2nd トライ・トゥ・ビ・ザ・スペシャル・ワン
ここまではスラムダンクと全く同じ展開だ。ちょうど花道がゴリとのワン・オン・ワンで勝ったところだろうか。なんとなく、気付いているかもしれないが、おれは中々のジャンプっ子である。「友情・努力・勝利」というジャンプ永遠のテーマである、お馴染みの言葉も好きだ。でも、現実は「孤独・才能・敗北」ばっかりだから、難しいものだ。でも、おれ達はジャンプの世界で生きちゃいないんだからノビノビやりゃあいいさ。
男子バスケ部との変則スリー・オン・スリーのあと、女子バスケ部にも体育館の使用許可が出た。とはいえ、ここんとこ男子バスケ部が勝手に女子の分まで使っていたというのだから、許可もなにも本当はないのである。変な話だ。早速、おれは女子バスケ部の門戸を叩くべく、女子バスケ部の部室に入る。
「ウィース。お疲れース」
部室は誰もいな……いや、そこには運動着を着た一人の幼女がいた。
「ちょ、ちょっと! ここは男子禁制よ! なに勝手に入ってきてんのよ!」
お、なんか年相応じゃない喋り方だな。子どもと言われたくないがための口調だ。うーん、よしよし。頭を撫でてやる。
「うわ、ちょっ……なに……やめ……」
「おおしおし……よしよしよし……」
気持ちはムツゴロウさんと同化しているぜ。
「わわ……こらっ……なんなの……」
「大丈夫大丈夫。一人で迷い込んじゃったのかな?」
「はあ? 貴方何言って……」
「お父さんとお母さんはどこかな~? んん~?」
頭の次はほっぺをぐにぐにしてみる。おお、スッベスベしてて瑞々しいなあ。
「ちょっと……いい加減に……」
「こんにちはー!」
ここで翠ちゃんが部室に入ってくる。
「あれ、キヨ君。ダメだよ、ここは女子しか……」
「おお、翠ちゃん! ちょうどよかった! なんか部室に小学生が入っちゃってさあ……。困るよねえ。おませさんかな?」
おおーよしよし。おれは幼女の頭を撫でまくる。
「わあああ! キヨ君、何やってんの!? ダメだって!」
「え? なんで?」
「だって、その人……」
翠ちゃんは震えながら幼女の方に指をさす。
「キャプテンだよ!」
いやいや、翠ちゃん何言ってんの? こんなちっちゃい子が女子高生な訳ないじゃない……。
「翠ちゃん? エイプリルフールはとっくにもう終わってるぜ? ナイスなジョークだとは思うけど……。とりあえず、この子、職員室まで連れていくな? 翠ちゃん、ここで着替えるんだろ? 紳士、清雲正巳はここでクールにしつつも名残惜しく、下半身をホットにしながら出て行くぜ……」
おれは幼女の手を引いて部室から出て行こうとする。
「ほら~行きますよ~」
幼女は身体全身を震わせていた。ん? ここから離れたくないのかな?
「え!? そこのお姉ちゃんの着替えを見る、だって? 君がそう言うならしょうがないなあ……。おれと一緒に見てよっか。翠ちゃーん! すまないがおれももうちょっとここに……」
「いい加減にしろ!」
幼女が叫ぶと同時に右足が蹴りあがった。見事、金に命中する。
「こ……がっ……!」
あえて描写するまでもないだろう。男子特有の痛みだ。これ以上の痛みというのを経験したことがない。あるとしたなら、もう死んでいる。ああ、ヤバい。おれは宇宙を見る。おお、あれがイスカンダルか……。ここんとこ意識を失いかけてばかりや……。
「……そいつ、片づけておいて」
「は、はい!」
翠ちゃんが返事する。幼女はイライラした様子で部室をあとにした。
「お、おれはまだ死なんぞ……」
「だ、大丈夫?」
屈んで翠ちゃんは心配してくれる。ほあ!? み、翠ちゃん……。ブラウスが第二ボタンまで開いてる!? 屈んでいる故、胸チラが期待できる……。痛みは一瞬で和らいだ。それどころか隆起した。
「うう……翠ちゃん……」
おれは痛がるフリをしながら、そ~っと翠ちゃんに近づきながら覗き込もうとする。
「ヒッ……」
パァン!
右頬に大きな衝撃。
「あ。ちょっと危険な視線を感じちゃって……」
……痛い。これが若さゆえの痛みか……。おれの意識はまたブラックアウト……。このまま倒れ込んじまおう……。
「ちょ……。叩いたのは悪かったけど、ここで意識を失うのはなしだよ、キヨ君? アタシ、着替えるんだし。ほら、出てった出てった」
思惑はもう全部ばれていたみたいだ。やれやれ、だぜ。おれはスクっと立ち上がって恨めしそうに翠ちゃんを見たあと、ゆっくりと部室を出た。
遂に女子バスケ部の練習が始まろうとしていた。先輩方が一列に並んでいて、向かい合う形で一年生が並んでいた。
「何人かもう顔見知りではありますが、自己紹介をするのであります!」
ほわ~とした一人の先輩が一年生たちにバシッと言う。いかにもバスケットウーマンという感じでベリーショートヘアーの先輩は、見た目と口調がどうも一致していない感じがするんだぜ。
「はい! 古槙翠です。ポジションはシューティング・ガードです! よろしくお願いします!」
まずは元気よく、翠ちゃんがはきはき自己紹介した。
「カインドラ・アリジン。特にポジションはどこでも……。よろしくお願いします」
少しテンション低めでアッちゃんも自己紹介をする。ポジションがどこでも、と言っちゃう辺り
「……です」
もう一人の一年生はアッちゃんよりもさらに小さい声だった。
「……ちょっと声が小さくて聞こえなかったのであります。もう一度自己紹介をしてもらっていいでありますか?」
ほわほわ先輩が丁寧に屈んでお願いする。
「ふ、ふぁい! に、
その子はチラッと翠ちゃんの方を見る。翠ちゃんも気付いて、んん? と首を傾げると、その子は恥ずかしそうに目を背けた。
「一年生は三人で終わりでありますか?」
「はい! はーい! 先輩、おれ! おれがまだ残ってますよー!」
ほわほわ先輩が終わらせようとするのを阻止する。
「ええっと……貴方は確か、この間古槙さんやアリジンさんと一緒に……」
「そうです!」
「どうしてここにいるのでありますか?」
「よくぞ、聞いてくれました! おれの名前は清雲正巳、十五歳です! マネージャーやります! 好きな漫画は『シャカリキ!』です! よろしくお願いします!」
ここで敢えてジャンプ漫画を挙げないおれのクールっぷり。ロードレース漫画の金字塔だぜ。早速、女バス全員のハートを射止めたでしょう……。
「え? あ、そうなのでありますか。えっとマネージャーなのでありますか? 男子バスケ部じゃなくていいのでありますか?」
「はい! おれはここがいいです! ここでマネージャーやらせてくださあああい!!」
完全にキマった……! これだけ元気よく、勢いよくやって、悪い印象を持たれるわけがない!
