第5シュー チョコレートを蹴っ飛ばせ

「あれがサッカーだったとしたら、サーカスだって得点制にしてW杯をやるべきだ」H・S(元こぐまFC、現大熊組若頭)

 

 信司は国語の授業よりも早く「悲劇」や「奇跡」を学んだ(睡眠学習も学習のうち)。使い方には注意が必要なことも。

 サッカーにこれっぽっちも興味がないのにこの本を立ち読みしている奇特なあなたも、どうか「イラク戦」だの「イラン戦」だのに驚かないでほしい。日本が石油利権欲しさに産油国を爆撃しているわけではありません。

 当時はジョホールバルの「奇跡」だったイラン戦は、ニュースピークではジョホールバルの「歓喜」となっている。ニュースピークの濫用は、シンプルなはずのサッカーを難解かつ陳腐にする。「キラーパス」「ボランチ」「司令塔」「海外組」「モチベーション」「コンサドーレ札幌」「カマタマーレ讃岐」……ビッグブラザーが君を見守っている!


 もしも左足の的中率が左腕に宿っていたなら、小四の信司は、日本全国の夏祭りで射的のバロンドールとなっていたかもしれない。十年後には、ダーツバーのバロンドールとなって女の子を食いまくり、大人の的中率で少子化に歯止めをかけていたかもしれない。


 小学校の卒業式が近付く頃には、「札幌の破壊王、早野信司」は、既に強豪ユースチームから引く手あまたのスターだった。地元コンサドーレ札幌ユースはもちろん、ハーフタイムにフライドチキンをむさぼる育成方針で有名なKFCサンダース、ミスをすると電気すね当てがピリピリうなるACアダプターズ、他多数からも誘われていたらしい。


 桑田によると、パナマの名門、カナル・パナマは、宿舎、食事、ルービックキューブ一個、ノリエガ元将軍と行く運河クルーズのチケットに、フロリダ刑務所時代のサイン入りユニフォーム(オレンジ色のつなぎ)付き、という破格の条件を小六の信司に提示してきたという。それもトップチームが。


 信司は、一発百中のコツをダイエット本みたいに出版したりはしなかった。

「自転車の乗り方を説明できないのと同じです。来た、蹴った、勝った、があいつの口癖です」と森崎は語る。

 森崎は敢えてそこに挑んだ。早朝の公園で、元旦の学校の誰もいないグラウンドで、信司と様々な実験を行った。「具体例から理論を導くという、帰納法的実験です。信司がバルセロナのカンテラから誘われる前に、なんとしてもあの左足の秘密が知りたかったんです」と森崎は言う。「まさかトップチームに移籍する日が来るとは、思ってもみなかったけど」


 小学生の森崎くんは、友達の友達を自由研究のネタにし、ナナフシが表紙のジャポニカ学習帳に記録していた。「PTAに文句を言わせないため」らしいが、僕とICレコーダーは同時に首をかしげた。


 ・実験一「サッカーボール以外の物体でも決められるか?」~「×」

 森崎によると、ホッケーのパック、ラグビーボール、バスケットボール、わら人形など、タンスの角以外の物体は物理法則通りに適当に飛び散ったという。森崎は非情にも、信司がバレンタインデーにリビアのイスラム少女からクールUPSで受け取ったサッカーボール型のチョコレート(実物大!)まで蹴らせた。無論、スカーフに秘められた改宗覚悟の敬虔な乙女心は、チョコとともに砕け散った。


 ・実験二「サッカーゴール以外の枠でも決められるか?」~「×」

 森崎によると、他種目のゴールは、ホッケー、ラグビー、マラソン、結婚式と、ことごとく失敗。森崎は非情にも、信司がバレンタインデーにクラスの女子からもらったガーナミルクチョコレートをガムテープで組み合わせ、五十センチ四方の赤いお菓子のゴールを作った。ゴールまでの距離は百メートル。見事シュートがチョコレートゴールを通過! したかに見えたが、ゴールが溶けただけだった。


