第21シュー 湿布に魂込めました

「今のあいつはサッカーじゃなくて、こいつ(ドリアン)と同じフルーツの王様だ。臭い臭い。カネの臭いがプンプンするね。代表監督もできない奴が観光大使ってのは笑えるよ。ペレはごちゃごちゃ言ってないで、さっさと博物館のショーケースに戻るべきだ」D・M(サッカーの神様)


 7月6日。準決勝の日本対アルゼンチンを翌日に控えたダーバンの記者会見場には、岡田武史監督、早野信司、ディエゴ・マラドーナ監督、リオネル・メッシの四人が順に着席。

 グループリーグでは、試合後の記者会見場に頭で林檎をリフティングしながら登場し、歯で受け止め、そのまま完食したデンターDな聖ディエゴ。

 この日のボールは、まさかのドリアン。聖ディエゴはトゲトゲしたフルーツの王様を左足の甲でポンポンとリフティングし、記者会見場を下水処理場に変えた。素手で皮が剥けそうにないことは、不幸中の幸いだった。


記者「(鼻をつまみながら)お隣のメッシについてお聞きします。ドイツ戦の四得点、なかでも最後の三段跳びで、メッシはついに二十四年前のあなたを超えたという声が高まっています。あなたのお考えは?」

DM「あんたはトラとライオンのどっちが強いかを比べたことがあるか? 俺とレオを比べるってのはそういう……(ライオン? ライオンじゃね? とざわめく記者団)……まあ、とりあえず、今はレオがヌメロウーノ(ナンバーワン)だ」

記者「先日、四年後を見越して南アフリカのブラジル観光大使に就任したペレは、あなたのことを、代表監督というより単なる目立ちたがり屋だと言っていましたが……」

DM「その言葉はそっくり奴に返すよ」

記者「大きな声では言えませんが、同感です」

DM「今のあいつはサッカーじゃなくて、こいつ(ドリアン)と同じフルーツの王様だ。臭い臭い。カネの臭いがプンプンするね。代表監督もできない奴が観光大使ってのは笑えるよ。ペレはごちゃごちゃ言ってないで、さっさと博物館のショーケースに戻るべきだ」

記者「……フルーツの話は置いといて、あなたの隣にはゴールの王様もいます。明日はメッシとシンジ、どちらがあなたの後継者になるかをはっきりさせることに……」

DM「シンジが俺の後継者? あんたおつむは大丈夫か? シンジは俺がいつも踏ん付けてる地球の裏側で生まれたんだ。そうだな……この子に通訳してくれ。俺の後継者になりたかったら、アルゼンチンのどこにでもあるトタン屋根の家に行って、そこのママのお腹からやり直すんだ。それと、薬で左足を買うような真似はするな。俺みたいに日本に入れなくなっちゃうぞ。日本の役人どもはてめえのポコチンでもな……」


 ここで(たまたま?)マイクの電源が落ち、ディエゴの番は終了。

 メッシと岡ちゃんの質疑応答はつまらないので割愛。

 いよいよ、真打ち登場。


記者「明日はついにメッシとの一騎打ちですね。気になるのは怪我の具合です。スペイン戦の前日も同じ質問をしましたが、明日は出場できますか?」

信司「スタメンを決めるのは岡田監督です。それに、見た目はこんなですが、僕の右足は今絶好調です。チームドクターは反対してますけど、ギプスシュートはキャプテン翼じゃ鉄板の必殺技です。あとは、ギプスのまま出場するための、審判団の買収ですね」

 会場は爆笑したが、ディエゴが一人、信司を横目で睨んでいた。

 ディエゴは自分よりうける奴が大嫌いだった。

信司「それと、サッカーに一騎打ちはありません。MLS(メジャー・リーグ・サッカー)はPKの代わりにアイスホッケーみたいなシュート・アウトを採用して、PKよりも男らしい一騎打ちをアピールしていますが、先日、ホワイト・イーグルスは助っ人のフライング・ドロナウドをアフガニスタンまで遠征させて、リモコンのミサイル・シュートのボタンを押して、アフガニスタンの罪もない村を空から焼き払いました。騎士道精神も真っ青です。僕らは正々堂々、十一騎打ちで戦います。メッシもきっとそう言うでしょう」

 会場は一斉に首をかしげたが、ディエゴが一人、満足げに頷いていた。

 ディエゴはアメリカの悪口が大好物だった。

記者「……アフガニスタンの話は置いといて、明日のアルゼンチンにも、パラグアイやスペインを葬った魔法の杖を使うつもりですか?」

信司「僕は鶏の血でスパイクを清めたりはしません。いつもと同じ準備をするだけです。明日、監督が僕を必要とするなら、薬で左足を買ってでも出場します」


                 ガンッ!


