第4話 

施設から帰って、一週間が過ぎようとしていた。しかし、その間に施設からの連絡は皆無だ。やはりそう簡単には、継母の情報など探し当てられるものではない。園長も恐らく、そう簡単に諦めそうもない僕を追い払うために、あのような小細工をしたのかも知れない。内心僕はそんなことを考えていた。でも、あからさまにそんな考えを表に出してしまったら、たぶん、この先本当に雛に会えるチャンスは、無くなってしまうだろう。だから、僕は信じるしかないのだ。きっと今の僕は試されているんだと思う。どの様な結果が待っていようとも、園長を信じ切れるかどうかを。


 だから、信じ切らなければならないんだ。でも一度くらい電話で打診するくらいは許されるだろう。あと一週間待って、連絡が無ければ僕のほうから一度だけ電話を入れてみよう。そうすれば園長は何かしら情報をくれるだろう。それで駄目ならば、また何か方法を考えなくてはならなくなる。何か見落としていることは無いだろうか。


 僕は家の中を整理したときの事をあれやこれやと思い返していた。そうだ、父が書き残した日記が有った筈。その中に手掛かりとなる文面が有るかもしれない。早速、僕は家に帰ると父の日記が入っている段ボール箱を引っ張り出した。全てを事細かく読んでいたらどんなに時間があっても間に合わないだろう。そこで、僕が考えたのは継母に関連する名詞が有るかどうかだけ見ていく事だ。『千鶴』『雛』『ひまわり園』この三つに絞って探し始めた。それならば、一頁を一分以内で見切ることができる。


 そして調べた結果、三つの事に気が付いた。


1.父は継母と暮らしてるとき、年に三度ほどひまわり園を訪れていた。

2.ひまわり園の園長は継母が居なくなった後、三年後に引退し副園長が園長に

  なって現在に至っている。その三年間父は何度かひまわり園を訪問していた。

3.継母が家を出る前、継母は美智子さんという友達に、よく会いに行っていた。

 

 このことから僕が導き出した答えは、


1.雛を探すためのキーパーソンは前代の園長ではないか。

2.美智子さんという人は、今でも継母と付き合いがあるのではないか。


 という二つの点だった。この鍵を開けることができれば、継母と雛を見つけ出すことができそうな気がしたのだ。早速、これらの事の真偽を確かめるべきだ。僕はひまわり園に電話するときの質問内容をある程度書き出しておくことにした。


 そのような調べ事をしている最中。そう施設に訪問してから十日が過ぎた時、漸くひまわり園の園長から電話があった。


「もしもし、安田です」

《ひまわり園の園長の深田です》

「あ、どうも。実は私の方から、そろそろ確認の電話をさせていただこうと思っていたんです」

《いえいえ、連絡が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。実はですね、あなたの事を前園長に話したところ、是非一度お会いしたいということなので、今度の土日に此方に来られませんか?》

「分かりました。是非伺わせていただきます」


 僕がキーパーソンだと思っていた前園長に会うことができる。それだけの事なのだが、一気に視界が開けてきたような気がした。もしかしたら継母が父と僕を捨てた理由も分かるかも知れない。でも、あまりにも過剰な期待は、えてして裏切られることが多いものだ。ともかく今は前の園長に会って、話を聞くことに全力を傾けよう。


 当日、僕はボイスレコーダーを用意し、ひまわり園へと足を向けた。施設に着くと深田さんは前回とは全く違う笑顔で迎えてくれた。


「いらっしゃい。急な呼び出しをしてしまい、申し訳ないですね」

「いいえ、僕も少しでも情報が得られるなら、直ぐにでも駆け付けたいと思ってましたから、ありがたいです」

「そう言ってもらえると助かります。今日は前園長の酒井律子先生の家にお連れするつもりです」


 彼女は施設の車で酒井宅へと連れていってくれた。その家は施設から十五分位走った所にあり、山や畑、田圃も周囲にあり風景の綺麗な場所だ。家に着いてチャイムを鳴らすと、優しそうな笑顔の老婆が現れた。


「ようこそいらっしゃいました。安田さんのお坊っちゃんね。酒井律子です」

「はじめまして。安田武志です」

「あら、初めてじゃないのよ。まだ、あなたが四歳の頃でしたかしら、家族で一度訪ねて来られたのよ」

「え、そうなんですか」

「まあ、今日はゆっくりしていって下さい。私が分かる事は覚えている限りお話しますよ」


 深田さんは二人が挨拶を済ませたのを見て、「後でまたお迎えに来ますね」と言って施設に帰って行った。酒井さんは僕を居間へと案内してくれた。


「本当に懐かしいわね。お父様は亡くなったんですって?」

「はい、父が亡くなって僕一人になってしまったんですが、幼い時に別れた妹に会いたいと思いまして・・・。継母と妹を探してみようかなって・・・」

「でも、ご存知なんですよね」

「はい、父が全てを文章に残しておいてくれましたから」

「そうですか。でも全てを知っているのにどうして?」

「どうしてでしょう。ただ、僕は小さい時、雛をとても可愛がっていました。そう本当に可愛い妹でした。もし、再会したとき僕は彼女に兄としての感情が残っているのだろうかって・・・。兎に角、無性に会いたいんです」

「そう、妹さんに会いたいと言う気持ちには、理由なんてないわよね。だけど妹といっても、貴方とは血の繋がりがないのはご存知なのかしら?」

「はい、存じています。そのことについては父がパソコンに文章ファイルで残しておいてくれましたから」

「分かりました。では、あなたは桜井美智子さんていう女性はご存知かしら?」

「残念ながら、父の日記から継母の友達に美智子さんという女性がいたのは存じていますが名字までは存じていません」

「美智子ちゃんも千鶴ちゃんもこの施設で育ったのよ。二人ともとても仲が良くて、まるで本当の姉妹のようだったわ。ところが、千鶴ちゃんと付き合ってた男が、彼女を捨てて美智子ちゃんと結婚しちゃったの。そして、捨てられた後で妊娠してることに気が付いたのよ。彼女は誰にも気付かれないようにって、隣の県の産婦人科で堕胎しようと思ったんだけど、お腹の子には罪は無いと、クリニックに入るのを躊躇っている時に貴方のお父さんに声を掛けられ、親子二人の面倒を見てくれるって言われたんだって言ってたわ」

「だけど、どうして僕らを捨てて出ていってしまったんでしょう」

「捨てたんじゃないの。実は美智子ちゃんは不妊症だったの。それで、千鶴ちゃんに子供ができたって分かった男が、雛ちゃんを自分の子供なんだから渡せって押しかけてきたらしいのよ」


 なるほど、朧げにではあるが見当がついた。恐らく継母は雛を手放さないためには、いつか父と僕を置いて出ていかなくてはならなくなる。一緒に生活していれば必ず相手の男は家に押しかけてくる。だから、いつ離れ離れになっても良いように、僕が雛と仲良くする事を嫌ったのかも知れない。


「それで、先生のところに何度か相談に来たんですね」

「そういうこと」

「大凡の事は分かったんですが、でもどうして僕が二十五歳になるまで話をしなかったんだろう・・・?」

「それは、きっと雛ちゃんが二十二歳で大学を卒業するのを待つためじゃないかしら」

「・・・?」


 何故、雛の大学卒業と僕の話と関係が有るのか、全く理解できない。どうしてだろう。その疑問については、今は横に置いておこう。そうだ、二人の居所も分からない状態で、継母の心情を推察したってなんの意味のない。先ずは二人を探し出す事。そのことだけに集中しなくては。


 

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