3rd ライク・ザ・スプラッシュ・ブラザーズ

「なんだかんだ県大会も近いわね。もう二ヶ月もないじゃない」

「そうでありますなあ」

「緊張感ないなあ、光は。負けたらあたしたち、引退よ?」

「あっという間でありますなあ」

「私がいる以上、敗北は絶対にない」

「アンタねえ。頼もしいけれど、その口調はなんとかならないの? 一応、あたしたち先輩なんだけど?」

「実力で見たら、私の方が圧倒的に上だ。むしろ私に敬語を使うべきだとは思わないのか?」

「キーッ! こいつ……!」

「まあまあキャプテン、落ち着くであります。ほら、翠嬢を見るであります」

「え? なんですか、岸澤先輩……急に近づいてきて……」

「大きく、形の良いバスト! 引き締まりつつも筋肉だけじゃないウェスト! そして遠慮を知らないヒップ! 見ているだけで癒されるのであります……。ほわ」

「う……とてもじゃないけど、後輩と思いたくないわね……」

「いったい何なのでありますか、これは。何を食ったらこんなになるのでありますか?」

「え……そんな何を食ってるかと聞かれても……」

「本当にバスケットボールプレーヤーなのでありますか? ちょっと、キャプテンと並んでみてください」

「ちょ……やめさないよ!」

「そうだな、お子ちゃまと言わざるを得ないな」

「アリジン! アンタ、本当いい加減に……」

「これで古槙さん、スリーをバシバシ決めるんですからね……」

「ちょっと、シノちゃんまで……やめてよー。それより、カインドラも凄いって! ほら」

「ひゃっ! ミ、ミドリ! 急に何をする!」

「へへー」

「アリジン、なんか翠には弱いわね……」

「そのようでありますな……」


 オッケ、まずは今どういう状況なのか、おれからしっかり説明させてもらおう。おれは女バス部室内にいる。もちろん男子禁制だ。部活が始まる前、おれは部室に侵入した。決してやましい気持ちではない。彼女たちの下着が落ちているかどうかなんて微塵も考えていない。ほらな? 不審者とか侵入していることとかあるだろ? ちょこっと、パトロールするためだったんだ。そしたら、足音が聞こえてきてだな。バレたらガチで殺される。窓から出ることも考えたが、三階から降りたらさすがのおれでも無事で済むかどうかわからない。瞬時に考えを巡らせた結果、このロッカーの中に入ることを選んだ。ロッカーの隙間から微妙に肌色天国がチラチラと見えるのだが、隙間が狭すぎてしっかりとは見えない。ただ、会話の内容もあいまってか、不覚にも下半身は直立不動のバベルの塔を建立していた。もう逆にいっそこのまま出て行こうか、とさえ思う。全員犯してしまおうって。敢えてね。本田圭佑なら絶対そう考える。やらない後悔よりやる後悔。より良いのは、やって後悔しないこと。彼女たちを満足させれば、オールオッケっしょ。これがベスト・オブ・ベストだ。んな訳あるか!


「しかし、一回戦から桃園とだけは当たりたくないわね……」

「モモゾノ?」

「アンタ知らないの? 日本にはいつから?」

「高校からだ」

「それにしては日本語が完璧ね」

「幼い頃に住んでいたことがあるだけだ」

「ふーん」

「それより、そのモモゾノ、というところは強いのか?」

「アリジンさん、ここは私が教えましょう」

「なんか、シノちゃんの目が……」

「桃園高校女子バスケットボール部というと十五年連続で全国大会に出ている、県内で最も強い名門校です」

「他の高校が弱いだけだろ?」

「それは否定しません。県内の有望な選手はほとんど桃園に引き抜かれますからね。それにうちの県から全国に行けるのは一校のみです。田舎ですからね……」

「じゃあ、そのモモゾノを倒せばいいだけじゃないか」

「甘いです、アリジンさん。十五年連続は伊達じゃない。彼女たちは単にうまいだけじゃなく、勝者のメンタリティーを持っています」

「勝者のメンタリティー?」

「どんな窮地に追い込まれていても、彼女たちは最後まで勝利を諦めません。精神力が凄いうえ勝つために手段を選びません。事実、去年の県大会は歌舞かぶ女子高校に三十点差をつけられていましたが、最終的には大逆転勝ちをしました」

「でも、あれは歌舞の留学生が凄かっただけじゃない。そいつが勝手にバテただけでしょ」

「やはり、見てましたね、百合先輩。でも一つ見落としています」

「う……なんなのよ」

「フラフラで交代になった歌舞の留学生の顔、見ました?」

「そこまでは見てないわよ……」

「……絶望的な顔でした。そして小声でフランス語で呟いていました……『奴らは悪魔より恐ろしい』と」

「ちょっと、シノ。それは流石に盛ってないかしら?」

「いいえ、事実です。彼女はずっと桃園選手陣からずっとトラッシュトークを受けていました」

「汚いわね……」

「通称『ギャング・オブ・ファイブ』。それが桃園高校女子バスケ部の二つ名です」

「……ダサいネーミング」

「わ、私が名付けた訳じゃないですよ!? 鳴門先輩!」

「……へえ、面白そうじゃんか……」

「気味悪い笑みね、アリジン」

「どっちにしろ、倒さなくちゃいけないんだ。当たるなら早い方がいい」

「ヒューッ! カインドラ嬢、言うのであります!」

「ちょ、ちょっと! アンタ、言霊って知らないの? そういうこと言ってると現実になっちゃうわよ!」

「望むところだ」


 おお、なんか談議しちゃってるぅうう。早く出て行ってくれ……! おれの中の野性が……! 死神が! 蘇っちまう前によお!

