希望か絶望か

第6話

 翌週の土日から、僕の雛探しが始まった。僕が出した結論。それは、小さな温泉地から探していこうというものだ。そう、自分を捨てた男が、雛を自分の娘として引き取るために継母を探しているとしたら、ひっそりと佇む鄙びた温泉地の方が目立たなくて良いのではないか。そんな気がしたからだ。それに、小さな温泉地ならば、近くの宿の情報も分かるから、二人がそこに居れば、すぐに見つけ出せる。


 しかし、その考えは甘かったようだ。小さな温泉地には宿も一軒か二軒しかなく、規模も小さい為、殆どが家族経営であり、住み込みの従業員など居ない所ばかりだ。とすれば、ある程度の規模で、従業員が居る宿を探さなくては意味がない。とはいえ、小さな温泉地は殆ど制覇したので、この先は中堅規模の温泉地だから、もしかすると可能性は一番高いかも知れない。そう、それに見つからない所を一つ塗りつぶしていく毎に、間違いなく二人に近づいているんだと思えば、気持ちが萎えることもない。僕の心の中には、日に日に希望の光が大きくなっていくような気がするのだ。


 そして・・・。一か月後のある土曜日。その日はN市近郊のO温泉に行った。規模的には、大小十六軒のホテル、旅館が点在している。その中でも高くもなく安くもなくの旅館に行ってみることにした。その旅館は、中心街から少し外れたところに建っていた。入り口には大きな桜と松の木が有り、左右に門のような役割をしている。玄関は木造の開き戸になっており、木枠の中のガラスには大きく旅館の名前が書かれている。程よく暖かな日だったので、戸は大きく開け拡げており、紺色の大きな暖簾のれんが、そよ風にゆらゆらとたなびいている。


「ごめんください」

「はーい。ただいまぁ」


 暖簾を潜って声を掛けると、女将と思しき和服の女性が返事をしながら出てきた。年の頃ならば六十前後というところだろうか。柔和な表情でとても品の良い感じの良い女性だ。


「日帰りで一風呂浴びさせていただきたいのですが」

「どうぞ、三時間で七百円になってます」


 帳場で、料金を支払うと、女将さんは「ひーちゃん!」と言って仲居さんを呼んだ。「雛ちゃん」ではなく「ひーちゃん」か。僕は一瞬期待してしまった事に対して自嘲ともいえる笑みを零した。


「はーい!」


 返事をして出てきたのは、年の頃なら二十歳前後の女の子だった。髪の毛を後ろできっちりと団子にしているせいもあるのだろうけど、顔が小さく目元はぱっちりとした中々の美人だ。いや、髪型と和服に誤魔化されているのかも知れない。この年代の女子が和服を着て働いている姿なんて、滅多に見たことがないから、珍しさで見とれてしまってるのかも知れない。


「日帰りのお客様よ。お部屋に案内して、お風呂場の場所も教えてあげて」

「分かりました。此方にどうぞ」


 ニッコリと笑った顔は、やはりとても可愛らしく、僕の胸が一瞬ドキンと聞こえない音を立てた。だからといって、あんまり親し気に話をしたら、ナンパでもしているようで、逆に若い子には話し辛いものだ。ま、自意識過剰と言われればそれまでだが。でも、逆に若いから話易いってことも有るかも知れない。そうだ、別にナンパしに来てるわけではないのだから、気楽に話しかけてみよう。


「君は女将さんのお孫さんですか?」

「はい」

「だからか、『ひーちゃん』て呼んだのは・・・」

「そうです。私の名前が日和ひよりなので小さいころは『ひよちゃん』て呼ばれてたんですけど、なんとなく『ひよこ』みたいで嫌だったんで、『ひーちゃん』て呼んで貰うことにしたんです」

「そうなんだ。でも驚いたなあ・・・」

「どうしたんですか」

「実は、僕には幼い頃に別れた妹がいて、名前を高木雛っていうんだ。君が『ひーちゃん』て呼ばれた時、一瞬だけどもしかしてって、ドキドキしちゃったよ。女の子に年を聞くのは失礼かも知れないけど、君は幾つなの?」

「私ですか。今二十三歳です」

「そうか、雛より二つ年上なんだ・・・」

「ということは、妹さんは二十一歳ですか?」

「うん、そうだけど・・・」

「もしかしたら、探せるかも知れませんよ。私の妹が同じ年だから」

「でも、早生まれだよ。僕の妹は三月三日生まれだから雛っていうんだ」

「そうなんだ・・・。でも、高校は殆ど県内全ての中学から来てるわけだし、探せない事はないと思いますよ。良かったら手伝わせてください」

「でも、今日会ったばかりで、そんな・・・。良いんですか?」

「お客さんには申し訳ないけど、人探しなんて、ちょっと面白いかなって。女の子のネットワークって意外と馬鹿にできないんですよ」


 彼女は楽しそうに微笑んだ。もしかすると本当に見つけ出してしまうかも知れない。僕は物凄く強い味方を手に入れたような気がした。そう、きっと父が力添えしてくれてる。そんな気がしたのだ。聞いたところ日和さんと妹の日向ひなたさんは違う高校に通っていたらしく、二人の部活の先輩後輩の伝手から探してみると言うのだ。其々に違う高校のネットワークから探すのならば、かなり期待ができるかも知れない。それも、旅館の若女将となれば、人脈もかなり有ろうかというものだ。


「じゃあ、お願いしても良いですか?」

「お任せください。とは言っても見つからなかったらごめんなさいね」

「いいえ、元々駄目から始まってるんですから、気にしないでください」

「じゃあ、もし何か手掛かりを見つけたら、連絡しますから携帯番号を教えてください」


 僕は一旦、どうしようかと自問したが、ダメで元々だし相手の素性も分かっているのだから大丈夫だろうと、携帯番号を彼女に教えることにした。後は彼女からの連絡を待ちながら、温泉地を巡っていけば良い。なんとなくではあるけれども、雛が僕の近くに来ているような気がする。そう、継母かあさんと一緒に。

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