第13話
そろそろ、本題に入らなくては。
「ところで、二年ほど前に総合病院で雛を見かけたって聞きましたけど・・・?」
「はい、確かに見かけました。というか声を掛けました。でも変なんです」
「変・・・というと・・・?」
「はい、僕が声を掛けても、どちら様ですかって・・・」
「人違いってことは無かったんですか?」
「間違いなくかのじょでした。親衛隊だった僕が見間違えるはずありません」
彼の表情から嘘は言ってないと思う。というより他人のふりをされた事に、戸惑っている感じの表情だ。もしかしたら何かのアクシデントで、記憶を失っているのかも知れない。だとすれば、僕が雛の前に姿を現しても、彼女は見知らぬ男性として僕の事を見てしまうのではないか・・・。
「どうして他人のふりをしなければならなかったのかしら・・・」
一番の疑問は明穂さんが指摘した通り、その一点に尽きる。しかし、それも会って話をしてみないことには始まらない。
「その時、彼女は何をしていたんでしょう。例えば受付で順番待ちしていたとか・・・?」
「えーと、あ、そうだ。何やら支払いをしていたような気がします」
という事は、彼女か、それとも継母が病気で入院していたという事か。もしくは風邪でも弾いて診察に来ただけなのか。
「たんなる診察で来ていたのか・・・」
「でも、この周辺に住んでいることは間違いないと思うわ」
「どうして?」
「だって、あそこの総合病院は、この地域で一番大きな病院だもの。もし他の地域に住んでいるとしたら、あの病院にはいかないはず」
確かにその通りかもしれない。M市やT市に行けば、もっと大規模な病院が有る。そう考えれば、この地域のどこかに居ることは間違いない。少なからず希望が見えてきた。だからといってそう簡単に見つかるほど甘くはないだろう。もし、簡単に見つかるのなら、既に再会を果たしていても良いはずだから。
「病院の関係者に知り合いが居れば、糸口が掴めるんだろうけど・・・」
そこに居る一同、沈黙したまま頷いている。恐らく、ここが最後の正念場だ。僕の心の中にそんな思いが錯綜している。はるか遠い存在だった雛と継母が、今、物凄く近づいてきているような気がする。そう、あと数歩前に進めば、きっと僕の前に継母と雛が現れる。あやふやだった僕の意識が間違いなく確信に変わってきている。
僅か数か月前には、十八年あった僕と二人の距離が、今は二年に縮まっている。このペースで行けば、近いうちにその距離は間違いなくゼロになる。かといって具体的にどうなのかといっても、それは飽くまでも僕の感覚であり、どう説明しようとも誰にも分からないかも知れない。いや、分かってくれる人が一人いた。それは酒井先生だ。たぶん先生ならば、二年前までの足取りを掴んだことを我がことのように喜んでくれるに違いない。そんな思いが沸々と湧き上がってくる。
「とにかく、今までの事を整理してみようと思います。みんなにはここまで協力してもらえて本当に良かった。なんとなくだけど、僕には雛がすぐ近くまで来ているような気がします」
「そうですね。私達も誰か知り合いに、あの病院の関係者が居ないか確かめてみます。果たして情報が貰えるかどうかは分からないけど・・・」
確かに、日和さんの言う通りで、医療関係者には守秘義務が有るから、情報を貰うのは並大抵の事ではないかも知れない。恐らくそこのところが最大の壁になると思う。しかし、その壁を突き破る事ができれば、間違いなくその向こう側には雛と継母が居るんだ。僕のそんな気持ちをみんなも察してくれたのだと思う。みんなの顔つきがその一点に集中しているように見えた。
女性陣は、早速病院関係者の伝手は無いか調べてくれることになった。病院で見かけたという情報をくれた浜田さんにも改めてお礼を言って、その場を解散し、僕は明穂さんを家まで送って、自宅へと帰って来た。そしてすぐに酒井先生に電話を入れた。
「もしもし、安田武士です。酒井先生ですか」
《あら、武士さん。どうしたの?》
「はい、実は色々ありまして、なんとか二年前までの足取りが掴めてきたんです。それで、今までの事をご報告したくて、今度の土曜日に伺っても良いですか」
《今度の土曜日ね・・・。》
なんとなく先生の口調が濁ったような気がした。
《いいわ、いらっしゃい》
「分かりました。伺わせてもらいます」
今までの先生ならば、考える余地なく返事をくれたはずなのに、珍しく口ごもっていたような気がした。何か有ったのだろうか・・・。ま、しかし「おいで」と言ってくれたのだ。僕は今までの経緯を先生に話しに行くことにした。
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