 おれは必死に隙間をチラっと覗く。彼女たちの裸を見るためじゃないぞ。出て行ったかどうか確認するためだ。おれは変態じゃない。ましてや彼女たちの着替えの様子を携帯で録画なんてことはしない……。はうあ!? なんだこの右手に握っているものは!? あ……iPhone6Plusだとお!? 気付いたらおれは隙間にiPhoneを押し付けている。録画ボタンは押されていない……。いや、もうすでにカメラは起動されていて、録画モードにぃ?! 恐ろしい! 自分の無意識が恐ろしい……! いったいこれはどういうことなんですか! フロイト先生!

 彼女たちの声が聞こえなくなった。もう、体育館に行ったのだろうか。一応、あとでちゃんと撮れてるか確認しよう。おれは隙間を再び覗き込む。

 冷や汗。

 無表情の彼女が。

 ジーッと隙間を見ていた。

 ちょうどおれと目が合う。

 おれは叫びそうになったが、とっさに口を閉じた。

「あづみー!? 何してんのよ。練習行くわよ」

「……」

 鳴門先輩は翻って部室から出て行った。


 おれは顔面蒼白で体育館に入る。

「おや、どうしたのでありますか? 清雲氏? 顔色が」

「アンタ、もしかして風邪とか言わないでしょうね? うつされるのはごめんだわ。体調悪いならサッサと帰りなさいよね……」

「ああ、先輩方……。おれのこと心配してくれるんですね……」

「ち、違うわよ」

 おお、どうやら鳴門先輩は誰にも言っていないみたいだ……。ホッと一安心していると、シャツの裾をグイグイと後ろから引っ張られる。後ろを振り向くと鳴門先輩がいた。

「う、うわあああああ!!!!」

「……ちょ、アンタあづみを見るなり大声を出すなんて失礼じゃない」

「……」

 鳴門先輩は黙っておれを見ていた。きわめて無表情。すると鳴門先輩はスッと右手を差し出した。……? いったい何が目的なのかわからない。おれはとっさにその右手に両手で握る。

「アンタこれ以上のセクハラは……」

 百合ちゃん先輩が注意しようとするが、鳴門先輩は気にすることなくただ首を横に振った。どうやら違うらしい。おれは手を離す。

「ええ……っと」

 試しにおれは自分のiPhoneを置いてみる。すると、鳴門先輩はバッとiPhoneを操作し始める。まさか……。いや、おれはiPhoneを取られたくらいで大騒ぎしない。

「む、無駄だぜ。おれのiPhoneのセキュリティ対策は万全だ。四ケタのパスコードを……」

 言い終わらないうちに、鳴門先輩はiPhoneの画面をおれに見せてきた。……なんてこった、すでにホーム画面だ。つまりあっという間にパスコードは解かれていた。

「な……!? どうして?」

 おれがそう尋ねると、鳴門先輩は右手をこめかみにトントンと当てた。頭の出来が違うってことかよ……。その後、スルスルと鳴門先輩はiPhoneを操作する。そして、iPhoneを放り、おれは慌ててキャッチする。確認すると、写真や動画がすべて削除されていた。

「あー! おれのお宝がー!」

「何? なんなの?」

 百合ちゃん先輩がおれと鳴門先輩を交互に見る。

「……未曽有の危機は回避された」

 鳴門先輩はそう呟くと、キュッとバッシュを鳴らして、コートの中に入っていった。


 この日の練習は久しぶりに米山老人が来た。

「あ、お疲れ様ですー」

 おれは挨拶をする。部員たちはちょうどスリーメンの練習をしている。

「しばらくっすね」

「ちょいと持病がの……」

「えっ……。だ、大丈夫なんすか?」

「うっそぴょ~ん」

 この爺さんも鳴門先輩と同じように掴めねえ。

「嘘ならよかったです……」

「順調か?」

「う~ん、まあ、それなりって感じっすかね……」

「もっとお前の好きなように練習させたらええのに」

「でも、監督つってもよくわからないっすよ。どうしたらいいか」

「……まあそうじゃな。もうちょっと慣れが必要じゃろ。そこでじゃ、お前にとっても奴らにとっても、ビッグなイベントを持ってきたぞ」

「ま、まさか!」

 青春漫画の金字塔、おれの中の永遠、いやもうクルアーンであるといえる『スラムダンク』であれば、ちょうどこれくらいの時期には陵南高校との練習試合が始まる。つまり、そういうことだな……米山老人。わかってるぅ。

「この練習が終わったら皆を集めてくれ」


 スリーメンが何本か終ったあと、おれは百合ちゃん先輩に合図する。百合ちゃん先輩は最初怪訝な顔だったが、横の米山老人を見るとすぐに察して「集合」と言う。部員が米山老人を取り囲む。

「久しぶりじゃな。今日は連絡事項があって来ただけじゃ。伝えたらワシはすぐに戻る」

「米山先生は練習を見ていかれないんですか?」

 百合ちゃん先輩が言う。

「すまんな、ちょいと忙しくてな。まあ練習は清雲が見るから、大丈夫じゃ」

 百合ちゃん先輩は露骨にがっかりした。

「今週の土曜日、練習試合を行う」

 ほれ見てみ、やっぱきた! おれはニヤリと笑う。部員たちも思い思いの顔をしていた。アッちゃんはまた好戦的な表情を浮かべ、翠ちゃんと百合ちゃん先輩の表情は引き締まり、チャンシノはただただ緊張していた。岸澤氏はあさっての方向を見ていて聞いているんだかよくわからないし、鳴門先輩は無表情だった。