 と、聖ディエゴはテーブルの上のドリアンにいきなりヘディング(ペレへのヘッドバット)。バナナで釘が打てるCMのように、一瞬で場内が凍りついた。なんとなんと、フルーツの王様が真っ二つ。あたりはもう下水処理場から肥溜めに。鼻をつまんで後ずさる取材陣。おでこから流血するディエゴ。

 ディエゴは椅子を後ろに蹴飛ばして立ち上がり、左手で信司の胸倉をつかんだ。

DM「イホ・デ・プータ(超訳/もういっぺん言ってみろ)」

信司「わかってます。僕はもう知ってます。僕の誕生日のあれも、手じゃなくて頭だったって。原発もドリアンみたいなもんだって。臭いくらい我慢しなきゃって」

 ディエゴに胸倉をロックオンされながらも、信司は握手しようとして空振った左手を何度も空振りさせた。バレーボールファンには、スパイクみたいに。マラドーナファンには、「神の手」みたいに。本人的には、あの呪いのビデオの、桑田先生責任原爆編集の「ピカッ」みたいに。

 どんな通訳もいらなかった。ディエゴにはその仕草でじゅうぶんだった。


 そんな衛星生中継を、桑田は地球の裏側で、札幌の自宅で見ていた。座椅子に正座し、教え子とマラドーナのタイマンに涙ぐんでいた。「かあさん、信司が、信司があの、あのマラドーナと……」

 東ドイツ対西ドイツの日、「ピカッ」と「五人抜き」の日、信司と同じ6月22日生まれの奥さんは、台所から「背は信司くんの勝ちね」と旦那に言った。                

 ありとあらゆる放送禁止用語を吠えながら、二人の警備員に両脇を固められながら、聖ディエゴは記者会見場を去った。久々のレッドカードだった。おでこからほとばしった血がテーブルの上で四角くなっていたのも、木目のせいではあるまい。


 「7・7七夕決戦に笛などいらない。ゴングよ、出てこいや!」~蹴刊プロレス

 「代打オレ! 監督マラドーナ、まさかの選手登録か?」~道産子スポーツ

 「早野選手があのオットセイをボコボコにできますように」~七夕の短冊


 7月7日。水曜日。七夕。再びダーバンのモーゼス・マヒダ・スタジアム。


「7月7日、日本時間午前3時20分です。今夜、日本の夜空では織姫と彦星が再会し、再び離れ離れとなるでしょう。遥かアフリカ大陸の、乱交の……あ違った、満天の織姫と彦星に囲まれたここダーバンで、日本代表とアルゼンチン代表も十二年ぶりにワールドカップでの再会を果たします。二つの星がこのスタジアムを離れる時、黄金のカップに片手をかけているのはどちらでしょうか。左手か、右手か……いいえ、私たちには、ルール通りの左足があります」


 二十四年の時を経て、「マラドーナああああ」の山本さんがマイクの前に帰ってきた。日本時間午前3時30分、地球の裏側で一億人が目覚まし時計にバチーンと逆水平チョップを食らわし、主審の笛がカーンと鳴り、日本対アルゼンチン、キックオフ!


 信司はベンチの最右翼。女性イレブンによると、中村俊輔に「湿布くせえ」と言われたかららしい。そう、信司は膝まであったギプスをトンカチで割られ、右脚を二十二枚の湿布ミイラに変えられていたのだ。軍用双眼鏡、嘘つかない。

 たしかに、あれは貼らざるをえまい。湿布一枚一枚に、黒マジックでメンバー一人一人のサインが書いてあった。なぜか「KAZU」の名と、「湿布に魂込めました」も。軍用双眼鏡、嘘つかない。


 信司抜きの前半は、アルゼンチンのシュート練習だった。日本の守護神川島は横っ飛びで大忙し。逆の守護神ロメロは開店休業状態で、退屈しのぎに横っ飛びの練習をしていた。

 信司抜きのサムライは南ア仕様の亀の陣で自陣に籠ったが、メッシはそんなのおかまいなし。蹴球秘宝も「サッカー界のデロリアン」と認めたちびは、ドリブル封じのために三、四人で囲むサムライをドリブルでこじ開けた。

