幕間①
最近フィネは、ある一人の冒険者の事が気になっていた。
その冒険者の名前はヴィック。二ヶ月前に冒険者ギルドに訪れて来た。黒髪で瘦せ型、身長はフィネより少し高い、同じ歳の少年だ。
冒険者に限らず、ギルドに登録できるようになる歳は十六歳からだ。しかし十六歳になってすぐに、しかも冒険者の事を何も知らずに冒険者になるのは珍しい。
冒険者や傭兵といった命の保証がされない職業は、ある程度勉強か修行をしてから登録しに行くのが一般的だそうだ。冒険者になる前に、道端にいる弱いモンスターを相手にしたり、ギルドの冒険者に依頼して修行をつけて貰ったりして、自分の適性を見極めてから冒険者になるようだ。
だがヴィックは違った。たった一人で、モンスターの相手をしたこともないのに冒険者になったという話だ。そして今も、冒険者としての活動を続けている。
毎日冒険者ギルドに顔を出して依頼を吟味し、自分に適した依頼が無ければダンジョンに行っている。そして夕方になると帰って来て、モンスターの素材を売ってくる。成果は少ないが、毎日満足そうな顔をしてお金を受け取っている。新人ギルド員の給料は低いが、それよりも少ない金額だというのに。
毎日ダンジョンに向かうだけでも大変なのだが、ヴィックにはそれに耐える体力と精神力がある。それを世間話中に先輩のギルド職員に言ってみると「まだ耐えられる時期でしょ」と達観した表情で言った。
「聞いたところ、長年農家で働いていたらしいからね。体力と忍耐力はあるだろうねー」
「けど初めてのダンジョンですよ。農業とは勝手が違います。私と同い歳なのに、すごいですよ」
「今は自分でお金を稼ぐっていう行為を楽しんでるんだろうねー。現状で満足しているなら、まだ大丈夫かな」
「先輩は新人を応援してあげようって気にはならないんですか?」
「そういうフィネは肩入れし過ぎだよー。一人の冒険者に熱中すると、後が大変よー。気持ちは分かるけどね」
たしかに、そうかもしれない。
ヴィックは、フィネが初めて対応した冒険者だ。初対面では失敗したものの、ヴィックは快く許してくれた。
本人にとっては大したことの無いことかもしれないけど、あのときフィネの失敗を許してくれたお蔭で気が楽になった。あれ以降、他の冒険者登録をしに来た人に対しては失敗しなくなった。
まだまだ分からないことだらけで失敗も多いが、先輩達のアドバイスや冒険者達の助けに救われて、何とか働き続けている。むしろ仕事を楽しんでいるとも言っていい。
全部がヴィックのお蔭とは言わないが、切っ掛けを与えてくれた冒険者だ。入れ込んでも仕方がないと思う。
ただ他の冒険者の前で必要以上に慣れ合って、迷惑にはならない様にしようと心掛けた。
「すみませーん。冒険者登録をしたいんですけど」
決意を新たにしているところに、少女が声を掛けてくる。フィネは急いで対応に向かう。
「はい、お待たせしました。冒険者登録ですね。過去に他のギルドで登録をしたことはございますか?」
「いえ、ここが初めてです」
また新人冒険者がやってきた。しかもフィネと同い年くらいの少女だ。
少女が一人で冒険者になろうとするのは珍しかった。大抵は、経験者が付き添っていることが多い。
しかし、新人でも経験者でもフィネのやることは変わらない。登録用紙を用意して、受付のカウンターに置く。
「それでは、こちらの冒険者登録用紙に記入をお願いいたします! 文字は書けますか?」
「えぇ、大丈夫です」
気持ちの良い明るい声で、少女は返事をする。用紙を受け取ると、さらさらと文字を書いていく。経験者ではないが、一通りの流れを慣れた様子でこなす姿は、新人の様には見えなかった。
間もなくして書き終えるとフィネはそれを受け取った。確認のためその内容を読み上げる。
「ロティア町出身のウィスト・ナーリア様。十六歳女性で、冒険者としての実績は無し。マイルスで初めて冒険者登録を行い、今後の活動拠点はマイルス冒険者ギルド。で、よろしいですか?」
「はい」
ウィストと呼ばれた少女は、さっきと同じように元気に返事をする。そしてフィネに対して微笑んだ。
「これからよろしくお願いします!」
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