「場所は歌舞女子高校。対戦相手は歌舞女子に、川鍋かわなべ、そして……」

 米山老人は少しタメを作った。ちょっと長くてヘンリク・ムヒタリヤンが右サイドでボールキープするタメを彷彿とさせた。サッカーもイケるクチだぜ、おれは。

「桃園じゃ」


 様々な反応があった。チャンシノは一気に顔を青ざめた。百合ちゃん先輩が震える。

「先生……桃園って、あの?」

「そうじゃ。十……何年連続だったかのう。ずぅーっと全国に出ている超強豪校じゃ」

「フフ……。こんなに早く出来るなんて、私は運がいい……」

 アッちゃんは不敵に笑った。悪役っぽい笑みだった。

「はっ! 何の話でありますか……?」

「……」

 やっぱり岸澤氏と鳴門先輩は変わらなかった。

 締まらないなあ。ふと、翠ちゃんの方を見てみる。翠ちゃんもスーパーなプレーヤーだ。アッちゃんみたいに笑っているかと思いきや。

「はぁ……はぁ……」

 必要以上に過呼吸をしていた。これは訳アリみたいですねえ……。しかし、いきなりラスト・ファイナル・エンディング・ラスト・ボスがおでましってわけかい。

「って、米山老人。練習試合って三校とやるんですか?」

「そうじゃ」

「一日で?」

「ああ」

「キツくないっすか? それ。高校バスケってやっぱすげえなあ」

「『スラムダンク』みたいにはいかないのでありますよ。一校とだけ練習試合する方が珍しいのであります」

 岸澤氏のフォローが入った。

「邪魔したのう。それじゃ、練習を再開してくれ」


 米山老人が去って、練習が再開された。ううむ、練習試合となると実戦形式の練習を組みたいところであるが、そもそも部員が十人にも満たないため、できない。どうすりゃええねん。今日の体育館は半面を女子バスケ部が使用しており、もう半面は男子バスケ部か……。あ、じゃあ解決するじゃん。

「集まれええええ!」

 おれはサッカーの闘莉王選手がケンタッキーのCMで叫んだ様子をモノマネする今野選手のように、全員を呼んだ。皆、怪訝な顔をしていたが、しばらくして集まってくれた。


 彼女たちに説明し、おれは隣の半面で練習していた男子校バスケ部の戸愚呂弟と風早君に頼んで、男子対女子の練習試合をさせてもらった。アッちゃんや翠ちゃんが得点を重ねるも、リバウンドが一切取れなかったため、結果としては惨敗だったが、まあこれは男女の身体差という奴なので、しょうがない。アッちゃんはすげー悔しそうだったけど。男女の差は残酷だな。例えばなでしこジャパンも世界で一番になったけれど、男子中学生のサッカー部に負けてしまうくらいだから、それくらい男女の差ってやつはある。とはいえ、男子もアッちゃんを止めるのは相当苦労していたみたいだし、お互いにとって悪い練習じゃなかったはずだ。

 そして、このチームの長所と短所が見えてきた。まず、長所は翠ちゃんを筆頭にアウトサイドが圧倒的に強いこと。翠ちゃんはフリーなら外さない。マークがあっても大体入る。アッちゃんもかなり上手い。チャンシノも翠ちゃんに劣るが悪くはない。短所はインサイドが全く勝てないこと。このチームにはセンターがいない。大きい選手がアッちゃんか岸澤氏、といったところだ。アッちゃんはボールを持ちたがるので、インサイドでのプレーにはあまり徹しないし、岸澤氏はインサイドならではの闘争心が欠けているためか、中に入ってもすぐに出て行ってしまう。三秒ルールをちゃんと意識しているというのでは、悪くない判断だが、もう少し自分の場所を確保してほしいところが本音だ。バスケットにおいてインサイドというのは最重要ポイントだ。くどいくらい引用するが、かの漫画に出てくる「リバウンドを制するものはゲームを制す」という言葉は全く的をついている。シュートが外れて、ボールが落ちてくるエリアはほぼインサイドだ。身長が高ければ、リバウンドを取る争いに勝ちやすい。それは受け入れなければならない。故に『黒子のバスケ』の紫原むらさきばら君が「バスケなんて欠陥スポーツじゃん」と言ってしまうのもつい頷いてしまう。やはり、バスケットボールは身長が高い選手が揃っていれば揃っているほど有利なスポーツだ。だが、それではあまりに寂しいと思う。背の低い選手でも活躍できる場合がある。NBAでも活躍した、伝説的プレイヤー、アール・ボイキンスの身長は165センチだ。これは日本人の平均身長より低い。例外と言ってしまえば、それまでだ。でも、小さいからといってバスケを諦める理由にはならないとおれは思う。例外をどんどん作ればいいんだ。チームの長所を伸ばすか、短所を補うか。身長は急には伸びない。なら、おれ達が取るべき戦術は一つしかない。