「……ダメよ」
「む」
おれは声のする方を振り返った。先ほどキャプテンと翠ちゃんから呼ばれていた幼女だった。幼女はほわほわ先輩の方を向いて話し始める。
「ねえ、光。聞いて? アイツさっき女バスの部室に入ってきたんだよ? 着替え終わっていたからよかったけど……。あと少しであたし、アイツに裸を見られるとこだったんだよ!? そんな危険人物、女バスに入れちゃ……」
「おうおう、お嬢ちゃん。黙って聞いてりゃ偉い言いようじゃないの? ん?」
「なによ! 変態!」
「変態? 褒め言葉だ! もっと言ってくれ!」
「うう~光~」
幼女は半ベソをかいていた。
「まあまあ、落ち着くであります」
ほわほわ先輩は幼女を慰めていた。
「続いて、自分たちも自己紹介をするのであります。まず、自分は
「え? じゃあやっぱこの幼女がキャプテンなの?」
おれは突っ込む。
「そうであります!」
「幼女じゃない! そこは光も否定して!」
「申し訳ないのであります」
全然申し訳ないって思ってねえな、この人。パワプロ公式ツイッターの矢部君の口調を彷彿とさせる謝り方だぜ。
「ったく……。あたしは
改めて一年生の方を向いて自己紹介をする幼女、いや部長。おれの方をまったく見ようとしないので、無理矢理視界に入って突っ込む。ん? 明城? アカギ?
「え、スラダンのゴリと全く同じ苗字じゃん」
「う……。だから、なんなのよ……。それに漢字が違うわ……」
多分、今まで散々言われてきたんだろうな。こりゃ、ゴリとか言ったら可哀想だな。つーか見た目は全くゴリじゃないし。無難に百合ちゃん先輩って呼ぼっと。
「やや、もしや清雲氏はスラムダンクを……?」
岸澤氏はおれに話しかけてきた。
「そらもう百回は読んだぜ!」
「左様でありますか! 自分も何度も読んだであります!」
「おお、気が合うねえ!」
イエーっとおれと岸澤氏はハイタッチをする。
「ちなみに、清雲氏のベストカップルは?」
そして、岸澤氏はさも当たり前かのように尋ねてきた。
「は? カップル?」
「はい。自分は木暮×三井であります。ちなみに逆は絶対にありえないのであります」
あ、これ触れちゃいけないやつだ。しかし、今どきスラムダンクのカップリングがどうのこうの言う女子高生なんているもんなんだな……。最近なら、『黒子のバスケ』とか『ダイヤのエース』とか『弱虫ペダル』とかなんじゃねーの、フツー。
「ちょっと、光! 貴方いい加減にしなさい!」
「申し訳ないのであります」
言葉尻はめちゃくちゃ謝っている岸澤氏だったが、相も変わらず顔はニヤついたままだった。
「気を取り直して、次はあづみ嬢でありますな」
岸澤氏が自分の横に目をやる。ひっそりと鳴門先輩がいた。三年生は二人しかいないって言ってたから、鳴門先輩は二年か。
「鳴門あづみ。二年」
シーン。え? もう終わり?
