第7話

 日和さんとの出会いは、僕にとっては希望の光だった。これで再び家族ができる。そんな思いが心の底から湧き上がってくる。兎に角、手掛かりは多いに越したことはない。情報が多ければ多いほど二人に近づけるのだから。兎に角、日和さんからの連絡をただ待っているのでは勿体ない。もう少し自分でも探してみなければ。そう思って、翌週から再び温泉巡りを開始した。


 次の温泉は、S温泉だ。軒数は十軒程度だろうか。どちらかと言うと湯治場的な温泉なので、あまり期待はできないかも知れない。でも、期待薄の所は早めに潰しておいた方が良いと思うのだ。翌週の土曜日を利用して、車を飛ばして行ってみる事にした。


 その温泉は山の中にひっそりと佇んでいるのだけれど、肌が綺麗になるという弱アルカリ泉で、近くにリハビリの病院もあることから、湯治の客には事欠かないようだ。僕はその中のFという小さな旅館に入ってみることにした。女将さんはとても気さくな女性で、世話好きな感じのする人だ。偶々お客さんも居ないようだったので、僕は女将さんに事情を話すことにした。


「実は、幼いころに離れ離れになった継母ははと妹を探しているんです。継母が育った孤児院に十七年前一通の手紙が来て、G県の温泉旅館に世話になってるって書いてあったので、もしかしたら情報を持っている旅館が有るのではないかと、尋ね歩いているんです」

「そうなんですか。で、お名前はなんて言うのかしら?」

「高木千鶴と雛といいます」


 女将さんは少しの間、何か考えているようだったが、何やら思い出したかのように手を叩いて、「ちょっと待っててくださいな」といって、事務所と書かれたドアを開いて中に入っていった。そして十分ほど経ったとき、中から一枚の写真を持って出てきた。


「ちょっと見てもらえますか。もしかしたらこの二人かも知れないから」


 そう言って彼女は僕にその写真を手渡した。セピア色に焼けたその写真には、三十歳前後の女性と可愛らしい幼女が映っている。そう、紛れもなく雛だ。


「女将さん、間違いなくこの二人です。で、今、この二人は何処にいるんですか?」

「二人が此処を訪ねてきた時、この温泉で働き口はないかと聞かれたんだけど、いかんせんこの辺の宿は規模が小さくて無理があったから、もう少し北の方に行ったY温泉を紹介したの。あそこには私の知り合いの女将も居たので、なんとかなると思ってね。ここからだったら、三十分くらいで行けるからそちらに行ってみるといいわ。旅館の名前はS館。あそこの温泉の中でも一番古い方だから解かりやすいと思うわよ。女将さんには私から連絡しておいてあげる」


 僕は嬉しくて、飛び跳ねたくなるくらいだった。これで二人に会えるかも知れない。


「女将さん、有り難うございます」

「その写真は、持って行ってください。娘さんがあまりにも可愛かったから記念に撮ったんだけど・・・。写真を見ながらの方が話もしやすいでしょうから」


 僕は、女将さんに深々とお辞儀をして、その宿をあとにした。ナビをセットして早速Y温泉のS館を目指す。とうとう雛に会えるんだと思うと、気ばかりが早ってついついアクセルも強く踏んでしまいそうになるが、落ち着け、ここで事故ったら元も子もないと自分に言い聞かせた。


 山道を走ること三十分。『ようこそY温泉へ』という看板が見えてきた。地図で見ると、S館は細長い温泉街の丁度真ん中あたりにある。僕はS館近くの無料駐車場に車を止め、そこからS館に向かって歩くことにした。今にも口から心臓が飛び出しそうなくらい、激しい動悸が僕を襲ってくる。まだ絶対に会えると決まったわけではないのだからと自分に言い聞かせ、落ち着こうとしても、やはり口の中はカラカラに乾いてしまうほどだ。


 S館の前までくると、その姿は木造の歴史を感じさせるような佇まいで、何とも言い難い雰囲気を醸し出している。僕は大きく深呼吸をし、玄関の開き戸を両手で開け、「こんにちは、失礼します」と中に向かって大きな声を出した。すると事務所の方から「はーい」と女性の声が聞こえ、女将と思しき人が美しい和服姿で現れた。


「いらっしゃいませ」

「あ、はじめまして。僕はS温泉のF旅館の女将さんにここを教わって来た安田武志といいます」

「はい、話は聞いてますよ」


 女将さんはにこやかに応対はしているものの、何となく言葉は硬い感じがする。


「で、継母と妹の話を聞かせてもらえますか」

「玄関ではなんですから、ロビーでお話しましょう。どうぞ上がってください」


 僕は女将さんに促されるままに、靴を脱ぎスリッパに履き替えてロビーのソファーに座った。彼女は一旦事務所に入り、お盆にお茶を乗せて運んできた。


「あ、すいません。お気遣いなく」


 そう言いながら、僕はF旅館の女将さんからもらった写真を彼女に見せた。


「あら、懐かしいわね。雛ちゃんが丁度ここに来た頃の写真ね」

「はい、F旅館の女将さんに貰いまっした」

「そう、二人は十年ほどここで暮らしてたのよ。でも七年前に偶然、幼馴染が泊りに来たの。それで、ここに居ることがばれたら、旅館に迷惑がかかるからって・・・」

「辞めて出ていったんですね。で、何処に行ったかご存知ですか?」


 女将さんは、申し訳なさそうに首を横に振った。ああ、これでまた振り出しに戻ってしまったか。そんな思いが胸をよぎったが、少なくともこれで七年前までの足取りが掴めたことで満足しようと自分に言い聞かせた。そう、まだ完全に足取りが途絶えたわけではない。ほんの僅かではあるが、希望は残っているのだから。


「でもね、恐らく県外には出ていってないと思うわよ」

「どうしてですか?」

「ええ、あなたの継母さんが、確かこんなことを言ってたから」

「どんなことですか」

「貴方のお父様との約束があるから、遠くには行けないんだって」

「そうなんですか・・・」


 また、このキーワードが出てきた。父との約束。一体何を約束したと言うんだ・・・。僕の頭の中をこの疑問がグルグル巡りだした。

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