 ・実験三「ゴールを見ずに蹴っても決められるか?」~「×」

 森崎によると、監督としてはともかく、ジーコの教えは伊達じゃない。「ゴールミテー、ボールミテー」である。一度、公園を散歩中の巨大ドーベルマンを見ながら信司が蹴ったボールが、リードを握っている金持ちとうさんの後頭部を直撃したこともあったらしい。「犬のほうじゃなくてよかったです」と森崎。「……」とICレコーダー。


 ・実験四「バレンタインチョコ獲得数はゴール数に比例するか?」~「○」

 驚くなかれ、森崎少年のざっくりとしたデータ分析の結果、ゴール数の二乗に比例することが判明。毎年2月14日、信司少年は歩く二次関数と化した。「まだ習ってもいないのに?」と僕。「……」とICレコーダー。


(※実験で使ったすべてのチョコレートは、太陽が責任をもって溶かしました)

 

 実験結果は至って単純。信司が、公式球を、本物のゴールに、ゴールを見ながら蹴ること。そうすれば、ボールはまだ二人が(誰も)習っていないエントロピー「減少」の法則に従う。


「せっかくのコーナーキックを百五メートル向こうにオウンゴール、というギネス記録も、理論的には可能です」と森崎は語る。「僕らの自由研究は夏休みほども続かなかった。時間の無駄でした」


 ペナルティエリアの中か外か、敵陣か自陣か、キーパーがいようがいまいが、信司にはおかまいなし。練習は右足、試合は左足、ちょっぴり大人な二股生活。


「信司が練習で左足を封印したのは、おばちゃんパーマ向けの女性誌が書いていたような僕への気配りなんかじゃない」と森崎。「修行僧は自分のために山に籠るんです」


 ここで、2009年の週刊ゴールポストに連載された、「バロンドールを語る、元こぐまFCのこぐまたち」を紹介しよう。著者は僕。権利関係は心配無用。大人になったこぐまたちによる、信司へのトリビュート・アルバムをどうぞ。


・元こぐまFC、奥山雅行さん、右利き右寄り

「信司がゴールマシンになるまでは、僕はチーム一のストライカーでした。二こ下の信司は、ある日突然、僕の仕事を奪いました。正直言って、勘弁してくれって感じでした。だってそうでしょう? 僕だって子供なんだから、ゴールを決めたかったですよ。でも、信司はシュートを外さない。二桁失点を二桁得点で逆転してくれる。だったら信司に任せればいい。だんだんチーム全体がそういう雰囲気になっていったんです。桑田先生が決めたわけでも、特別に話し合ったわけでもない。僕の得点とチームの日本一のどっちかを選べって言われたら、そりゃ日本一を選びますよ。だって、僕は日本人ですから。天皇陛下、バン(※割愛)」


・元こぐまFC、駿河健太さん、左利き左曲がり

「小学生日本一になったあと、みんなで乾杯したんですけど、信司だけは山積みになっていた賞品のコーラの缶に一度も手をつけなかった。信司に飲まないのかって聞いたら、あいつなんて言ったと思います?……(コーラは飲んでも飲まれるな?)……違います。体によくないから、ですよ。僕は信司より一学年上でしたけど、その日から人間、じゃなくてコーラをやめました。信司みたいになれると思って。おかげで来年、七人目の子供が生まれるんです。男の子ならまた、炭酸は禁止です。僕が信司から学んだのは、人生には何かを我慢しなければ手に入らない何かがあるということです。僕の場合は子供。信司はゴール。信司はきっと、来年の南アフリカW杯でも、それを証明してくれるでしょう」


・元こぐまFC、木村大さん、右利きアシスト寄り

「信司はゴールを決めるたびにひとりぼっちになっていきましたね。得意だったドリブルもワンツーもボディもアッパーも狙わなくなった。当たり前ですよ。僕らの出鱈目なパスをことごとくアシストに変えていたんですからね。あの当時アシストランキングがあったら、キーパーの森崎もランクインしてたんじゃないかなあ。ときどき思うんですよ。信司がああなったのは、僕らのパスのせいなんじゃないかって。僕らが出鱈目なパスを連発しなければ、右足にピンポイントでパスを出していれば、信司は普通のゴールを決められたんじゃないかって……(でしょうね)」


