第10話
少しずつではあるが、間違いなく一歩一歩前進している。家に帰ると、今日の事をできるだけ細かく書き留めた。この先の足取りを追うにしても、ひとっ跳びに今いる場所を突き止めるなんて言うのは至難の業だ。恐らく時間が今に近くなればなるほど、居場所を掴みづらくなるだろう。とはいえ、この一、二か月の間に、十七年間の空白を三年前まで縮めることはできた。上手くすれば、来年のひな祭りまでには、いや雛の誕生日までには二人を見つけ出せるかも知れない。
そうすれば、僕が二十五歳、雛は二十二歳。父が話そうと思っていた年になる。少なくとも、二か月後の十一月には僕は二十五歳になるのだ。なんとか二十五歳の誕生日までに全ての疑問を解き明かしたい。その為にも二人を探し出さなければ。僕の思いはその一点に集中していた。
でも、何故、三年前から長谷部さんへの連絡が途絶えたんだろう。本当に仲の良い人ならば、何らかの形で連絡を取り続けるのではないか。もしかしたら連絡を取れない何らかの事情があるのかもしれない。僕の心の中に一抹の不安が過った。いずれにしろ悠長に構えてはいられない。そんな気がしてきた。こんな心配も杞憂に終わるならそれに越したことは無い。父がそうだったように、突然何が起こるか分からないのが現代社会なのだから。
兎に角、日和さん、明穂さんから連絡が来るまでに、残る温泉地を当たっておこう。そうすれば多少なりと目的が近づくというものだ。そう思って、僕は残るM温泉とその周辺の小さな温泉地、K温泉よりも少し標高の高いところにあるB温泉と回ってみたが、大した成果を上げることはできなかった。
結局、温泉地を巡って得られた足取りは三年前までであり、それ以降の足取りを掴むためには、何か他の手掛かりを探すしかなくなった。完全に手詰まり状態になりかけている。だからといって、ここで諦めるわけにはいかないんだ。ここで何か一つ手立てが見つかれば、一気に事が運びそうな予感もある。
僕は、もう一度今までの事をメモを見ながら思い返してみた。何か見落としていることはないか。そして見落としていることが、一番大切なことではないのか。ここまで、集めた情報はほんの少しだけれども、きっとこの中に大切な情報が有るはずだ。でも、恐らく僕の視野が狭まっているのだろう。そう簡単には見つけ出すことはできなかった。
「ダメだ。頭を切り替えよう」
とは言っても、何をしたら良いのか、全く頭に浮かんでこない。最近は土日となると温泉を巡って雛を探して歩いていたので、温泉で一風呂浴びるという気分にもならない。もう、どうにでもなれと言う思いで、僕は行先も定めず車を走らせた。
「そうだ、海に沈む夕日でも見に行くか・・・」
兎に角、美しい景色を見ながら、物思いに耽っていたい。そんな気分だったと思う。僕は車を北西の方向に走らせた。目指すは日本海だ。N半島からの沈む夕日が美しいと聞いたことがある。ただそれだけの事なのだが・・・。いざ、着いてみると空は灰色に曇り、夕陽など見れる状態ではなかった。
「やっぱり衝動的に、天候も調べずにやって来たって、そう簡単に自然は僕の気持ちを受け入れてはくれないか・・・」
どんよりと曇っているせいもあるのだろう、海は群青と言うよりも薄暗い鉛色をしており、まるで今の僕の心の色を投影してるかのようだ。こんなことならば来るんじゃなかった。どんどん気持ちが落ち込んでいく。しかし、心のどこか片隅に「畜生!これぐらいの事でへこたれてたまるか!」という思いが湧き上がっても来る。その時だった。西の空に本の僅かあった雲の切れ間から、海に向かって幾筋かの太陽の光が漏れた。
(そうだよな、太陽だって、どんなに雲に邪魔されても、地上に光を当てるために飽きられることなく光を注ぎ続けてるんだ。そして、あのような美しい光景を見せてくれる。諦めたら負けなんだ。たとえ、何年かかっても僕は二人を見つけ出す。焦る事はないんだ)
そう思ったら、心が軽くなったような気がした。今までは、なんとか二人を見つけなくてはと、自分で自分にプレッシャーをかけ、自分で勝手に潰れかけていたのかも知れない。簡単に見つからないのなら、ゆっくりと探せばいい。恐らく父が残したコメントの中の、僕が二十五歳になったら話そうと思っていたという言葉。二十五歳という言葉に、勝手に自分でタイムリミットを作ってしまっていたんだろう。
本当に必要なことは、会いたいと言う強い思い。そして必ず見つけ出せるという確信だ。この二つを無くさなければ、希望の光は絶対に消えない。僕は自分に言い聞かせた。心に強く思うこと、それは自分を追い込むことではない。自分を追い込めば焦りが生じる。大切なことは冷静に考えながら行動することだ。あの美しい夕陽だって、一度は沈んで地上を暗闇にするが、明日になれば再び地上を明るく照らしてくれる。そうだ、朝の来ない夜はないのだから、きっと僕にも明るい日が差し込んでくれるはず。そんな思いを膨らませて僕は家に帰ることにした。
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