 練習試合までの日々は体育館での練習が一日しかなかったため、それ以外の日では、体育館外でも出来ることを行った。まず、ミーティングを行い、去年の歌舞女子と桃園の県大会決勝の動画がユーチューブに上がっていたので、それを見せた。チャンシノ曰く、どうやら歌舞女子の留学生は今年もいるらしい。マジか……。卒業しててほしかった。続いて、ゴールデンステイト・ウォリアーズのプレー集も見せた。NBAのチームでここ数年圧倒的に強いチームだ。アッちゃんが目を輝かせて見ていたのが印象的だった。それらを見せたうえでおれは戦術の話をした。百合ちゃん先輩からは強く反対された。だが、やるしかないのだ。別の日にはウェイトトレーニングもした。女の子が筋トレしているのって結構良いな、と思ったのは内緒だ。ジッと見ていたら、不審がられて、帰れと何人ものに言われてしまったため、帰った。おれは家でミーティングで使用した動画をもう一度見たり、川鍋高校は動画がなかったため、情報を集めた。川鍋は去年は二回戦負けのようだ。そこまで強くないだろう。練習試合前日には、体育館で戦術の確認を含めた練習をし、また男子バスケ部と協力してもらい試合をさせてもらった。途中でティーチャSHIGEMORIが体育館に来た。最初は難色を示すかのような目で試合を見ていたが、アッちゃんや翠ちゃんのプレーを見て、次第に感心するような目つきに変わっていった。そして、男子部に檄を飛ばしていた。「女子相手に何点くれてんだ!」と。この試合も負けたが、前回のような大差ではなかった。なんだかんだ、監督めいたことやってるなあ、おれ。感覚で言えばパワプロのサクセスモードをやってるみたいなものだ。もっとも、自分が練習している訳じゃないし、プロになれなかったらゲームオーバーな訳でもないし、やり直しも効かない。あれ、結構違うな。例えとしては不適切だな。天才型の選手が出てくるまでリセット・アンド・スタートを繰り返すのは、どちらかというとナンセンスに感じる方だぜ、おれは。


 そして、土曜日がきた。おれはノリノリでア・トライブ・コールド・クエストの『ミッドナイト・マローダーズ』を聴きながら、歌舞女子高校に電車で向かった。Qティップよりファイフのラップの方が好きだ。と、唐突に後頭部に衝撃が走る。振り向くと翠ちゃんがいた。翠ちゃんは自分の耳を指さした。おれはヘッドホンを外した。

「音漏れ……凄かったよ」

 翠ちゃんが呆れた顔で言う。

「おはよ。やっぱ爆音じゃないとね」

「他のお客さんの迷惑になるよ?」

「まー大丈夫っしょ。携帯弄ってるか音楽聞いてるか、電車の中って、皆そんな感じじゃない?」

「……マナーの悪い男の子は嫌われるよ」

「おれ、もう絶対やんねえわ」

 翠ちゃんは微笑した。

「フフ……キヨ君って、わかりやすいよね」

 翠ちゃんは深い青を基調とし、黄色のラインがアクセントとなるウインドブレーカーに身を包んでいた。背中を覗き込んでみると「SHINSEN BASKETBALL CLUB」の文字が……!

「え? なにそれ……?」

「これ? 女バスのウインドブレーカーだよ。昨日届いたんだ。きっと皆も着てくるよ」

「かっけぇ……。そんなのいつ注文とってたの? おれ聞いてないんだけど」

「え……キヨ君、男子だし監督だから必要ないかと……」

「おれも皆と同じウインドブレーカー着て、女の子の気持ちになりたい」

「あ、キヨ君に作っちゃダメな気がする……」

 翠ちゃんはうう、と眉間に皺を寄せた。


 歌舞女子高校からの最寄り駅で降りて、二人で歌舞女子高校に向かった。なんだか、ちょっとしたデートみたいだあ。

「どうしたの? そんな緊張しちゃって」

 いつもより翠ちゃんは肩を少し強張らせて歩いているように見えた。

「え?」

「あ、わかった。おれと二人で歩いているの、緊張してるんでしょ?」

「全然違うし……」

 またまた~(笑)。

「怖がらなくていいよ、翠ちゃん。おれ、この世に生きるすべての女子を受け入れる覚悟が出来てるから」

「だから違うってば!」

 ちょっと声を荒げる翠ちゃん。ガチで違ったみたいだ(泣)。

「それに、そんな浮気性な男の人って嫌だし」

「え? じゃあ翠ちゃんだけが好きだって言えば、翠ちゃんはおれと懇ろの仲に……」

「はあ……ダメだこりゃ」

 いかりや長介みたいに呆れて、あからさまなため息をつく。

「じゃあ、桃園が気になってる?」

「うえ!?」

 翠ちゃんは明らかに動揺した。わかりやすい……。

「桃園となにかあったの? 中学のチームメイトがいるとか?」

「……ううん。なにかあった訳じゃないけど……」

 翠ちゃんはおれの方を見る。そのままなにかを言おうとするが、思い直したのか、おれから目をそらして前を向いた。

「や、やっぱり全国常連校の相手は緊張するもんでしょ!」

 そう言うにとどまった。


 歌舞女子高校にたどり着く。校門前に校名が書かれた立派な看板がある。女子高か……。こうやって極めて健全に女子高に合法的に入れるのも、女子バスケ部の監督になれたおかげだぜ。

 既に全員がいた。引率担当として、米山老人の姿が見える。百合ちゃん先輩と話し込んでいる。

「おんや~? 二人で仲良く来るなんて、もしかしてお二人は既にもう……」

 岸澤氏がおれ達を見るなり煽る。

「そうですよ。おれ達付き合ってるどころかもう」

「ち、違いますよ! 変なこと言わないでよ、キヨ君! もうホントやだ!」

 プリプリっとおれから離れて、泣きつくようにアッちゃんの元に翠ちゃんは向かった。アッちゃんは同情の視線を翠ちゃんに送ったあと、嫌悪感たっぷりの視線をおれにぶつけた。二人とも素直じゃないんだから~(泣)。