「あと、二年生にはもう一人いるのでありますが、生憎ここのところ不登校でありましてな。学校にすら来ていないのであります」
ヘラヘラと岸澤氏がサラッと重要事項を言った。不登校ってなにそれ? イジメ? 絶対に許さないじゃん、そんなの。
「それじゃ、練習始めるわよ!」
うーん、とりあえずいいのかな? 百合ちゃん先輩が宣言して、練習が始まった。
おれはボーっと女子たちの練習を見ていた。まあ走り込んで、ボールが飛び交っていて、シュートの練習をしたりと、オーソドックスな練習であった。しかし、六人か。男子バスケ部は多すぎるけど、女子は少なすぎる。極端だ。まあ、男子バスケ部が女バスの分までコートを使いたくなるのもわかる。
「やることねえ……」
マネージャーつったってなにやりゃあいいんだ? うーん、水とか組んできた方がいいのかな? でも、皆それぞれ自分の水筒やらペットボトルやら持っているし。タオルとか用意すればいいのかな? んなもん持って来てねえし、なんならおれはハンカチさえ持ってねえよ。ワイルド男子だからな。手なんてパンツで拭けばいい。そもそもパンツだって陰部が当たる部分だけ汚れるのであって、他の部分は断然セーフだ。綺麗なもんよ。
「あ、こんにちはー」
百合ちゃん先輩がボールを回しながら挨拶をした。体育館の出入り口を見ると、初老の痩せこけた男が入ってきた。
「ほっほっほ……」
なんだありゃ……。足がプルプル震えてこっちに歩いてくんぜ……。つって、あの人が顧問かな? あ、じゃあ挨拶しておかないと。おれは老人の元に歩み寄った。
「こんちは、えっとおれ本日付でマネージャーの……」
「清雲じゃな、よく知っておる」
え、なにそれ。エスパーかよ。
「フム……」
ジッと細い目でおれを見続ける。なんか見透かされてそうな感じがする。て、おれなんもやましいことしてないですしおすし。
「マネージャーでええのか?」
「え、いや、まあ、はい」
おれは曖昧な返事をした。
「それで満足か?」
「満足?」
おれは質問を質問で返した。だが、老人は黙ったまま、まだおれを見つめてくる。
「そうじゃ!」
突然何かを思いついたのか、老人がゆっくりと女バスメンバーに向けて片手を挙げた。百合ちゃん先輩がそれに気付くと、「集合」と叫んだ。六人が老人の元に集まる。
「こんにちは」
老人が皆に言う。皆もそれぞれお辞儀して挨拶した。
「今日も怪我なく、やれるとええな……」
老人は静かに話す。老人は部員を見回すと、眉を上げた。
「ほ? 新しい顔じゃな……君ら、名前は?」
老人が尋ねると、新入生三人はそれぞれ先ほどと同じような自己紹介をした。
「こりゃまた、楽しみな選手たちじゃなあ」
率直に老人は感想を述べた。なんか良い先生っぽいな、この人。
「ところで、この男、マネージャーらしいのじゃが……」
いきなり老人がおれを指さして言う。
「
百合ちゃん先輩が部室でのことを洗いざらい話した。老人とはいえ、先生だ。チクられるのはマズい……。おれは冷や汗をかく。だが、米山老人は聞いているのか聞いていないのか、適当な相槌を打って、話を聞いているように見えた。
「……あたしはこの男をマネージャーとして認めません」
百合ちゃん先輩は話を締めくくった。同時に米山老人も目を輝かせて、百合ちゃん先輩の方を見る。
「……ほ! やっぱり明城もそう思うじゃろ?」
マネージャーとして認めない、というところだけ、米山老人は大きい声で同意する。
「は、はい……」
百合ちゃん先輩も遅れながら頷く。
「そこでじゃ。もういっそ、彼を監督にする、というのはどうじゃろか?」
米山老人はとんでもないことを口走った。
まず、抗議したのは百合ちゃん先輩だった。
「よ、米山先生!? 正気ですか?」
「ほっほ……。明城、ワシはまだボケとらんよ」
「いえ、そういう意味じゃ……」
「ワシは正気だし本気じゃ」
「う……どうしてこいつが……」
「先の対決を見とらんのか?」
男子バスケ部とのスリーオンスリーのことだな。
「練習のあと、ちょっと見ましたけど……」
「練習? 百合ちゃん先輩、練習してたんですか?」
おれは尋ねた。確か、鳴門先輩がサボりだ、って言ってた。
「……光と市民体育館でやってたの。学校はいつも男バスに使われちゃうから……」
百合ちゃん先輩が答える。おれは鳴門先輩の方をチラリと見る。
「……」
サボってたわけじゃなかったんだな。大方、翠ちゃんがいたから、あの時の鳴門先輩は体育館に案内していたとか、そんなところだろうか。
「はっきり言うて、女子チームにこやつがいなかったら負けておったぞ」
「そうなのでありますか?」
岸澤氏が尋ねる。おれはチラッとアッちゃんの方を見る。ものすごい怪訝な顔をしていた。
「そうだとも。こやつ、こう見えて状況を分析するのが上手い」
「そうですか? ただ人の胸を揉んだり、めちゃくちゃだったと思うんですけど……。てか、普通に犯罪者じゃない」
「まあ、そうじゃな」
「え? おれ犯罪者なの?」
「キヨ君、自覚ないんだ……」
翠ちゃんが呆れた顔をする。
「だが、こやつがそうでもして暴走気味のアリジンを押さえられなかったら、どうなっておった? あのまま自滅して負けて、今もこうして体育館は使えなくなっていたはずじゃ。それにプレーも味がある。こやつは徹底して何もしなかった。だが、何もしていないわけではなかった。常にコートに立つ全員の動きを把握していた。それが、アリジンのアシストや、デカ男のスクリーンで古槙をフリーにしたり、そうした好プレーに繋がったのじゃ」
ほっほっほ……と笑う、米山老人。『賢者の石』でのダンブルドア校長が、終盤で一気にグリフィンドールに得点を与え続けるかのような褒めっぷりだ。どちらかというと、おれはスリザリン側だと思ってたし、褒められ慣れてねえから、普通に照れるぜ……。
だが、まだ納得いっていない人がいる。アッちゃんだ。
「……ふざけるな」
「ほ?」
「こいつが監督とか、あり得ない。私はやめるよ」
アッちゃんはおれ達の方にプイッと背を向いて体育館を出て行こうとする。
「ちょ……」
翠ちゃんが引き留めようとする。
「なんでまたそんな……」
「……私はアイツが嫌いだからだ」
そんなはっきり言わんでも……。これがツンデレとかだったら良いんだけど、入学以来、アッちゃんのデレなんて見たことないから、きっと本心からなのだろうな……。そのまますたすた歩いていってしまう。
