第9話
先生に、絶対二人を見つけ出しますと約束し、僕は家に帰って来た。兎に角、今までの出来事全てを整理しよう。もしかしたら何か見落としていることが有るかもしれない。
「ええと、O温泉の日和さんは妹の日向さんと二人で、雛のラインから探してくれると言っていた。F旅館の女将は二人の写真を遺しておいてくれた。そして、S館では
十年間働いていた・・・。まてよ・・・。十年間働いていたんだから、その間に仲良くなった従業員とか、雛と友達になった子もいるんじゃないのか。そうだ、その辺のところを全く考えていなかった。よし、もう一度Y温泉に行って、調べてみよう」
次の土曜日。僕は再びY温泉に足を運んだ。S館の女将は「今日はどうしたんですか?」と怪訝そうな顔をしていたが、僕が継母と仲良くしていた人はいないか。もしいれば話を聞きたいと言うと、彼女は僕の気持ちを察してくれたようで、何人かの仲居さんに声を掛けてくれた。その中に長谷部さんという一人の仲居さんが居た。彼女は偶然娘さんの明穂さんが雛と同い年だったということで、学校でも二人は非常に仲良しだったらしい。僕は、早速長谷部さんの家を訪ねることにした。
「こんにちは、S館の女将さんから紹介されてきた安田武志といいます。はじめまして」
そう言って挨拶すると、彼女は「あなたが雛ちゃんのお兄さんなのね。千鶴さんからいつも話は聞いていましたよ。本当に優しいお兄ちゃんだったって」
新たな疑問が湧いてきた。幼い時僕は継母に嫌われているのではないかと思っていた。ところが、長谷部さんは継母が僕を優しいお兄ちゃんと言っていたという。ならば、僕の事をあんなに怒らなくても良かったのではないか?
ま、それは別として、兎に角、何か手掛かりを探さなくては。
「長谷部さんは、継母と凄く仲が良かったと聞いていますが・・・?」
「はい、ここを辞めた後も、何度か手紙を貰ってましたからね。彼女はここを離れてから、K温泉に行ったみたいですよ。でも、最初の旅館はあまり良いところじゃなかったみたい」
「て、手紙が来ていたんですか?」
「あ、ちょっと待っててね。いま持ってくるから」
彼女は隣の部屋から、十通ほどの封筒を持ってきた。しかし、酒井先生のところに来ていた手紙と一緒で、差出人の住所は書かれていない。とはいうものの手紙の中には、継母が働いていた温泉名が、ところどころに書かれている。職場の雰囲気が書かれていたり、旅館の男性に言い寄られて、辞めざるを得なくなったなんてことも書かれていた。
手紙を見る限りでは、K温泉、I温泉と温泉地を転々としたようだが、三年ほど前から手紙がぷっつりと途絶えてしまっている。
「どうしたんでしょうかね。三年前を最後に手紙が途絶えている」
「でも、三年前にI温泉に居たことは解かっているわけだから、そこから何か手掛かりが見つかるかも知れないわよ」
「そうですね。また一歩、二人を探すための道を進めた気がします。有り難うございます」
と、その時、娘の明穂さんが帰って来た。
「ただいまあ。あらお客さん?」
「ええ、あなたが仲良しだった雛ちゃんのお兄さんで、安田武志さんよ」
「あ、はじめまして。雛ちゃんが言ってた通り、優しそうなお兄様ですね」
「はじめまして。優しいかどうかは分かりません」
僕が照れ乍ら微笑むと、明穂さんもニッコリと笑い、何やら納得したような顔をしてる。
「じゃあ、雛ちゃんを探していたのは、お兄さんだったんだ」
「というと?」
「ええ、私の友達から雛ちゃんを探している男の人が居るって、メールが流れて来たんです。でも、変な人だったら困るから、取り敢えずスルーしてたんです」
彼女は屈託のない笑顔で僕を見ている。とても明るい感じのお譲さんで、良い友達がいて良かったなあと、僕の心は大きな安心感で満たされた。これも酒井先生が僕を前向きに前向きにと引っ張ってくれたからこそなのだろう。
「メールって最初の発信者は日和さんですか」
「わかりません。でも・・・」
「でも?」
「悪意のメールではなかったですけどね」
「では、どうしてスルーしてたんですか?」
「それは、雛ちゃんが以前言ってたんです。本当のお父さんが私をお母さんから引き離そうとしているって。もしかしたらその人が探してるのかと思って・・・」
「でも、兄と言っても僕と雛は血が繋がってません」
「では、どうして探してるんですか?」
「それは、雛が生れて三歳になるまで、僕の妹として一緒に暮らしていたからかな。僕は雛が可愛くて仕方なかった。血の繋がりなんて関係ないんだ。僕にとっては雛は大切な妹なんだ。ただそれだけさ」
「うらやましいなあ。でも、それだけですか。血が繋がっていないんだから、結婚とかもできるんじゃ・・・?」
そんなことは全く考えていなかった。ただ単に妹に会いたい、それだけの事しか僕の頭にはなかったのだから。でも、もしかしたら父と継母の約束というのは・・・。まさか、そんな事を・・・。いや、考えるのはよそう。
「ま、まさか・・・。もう二十年近く会ってないのに、そんなこと考えたこともないですよ。僕はまた家族として生活できれば良いと思ってただけだから・・・」
別に彼女の言葉には、大意は無かったのかも知れない。しかし、僕は何故か動揺を隠せなかった。心のどこかにそのような考えが有ったのだろうか・・・。いや、そんなことは考えたことも無かった。でも、彼女の一言で、幼い時の雛の言葉を思い出したのかも知れない。そう、たどたどしい言葉で雛が言った一言。
「大きくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになりたい」
まさか、本当の妹だと思っていた僕にとって、雛との結婚は有り得ないことの筈だった。それが明穂さんに突然言われたことで、激しい動揺をきたしたのだろうと思う。
「兎に角、今は雛ちゃんを探すのが先決ですよね。私も友達関係を総動員して探してみますね」
日和さんと明穂さんが、今一番の応援団かも知れない。
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