第3話
武器と防具を購入した後、近くの宿屋に向かった、宿屋を見つけた後に財布の中身を確認する。
残高は一シルド。これが今の僕の全財産だ。
武器屋では胸当てと剣、剥ぎ取り用の小ぶりなナイフを買ったが、思ってたよりも高かった。持参したお金とモンスターの素材で稼いだお金がほとんど無くなってしまった。
「これで宿に泊まれればいいんだけど……」
不安を口にしてから宿屋の扉を開ける。正面に受付があり、奥にはふくよかな女性が座っていた。
「いらっしゃい。生憎、今は満室だよ」
「……え?」
泊まれるかを聞く前に拒否された。意外な展開に思わず声が出てしまった。
「大部屋を修理しているから、その分客を減らしている。個室ならあるが、一シルドだ。あんたに払えるのか?」
残高ぴったりの料金だった。個室に泊まってしまうと所持金が全部無くなってしまう。「止めときます」と言って出ようとした。
「急いで他の宿屋に行きな。この時間だと、ほとんどの宿が満室になるから」
女性の言葉を聞いて、焦る気持ちが湧いて出る。
僕は駆け足で宿を探して街を走り回った。しかし、
「あー、うちも満室なんだよ。ごめんね、僕」
「安い部屋は空いてないよ。個室なら空いてるが」
「無い。帰りなさい」
全ての宿が空いていなかった。厳密には個室なら空いているところはあったが料金が高い。個室を使うと明日以降の生活に使用が出るレベルだった。
すでに日も暮れて夜になっている。腹も減ったため、そろそろ食事もとりたくなってきた。
「仕方ない。今日は野宿か」
宿に泊まるのを諦め、野宿することを決めた。サリオ村に住んでいた時は、隙間風が吹く物置小屋で寝ていたから大丈夫だろう。
出店で売っている物を買って食事を済ませてから、寝られる場所を探し始めた。雨風を防げて暖かそうな場所が良いが、目をつけたところには既に先客がいた。先客がいない場所を見つけても、人通りが多くて目につけられやすい場所であったり、ゴミが多くて臭くて汚い場所のため寝られそうになかった。
野宿することも簡単にできない事態に、少し嫌気が差した。
「もうどこでもいいか」
次に見つけた場所にしようと思って探すと、間もなくして良い場所を見つけた。
商店の隣道だったが、既に商店は閉まっており明かりもついてない。道も程よく狭くて薄暗い。さらに道の奥に進むと空箱が上に積み上げられているので、陰に隠れて寝れば見られる心配は無さそうだった。
寝る場所を確保すると、やることもないので明日に備えてすぐに寝ることにした。
道路は堅かったが、物置小屋と大差なかった。
だが、来て間もない地で野宿するのは止めるべきであった。
まだ日が昇ってない時間に目が覚めてしまった。原因は予想以上の冷え込みだ。
村にいたときも春の季節に冷え込みはあったが、精々肌寒く感じる程度だった。当時は毛布を重ねこんで寝ていたが、今は毛布が一枚も無く、風を遮る壁もない。仮にあったとしても、朝まで寝続けられる自信が無いほどの寒さだった。
空箱を使って風を遮ろう。店の物を勝手に使うのは忍びなかったが、命に関わる事態だ。そう自分に言い聞かせて箱を取ろうとする。
その瞬間、ふと人の気配を感じた。空箱の向こう側に誰かがいる、そんな気がした。
そっと覗き込もうとすると、向こう側にいた人が先に顔を出した。
「うわぁ?!」
声を上げて慌てて後ろに下がってしまった。
「あら、やっぱりいたのね」
その人はあまり驚いていない様子だった。髪の長い銀髪でおっとりとした表情の女性は、平然と近づいて来た。僕の前でしゃがみ込むと、子供に教え諭すように喋り始める。
「ここで寝るのは止めた方が良いわ。もう帰っているけど、ここの店長はとても恐い人だから、朝に見つかったらすごく怒られるわ」
心臓がバクバクという音が聞こえるほど鼓動していたが、彼女の落ち着いた声を聞いて徐々に治まってくる。冷静になった頭で彼女の言葉を思い返す。
ここで厄介事を起こして面倒になるのは避けたいところだ。仮に店長に見つからなくても、店員らしき彼女に見つかって、迷惑になると言われたら去るしかない。
外していた武器と防具を再び身に着け、出て行く準備をする。
「ちょっといいかしら?」
去ろうとして立ち上がったとき、女性は声を掛けた。
「何ですか?」
「あなた冒険者かしら?」
「……そうですけど」
「あら、やっぱりそうだったのね」
女性は嬉しそうな顔をする。なぜ冒険者だと喜ぶのか分からない。
「じゃあ来なさい。一晩くらいなら家に泊めてあげるわ」
この言葉は、もっと意味が分からなかった。
初めて会った男性を家に泊める? 都会の女性はそんなにも簡単に異性を家に上げるのか? それとも別の目的があるのだろうか?
