では僕のリュックは鉱石で満杯になり、ウィストさんのリュックもあと一回分の採掘で満杯になりそうだった。僕らのリュックが一杯になったときが、採掘終了のタイミングだ。あと少しで終わるとなると、重かったリュックが少しだけ軽くなったような気がする。


 しばらく移動すると、「この辺だな」と鍛冶職人が言ってつるはしを僕から受け取って構える。僕とウィストさんはリュックを下ろして、周囲を警戒し始める。二人が採掘中のときは、今度は僕らが二人を守る番だ。


 最後の採掘ポイントは、道がうねっている場所にあった。壁がグニャグニャと曲がっているため物陰が出来ている。物陰にモンスターが潜んでいる可能性もあるため、一瞬でも気が抜けない。

 ウィストさんも同じ心境だろうか、最初の方こそ他愛もない会話をしていたが、時間が経つにつれて口数が減っていった。会話が無い方が集中できるのだが、よく喋っていたウィストさんが黙っていると、少しむず痒くなる。


 だがそんな時間を過ごすのもあっという間だった。ほどなくして、つるはしを振るう音が止まると、鉱石をリュックに詰める音がする。その後に料理人が声を掛ける。


「よし、これで終わりだ」


 終わりの言葉を聞いて安堵の息が漏れた。幸いにもモンスターとは遭遇しなかったが、いつ来るか分からない状況で待ち続けるのは精神的にきつかった。


「二人ともご苦労さん。あとは僕らが護衛するから荷物をお願いね」

「それを聞いて安心しました」

「おう。この階層のモンスターなら余裕だ」


 頼もしい言葉が聞けて肩の荷が下りた気がした。二人に任せればモンスターは大丈夫だ。五階層目に来るまでのモンスターも、二人が軽々と退治していた。たかが一階層違うだけのモンスターなら、護衛付でも大丈夫だろう。


「けどここに来てから全然いませんでしたね、モンスター。いつもこんな感じなんですか?」


 ウィストさんの疑問は、僕も感じていたものだった。四階層目までは十分に一回ぐらいの頻度でモンスターと遭遇したが、五階層目に来てからは一度も見ていない。


「いえ、いつもなら採掘中に二・三度襲い掛かって来ます。たしかにおかしいですね」


 料理人も感じていたようだが、「まぁ良いじゃねぇか」と鍛冶職人が言う。


「いてもいなくても、俺達のやることは終わったんだ。さっさと出てしまえば問題ねぇ」


 その意見もごもっともだった。モンスターと遭遇しないことに越したことは無いし、ダンジョンから出てしまえば関係の無いことだ。


「そうですね。さっさと帰りましょう」


 僕がリュックを背負うと、ウィストさんも同じようにリュックを背負おうとする。


 しかしその途中で、ウィストさんは動作を止める。


「どうしたの―――」


 声を掛けた直後に、ウィストさんが僕の口を手で塞ぐ。次に「しぃー」と自分の口に指を当てる。


「何か来てる。あっちから」


 ウィストさんが指した方を一同で確認する。たしかに音が聞こえた。テンポが遅く重量感のある音だった。だが距離が遠いため、音の正体を探ることができない。

 徐々に音は大きくなっている。おそらくモンスターが近づいているのだろう。しかし、鍛冶職人と料理人がいるから大丈夫なはずだ。


 呑気に見ていると、徐々にモンスターの輪郭が浮かび上がってくる。そのモンスターは四足で歩き、僕の胸ほどの高さで横幅も広い。重量感のありそうなモンスターだ。

 ランプの明かりに照らされて、徐々に色も識別できるようになる。



 その姿を見たとき、寒気を感じた。



 モンスターは灰色の毛皮に覆われているが、口元と前足が若干黒ずんでいる。太くて大きな足は、僕を一振りで薙ぎ倒せるように思えた。どっしりとした歩みは、どこか余裕を持っているようにも見える。あれが五階層目のモンスターなのかと思うと、足が竦んでしまいそうだった。

 マイルスダンジョンを攻略することになったら、あんな生き物を相手にしなきゃいけないのか?


 何とかして逃げないといけないと思ったが、足が上手く動かない。

 不意に、腕が強い力で引っ張られた。鍛冶職人が僕の手を引いて壁に押し付ける。曲がりくねった道が功を奏して、身を隠すことができた。皆も同じ様に隠れている。


「どういうことだ? あれ、グロベアじゃねぇか」

「僕だって聞きたい。もしかしていつもより早いのか?」


 二人が小声で状況を整理しようとしている。焦っている様子を見て、若干不安になった。


「グロベアってあのモンスターの事?」


 ウィストさんの質問に、二人が同時に頷く。


「九階層目に生息しているモンスターだ。このダンジョンで一番のパワーとタフネスさを持っている。さらに見た目によらず足も速い。普段は温厚だが、餌を探しているときのあいつはやばい。このダンジョンを踏破したことのある冒険者も、一瞬で葬る程の凶暴性を宿す。このダンジョンの死因の四割は、あいつの仕業だとも言われている」

「九階層目のモンスターが、なんでここに?」

「……もしかしたら、活動期に入ったのかもしれない」

「活動期?」


 モンスターは時期によって活動状態を変える。その状態には、活動期と静穏期の二つがある。ダンジョンの土地柄によって活動状態の時期は違うが、この二つで活動状態のサイクルが回っている。

 静穏期は、モンスターが自分の縄張り内で大人しくしている時期だ。この期間では、モンスターは子供を産むためや、育てるために大人しくしている。

 活動期では、育ったモンスターや育児を終えた親モンスターが階層内を自由に動き回り始める。なかには階層を越えるモンスターもいるため、活動期になると冒険者ギルドでは警告も行われる。


 料理人がウィストさんに活動期と静穏期のことを説明する。「なるほど」と納得したような顔をした。


「このダンジョンの活動期は本来ならもう少し後なんだが、それでもここまで来るのは異常だ」

「異常でも何でも良い。何とかしないと見つかるぞ」


 先ほどまで自身満々だった二人が狼狽えている。少々雲行きが怪しくなってきた。

 迷っている間にも、徐々にグロベアがこっちに近づいて来る。


「あの、グロベアって目が悪いのかな?」


 しかし、ウィストさんは平然と二人に質問をする。その淡々とした様子を見て、二人は若干驚いている。


「あ、あぁ。視力はそこまで良くないらしい。だから耳を使って獲物を探すらしいが、聴力も高くは無いから狩猟に苦労していると言われている」


 それを聞いたウィストさんは、足元に落ちていた拳ぐらいの大きさの石を数個拾った。そして少しだけ物陰から身を乗り出すと、素早く石ころを投げる。

 石はグロベアには向かわず、遠く離れたところに落ちた。グロベアは石が落ちた音に反応して身体の向きを変える。ウィストさんは続けて石を投げると、何回も石が落ちた音に向かってグロベアは移動し始める。

 グロベアの輪郭が見えなくなるところまで確認すると、皆は素早く動き始める。


「今のうちだ。行こう」


 料理人の言葉を聞く前に、皆準備を始めていた。

 何とか助かる。そう思うと少しだけ気が緩んでしまう。


 そのせいで足元に落ちていた鉱石を気付かずに踏み、バランスを崩してしまった。身体を立て直そう足に力を入れるが、重いリュックを背負っているせいで立ち直せない。


 努力虚しく、地面に倒れてしまった。

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