・元こぐまFC、佐々木譲さん、右利きアメフト寄り

「変な言い方ですけど、信司は最初のうちは、最後の切り札でした。チームにはあいつに頼らないで何とかしようっていう奴らも多かったんです。信司が変身した頃、レギュラーのほとんどは二こ上の六年生でしたからね。でも、相手が強くなるともうお手上げですよ。国後の金髪なんかどう見てもプロでしたから。信司抜きで粘るのも三点差くらいが限界です。あとはひたすらボールを奪って、信司にパスです。結局、なるようになったんです。信司は最初っから最後までずっと切り札でした。そのうち、あいつを敵から守ることが他の十人の仕事になりました。信司が有名になってからは、敵チームの試合前の練習も肘打ちとか膝蹴りに変わりましたからね。……いやいや、本当ですって。サンドバックも持参してましたから。4‐3‐3とか4‐4‐2なんて、ホワイトボードだけの数字になりました。試合中の僕らは誰がどう見ても1‐9‐0でした。もちろん、1が信司です。サッカーっていうよりもアメフトの陣形です。もちろん、クウォーター・バックの仕事はパスじゃなくて、ゴールですけどね」


・元こぐまFC、森崎和弘さん、右利きサモア寄り

「僕はゴールキーパーでしたから、かなり複雑な気持ちでした。信司は我らがこぐまFC軍のデススターなのに、いつかスカイウォーカーが、じゃなくてスゴイキーパーが信司の左足を止めてくれるんじゃないかって、期待していたんです。だってそうでしょう? 僕もキーパーのはしくれです。絶対に止められないシュートがある、なんてテレビ的な言い草は認めたくなかった。でも、今では誰もが知っているように、信司を止めるには、百パーセント決まるはずのシュートを百パーセント止められるキーパーが必要なんです。どっちを選びますか? 無限のゴールか、永遠のゼロか。そりゃ百田さんには悪いけど、キーパーの僕だって無限を選びますよ。でも、バルセロナでの信司を見て安心しました。信司は誰にも止められない。あとは真面目な話、ルール改正でキーパーが五人になるか、六ヶ所村からゴールの枠よりでかいキーパーが現れるか……サモアあたりならもういるのかなあ」


・元こぐまFC監督、桑田佳輔さん、右利きピエロ寄り

「このような機会を与えていただいて光栄です。まさか自分の言葉が週刊ゴールポストさんに掲載される日が……(※長いので割愛)……信司は本当に素直な子でした。たしかに、きっかけは私のアドバイスです。信司はもともと足が速くてドリブルがうまかったんですが、あの頃はまだ右足に頼り過ぎていました。そこで、ある試合のハーフタイムに、左足を使ってみろとアドバイスしたんです。彼は後半だけで五得点して、こぐまFCの最多得点記録を作りました。それも、すべて左足で。指導者経験の中で、彼ほど素直に人のアドバイスを聞き、百パーセントで応える選手を私は他に知りません。秘密? 信司の左足にですか? 指は五本だし、小指を詰め……(※不適切なので割愛)……驚いたことに、左足のシュートをマスターした彼は、練習では右足だけでボールを蹴るようになったんです。理由を尋ねると、軸足が重要だから、と信司は答えました。もうこの子には箸の上げ下げ以外は何も言う必要はない。そう思いました。彼に秘密があるとすれば、風向きを読む諸葛亮孔明のような……(※とにかく割愛)……それからの私の仕事は、信司以外のチームメイトの指導でした。練習では全員を平等に扱いますが、試合に平等はありません。スタメンとサブは違う。キーパーとフォワードは違う。勝者は敗者に笑顔で握手。ロシア人はでかいけど早く死にます。その違いを教え、かつ、勝利のためにいかに信司を助けるかを学ばせる。幸い、違いのわかる男にするために全員にコーヒーを飲ませる必要はありませんでした。彼らの技術は並でしたが、チームワークは並ではなかった。こぐまFCが全国優勝したのは信司のチームだけでしたが、私は今でも、チームの勝利だと思っています。どんなに偉大なソリストも、チームなしではただのピルロです(※ピルロはおそらくピエロの間違い)」


・元こぐまFC、濱田卓さん、左利き住吉会系

「あれがサッカーだったとしたら、サーカスだって得点制にしてW杯をやるべきだ」

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