判断が出来ないうちに、彼女は続けて言った。
「来たらいいものを上げるわよ」
美人でグラマーな女性にこう言われて付いて行かない男がいるだろうか? いや、いない。
もちろん、怪しさを感じたので断る選択肢もあったのだが、あの寒さに耐えきれそうも無かったのでついて行くことにする。決して、下心があっただけで付いて行ったわけではない。
彼女の家はそれほど遠くは無かった。商店から歩いて五分のところに、三階建てのアパートがあった。アパートの三階に上がると、一番手前の部屋のドアを開けた。
「さぁどうぞ」
女性のあとに続いて部屋に入る。広くはないが狭くもない部屋だ。
しかし女性と同じくらいの高さの本棚が圧迫感を与えている気がした。本棚には隙間が無い程の本が埋め尽くされている。
「本が気になるの?」
「えっと、沢山あるから驚いちゃって。本、好きなんですか?」
「えぇ、好きよ。けど本を買うのは勉強のため」
勉強。僕には全く縁が無かった言葉だ。今までは勉強する機会や暇も無かったし、暇があれば休憩する時間に充てていたからだ。
「勉強は大事よ。夢を叶えるためにはもちろんだけど、生きるためにも必要だわ。けど勘違いはしないでね」
「何をですか?」
「勉強は、必ずしも本だけでできるものではないわ。むしろ、生活の中で勉強することの方が多いの。例えば―――」
そう言って、女性は僕を手招きする。素直に寄っていくと不意に腕を掴まれた。そのままベッドに引き倒されて、女性が馬乗りになる。
「男の子の引き倒し方は、本ではなく実戦で覚えたわ」
突然の出来事に何もできなかった。何とか起き上がろうと力を振り絞る。
しかし両手首を掴まれたうえ、腰には女性が全体重をかけて乗っているため、全く起き上がることができない。
「なんで、こんなことを?」
「あら、分かんないかしら?」
そう言った後、女性は顔を徐々に近づかせて来る。
見惚れそうな綺麗な顔だが、今の状態で間近で見ても何の得にもならない。何もできない状態でこんな目に遭うのは嫌だった。
しかし、怪しいと思いながらも選んだのは自分だ。迂闊な自分を恨みながら、覚悟を決めて女性の顔を真っ直ぐと見据える。女性の顔が間近に迫る。
すると、不意に横にずれて耳元で囁いた。
「ただの気まぐれ、よ」
女性は僕の上からどいて、押し入れを開ける。そこには衣装棚と布団類が置いてある。女性は布団を重ねていた場所から毛布を二枚取り出すと、ベッドの脇に置いた。
「これを上げるわ。もう使わないから、有効に使ってあげて」
急な展開に驚いたが、状況が分かって途端に顔が赤くなった。つまり、からかわれたのだ。
「そんなことを言われても、見知らぬ人からタダで受け取るなんて」
決して高くはないが、僕にもプライドはある。からかわれた挙句に情けを掛けられるのは惨めだ。
「私の名前はララック・ルルト、さっきの商店の店員よ。はい、これで見知らぬ人ではなくなったわ」
「そんな屁理屈では納得できません」
「納得できなくてもいいのよ。利用できるものは利用しなさい。それが冒険者の第一歩よ、新人さん」
ララックと名乗った女性は、何故か僕が新人冒険者であることを知っていた。冒険者であることは装備を見れば分かるかもしれないが、新人かどうかは分からないはずだ。
ララックは僕を見てくすりと笑う。
「商人は情報が命なのよ。これくらい知っているわ」
「……そんなに情報集めが好きなのなら、僕の事を知っているんじゃないですか? 今日来たばかりで、お金も碌に無いってことを」
ララックが僕の反応を見てからかったように、僕も自分を卑下してまでもララックの反応を見て様子を窺う。しかし表情は変わらない。
「そんな人間に親切にするなんて、暇なんですね。慈善家にでもなったらどうですか?」
精一杯の挑発をすると、ララックは微笑んだ。
「以前私は冒険者に助けられたから、困っている冒険者がいたら助けようと思っていたからあなたをここに招いたの。からかったのは、あなたがかわいかったからなの。ごめんね」
素直にからかった理由を言われたうえに謝られると、流石に何も言えなくなる。
「さぁ、早く寝ましょう」
ララックは着替えずにベッドに入る。言いたいことは色々あったが、口論に時間を費やして疲労を明日に持ち込むのは避けたい。
不満を押し殺して、貰った毛布を使って寝始めた。さっきの路上に比べれば、天国と地獄ぐらいの差だ。
「その歳でこの街に一人で来るなんて、色々と事情があるとは思うけど悲観することは無いわ」
寝返ってララックの方を見ると、ララックも僕の方を見ていた。
「あなたには、色んな選択肢があるのだから」
ララックは優しい笑顔をしていた。その言葉の意味を理解したのは、少し後の事だった。
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