第2章

第1話

 ダンジョンに備えられたランプの明かりの下、ゆっくりと忍び足で歩を進める。一歩一歩、足音を出さない様に目標に向かって近づく。

 十メートル先には鳥型モンスターのコッコが、道の真ん中に一匹だけでいる。しかも普通のサイズよりも大きい。よく見かけるコッコは体長三十cm程度なのだが、目先にいるのは五十cmもの大きさだ。


 コッコの素材は需要が高い。羽は衣類や布団に使用できるうえ、食料としても価値がある。口に入れたときの味と歯ごたえがちょうど良いのだ。煮ても焼いても美味しく調理ができる汎用性の高さも人気の一つだ。売れる部位が多いので、新人冒険者にとっては財布を潤してくれる有り難いモンスターだ。


 だから目の前にいるコッコは是非とも仕留めたい。コッコは逃げるのが早いうえに、嘴の攻撃が非常に鋭い。死ぬことは無いが、傷跡がしばらく残るのは必至だ。

 それにピンチになると鳴き声を出して仲間を呼ぶことがある。すると駆け付けた仲間のコッコと協力して一斉に冒険者を攻撃し、しばらくすると一目散に逃げるという厄介な行動をしてくる。すでに三度、同じ目に遭っていた。だから、見つからずに確実に一撃で仕留めるのが一番良い方法だった。


 あと五メートルまで距離を詰めた。まだコッコは地面にいる虫を啄んでいる。自分の食事に集中しているようだ。

 このまま一気に近づきたいが、コッコは臆病なモンスターだ。背を向けているが、耳は周囲の音を聞いて警戒しているかもしれない。最後まで慎重に詰めることにする。

 残り四メートル、三メートル、二メートル。徐々に距離を詰めて、あと一メートルのところまで近づいた。剣を握って攻撃する準備をする。


 そのとき、奥から足音と話し声が聞こえた。音が反響し、徐々に大きくなってくる。

 当然、食事をしていたコッコにも聞こえていた。顔を上げて、音がする方を見ている。 

 僕はすぐさま剣を構える。同時にコッコは音がしない方向、つまり僕の方に振り返って逃げようとする。しかし、僕の姿を見るとたちまち固まってしまう。チャンスだ。


 小さく剣を振ってコッコの身体を狙う。突いた方が致命傷を与えられるが、躱される可能性も高い。短く振って確実に当てにいった。

 剣先はコッコの胸を切り裂く。しかし寸前にコッコが退いたせいで、思ったより深い傷は与えられなかった。コッコは僕の脇をすり抜けて逃げようとするが、本来のすばしっこさが見られない。与えた傷の影響で、思うように動けないのだろう。

 すかさず低い姿勢で、剣を薙ぎ払うように振る。コッコの足に当たるとたまらずに転ぶ。その隙を逃しはしなかった。

 転んで止まったところを、上から剣で突き刺した。コッコの首を断つように刺すと、絶命して動かなくなった。


 大物を狩って安堵の息を漏らすと、「お、やってるねー」と声が聞こえた。声が聞こえた方を見ると四人組の男女がそこにいた。先程、ダンジョンの奥から聞こえた足音と話し声の持ち主達だ。


「お、でかいコッコだな。おめでとさん」


 見たことのある顔ぶれだった。男二人女二人の若い四人組は、噂に聞くと四人とも同じ町出身で、冒険者になるために一緒にマイルスに来たという冒険者達だ。


「こんなでかいコッコは見たこと無いなー」

「ねー。というか、三階層目にはコッコすらいないじゃん」

「そりゃ、でかけりゃ狙われるでしょ。下だとコッコより強いのが山ほどいるんだし」


 余程珍しいのか、コッコに関する会話が続いている。そろそろコッコを解体したいのだが、トークの邪魔にならないかと気になって、なかなか作業に入れなかった。

 しかし最初に声を掛けた青年が僕の顔を見ると、はっと気づいた素振りを見せる。


「あー、ごめんね。狩りの邪魔して。俺らそろそろ行くから」

「あ、いえ。大丈夫です」


 何が大丈夫なのかと、自分で突っ込みを入れたい返答をしてしまった。しかし彼らは気にせずにその場から離れた。不意に、彼らの装備を盗み見た。


 デザインが良くて頑丈そうな装備。どれも僕よりワンランク上の装備だ。

 他の冒険者が自分より良い装備を持っていることに嫉妬しているというわけではない。

 ただ、彼らは僕より後に冒険者になった。人数が多い方がダンジョンやクエストの効率が良いことは知っている。それでも後から冒険者になった者が、僕より先に進んでいるということに劣等感を感じざるを得ない。

 せっかく美味しいモンスターを倒したというに、あまり気分は晴れなかった。



 *



 大型コッコを含めたモンスターの素材を買い取って貰った後、武器屋に立ち寄った。店の名前は『ロマロス武具店』。最初に武器を買いに来たとき以来の入店だった。


 あのときは何も考えずに安い装備を揃えたが、他の冒険者達を見ていると色んな装備があることが分かった。

 防具は全身を甲冑で固めた者がいるかと思えば、動きやすさ重視で軽装の者もいる。武器は僕が持っているような剣だけではなく、大剣やハンマー、ボウガンなど色んな用途の武器がある。