「アッちゃん、待ってよ。おれはいくら嫌われても、アッちゃんのことは好きだから!」
「よくそんなこと言えるわね……。アンタが胸触ったりめちゃくちゃなことやったんだから、嫌われてんでしょ? 小学生でもわかることじゃない」
小学生サイズの百合ちゃん先輩から手厳しいツッコミが入る。アッちゃんはずんずん歩いていってしまう。
「……また、逃げるのか?」
米山老人はボソっと呟く。
「……ッ!」
アッちゃんは歩みを止めて、バッと振り返る。
「向こうとは違って、ここは学校を離れるとバスケが出来るところなんてないぞい。市民体育館も予約でいつもいっぱいじゃ」
アッちゃんは反転して、米山老人にズカズカと近づく。
「どこまで知ってる?」
アッちゃんは米山老人に凄みをかける。もともと米山老人より大きいのに、更に大きく見えた。だが、米山老人は全く臆することなく、ほっほと笑ったままだった。
「なんも。カマかけただけじゃ……」
「クッ……!」
アッちゃんの顔は赤くなっていく。相手が老人じゃなかったら殴りかかっていたかもしれない。血気盛んなお年頃だしな。アッちゃんは再び、翠ちゃんの横にぶすっと立った。
「先輩チームと一年チームで三対三のミニゲームをしなさい」
「え? また突然……」
百合ちゃん先輩は戸惑う。
「一度、証明する必要があるじゃろう」
米山老人の指示でフルコートでの試合だ。男子バスケ部とやったハーフコートのスリーオンスリーとは違って、より実戦形式に近い。六分を二本やる。サッカーとかと比べるとたったの六分って短くね? って思うかもしれないが、バスケの六分ってめちゃくちゃキツイ。さらに人数も少ないので、動けるスペースも違う。サッカーとは違った疲労だ。各々が準備をする。先輩チームが練習着の上に緑のゼッケンを被る。
「どっちが勝つと思う?」
米山老人はおれに尋ねてきた。
「うーん……」
おれは悩む。
「悩むところあるか?」
米山老人に見透かされていた。そう、おれは悩むフリをしていた。どう考えても答えは一つだった。
「先輩チームっすかね」
岸澤氏とアッちゃんがセンターサークルで向かい合った。岸澤氏はそこそこ身長が高いが、フォワードが適任だろう。センターというほどの身長でもない気がする。
「審判、出来るじゃろ?」
「え……そんなしっかりとは出来ないっすよ……」
「ええから。審判やりながら、この試合をよく見るんじゃ」
なかなか厳しい要求だった。おれはボールを渡された。まあ、確かにおれ以外にやれる人がいない。センターサークルに入ってボールを真上に投げた。ジャンプボールだ。ゲームが始まる。
序盤はアッちゃんの圧倒的な個人技で先輩チームを大きく引き離した。先輩たちもアッちゃんを止めることが出来なかった。そりゃそうだ。男子でも止めるのが出来なかったプレーヤーだ。動きをみれば別に先輩たちも下手という訳じゃない。ただ、アッちゃんが凄すぎるのだ。それに機会があれば翠ちゃんもスリーを放った。失敗はなく、全てリングに収めた。一本目は大差をつけていた。
状況が変わったのは二本目だ。一本目がかなりハイペースだったのか、アッちゃんはもう疲れていた。一年生チームの攻撃に精彩を欠いていく。翠ちゃんのスリーもしっかり鳴門先輩がマークしているおかげで、打つタイミングがない。とにかく先輩たちは良く走った。ボールを奪うと、すぐに前に出す。岸澤氏かあるいは鳴門先輩が必ず走っていた。スーパープレーは一切なかったが、ベーシックでイージーに点を重ねる。一本目の大差もひっくり返り、結局、先輩チームが勝利した。
米山老人がよろよろと右手を上げると、部員たちは集合した。アッちゃんはトボトボと歩いてきた。信じられないという顔つきをしている。
「じゃあ、清雲。感想を」
「え?」
米山老人に話を振られる。部員も全員じーっとおれの方を見る。て、照れるなあ……。
「ニヤニヤしてないで、何か早く言いなさいよ。米山先生が言っているのよ?」
百合ちゃん先輩に注意される。まあ、そうだなあ、正直に言おうかな。
「まず、大まかな話で。チーム分けのせいもあるけど、ちょっと一年生チームの方がバランスが悪い。そもそも既にガードが二人いるのに、アッちゃんがポイントガードのようなことをしている。インサイドに誰も入ってこないから、イージーな得点が全くない。全部、アッちゃんが相手をぶち抜くか、たまに翠ちゃんがスリーを決めるか。いくらなんでもめちゃくちゃ。おれなら、まずアッちゃんにボール運びをさせない。インサイドを守る岸澤氏と対決をさせる。対して、先輩チームはバランスもよく、誰がどの役割を担っているのかがわかっていた。まあチームワークの差だね。それに最後まで良く走っていた」
「そうじゃな」
米山老人は満足そうに頷く。アッちゃんは目をギラギラさせてずっとおれを睨んでいる。
「個人については、どうじゃ?」
「え? それも言わなきゃダメですか?」
「監督じゃろ?」
アンタが監督じゃないの? まあいいか……。
「じゃあさっきもちょっと触れたけど、まずアッちゃんね。アッちゃんのプレーは確かにずば抜けているよ。早い話、アッちゃんの力だけでこのチームは全国に行くのも夢じゃない気がする。まあ、この辺の高校の勢力図とかはあんまわからないけど……。でも、アッちゃんは自分に自信があるからか、パスを一切出さない。これは普通に勿体ないと思う。パスを覚えた流川は凄かっただろ? あとスタミナがないね、致命的に。最初から全力でプレーしているからともいえるのだけど、明らかに、そうじゃない場面でも使いすぎている。だから二本目はバテちゃう。ペース配分が酷い」
アッちゃんの方をおれはチラッと見る。アッちゃんはつまらなさそうにして聞いていた。言われなくても、わかっている、ということだろうか。
「次に翠ちゃん。外にこだわりすぎかな。スリーを外さないのは本当にすごいと思うけど、絶対にスリーのラインより中に入ってこない。まあ、この辺は戦術次第かな。ただ、この一年生チームで、アッちゃんがボールを持っている以上、どんどんインサイドに突っ込んでフォワードのような動きをしても良かったはず」
「アタシ、シューターだもん」
翠ちゃんが頬を膨らませて反論する。随分スリーにこだわりがあるみたいだ。