「ほっほ……じゃあ、行きますよ」

 米山老人が音頭を取って、おれ達は歌舞女子高校の体育館に向かう。


 歌舞女子高校の顧問、選手たちに挨拶をし、自分たちの控室に向かう。今日のスケジュールが張られていた。いきなり、桃園とのゲームがあり、その次は川鍋、お昼休憩をはさんだあと、歌舞女子との試合だった。

「最初から全力でイケるな……」

 アッちゃんだけが嬉しそうだった。皆がユニフォームに着替える、というので、おれは頷いて、そのままボーっとしていると控室から追い出された。あかんか、やっぱり。

 体育館の外で軽くアップをしていると、物凄い大勢の女子高生がやってきた。全員ピンク色の派手なウインドブレーカーを着ている。

「あれが桃園ですね……」

 チャンシノが緊張した面持ちで呟く。誰か可愛い子いないかなーとおれはギンギンに彼女たちを見ていた。すると、桃園の何人かがおれの視線に気付く。おれは手をひらひらと振るものの、誰一人として反応してくれなかった。

「お前、リチャード・D・ジェームスみたいな顔してるぞ……」

 珍しくアッちゃんに突っ込まれた。それにしても酷い例えだ。取り立てて可愛い子がいる訳ではなかった(でも皆好きだ)が、全員普通のプレーヤーに見えた。これが全国常連校なのだろうか。


 アップを終え、体育館に戻る。第一試合まで数分。おれ達は自分たちのベンチに荷物を置いて、試合に備えた。おれは翠ちゃんに声をかける。

「どう? いきなり桃園だけど」

「……」

 翠ちゃんは相手ベンチを見やる。そして、ホッと息をついていた。安心したような表情だった。おれは怪訝に思ったので、何か声をかけようとするが、翠ちゃんが先に口を開く。

「キヨ君、勝とうね! いろいろ指示とかよろしく!」

 明るく言われてしまった。おれは、遅れ気味に頷いた。


 ジャンプボール。アッちゃんと相手のセンターが向かい合う。相手ベンチにはぎっちり選手が埋まっていたほか、ベンチの後ろにも立っている部員が大勢いた。対して、こちらはおれ、米山老人、鳴門先輩、以上。

「鳴門先輩、すまんね。いきなりベンチで」

「問題ない。キヨの戦術は理解しているつもり」

「そう言ってもらえると助かるよ」

 白地に黄色で「SHINSEN」と胸に書かれたユニフォームを五人は身に纏っている。四番は百合ちゃん先輩、五番岸澤氏、八番チャンシノ、九番アッちゃん、十番翠ちゃんだ。鳴門先輩は六番だ。ユニフォームの番号をミーティングで決めるとき、翠ちゃんは三番があればいいのにな、といっていた。余程、三という数字にこだわりがあるみたいだ。アイバーソンかな? 対して、桃園はホットピンクのユニフォームに「桃園」と漢字で書かれていた。女の子だからいいけど、男子バスケ部も同じチームカラーだったりするのかな。そもそも男子バスケ部があるのかさえ知らないけど。

 審判が小気味よく、ピッと笛を鳴らす。アッちゃんは高くジャンプする。相手を上回った。アッちゃんは単にボールを弾くだけでなく、ちゃんと翠ちゃんの方向に飛ばした。翠ちゃんがキャッチした。

「打っちまえー!」

 おれは叫ぶ。翠ちゃんは言われるまでもなく、シュートの体勢を取る。スリーポイントラインからかけ離れているが、十分翠ちゃんの射程距離だ。あまりに滑らかな軌道を描いたボールは真っすぐリングを突き破る。背筋が凍るほどだった。


「古槙とアリジンが中心?」

「うん」

 ミーティングで、戦術の話をしていた時のことだ。百合ちゃん先輩は反発した。

「なによ、アンタ。三年のあたしたちは必要ないわけ?」

「そんなこと一言も言ってないじゃん。チームの長所を伸ばすことを考えた場合、アウトサイド中心に攻めた方が良いと思ったからだよ」

「中はどうするのよ?」

「捨てる」

「はあ? アンタ、バスケってのは……」

「インサイドが重要なのは知っているよ。ただ、このチームは身長が足りない。対してシューターは揃っている。翠ちゃんはピュア・シューターだし、アッちゃんはオールマイティーだけど、スリーの成功率もかなり良い。それにチャンシノだって悪かない」

「そ、そんな……」

 チャンシノが照れる。

「まさか、アンタさっき見せたNBAの動画みたいなことをあたしたちにしろって言うの?」

「うん」

 おれは真面目な顔で頷いた。ウォリアーズの戦術はとにかくアウトサイドからのオフェンスを中心としたものだ。速攻の状態でも、インサイドに切り込んでレイアップをすることなく、止まってスリーを打つような、日本のバスケではなかなか取られない戦術だ。何故なら、速攻の状態で、どう考えても外す確率の高い三点を狙うより、確実に二点を取る方がいいからだ。おれも中学の時、速攻でスリーを放ったら監督に滅茶苦茶怒鳴られた。でも、そのまま決まったから、黙ったがな。

「あんなの無理に決まってんじゃん! あれはスプラッシュ・ブラザーズがいるから出来る戦術よ! バシバシNBA記録を作るような選手が二人もいるから初めて出来る戦術で……」

