第2話
ダンジョンは冒険者ギルドから、そう離れていない場所にあった。
冒険者ギルドから北に向かうと城壁と門があり、門を通って北に歩くとすぐに見つかった。徒歩で三十分。お手軽な冒険が出来そうだ。
「ここがダンジョンですか?」
「いえ、これはダンジョンへの入り口がある洞窟です。付いて来て下さい」
ヒランさんを先頭にして、洞窟の中を進んでいく。洞窟の壁には、光る石が入ったランプが照明として備え付けられているので暗くはない。若干薄暗い場所もあったが、ヒランさんは足元を見ずに進んでいく。この洞窟に来慣れているような足取りだ。
「では、歩きながら説明しましょう。ダンジョンには様々なモンスターがいます。階層ごとにモンスターの強さは変わりますが、一階層程度の違いでは驚くほどのレベル差はありません。
モンスターの強さによって、ダンジョンの危険度も変化します。ダンジョンの危険度は、下級・中級・上級の三つに区分されてます。それぞれの危険度によって、ダンジョンに入れる冒険者も限られます。下級ダンジョンは誰でも入れますが、中級ダンジョンは下級ダンジョンを踏破したものしか入ることを許可されません。上級ダンジョンは、中級ダンジョンを踏破し、さらに冒険者ギルドが課した試練を乗り越えた者しか入ることを許されません。
また、発見されたばかりで危険度が区分されていないダンジョン、通称未開拓ダンジョンもありますが、こちらはギルドが認めた冒険者にしか入ることを許可していません。
ここまでで何か質問はございますか?」
「……大丈夫です」
色んな情報が一気に入ってきたが、なんとか理解はできる。
「分かりました。では―――」
ヒランさんは突然刀を抜き、上空に突き刺す。直後に短い呻き声が聞こえた。切先には、両手を広げたくらいの大きさの黒い蝙蝠みたいな動物が突き刺さっている。
刀からそれを抜くと、道の端にゴミを捨てるかのような気軽さで捨てた。
「説明を続けます」
何事も無かったかのように、再び歩きながら説明を始める。淡々とした対応にぞっとした。
「ダンジョンは色んな場所にあり、場所ごとに生息するモンスターも変わります。ダンジョンごとに戦略を立てて進むのが安全です。
だから中級冒険者でも慣れていない下級ダンジョンに入ったときは、モンスターや地形の違いで苦戦するという方も大勢います。なので、常に注意深くいることが大事です」
ヒランさんは歩を止めて僕の方に向く。「着きました」と一言言ってから、僕を前に出るように促す。
目の前には柵が設けられており、奥の道は下り坂になっていた。柵の手前には看板が立っており、『マイルス下級ダンジョン』と書かれている。
この先がダンジョンであることが分かると緊張したが、一方で楽しみにしている自分がいた。
「では、行きましょう」
再びヒランさんが前に出て進む。僕も足元に注意しながら付いて行った。
坂はそれほど急ではなく、路面もほぼ平らなためこける心配もなさそうだ。おそらく、何人もの冒険者がい行き来してるため整備されているのだろう。
ほどなくして坂は終わる。ヒランさんは立ち止まり、さっきと同じように前に出るように勧められた。
「ここからがダンジョンです。この先は下級とはいえモンスターが存在しています。誰も命の保障はしてくれません」
「……はい」
ヒランさんの真剣な言葉を聞き、僕は再び気を引き締める。
「しかし今はご安心ください。先程も言いましたが、この場所付近にはモンスターはあまり来ません。来たとしても下の下レベルのモンスターぐらいで、私なら片手間で倒せます」
頼もしい言葉を吐くヒランさんは、前方の道を指し示す。先には洞窟と同じようにランプが等間隔で設置されている。
「ダンジョン内に備え付けられているランプは、下層へと続く最短ルートを示しています。早く下に行きたい場合はこのランプを頼りに進めば最短時間で着きます。下層に行くことが目的じゃない場合は、ランプを無視して階層のモンスターを討伐しています。
あと、大事なことが一つ」
ヒランさんは言葉を止めると、刀を握りしめて構える。