「まあ生かすも殺すも戦術だよ。ずっと動かないのはだめだ。次に、忍頂寺……、長いな、シノちゃん……いや、チャンシノでいい? 忍を音読みにして、業界用語でひっくり返してね」
「ほへぁ!?」
驚いて顔を上げるチャンシノだったが、まあいいしょ。
「チャンシノも翠ちゃんと同じ。インサイドに入ってこない。それにプレー全体に遠慮が見られる。急造チームだし、しょうがないのかもしれないけど……。はっきり言ってそんなんじゃダメだ、勝てない。精神論オンリーな戦術はナンセンスだとおれも思うけど、じゃあ全く勝つ気がないまま、試合に勝てるかというと、そんなことは絶対にないと思う」
「うう……」
「まあ、アッちゃんが仲間だったら遠慮しちゃうのもわからなくもないけど……」
「そうじゃ……なくて」
「じゃあどうしてそんな遠慮するの?」
「……知らないんですか?」
「え?」
「古槙さんのこと」
「翠ちゃん?」
おれは翠ちゃんの方を向く。翠ちゃんがアタシ? といった感じで自分を指さす。
「あ、あの! 先輩方も知らないんですか? 古槙さんの中学時代の成績……」
チャンシノが先輩たちに問いかける。
「あたしは中学バスケ興味ないし」
「自分はそれを見るくらいだったらアニメを見るであります」
「……」
三者三様に答えた。一人は声こそ出さなかったものの、首を横には振っていた。すると、ちょっと興奮気味にチャンシノが捲し立てようとする。
「古槙さん、去年の中学バスケ県大会、得点王なんですよ!? アベレージ30.3。特にスリーは絶対に外さない、県内じゃ有名なピュアシューターで……」
「え? アンタそんな凄かったの?」
百合ちゃん先輩が驚いて翠ちゃんを見る。翠ちゃんはいやあ、と片手で後頭部を掻いた。
「そんな……言いすぎだよ、忍頂寺さん。そんな大したことないって……」
「こんな凄い人と一緒のチームだけで緊張するのに……。どうして、こんなとこにいるんですか?
チャンシノが尋ねると、翠ちゃんの眉がピクッと一瞬動いたのをおれは見逃さなかった。そして、また元のにへらっと笑う表情になる。
「そんな今どき、スカウトなんてないよー。それにアタシ、ここ結構うちから近いし、気に入ってるんだよね」
「そうだったんですか……」
「ちょ、ちょっとー。敬語はいいって! アタシたちタメだし、同じチームだし、ね?」
翠ちゃんがあたふたして言う。翠ちゃんもかなり上手いと思ってたけど、県大会得点王か……。
「ほれ、清雲。先輩たちの分も」
米山老人は続きを促す。
「……マジっすか?」
鳴門先輩は無表情に、岸澤氏はニヤニヤして、百合ちゃん先輩は不満げにおれを見ていた。
「んー。じゃあ、鳴門先輩。ペース配分が上手い。チャンスには必ず前に走るし、ミスも少ない。ただ、サボっているときは露骨に仕事をしないかな。アッちゃんが突っ込んできても守備をしている振りをしている。競っている試合だったらあってはならないことだ。ちゃんと守備すれば上手いのに。翠ちゃんにベッタリくっついてたディフェンスとかよかった」
鳴門先輩は黙ったままジッとおれを見ていた。うーん、表情が読めない。
「で、岸澤氏。悪いクセがある。左サイドにいても右手でドリブル、そのままシュートしちゃうので、守備の上手い選手が相手だったらバシバシ止められる気がする。全部利き腕で済ませようとしている。今回はたまたまそれが致命的なミスにならなかったけど、今後は左も使えたほうが良いと思う」
「わかってはいるのでありますが……左でボールを扱うのはなかなか難しく……」
岸澤氏は苦笑いをした。
「最後に、百合ちゃん先輩」
「ちょっと……いきなり馴れ馴れしすぎじゃない? ちゃんと明城先輩って呼びなさいよ」
「ダメっすか?」
「ダメに決まってるじゃない」
「んーでも明城先輩はなんか違うし……」
「そうでありますよ、キャプテン! 細かいこと気にしちゃだめなのであります!」
岸澤氏が後押ししてくれた。
「うう……光まで……」
百合ちゃん先輩は半べそをかいた。それを眺めておれはニヤニヤしていたが、米山老人の視線を感じて話を続けることにした。
「じ、じゃあ続けますね。百合ちゃん先輩はドリブルのスピードも速いうえ、状況を察するのも早い。すぐにフリーの選手を見つけられる視野の広さがある。その反面、シュートが単純に上手くないかな。ジャンプシュートがジャンピングシュートになってる」
「わ、わかってるわよ、そんなの……」
「じゃあどうして飛んでから打たないの?」
「う……だって飛びながら打たないと届かないんだもん……」
百合ちゃん先輩が目をそらしながら言う。
「筋力を鍛えた方がいいかな。それに、今のままだと前から激しく当たられたら耐えられなさそう。……こんなところでいいですかね?」
「まあ、ええじゃろ」
米山老人は頷いた。
「ちょっと見ただけなのに、個々人の課題をすぐに見つけるなんて、やりますなあ、清雲氏」
「いやあ、もっと褒めていいんですよ? 岸澤氏」
「でも、あたしは納得しないわ。確かにこいつは試合を最低限見ることが出来るようね。でも、いきなり監督? もう米山先生は指揮を取られないんですか?」
「厳しいや……。でも、そうっすよ。米山老人、何故おれがいきなり監督なんです?」
米山老人はふむっと唸る。
「……ワシらはここんとこずーっと県予選一回戦負けじゃ」
「え、そうなんすか?」
「ああ。ワシも指揮に自信がないわけではない。ただ、バスケットボールは日夜進化しとる。いくら練習を重ね、戦術を習熟させても、こちらだけが上手くなるわけじゃない。ワシのやり方は時代に取り残されとる可能性がある」
「そんな。あたしたちはまだ米山先生から学ぶべきことがまだたくさんあります」
「明城、ありがとう。じゃが、一度、このチームには新しい風を取り入れてみた方がええとワシは思ったんじゃ。幸い、有望な新入生もおる。そこで、この若造に託してみようと思ったわけじゃ。マネージャーなんて勿体ない。なーに、心配せんでも、ワシはやめる訳じゃない。置物になるとでも考えてもらってええ」
「……」
百合ちゃん先輩は悔しそうな顔をした。
「やってくれんかね? 清雲」
監督、つまりNBAでいったらヘッド・コーチって奴か。清雲HC……おお、なんかカッコいいじゃないの。エッチとか上手そうな肩書きだし。それに監督権限でシュートフォームの矯正だ、つって女の子に触りまくれるんじゃないの? やべえ、お得なことしかないじゃん!