 スプラッシュ・ブラザーズというのは、ゴールデンステイト・ウォリアーズに所属するステフィン・カリーとクレイ・トンプソンのことだ。二人が次々に、リングのネットに水しぶきを立てるようなスリーを決めることが由来して、命名された。ちなみに、当たり前だけど、二人の血縁関係はない。

「うちにはカリー・古槙とクレイ・アリジンがいる」

「でも試合を通してスリーを決め続けるなんて……いくら二人でも」

「どう?」

 おれは翠ちゃん、アッちゃんを交互に見る。

「アタシ、やるよ!」

「私を舐めていないか? ユリ」

「こいつら、大した自信ね……」

「それでこそ、スプラッシュ・シスターズだ」

 おれは高らかに笑った。

「さらに忍頂寺菖蒲も含めれば、本家ブラザーズより一人多い。故に本家より強い! 最強!」

「あのねえ……」

 百合ちゃん先輩は呆れる。

「まあ、百合ちゃん先輩は三人のシューターにバシバシパス回して、マークを外に集中させる。空いたインサイドに切り込んだり、岸澤氏にボールを預けたりするのがキモですよ」

「そんなに上手くいくかなあ……」

「スプラッシュ・シスターズを生かすのは、百合ちゃん先輩にしか出来ないことです。大丈夫ですって」

「……シュートの責任、あたしは負わないわよ」

 オッケ、ここまで来ればチョロいぜ。

「基本は全部スリーで行く。おれ達がやろうとしているのは、全く新しいスタイルのバスケットボールだ。そりゃリスクは大きいよ。外せばほぼ相手ボールになっちゃうし。けど、決めればまず負けない。シュートはリズムだ。良いリズムを刻み続ければおれ達は負けないし、桃園にだって勝てる」

 おれはこう締めくくった。


 勝負は一気に第一クォーターで決める予定だ。故にオールコートプレスをかける。オールコートプレスとは守備の陣形のことで、相手のスローインからいきなりボールカットを狙いにいくというものだ。要は滅茶苦茶疲れる守備。おれの中の新約聖書『スラムダンク』の山王工業戦あたりを読んでいただければわかる。多分、あのディフェンスを山王は最初からやっていれば、湘北に負けなかったと思う。翠ちゃんがボールをカットする。

「カインドラ!」

 アッちゃんにボールを飛ばす。わざわざスリーポイントラインまで離れて、アッちゃんはスリーを放つ。これも決まる。

「いいぞーアッちゃん! 好きだー!」

 おれはいつものように叫ぶ。アッちゃんは試合に集中していて、こちらを向くことさえなかった。桃園ベンチがざわつき、負けじと声援が大きくなる。部員が多いため、オフェンスの声援が体育館中に響く。だが、オールコートプレスが見事にハマり、こちらがボールをカットするため、すぐに止んでしまう。次々と二人はスリーを決めていった。

 第一クォーター終了時で43-10という大差がついた。出来すぎているくらいだ。結局、アッちゃんは一、二本外したくらいで、翠ちゃんはまだ失敗していない。アッちゃんの息は上がっている。アッちゃんのスタミナは、やはり大きな課題だな。第二クォーターに入って、オールコートプレスをやめる。向こうはインサイドを中心に攻める。こちらとしては成すすべなくイージーに得点を許してしまうものの、致命傷ではない。単純に考えて、三点ずつ積み重ねるのと、二点ずつとでは、既に差がある。翠ちゃんはまだ外さない。スリーの恐ろしいところは相手の戦意を奪うことにある。ポンポン得点が決まるスポーツとはいえ、一点の差はかなりデカい。戦意を削がれつつある向こうはミスも自然と多くなっていた。第二クォーターも問題なく終わる。

 第三クォーターから、向こうの守備が変わった。アッちゃんと翠ちゃんに二人ずつ、ボールを持つ百合ちゃん先輩に一人といった陣形になった。ここでこの人よ。言わなくても、百合ちゃん先輩はわかっていた。いくつもフェイクを重ねて、相手の動きを止めると、すかさずチャンシノにパス。チャンシノがフリーの状態からスリーを放つ。これは重要な一本だ。一度リングに当たるも、なんとかネットの中に収まる。ホッとした。


「あのう……わたしより、鳴門先輩がスタメンじゃなくて良いんですか?」

 試合前、チャンシノはおれにこう尋ねてきた。

「うん。チャンシノもスプラッシュ・シスターズだし」

「そんな……。二人ほどは決まらないですよ……」

「最初のスリーを必ず決めてくれればあとは外そうがいいよ」

「……え?」

「多分、試合が進むにつれて、アッちゃんと翠ちゃんへのマークがキツくなるはずなんだ。その時、必ずボールがチャンシノに来る。そこで決めれば、相手はどうすればいいか、もうわからなくなる」

「どういうことですか?」

「だって三人もシューターいたらヤバくない? 向こうも誰を押さえればいいのかわからなくなって、混乱するっしょ」

「確かにそうかもしれません……。けど、外したら……」

「ネガティブになるのだけはダメだよ」

 おれはチャンシノの両肩に手を置いた。

「ひゃう!?」

「いいかい? もし決めなければ……わかるね?」

 おれはジイっとチャンシノの目を見る。

「あわわ……」

「貰っちゃうからね、君のしょ……アウッ!」

 突然、横からボールが剛速球で飛んできた。投げたのはアッちゃんだった。

「ろ、六号球でも痛いんだぞ!」

「お前、ホントいい加減にしろよ……」

 アッちゃんはチャンシノに近づく。

「忍頂寺、こいつの言うことは気にしたら負けだ。自由気ままにいつも通り打てばいい」

「うう、もし外したらゴメンね……」

「外しても、私がまた取る。そして、私がまた打って決めればいいだけのことだ」

「はう……」

 やっぱワンマンだよな、アッちゃんって。


 全国常連校に圧倒的な大差をつけている。なんだよ、これ楽勝じゃん。ここの県、レベル低いんじゃないの? 第三クォーターも終わって、三十点差を保てている。ここで、おれはアッちゃんと鳴門先輩を交代させる。