何事かと思ったが、前方から音が聞こえた。音が大きくなるにつれて、それが鳴き声だということが分かった。しかもかなり多い。だが、どんなモンスターかは想像できた。
モンスターがランプの明かりに照らされる。丸っこく小さな手足と長い尻尾が特徴のモンスター、チュールだ。村にいたときも目にしたことがあるモンスターで、僕でも退治できるほどの弱さだった。
だが、目の前にいるチュールを倒せる自信が無い。村のチュールに比べてはるかに大きい。膝位までの体高があり、それが十匹もいる。
「珍しいですね。一匹ならともかく、これほどの数が来ることは」
ヒランさんが感心するような言葉を口にしたが、呑気にしている場合ではない。チュール達は完全に僕達を見て、じりじりと近づきながら襲い掛かるタイミングを見計らっている。ダンジョンに入ったばかりだというのに、何て幸先の悪いことだ。
不安になって、ついヒランさんの様子を窺った。僕はすぐにでも逃げ出したかった。
しかしヒランさんの表情は、心なしか嬉しそうに見える。
「私達は運が良い」
「へ?」
この状況を前にして、運が良いと言えるヒランに驚いた。僕の頭には、死の文字が浮かんでいたというのに。
「ちょうど、モンスターを探そうと思っていたところです。その手間が省けます。そのうえ―――」
ヒランさんは突然、チュールの群れに突っ込んでいった。
あっという間に距離を詰めると、先頭のチュールを切り裂く。直後に他のチュール達がヒランさんに襲い掛かったが難なく躱し、すかさず斬りつける。その一瞬の間に、ほぼ全部のチュールを切り伏せていた。
一匹だけ難を逃れたチュールは走り出し、僕の方に向かって来る。剣を抜こうとしたが、いきなりの展開に慌てて剣を握り損ねる。
だが、剣を抜く必要すら無くなった。いつの間にか、チュールの身体には刀が刺さっている。ヒランさんの方を見ると、手にはさっきまで持っていた刀が無く、物を投げたような体勢になっていた。
ヒランさんはチュールに刺さった刀を取ると、僕の方を向く。
「モンスターの素材を剥ぎ取る練習台が増えました。これで思う存分練習ができます」
モンスターの血が顔についたまま淡々と話す様子に、頼もしさを越えて恐怖を感じた。
*
「モンスターの素材を剥ぎ取った後は、冒険者ギルドに持って帰ります」
チュールの解体作業を終えた後、ヒランさんから袋を貰って中にチュールの素材を入れた。
剥ぎ取った物はチュールの皮と爪だ。それ以外の物は需要が無いため、ギルドは受け取らないようになっている。
「何が需要がある物か、買い取って貰える物かを知っておくことは必要です。分からない場合は、モンスターを解体せずにギルドに持って行ってください。必要な素材を剥ぎ取る作業をギルドが請け負う分、買取金額は減りますが」
大事なアドバイスをしっかりと記憶に刻んだ。手持ちが少ないため、お金の管理は重要になってくることだ。
荷物を持って冒険者ギルドに戻り、さっそく買い取って貰った。袋をヒランさんに渡すと、一つ一つ鑑定していく。十分程待っていると、用紙を取り出して文字を書き出した。
「鑑定が終わりました。買い取り額は二シルドです」
文字の書かれた紙を見せて、同時にお金を渡してきた。文字は読めないが買い取り額を口に出してくれたので書いている内容は理解できた。
「二シルド……全部でですか?」
二シルドは銀貨二枚。一シルドは百ブロド、銅貨百枚分だ。毎日の食事には五十ブロドを使うから、これだと四日しか持たない。かなりの数を持って来たのに、思ったより少ない価格だ。
「チュールの素材はそれほど高いものではありません。ただあの大きさの爪は多少需要がありますので、この値段になりました」
つまり普通よりかは高い買取価格になっているということか。同じモンスターでも、剥ぎ取る物によって値段が違う。結構重要なことだ。
「さて、これで説明はすべて終わりました。ヴィックさん、お疲れさまです」
終わりを告げる言葉を聞いて、肩の力が抜けた。
「はい。こちらこそありがとうございます」
「いえ、気にしないでください。何もしないと新人冒険者は簡単に命を落としてしまいますので、その対策としてならこれくらいの労力は惜しみません」
不吉な言葉を聞いて、改めてさっきの事態を思い出す。