 聖ディエゴは、いつものようにタッチライン沿いでメッシのシュートに合わせて左足を全力で振り続けた。へとへとのディエゴに同情した主審が、早めに前半終了の笛を吹いたほどに。ディエゴのエアシュートだけを追ったディエゴ・カメラの映像だけでも、前半の採点がアルゼンチンの10対0だと、ダウンがないだけだとわかる。


『沈黙のロッカールーム2』~週刊スティーブン・セガール

 前半を奇跡のゼロゼロで乗り切るも、手負いのサムライはもうぐったり。メッシに振り回された松井は完全にガス欠で、燃料計の針が既にEの外側まで振り切れていた。ついに、岡ちゃんは湿布臭いあいつを呼び寄せた。鼻をつまみながら、空いた左手で。

監督「さて、それを剥がす時間だな。(不敵な笑みを浮かべ)手伝おうか?」

信司「いやいやいやいや、自分で剥がせます。ひとりでできます」

監督「サッカーもな」

 信司は膝まである二十二枚の湿布を、一枚ずつゆっくり剥がし始めた。

信司「ててて!」

 立ち読み中のあなたが男なら、信司のすね毛地獄を想像して悶絶してほしい。

 そのとき、ロッカールームが動いた。

 特にあの、同じ屋号の司令塔コンビが。

信司「てててて!……ててててて!……やめっ……てててててい! 中村屋!」


 モーゼス・マヒダ・スタジアムのロッカールームには、今でも壁に二十二枚の日本代表サイン入り湿布が貼ってある。わけではないが、記者会見場のドリアン同様、臭いはしばらく抜けなかっただろう。


「シ、ン、ジ! シ、ン、ジ! シ、ン、ジ! シ、ン、ジ!……」


 は、センタースポットの友達を挟んで本田と並んで立ち、後半開始の笛を待つ。

センターサークルの半円に沿って、水色と白のストライプを着た十人の仮面ライダーが大集合。もうキックオフゴールは許さんと、血走った目でピケを張るデモ隊のごときライダーたち。

 ゴングが鳴り、本田がボールをつつき、信司が左足を振りかぶる。

 一号、二号、V3(メッシ、テベス、イグアイン)がライダーキックで襲いかかる。

 早くも中村憲剛はベンチを飛び出し、アルゼンチンの守護神ロメロは失点に備え、観客はジャンプに備え、クライフはリビングでL字ソファの衝撃に備……えっ?


山本「ああっと! 飛んだああああ!」


 挨拶代わりの三人抜き。信司は左足で大地を蹴り、左脳ンアルファ波で右足の甲に友達をくっつけ、滑り込んできたちびノリダー三人をまとめて跳び越えた。そのまま友達と一緒に走り出した信司を、残りのライダー七人が慌てて追う。猛犬マスケラーノが横から追いすがる。急停止した信司は、また左足を振りかぶり……


山本「ああっと! またまたああああ!」


 股抜きで四人抜き。どこからでもシュートフェイントが使えるのは、銀河系で信司だけ。右足に友達をくっつけたままペナルティエリアまで来た信司に、センターバックのミリートが追いつく。ミリートはその時、バルサ時代の休日を、ランブラス通りで信司にドリブルで抜かれたことを思い出した。それも、当時不倫中の愛人と自分との間を。「小僧、もう二度と俺の二股は抜かせねえぞ」とミリートはニヤリ。地球の裏側の桑田もニヤリ。「練習通り。アスタ・ラ・ヴィスタ・ベイビー」


山本「ああっと! なんだっけ、ほら、あの出っ歯の技ああああ!」


 ついに五人抜き。山本さんがど忘れしたクイズの正解は、ロナウジーニョ。完璧なひとりワンツー。完璧なカミカゼ・エラシコ。リオデジャネイロのビーチでテレビ観戦中の本家も驚いて前歯が飛び出した。

 さあさあ、立ち読み中のみなさんもお立会い。あっという間にマラドーナに並んだ信司は、六人目、スマップでいえばバイクに乗った森くん、ゴールの門番ロメロとの一騎打ち。六人抜きで「マラドーナああああ」超えか? あっさり左足の一太刀か?


山本「信司ろ!」


 なる解説席のリクエストが聞こえたのか、右足で大地に踏み込み、左足を鞘から抜き取る信司。もうやけくそで目を瞑って頭から信司に突っ込むロメロ。


                 ズコッ! 

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