「おい、私はまだ出来るって……」

「いや、よくやったよ。スリーだけじゃなく、遅攻もディフェンスもアッちゃん中心で疲れてるっしょ? 他の試合に勝つために必要だから今は控えておいて」

「まだ、この試合の勝ちが決まった訳じゃないだろ。忍頂寺が言うには、奴らは三十点差を覆すんだろ?」

「うん。県大会ではね」

「は……?」

「これは練習試合だから」


 第四クォーターも、アッちゃんが下がったことによって差は縮まったものの、終わってみれば、92-79だった。なかなかハイスコアなゲームだろう。得点王はもちろん翠ちゃん。多分半分くらい決めてる。結局、スリーを外すことはなかった。翠ちゃん、こりゃもう『黒子のバスケ』の緑間じゃん。はっ! 翠と緑……(なにかに気付いた音)。

「やったでありますな。自分たち、なかなか強いのではありませんか?」

「ふ、ふん! 去年は先輩たちがやたら多くて出られなかったしね……」

 相当ショボかったんだな、去年の三年生たちは。百合ちゃん先輩はなかなか優秀なポイントガードだと思う。桃園相手に全く引けを取らなかった。彼女が去年から試合に出れていなかったというのは不思議だ。去年も米山老人が指揮を取っていたとしたなら、さらに謎だ。

「バカモノ!」

 突然、体育館内で男の檄が飛ぶ。皆驚いて、桃園ベンチの方を見る。試合中、ずっとベンチでずんぐり座っていた水色のポロシャツを着た中年の男が試合に出ていた選手に説教をしていた。

「怖いのであります。自分、ああいうのは嫌であります」

 岸澤氏が不機嫌な表情をしていた。へえ、そんな顔もするんだ。

「だからお前たちは一軍にも上がれんのだ!」

「……?」

 アッちゃんはピクリと右眉を上げる。

「相手は去年の県一回戦負けだぞ? ダブルスコアで勝てないでどうする?」

「で、でも、コーチ。向こうの十番が……」

 ひょろ長い部員が答える。

「口答えするな。それでも抑えるのが我々桃園だろう」

「……」

 その部員はしくしく泣き始めた。

「その程度のメンタルなら、やめちまえよ、もう」


 女子を泣かせる奴は許さない、おれはずんずん桃園ベンチに向かった。

「あん? 誰だ?」

「神泉高校女子バスケットボール部監督の清雲と申します」

「は? 監督? 米山先生は?」

「まあ、いろいろありましてですね。それはともかく。貴方の言葉が少し気になった訳でして」

「お前は関係ないだろ……」

「いやいや、先ほどまで熱戦を繰り広げていたのに、関係ないとは酷いんじゃないんですか? お言葉ですが、先生。私からも一言」

「は……?」

 おれは水色ポロシャツにグイッと近づき見下ろした。身長はおれの方がはるかに高い。

「決して貴方たちが弱かったわけではない。私たちが強すぎた……。たったそれだけのことですよ……」

 こういう感じの台詞、一度リアルで言ってみたかっただよな。

「……今回は二軍と三軍混成チームだ。県大会ではこうはいかないぞ」

「楽しみにしております」

「てめえだけは絶対に殺す。興が醒めた。私はもう帰る。あとはお前たちで勝手にしろ!」

 なんて先生だ。殺す、って冗談でも言っちゃダメだろ! 桃園の顧問はずんずんと歩いていった。

「まさか、古槙があんなところにいるなんてな……」

 そいつが意味ありげな呟きをしたのを、おれはしっかりと聞き逃さなかった。もちろん、翠ちゃんのことも気になったが、まずは泣いている女の子の方が大事だ。

「君、大丈夫? なんて顧問だ、酷いね。本当に。ほら、ハンカチいるでしょ? あれ……どこやったかな……。あ、もうおれのシャツで拭きなよ、ほら」

 おれが言うとひょろ長い部員はキッとおれを睨む。肩が震えている。

「寂しいんだろ?」

 おれは震える肩に手を伸ばそうとする。

 パァンッ!

 頬に大きなビッグバン。

 いきなり平手打ちをされる。

 体育館中の人たちがおれと彼女に注目する。

「……情けなんていらないわ」

 彼女はプイッと振り返って、桃園ベンチをあとにした。まあ、殴られることもあるさ。男は追ってナンボなものよ。キリっとしたキツめの目はアッちゃんのとはまたちょっと違っていて可愛かったな。色んな意味で県大会が楽しみだ。おれは振り返って自分のベンチの方を見る。既に誰もいなかった。皆、他人のフリしてそのまま控室に戻ったってわけ……。目に涙が浮かんだ。


 第二試合。川鍋高校戦も問題なく上手くいってる。既に大差が付いている。岸澤氏も相手が並みであれば、十分インサイドで戦える。アッちゃんを第三クォーターから交代して温存する。

