再会

第11話

 気分も一新して、父からのメッセージに目を通していた時、ふと酒井先生から預かった、継母からの手紙の事を思い出した。そう、手紙の内容とY温泉の女将の話にずれがあるような気がしたのだ。


「あそこの女将は確か十年働いて、七年前に辞めたって言ってたよな・・・。でも酒井先生のところに来た手紙は、うちを出てから三年後だ。そして、色んなところを転々としたって書いてある。どちらかに嘘が有るんじゃないだろうか・・・。いや、何かの事情で嘘を言わなければならないのではないか」


 もしかしたら継母は幼子を抱えて、仕事を見つけることができなかったのではないだろうか。そして、残り少ないお金で最後に立ち寄ったのがS温泉のF旅館だったとしたら・・・。それこそ、僕は父に代わって継母に謝らなければならないかも知れない。父の言葉を受け入れ、後妻に入ったがために、継母は苦しい思いをする羽目になったのだから。そして、その苦しみを解消できるまでに三年の月日が掛かったのだとしたら・・・。いくら周りの人たちが良い人だったとしても、継母の苦労は生半可なことではなかっただろう。


 何としても継母と雛を探し出さなくてはならない。僕と父には父の両親がおり、少なからず僕を祖父母に任せることで、生活が守られた。しかし、継母には雛を預けたくても、頼ることのできる相手が居なかったのだ。仮に父がボーナスを全額継母に振り込んだとしても、それだけで生活していくなんてことは不可能に近い。日に日に困窮していく生活に疲れれば、行く末はどうなるか。当然悲観的な結末が二人を待っていることは、疑いのない事だったのではないのか。


 そうだとすれば、僕の今取りうる行動はただ一つ。S館の女将さんに誠心誠意感謝の意を伝えることではないだろうか。僕は、次の日曜日に再度S館を訪ねることにした。


「やっぱり来ましたね」


 女将さんは、何故か僕が再びやってくると思っていたようだ。


「やっぱりって・・・?」

「ええ、ただ、そんな予感がしてたんです」

「あ、いやあ。別に今日は二人の話を聞きに来たんじゃないんです。女将さんに是非ともお礼が言いたくて」

「あら、私があなたにお礼をされるようなことが有りましたっけ・・・?」


 恐らく、彼女は僕が切り出した言葉に、全ての気持ちを感じ取ったに違いない。でも、飽くまでも僕に心の中にある全てを言わせようとしているのだろう。質問を投げかけてくる彼女の顔は、どことなく嬉しそうに見えるのだ。


「はい、僕は、この二週間ほど、冷静に今までの事を整理してきました。そして、気が付いたんです。何故、父が僕に遺してくれたメッセージと、継母が施設の先生に送った手紙に食い違いがあったのか。そしてまた、その手紙の内容と、先日貴女が話してくれた内容に食い違いがあったのか・・・」


 僕はセカンドバッグから継母の手紙を出し、彼女に見てもらった。


「何処が食い違ってるのかしら?」

「はい、先日、貴女は僕に、継母は此処で十年働いて七年前に辞めたと仰いました。しかし、この手紙が酒井先生に送られてきたのは、僕の家を彼女が出ていってから三年後なのです。つまり、この手紙の内容が真実ならば、継母が十年ここで働いていたとすると、辞めたのは四年前でなければなりません。逆にこの手紙の出だしに嘘が有れば、継母がこの様な手紙を書ける精神状態になるまで、三年の月日を要したということになります。そう、彼女は精神的にボロボロの状態でここに来たのではないでしょうか」

「・・・」

「幼子を抱えた女性が、一人で子供を育てながら生活していくというのは、並大抵の苦労ではなかったと思うのです。特に、施設の先生を頼りたくても、雛の父親は継母を捨てて、彼女の友達と結婚してしまった男です。もし、友達と出くわしてしまったら、すぐに男に雛を奪われてしまう恐れがある。そんな彼女が最後に行き着いたのがF旅館だったのではないでしょうか。そう継母はあの旅館に泊り、その後、親子心中をするつもりだった。そして、それに気づいたF旅館の女将さんが事情を聴いて、貴女にここで働けるか相談したのではないですか?」


 黙って僕の話を聞いていた女将さんが、静かにその口を開き、ゆっくりと話し始めた。


「確かに・・・、武志さんの想像していた通りでほぼ間違いないわ。F旅館の女将から相談を受けた時、この旅館も丁度人手は足りていたんです。でも、千鶴さんには幼い娘さんがいるって聞いて・・・。私には、幼くして病気で亡くなった娘が居るんです。生きていて欲しかった。でも、運命には逆らえないですよね。だから、雛ちゃんや明穂ちゃんには、元気に育ってほしかったのかも知れませんね」

「明穂さんも・・・?」

「そう、長谷部さんの親子は、この温泉の上流にあるダムに身を投げようとしている時、偶々通りかかった警察官に助けられて・・・。事情を聞いて旅館うちで働いてもらうことにしたの。二人とも境遇が似ていたからかしらね、すぐに仲良くなって。雛ちゃんと明穂ちゃんも同い年だったからとても仲良くなってね。二人はこの旅館の華だったわ。私は将来、どちらかに女将の座を譲りたいって思ってたの。それを千鶴ちゃんに話したら、彼女は黙って身を引くようにこの旅館を辞めてしまったの」


 継母らしい。僕の家を出た時も、この旅館を出た時も、恐らく傷つくのは自分一人で良いと思ったのだろう。優しさの故に、時には心を鬼にしなければならないときも有る。彼女が僕に辛く当たったのも、きっと優しさの故ではないか。だからこそ、僕の事を優しいお兄ちゃんと、色んな人に話をしてくれていたんだろう。話を聞けば聞くほど継母に対しての感謝の気持ちが湧いてくる。そして、その継母と雛を救ってくれた女将さんには何といって良いのか、言葉も見つからないというのが本音だ。


「何といって良いか分からないんですが、本当に二人がお世話になりました」


 僕が頭を下げると、女将さんは微笑みながら手を顔の前で横に振っている。


「私は、何もしてないですよ。長谷部さんの親子が居たから、二人が元気でいられたんだと思うの。だから、感謝するなら二人にしてください」


 そう言いながら彼女は長谷部さんに電話をかけ、ロビーに来るように話をした。そして、十分ほどして、長谷部さん親娘がやって来た。

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