第12話

 僕の顔を見た明穂さんは、満面の笑みで「いらしてたんですね」と声を掛けてくれた。


「私よりもこの二人が、お継母さんと雛ちゃんの生きる力をくれたんですから、この二人が恩人なのよ」

「そんな、女将さん。私達親娘も二人に元気を貰っていたんですから、お互いさまなんです。恩人なんて烏滸おこがましいですよ」


 長谷部さんは、しきりに謙遜していたが、僕からすれば、やはり女将さんも長谷部さん親娘も、どちらも恩人には変わりない。S温泉のF旅館の女将も然りだ。この人たちが居なければ、今頃、継母も雛もこの世にはいなかったかも知れない。そう思うとどんなに感謝してもし足りないということはないだろう。


「皆さんが恩人なのです。皆さんの存在がなければ、僕は多分、母と雛を探すのを諦めていた・・・」

「そういえば、長谷部さん。千鶴ちゃんが此処に来て三年ほどしてから、子供の頃お世話になった施設の先生に手紙を出したらしいんだけど、何か知ってるかしら?」

「ああ、あの手紙は私が出しておいた方が良いよって勧めたんです」


 そんな話をしている時に、僕の携帯の着信音がなった。見ると、日和さんからの着信だ。


「あ、チョット失礼します」

「はい、どうぞ」

「あ、安田です」

《覚えてますか?日和です》

「はい。で、今日はどの様な・・・?」

《実は、妹の先輩に雛さんのお友達がいて、二年ほど前に彼女と会ったらしいんです。もし、宜しければ妹が案内しますので、会ってみませんか》

「わかりました。これからですから一時間半位で行けると思います」


 事情を話すと明穂さんも行ってみたいと言い出したので、彼女を助手席に乗せO温泉を目指した。明穂さんが言うには、もしかしたら知り合いかもということなので、ネットワークは密な方が良いと思ったのだ。


 いざ、目的地に着くと、早速僕は日和さんを尋ねた。彼女は相変わらずの明るい笑顔で僕たちを迎えてくれた。と、その後ろから「長谷部先輩!」と元気の良い声が響いた。明穂さんは驚いて声の主を見たが、誰なのか分からないという顔だ。


「すいません。先輩は私の事、知らないと思いますが、バスケット部で活躍してた先輩は、私達後輩の憧れの的だったんですよ」


 確かに、明穂さんは百六十五センチくらいの、女子としては身長が有る方だ。部活をしていたという事は、もしかしたら、雛も一緒の部活をしていたということか・・・?


「明穂さんはバスケットをやってたんだ?」

「ええ、でも雛ちゃんは中学の時、吹奏楽部だったんですよ」

「そうなんだ・・・」


 日向さんが話に割り込んできた。


「そう、今日お連れする先輩に話したら、雛さんとは仲が良かったって言ってました。で、二年ほど前に隣の市の総合病院で彼女を見かけたっていってました」

「病院でって・・・。看護師かなんかをしていたってことかな。それとも・・・」

「兎に角会いにいってみましょう。勝手な想像は心を重くするだけですから」


 日和さんの言葉に、みんな「うん」と頷いて、早速、僕たちは日向さんの先輩に会いに行くことにした。明穂さんは、久しぶりに雛に会えるかもしれないと、気持ちが高揚しているようだ。日和、日向の姉妹も僕が探している雛という女性が、どのような人なのか会うのを楽しみにしているらしい。


 とはいえ、今日、その先輩に会いに行くというのは、飽くまでも行方を知るための情報を知るためであって、すぐに会えるという事ではない。そう簡単に会えるのならば、こんなにも苦労はしてないだろう。だからといって最初から悲観的なことなど、考える必要もないわけで、その先輩に会ってみなければ、この先の展開も見えなくなってしまう。僕らは日向さんが約束したという、山裾の町のファミレスに車を走らせた。


 店に着くとドリンクバーを頼み、其々に好きな飲み物をテーブルに運んできた。一体その先輩と言う人はどんな人なのか。そんなことを思っている時、日向さんが立ち上がり「先輩!」と声を掛けた。そこに居たのは・・・。男。まあ、男女共学の学校に通っていれば、先輩が男子であったとしても不思議ではない。しかし、雛と仲の良かった男・・・。


「はじめまして。浜田博夫といいます」

「雛の兄、安田武志です」

「やす・・・ださんですか」

「はい、雛は高木の姓を名乗っていたと思いますが、それは僕の継母ははの姓なんです」

「あ、ああ。そうなんですね」

「ところで、浜田さんは雛と仲が良かったということですが、もしかして付き合っていたんですか?」

「いいえ、確かに彼女は、とても気さくで魅力的な女の子でした。ですから男子の憧れの的だったんです。言うなれば、僕は彼女の親衛隊の一人だっただけですよ」

「親衛隊・・・ですか」


 女王様と執事の関係か?


 恐らく、僕の顔はそんな表情をしていたんだと思う。彼は笑いながら両手を顔の前で横に振った。


「お兄さん、僕らは変な関係ではないですよ。本当に男女の区別なく、良い友達でいたんです。長谷部さんも知ってる事ですよ」


 話を明穂さんに振ったので、彼女は笑いながら話し始めた。


「確かに、私はクラスが違ったから、親衛隊の事はあまり知らなかったけど、雛ちゃんの周りには、中の良い友達が男女合わせて十人くらい居たみたい。女の子は吹奏楽の子たちだったと思うけど」

「そう、僕らも最初は付き合おうと思って近づいたけど、彼女の女友達がしっかりガードしてた。だから、みんなで抜け駆けしないという約束の元にグループ交際しようって決めたんです」


 グループ交際・・・。殆ど死語になっているんじゃ・・・? ま、いいか。兎に角仲の良かった友達には変わりないんだから。

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