「もちろん、清雲が良からぬことを働いたら、全て職員室にワシが報告する。先の試合の件、そして男子禁制の女バス部室に入ったことも含めて、清雲のA級危険生徒のブラックリスト入りはもう不可避じゃ」
図星だった。……ってA級危険生徒ってなに?
「それなら、とりあえず、問題ないかもね……。こいつが監督なのは気に食わないけど、それで勝てるようになるというなら……。別に米山先生がいなくなるわけじゃないし……」
百合ちゃん先輩も渋々納得した。
「決まりじゃな、ええか? 清雲」
「ええっと。それじゃ、よろしくお願いします」
おれはぺこりと頭を下げる。パラパラと拍手が起こる。米山老人はニッコリと笑った。かくして、おれは女バスのマネージャーどころか監督にいきなり昇り進めてしまったのである。だが、もちろんこれを快く思わない人がいた。アッちゃんだ。彼女はむすっとしたまま拍手さえしなかった。
この日はこれで解散となった。パパパッと後片付けをしたあと、皆部室に引き上げるので、さも当然のようにおれもあとをついていき部室に入ろうとすると、翠ちゃんがニッコリ笑っておれを閉めだした。うーん、さすがにバレてたか。おれは体育館に鞄を放り投げたままだったので、体育館に戻る。
体育館には誰もいなかった。一つ、ボールが転がっていた。なんだよ~。全然ちゃんと片付いてねえじゃん。道具は大事にしようぜ、全く。おれはボールを持つ。
久しぶりにドリブルをしてみる。ああ、身体は覚えているものだな。やめてから随分経つのに、ドリブルは出来る。うう~む。このボール結構新しいな。ツブツブ感が気持ち良い。ちょっとドリブルをして体育館をゆっくり一周する。
ちょうどスリーポイントラインが見えた。おれはキュッと足を止めて、ボールを構える。翠ちゃんのシュートフォームをイメージしてみる。あれは綺麗なフォームだったな。膝に力を込める。飛んでみる。膝に激痛が走る。
「グエ」
ボールはあさっての方向に飛んでいき、転がっていく。おれはそのままバランスを崩して尻もちをついた。情けねえ。
「あー。やっぱダメかあ」
おれは独り言ちた。男子バスケ部との試合の時は楽しかった。翠ちゃんのシュートは凄かった。アッちゃんのプレーは見ててほれぼれする。アッちゃんのシュートを弾けたのは奇跡だ。あの時、膝に痛みがそこまでなかったから意外と大丈夫なんじゃないかなと思ったけど、やっぱこうしてやってみるとダメみたいだ。膝が笑っている。おれも笑う。
しかし、いきなり監督かあ。おれが現役の時は監督とかにあれやれこれやれと言われてかなり辟易としたけど、それを今度は自分がやるのか。あまり深くは考えていなかったけど、結構責任重大じゃね? まあやるからには勝てるほうがいいよなあ。そら、一生懸命楽しくやることが大事だけど、勝った方がより楽しいし、スポーツって。勝ち負けにこだわらなくなると、プレーにおける役割とか責任があいまいになって、味気ないものになるんだ。それは中学でも痛いほど知ったしね。
よたよたと歩いて転がっていたボールを拾って片づける。皆、そろそろ着替えが終わったかな? せっかくだし、皆と帰ろう。部室に再び赴くと、モザイク窓の向こうは暗く、既に鍵がかかっていた。神聖モテモテ大帝国建国までの道のりはあまりにも遠かった。
比較的平穏な日々が続いた。おれが女バスの監督になって以来、米山老人は一度も部活に顔を出していない。百合ちゃん先輩曰く、もともとあまり頻繁に様子を見に来る人じゃなかったみたいだ。それにしては、百合ちゃん先輩は随分米山老人を慕っていたような気がしたが、なんでなんやろ。老人萌えか?
