第5話
「酒井先生、今までの話を総括すると、美智子さんという女性が母の居場所を知るうえでのキーパーソンと思えるのですが、でも、雛の実の父親が一緒に居るとなると、迂闊に接触はできないですよね」
「ええ、恐らく美智子ちゃんには千鶴ちゃんは近づいてないわ。彼女がそんなきけんな行動をするはずがないもの。恐らく美智子ちゃんに会いに行くと偽って、私の所に一人で相談に来ていたのよ。彼女は私の事を母親のように思っていてくれたから」
「じゃあ、結局手掛かりなしか・・・」
「そんなことも無くてよ。実は千鶴ちゃんが一度だけ、私の所に手紙をくれたの。あなたの家を出てから三年ほど経った頃かしら・・・」
「えっ」
暗くなりかけた僕の心に一筋の光が射した。これで二人の住所が分かる。酒井先生は部屋の片隅にあった机の引き出しから、一通の封筒を持ちだした。しかし、その封筒には先生の宛名は書いてあるが、差出人の住所も名前も書いてはいなかった。
「これでは、所在地の掴みようがないですね」
「そうかしら。消印はあなたの住んでいるG県のT市よ」
よく見ると確かに僕の住むD市の隣りのT市だ。ということは二人はすぐ隣の町に住んでいるということなのか。
「中を読ませてもらって良いですか?」
「どうぞ、読ませたくて貴方の前に出したのですから」
酒井先生はニッコリと微笑み、僕にその封筒を手渡した。心臓は高鳴り、緊張のあまり喉の渇きさえ感じる。僕は恐る恐る封筒から便箋を抜き出し、広げて読み始めた。
『拝啓、
大変ご無沙汰しています。先生にはお変わりなくお過ごしでしょうか。
私は、剛志さんの家を出てから、色んなところを転々としましたが、漸く或る温泉宿で住み込みの仕事をさせてもらえることになりました。
其処の女将さんはとても良い人で、私の事情を話したら、快く働くことを了承してくださったのです。本当ならば、ひまわり園に近いところが良いかなとも思ったのですが、それでは先生に迷惑をかけるかも知れないと思い、結局G県から出ることができませんでした。
だけど、お蔭で良い人たちに巡り合い、雛も元気に育っています。家を出る前の約束通り、剛志さんもボーナス月にはお金を振り込んでくれているので、雛にはひもじい思いをさせずに済んでいます。もし、安田親子が訪ねてきたら、私達は元気にしてるので心配しないようにお伝えください。
簡単ではありますが、先ずは近況報告まで。
酒井先生へ
千鶴』
やはり、何らかの計画をもって、継母と雛は僕たち父子の元を去ったのだ。果たして、どのような計画だったのだろうか。その謎を解くには、二人に会わなくてはならない。そして、継母から聞き出すほかに術は無いのだ。分かる事は、父と継母の間には何らかの約束があったということ。そして、その約束は僕が二十五歳になった時に、父から教えてもらえるはずだったということ。しかし、後一年でというときに、父は交通事故で他界してしまった。事実、父のメッセージと継母の手紙の内容にはずれがある。どちらを信じるべきか判断が難しいところだ。いや、どちらも僕に探せと伝えてくれている。とすればどちらも真実であり、だから僕は二人を何としても探さなければならないのだ。
「ありがとうございました。お蔭で二人を探す決意を改めて強く持つことができました。先ずは帰って、これからの計画を練ってみます」
「そう、良かったらこの手紙も持って行ってくださいな。もしも、気持ちが折れそうになったら、この手紙を開いて読み返せば、新たな力が湧いてくるかも知れないから」
先生は、本当に僕の事を心配してくれているようだ。たとえ一人でも、応援してくれる人が居る。僕にとっては、これ程に力強い味方はいない。とはいえ果たしてどの様に見つけ出すか。たとえ、温泉宿を訪ね歩くにしても県内には温泉地だけでも大小合わせて二十か所以上、宿に至ってはどれだけあるのか・・・。
しかし、諦めるわけにはいかない。何年かかるか分からないが、一軒一軒を
「千里の道も一歩からか・・・」
「大切なことは希望を捨てないことです。希望を捨てなければ、辿り着けない道はないのですから」
「はい、兎に角、使える時間を全て使ってでも・・・」
「でも、あまり思いつめないでね。辛くなったらいつでもいらっしゃい。話し相手位にしかなれないけど、それでも居ないよりはましだと思うから」
「いいえ、そう言ってくれるだけでも凄く心強いです」
その日は、そのような話をして、家に帰って来た。家に着くと、早速僕は温泉と宿の検索を始めた。しかし、何処から手を付ければ良いのだろう。僕は継母の手紙を何度も何度も読み返していた。その時僕の頭の中に閃いたのは、もしかして父との何らかの約束が有ったのならば、継母は何らかの手段で父と連絡を取り合っていたのではないかということだ。しかし、父が亡くなった時に家の中の整理をしたが、手紙も何も出てくることは無かった。つまり手掛かりは継母の手紙以外は無いのだ。
「僕が母の立場ならどの様なところに身を潜めるだろうか・・・」
恐らく、電話で継母の名前を言って、居るかどうかを尋ねても、本当の事は教えてくれないだろう。継母の事情を女将さんが知っているなら尚更だ。だからといって全ての宿に泊りに行くというのは、時間的に無理がある。どうしたものか・・・。でも、物は考えようかも知れない。大きな温泉街ならば宿も数十軒あるわけだし、無理に泊まろうとせず、街をぶらつく事でも情報の収集はできるかもしれない。実際に今は宿泊だけでなく、日帰りのできる宿も結構多いようだし、その気になれば五軒くらいは訪問できるかも知れない。ただ、訪問と言うのではなく、やはり客として行く事により情報も聞き出し易いだろう。兎に角、探すんだ。そして、雛がどんな女の子になってるかを知りたい。そして、父と継母の間にどの様な約束が有ったのかを知りたい。僕の頭の中は、そんな思いがグルグルと巡っていた。
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