「だから私は……」

「いや、だってもう二試合目で今すげー息上がってるよ? それで出来るって言われてもおれは信じないからね!」

「お前に信じられようが信じられまいがかまわない。私をフルで……」

「次はガチでフルで出てもらうから! 多分、留学生抑えるの相当キツいし!」

「……チッ」

 アッちゃんはタオルをベンチに投げて、ドスッと腰を落とした。


 翠ちゃんが超絶好調。スリー成功率100パーセントなんて、本家スプラッシュ・ブラザーズでもあり得ないよ? 第一クォーターから完膚なきまでにスリーを決められ、向こうの戦意は完全に喪失していた。露骨にペースの落ちた試合展開になった。おれがボーっと見てると、アッちゃんがおれの横に座ってきた。あれ? 寂しいのかな? そ~っと肩を……よしよし……。

「言っておくけど、触れたらどうなるかわかってるよな?」

 オオウ……。

「……今日の桃園は二軍だったのか?」

 気になってたのか。

「うん、そうみたい」

「いつ気付いた?」

「うーん、最初から?」

「は? 気付いていたならどうして言わない」

「言ったところで変わらないっしょ」

「あまりにも簡単すぎると思ったんだ。マークも緩いし、スキだらけ。正直、目を疑ったよ。一軍にはもうちょっと骨のあるやつはいるのだろうか」

「アッちゃん、男子にも勝っちゃうからね。もしかしたらいないかもね」

 おれが苦笑すると、アッちゃんは真面目な顔で答えた。

「それは困る」

「へえ」

「……私にはバスケしかないんだ……。こんな生ぬるい環境でやってたら……帰っても……」

「戻るつもりなの? アメリカ」

「ああ。当たり前だ。私はこの国でナンバーワンを取って当たり前にならなければならない。でなければ、笑われ者だ」

 重いなあ、この人。

「しかし、あっさり勝ってしまっても面白くはないものだな。男子バスケ部とかお前とかとやった時の方がよっぽど……」

「向こうでは男子とやらなかったの?」

「……私は女子校だったから」

「え、女子校? もしかしてお嬢様なの? アッちゃんて」

 おれがそう言うと、アッちゃんは機嫌を損ねたのか、そのまま腰を上げ、ベンチの端の方まで歩いていって座った。そんなに癪に障ったのかな。そこまで距離を取らなくてもいいのに。

 ちなみに米山老人はおれの隣にいるが、第一試合からずっと置物のようにベンチに腰をかけているだけで、今も変わらない。時折楽しそうな表情をするだけだ。気付けば川鍋高校との試合も終わった。無事、勝利することが出来た。二試合続けたのもあってか、少し疲労の色が部員には見られた。昼休憩に良いリカバリーを取ってほしいものだ。


 次に桃園と歌舞女子の試合が行われていた。おれ達はお昼を食べながらその試合を眺めていた。試合は歌舞女子が終始圧倒していた。

「……今年の歌舞はちょっと違うわね……」

 百合ちゃん先輩が呟いた。

「そうなの?」

「あの留学生を中心に、全体のレベルが上がっているわ。去年と比べてまとまりがあるというか」

「へえー」

「ニアンはセネガルから留学生です」

 チャンシノが会話に加わってきた。

「ニアン?」

「歌舞女子の六番、エボニー・ニアン。身長190センチ。去年よりも一回り大きくなっていますね」

 おれよりでかいじゃんけ。そして、まだ成長期だっていうのか。大きさもあってか、ニアンは一際目立っている。歌舞の殆どの得点はインサイドでのニアンでのプレーによる。

「川鍋との試合はトリプルスコアだったわね。圧倒していたわ。いくら桃園でも、留学生に成す術がなし、といったところかしら……」

「桃園の二軍とはいえ、県内でも屈指の名プレイヤーがそろっています」

「ほーん。でも、おれ達もそんな桃園に勝つことが出来たぜ? 結構いい勝負できるんじゃないの?」

「無理よ」

 百合ちゃん先輩が首を横に振った。

「おいおい、キャプテンがそんな自信ないこと言ったら皆不安になるだろうが」

「違うわ。事実を言ったまでよ。ホント、アンタって……」

 百合ちゃん先輩はため息をついた。そのまま話を続ける。

「あたしたちはアウトサイドを中心とした戦術だから、やはりリスクが高いわ。外したらリバウンドを争うまでもなく、ニアンがボールを保持することになるでしょう。アリジンと光が敵うはずないもの。古槙の決定力は確かに凄いわ。でも、古槙も人間よ。一旦リズムを崩して数本でもシュートを外してみなさい。あっという間にペースを握られて、大敗する可能性もあるわ」

「わお、結構冷静な分析だね」

「なによ、馬鹿にしてんの?」

「いやあ、結構感情的な人だと思っていたからさ」

「失礼ね。ポジション柄、あたし、思考は冷静でいないといけないわ。ただでさえ感情的なプレーヤーがいるしね……」

 百合ちゃん先輩はアッちゃんの方をチラッと見た。少し離れた席に座って、サンドイッチを頬張るアッちゃんは翠ちゃんと一緒に観戦しているようだった。翠ちゃんが色々話しかけているのに対して、頷いたり相槌を打ったりしているようだった。

「まあ、アッちゃんはアッちゃんで色々考えてるよ、きっと。でも、百合ちゃん先輩、勝負は始まってみないとわからないですよ」

 おれがそう言うと百合ちゃん先輩は微笑した。

「何を当たり前のことを言ってるのよ。ハナっから負けるつもりでいないわ」

 まっすぐ前を見る百合ちゃん先輩がとても頼もしく見えた。結局、試合は歌舞女子が勝利した。歌舞女子も二勝。つまり、この日最後の練習試合、歌舞女子対神泉は、二勝同士ということになる。

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