数週間も経てばおれもクラスに徐々に慣れ始めて、男子メイツたちとはすっかり仲良くなった。ただ、女子とは全く仲良くなれなかった。おれが話しかけようとしても皆おれのことを避ける。これもなんでなんやろな。ちょっと寂しさを残して、あっという間に五月だ。
女バスの練習はとりあえず、今までやっていたように自主的に練習させた。で、見ていて思ったことをそれぞれメンバーに伝えた。基本的に、女バスの皆はとても素直だった。百合ちゃん先輩も渋々言いながらなんとか自分の欠点を修正しようとする。ただ、アッちゃんだけはおれが何度話しかけても無視をする。まあ、プライド高いしな~。嫌よ嫌よも好きのうち、だとおれは思っている。アッちゃんは黙々と練習をこなしていた。サボったりはしていなかったけど、普通に見てあまり楽しくなさそうではあった。
小さいとっかかりは時間が経つとやはり大きなものになってしまうものだ。事件が起こる。おれはその日、掃除当番で遅れていたのと、日ごろの態度がなっていないと生徒指導室で担任の
「なんであたしにパス出さないのよ。あたし、今フリーだったじゃん!」
「……」
「黙ってないで何とか言いなさいよ!」
「……ッチ」
「はあ? 何! その態度!」
うわあ、結構な状況じゃん、これ。近くにチャンシノがいたので、状況を聞いてみる。
「ごめん、遅れて。これどういう状況?」
「あ、清雲君。それが……」
アッちゃんは岸澤氏と百合ちゃん先輩と組み、残りの部員とスリーオンスリーをしていたそうだ。だが、アッちゃんはボールを持つ度一切パスを出さないので、それに対して百合ちゃん先輩が注意した、というところだ。とりあえず、おれは二人の間に入る。
「まあまあ落ち着いて、二人とも……」
「なによ、アンタ。遅れてきて、偉そうに」
「いや、掃除当番とかもろもろあって……」
「聞いてないわよ、そんなこと」
「え? 百合ちゃん先輩、そんなこと言って本当は気になるんでしょ? おれのこと?」
「はあ? なんでそうなる訳? 頭おかしいんじゃない?」
「キヨちゃんはシャブとか打ってませんから!」
ただ単に自分の頭がおかしくないと言っているだけだぜ。
「……帰る」
おれと百合ちゃん先輩が言い合っていると、アッちゃんは呆れて体育館をあとにしようとする。
「ちょっと! 待ちなさい! 話はまだ終わっていないわ!」
「……私はお遊戯をするつもりはない。もうこんなの沢山だ」
「はあ? お遊戯? アンタ何様なの?」
そのまま無視してアッちゃんはすたすた歩いていく。あの時は米山老人が止めてくれたけど、今はもういない。
「なあ、アッちゃん、何が不満なの?」
おれは歩くアッちゃんの横に並んで話しかける。アッちゃんは更に速度を上げて早歩きで進もうとする。また、無視されるかあ。うーん。もうこうなったらヤケだ。
「アッちゃん、おれと勝負しようよ」
「……あ?」
アッちゃんはおれの方を振り向く。ようやく反応してくれた。
「おれと勝負しよう」
「……手負いの人間とやるほど、私は落ちぶれてなんかいない」
「膝のこと言ってる? あんなん嘘だよ」
「……え?」
「もしかして、信じちゃってた?」
「……お前、何のつもりだ?」
「本当は男子バスケ部入っても良かったけど? あいつら女子に負けるような奴らだし? 馬鹿馬鹿しくて入る訳ないじゃん?」
ちなみに隣では男子バスケ部が同じように練習している。視線を感じた。気にしてらんねえ。まあ、大丈夫っしょ。
「こっちで女子とチャラチャラやってたほうが良いに決まってんじゃん」
「それがお前の本音か?」
「ああ、マジだよ。だから、おれが勝ったらおれの言うこと全部聞いてもらう」
「私が勝ったら?」
「監督辞めるよ。好きにしたらいいさ」
「……」
アッちゃんはニヤリと笑った。あ、男子バスケ部との試合の時と同じ表情だ。
「イイだろう」
おれとアッちゃんは向かい合う。先に五点先取した方が勝ちというルールだ。体育館を使う時間は限られているから短めだ。まずはアッちゃんが先攻だった。
「ほら、いつでもかかってきんしゃい」
ボールをアッちゃんに渡す。すると途端にアッちゃんは消えた。速すぎる。もうゴール下にいる。あっという間に二点入る。
「どうした? 膝が全く動いてないぞ? やっぱりもう動かないんじゃないか?」
「言ってろ」
今度はおれがボールを持つ。パス交換をして、ボールをもらった途端、おれはフォームもめちゃくちゃに思いっきりゴールのバックボードめがけてぶん投げた。
「……え?」
アッちゃんが呆気に取られたのをよそに、おれは颯爽とゴールに近づいて、ボードに跳ね返って落ちてくるボールをキャッチ。そのままシュートする。すっぽりリングに収まる。
「はい、二点」
「……本当に膝は大丈夫みたいだね」
アッちゃんは嬉しそうに笑った。
アッちゃんの攻撃。アッちゃんには外もある。多分スリーを狙ってくるだろう。
「キヨ君、これ決まったら負けちゃうよ!」
翠ちゃんの声が響く。アッちゃんはシュートの体勢を取る。これじゃない。視線を横にやる。フェイクだ。またシュートの体勢。これじゃない。右足を前に出す。わざとらしい。もう一度目線を上げる。これも嘘。遅れてアッちゃんは飛ぶ。きた。これだ。おれも飛ぶ。
「……!」
「完璧にブロックしたのであります……」
岸澤氏が驚く。膝に激痛が走っているが構わねえ。転がっていくボールを急いで拾う。
「止めたよん」
「……」
「次、おれがスリー決めたらおれの勝ちっしょ?」
「いいから早くやれ。もう奇策は通じんぞ」
おれはボールを持つ。おれはボールをひょいっと後ろに投げる。パスの相手はもちろん翠ちゃんだ。
「!?」
アッちゃんも翠ちゃんも驚いた。
「翠ちゃーん! うて~!」
「え?」
翠ちゃんは訳も分からないままシュートの体勢をもう取っていた。シューターの本能だ。利用しない手はねえ。翠ちゃんはワンハンドでシュートを打つ。ハーフコートより少し前の位置だ。ずいぶん遠い。でも、翠ちゃんは決める。美しい弧を描いてボールはリングにまっすぐインした。余りにも綺麗に入ったため、ネットはほとんど動かなかった。フロム・ザ・ダウンタウン! NBAでも見られるかわからない、スーパーショットだ。
「はい、おれの勝ち~!」
おれはブイサインをアッちゃんの前でよいよいと向けた。
「いえーい! ねえねえ今どんな気持ち?」
「本当最低ね……あいつ……」
百合ちゃん先輩がおれを軽蔑していた。
「ご、ごめん、アリジンさん、つい……」
翠ちゃんがアッちゃんに近づく。アッちゃんは顔を俯いていた。
「清雲君、それは流石に……」
「なんの、誰もワンオンワンするなんて言ってませんよ~。ちょっとおだってるアッちゃんにチームメイトの大切さ的なのを教えてやっただけだしい!」
「うわあ……」
チャンシノも明らかに引いた顔で俺を見ていた。
「なあ、アッちゃん。わかっただろ? チームメイトは大事……」
おれがアッちゃんに近づく。アッちゃんの身体が震えている。流石にブチギレたか?