大きなチュールが十匹もいて、しかも僕達を狙っていた。ヒランさんがいたから何とかなったものの、もしいなければ僕はどうなっていただろうか。
今頃になって恐怖で身体が震えた。
「辞めても誰もあなたを責めません」
ヒランさんが優しい声で言った。まるで僕の心を見抜いたようなセリフだった。
「冒険者は成り上がれば稼ぎやすい職業ですが、命を落とす危険が多い仕事です。十全に戦える冒険者でも、命の危険を感じるようになったら冒険者を辞める事があります。誰だって自分の命が大事ですから、その選択は至極当然なものです。だから今ここで辞めることも有りです」
「……けど色々と教えてもらったのに、一度もダンジョンに入らないまま辞めるなんて」
「私が一番心配していることは、あなたのような未来のある若い冒険者が死ぬことです。先程までの説明はそれを避けるためのものです。だからあなたが命を落とさずに辞められたのならば、それはそれで嬉しいことなのです。もちろん、冒険者を続けてくれることも嬉しいことですが」
真剣な面持ちでヒランさんは語る。その表情からは、嘘を言っているようには見えなかった。
もしかしたら、僕みたいな新人冒険者には誰にでも言っていることなのかもしれない。しかしただの社交辞令だとしても、これほど気遣ってもらえるような言葉をかけてもらえたことは無かった。
ヒランさんの言葉を受け、真剣に考えて答えを出した。
「ありがとうございます。けど、やっぱり冒険者をやります」
ヒランさんは表情を変えずに、「いいんですね?」と確認してくる。僕はその言葉に頷いた。
危険が伴う仕事だということは理解できた。ただ冒険者ギルドにはヒランさんやフィネさんのような良い人が居る。彼女達とこれからも関わっていきたい。それが僕をここに留めた理由の一つだった。
「分かりました。では、改めて歓迎いたします。これからよろしくお願いしますね、ヴィックさん」
「はい。こちらこそ、お願いいたします」
「……しかし、くれぐれもリスク管理を怠らないでください」
念を押すように、ヒランさんは警告をする。余程心配されているみたいだ。
「大金を稼ぐために冒険者をなることを否定はしません。しかし高額な依頼の報酬金に目が眩んで命を落とす冒険者や、自分の実力を過信して無茶をする者が多くいます。常に危険が隣り合わせだということを、ゆめゆめ忘れないでください。いいですね?」
有無を言わせないほどの迫力に、僕は素直に頷いた。怖気づいたこともあるが、大金を稼ぐことが目的ではないので反論するつもりは無かった。
僕の反応を見るとヒランさんの表情が緩む。「さて」と一言言ってから僕の前に手を出した。
「あなたに預けていた剣、そちらを回収いたします。今後は自分の装備を整えてからダンジョンに行ってください」
そう言えば剣を借りていたことを思い出した。慌てて剣をヒランさんに渡す。
今の僕は防具どころが武器も無い。まずは装備品を買う必要がある。
ただ、今日はもう遅い。もう陽が沈みかかっている時間だった。装備を買うことを明日にまわして、今日はもう宿で休んだ方が良いかもしれない。
「武器を買いに行くのならば早く行った方が良いです。陽が沈むと閉まってしまう店がほとんどです。明日行くのならば構いませんが」
僕の考えを察したような助言を与えてくれた。僕はそれほど分かりやすい性格なのか?
ただ助言自体は有り難い。明日にはダンジョンに入りたいので、すぐに向かって買いに行くことにしよう。となると、これからするべき事は武器の購入で、その後に夕食と宿の確保だ。
「いろいろとありがとうございました」
お礼を言ってから冒険者ギルドの外に出る。扉を閉める前に横目でヒランさんの方を見ると、不安げな表情を見せていた。その表情を目に焼き付けた。
これほど心配されるということは、それだけ信用されていないということだ。新人だから仕方がないかもしれないが、信頼が無いことは嬉しくない。
あんな表情をさせない様に頑張ることを密かに決意した。
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