 皆それぞれ、自分に適した装備を揃えているようだ。一方で、自分が如何に装備を軽視していたかを知って恥ずかしくなった。

 それに今はマイルスダンジョンの一階層を攻略した程度だが、先に進むにつれて装備も重要になってくるはずだ。

 故に今後の目標としては、自分に合い、かつグレードが上の装備を整えることだ。具体的な目標を定めるために、武器屋で色んな装備を見ることにした。


 並べられた武器や防具を見ていると、ここは下級・中級ダンジョン向けの装備が多いそうだ。一つ上のグレードの装備の武器だと二十シルド、防具一式だと百シルドだ。今日買い取って貰ったコッコのお蔭で、現在の残高は十五シルド。あと少し頑張れば、武器は買えそうだ。

 しかし、自分に適した武器を見つけるとなると少し難しくなる。剣以外の武器だと、最低でも十シルドはかかる。これらが今持っている剣よりも上のグレードならともかく、全部が素人用の安くて簡単に壊れやすそうな武器だ。リスクが高くて、とてもじゃないが手が出ない。


 お金に余裕があれば色んな武器を試して自分に合った武器を探せられるが、今の段階では金銭的な問題で無理だ。いや、先行投資的な意味で買ってみるのも悪くはないと思うのだが……。


「おい、兄ちゃん」


 悩んでいると、店の奥に座っていた店員が声を掛けてきた。横幅の広く、険しい顔をした中年男性だ。

 声を掛けられた理由が分からず、はいと短く返事をする。悩みごとの相談に乗ってくれるのかと期待した。


「買わないんだったら出て行ってくんない? 邪魔だから」


 世間はそんなに甘くはないことを、改めて思い知った。


 とにかく、お金が必要だった。

 武器を試すにも揃える以前に、武器を買う金が無ければ意味がない。そう思い立つと冒険者ギルドに入り、掲示板の下に向かった。


 掲示板には、難易度問わずに色んな依頼書が貼られていた。特定の素材集めや迷惑をかけているモンスターの討伐、ダンジョン内で要人の護衛等、色んな依頼があった。

 数々の依頼のなかから、自分でも依頼を受けることができるものを選ぶ。依頼を受けても、難易度が高くて失敗したら意味がない。ヒランさんの言葉を思い出しながら依頼書を眺めた。


 しかし今張り出されている依頼のなかには、あまり良いものは無かった。

 文字が読めないので新しい依頼書が貼られるたびにギルド職員の人に読み上げて貰っているが、昨日見たときと依頼書の一覧が変わっていない。

 受注できる依頼は報酬が安かったり、一人では達成が難しいものがほとんどだ。たまに一人で達成可能なうえ報酬も良い依頼もあるのだが、そういう類は人気があるため、すぐに他の冒険者が依頼を受注してしまう。


 良い依頼が無くて溜め息を吐きたくなったが、すぐに気を取り直す。報酬金が安くても収支がプラスになればマシだ。小さな積み重ねをした者が将来笑うことになるんだ。自分に言い聞かせると、報酬が安い依頼書に手を伸ばした。


「ちょっと待ってー!」


 伸ばした手が、何者かに掴まれた。掴んだ手は柔らかく、その感覚だけで女性であると分かった。


 手を掴んだ人の姿を見ると、予想通り一人の少女がいた。

 オレンジ色のショートヘアーで、身長は僕とほとんど変わらない。つり目で可愛らしい少女が、申し訳なさそうな表情をしていた。


「いきなりごめんね。依頼を受けようとしているんでしょ?」


 急な展開に驚いたが、何とか「うん」と返事をして首を縦に振ることができた。


「じゃあさ、一緒にクエスト受けない? あそこにいる依頼人が、あと一人人手が欲しいって言うもんだからさ」


 少女が指した方向には、黒い短髪で大柄な男性と、金色の短髪で細身の男性がいた。二人とも親しげに会話をしている。


「依頼は二人の護衛と荷物運び。今からダンジョンに向かうけど、急な依頼だからその分報酬は高いよ。一人十シルドだって」

「やる」


 間髪入れず、承諾の返事をした。冷静に考えなくても、割の良い依頼だ。

 返事をした直後に、少女の顔は明るくなる。


「ほんと? 急に頼んだのに、ありがとう! じゃあ、早速行こう」


 僕の手を引いて、二人の男性の下に連れて行こうとする。だがその前に聞きたいことがあった。


「何で誘ってくれたの? 知り合いでもないのに」


 目の前にいる少女を、今初めて見知った。毎日冒険者ギルドに来ているが、少女の姿に見覚えが全くない。

 仮に少女が一方的に僕のこと知っていたとしても、いきなり依頼に誘うという行動が理解できなかった。


「顔見知りじゃないのは当然だよ。昨日ここに来たばかりだしね」


 平然ととんでもないこと、少女は口にした。

 ダンジョンに入った経験が無いにもかかわらず、ダンジョンに入る依頼を受ける度胸は、豪胆というより馬鹿なのではないかと思ってしまう。


「誘ったのは職員の人が君を薦めてくれたからだよ。フィネって人だけど、知ってる?」


 理由を聞いて、僕は周囲を見渡してフィネを探す。フィネは受付の方にいて、いつもと同じように冒険者の対応をしている。一瞬目が合うと、フィネはニコッと笑った。相変わらず良い笑顔だった。依頼が終わったらお礼を言っておこうと密かに誓った。


「知ってるよ。とても、良い人だ」


 僕の言葉を聞いて満足した少女は、再び手を引き始める。


「じゃあ、行こっか」

「うん。そう言えば、君の名前は?」


 肝心な自己紹介をしていなかった。少女も「おっと、忘れてた」と言って僕の顔を見る。


「私はウィスト、十六歳。よろしくね」

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