「……凄いな」
「え?」
「コマキさん……いや、ミドリ」
アッちゃんは翠ちゃんに近づいて、両肩にバンと両腕を置いた。
「い、いた……」
「どうしてあんな遠くから入るんだ?」
「あ、いや……」
アッちゃんがこれまでにないくらいグイグイと翠ちゃんに迫る。
「片手で打ってるから? そんな細腕でよくリングまで届くもんだ。一体どういう練習を……」
「昔からやってるし、特にどうとかは……。アリジンさん……そんなに近づかないで……」
「カインドラでいい。いいから早く教えてくれ」
全員が呆気に取られていた。アッちゃんはこれまでにないくらい目をキラキラさせている。おお、なんか予想外の方向に転がった感じか?
「オッケオッケ。じゃあ、練習再開しようか。アッちゃん、おれの勝ちでいいよな?」
おれがこう言うと、ピタっと翠ちゃんにせがむのを止めた。そして、クルッとおれのほうを振り向く。
「……」
「どうなんだ?」
おれは膝をガクガク震わせていた。決してアッちゃんにビビっている訳じゃないんだからね! 流石にアッちゃんも気付いたようで、おれの膝に視線を移す。
「……お前、やっぱり膝が……」
「全然痛くねーし」
めちゃくちゃ強がる。
「……その膝で私のシュートを止めたのか」
「初見じゃ絶対無理だね。あんな細かいフェイクを全部見破るのは。一ヶ月ずっと見ていたからね、微妙なクセとかでわかったよ」
「……」
「んん~? どうした?」
「……お前もある程度はやるようだ……。マグレとはいえ私を二度も止めた」
「じゃあ、負けを認めるな?」
「いや、この勝負は持ち越しだ」
アッちゃんは否定した。
「はあ? そりゃないんじゃない? 大人しく負けを認めようぜ」
「最後の得点は言うまでもなく、ミドリが決めたものだ。お前の得点とは言えないだろう。それにお前の膝がまだダメだ。これ以上、やるつもりもない」
「だからワンオンワンって言ってないって」
「屁理屈はなしだ。完治してから、私と正真正銘のワンオンワンをしろ。私が勝ったら、その時は大人しくやめてもらうからな」
「ふうむ……」
「私に勝負を挑んだんだ。シロクロつけるまで逃さないからな。だからそれまでは……」
アッちゃんは頬を右手で掻く。
「……お前はお前のやるべきことをしろ」
そう言うとアッちゃんはプイッとおれから目を背けた。もっと素直になりゃいいのに。なんだよ、やるべきことをやれ、って。素直におれに監督を続けてほしい、とかおれのことが好きです、とか言えばいいのにな。
「ちょ、ちょっとちょっと!」
百合ちゃん先輩がずいずいと歩いてきて、アッちゃんの正面に立つ。
「あのねえ、アリジン。あたしになにか言うことはないわけ?」
アッちゃんは百合ちゃん先輩を見る。そうだった、もともと百合ちゃん先輩とアッちゃんがやっかみあっていたんだよな。
「私は謝らないぞ」
いつものアッちゃんに戻っていた。百合ちゃん先輩は顔をしかめた。
「はあ?」
「そもそも、アンタのポジショニングが悪いんだ。フリーだったというが、マークがちゃんとついていたぞ」
「キー! そもそも、アンタデカいんだからボール持たないで、中でプレーしなさいよ! それはあたしの仕事なんだから!」
「私が一番上手いんだから、一番多くボールを触るのは当たり前だろ?」
「ああ言ったらこう言う! 光! アンタも何か言いなさいよ!」
「うーむ、確かに一理ありますな。今まで言いにくかったのでありますが、キャプテンはボールを持っていない時の動きは良くないのであります。今までずっとボール運びをしていただけに」
「ううー光までー!」
百合ちゃん先輩は半べそをかいた。おれはチャンシノに近づく。
「どう思う?」
「へぁ?!」
「そんな驚かんでも……」
「うう……ごめんなさい。どっちの言い分も悪いわけではないと思います。それより……」
「それより?」
チャンシノは言い合いをしている部員たちを眺めながら言った。
「なんか、アリジンさんがいつもより楽しそうに見えます」
それ以来、アッちゃんは翠ちゃんと一緒に朝練を始めたようだ。おれは典型的な夜型人間なので、ほとんど様子を見ることが出来なかったけど、一週間に一回くらいはオールしてそのまま様子を見に行ったことがある。とにかく、アッちゃんと翠ちゃんは黙々とシュートをしていた。朝の光がコートを反射する体育館で、ボールの音とバッシュの音しか響いていなかったのが、妙に印象的だった。次第にチャンシノ、先輩たちも混じるようになった。チーム状態はまあ悪くない。おれも彼女たちに負けないよう、スペシャル・ワンにならねーとな。
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