手掛かりを探せ

第3話 

 僕は心に決めた。必ず雛を見つけ出そうと。唯一今僕の元にある手掛かり。そう、先ずは母さんの出た孤児院に行ってみることにした。その孤児院は隣のN県の県庁所在地であるM市の郊外にある。ひまわり園という孤児院だ。実際には父は継母と共に何度かそこを訪れている。もしかすると大きな手掛かりが得られるかも知れないのだ。


 土日の休日を利用して、訪問することにした。駅につくと僕はタクシーに乗り、ひまわり園を目指した。施設は広い園庭が有り、中では子供たちが楽しそうに遊んでいる。子供の一人に声を掛けると「園長先生、お客さんだよ」と大きな声で先生を呼びに行った。そして、間もなくして、園長と思しき女性が中から出てきた。年の頃なら還暦を少し超えたくらいだろうか。


「はじめまして。安田武志と申します」


自己紹介すると、園長さんは怪訝そうな顔で僕の顔を見ながら、「ご用件は?」と質問してきた。しかし、それは想定内のことだ。もし、僕が逆の立場だとしても、同じような目で相手を見るだろうと思うし、疑わしい目で僕を見てくるのは当然の事だと思う。


「実は、僕はこの施設の出身者である高木千鶴さんと再婚した安田剛志の息子で武志と言います。継母ははは僕が小学校二年の時に妹の雛を連れて、家を出ていってしまったのです。つい最近父が交通事故で他界しまして、遺言の中に、もし二人を探すならば、唯一の手掛かりはこちらの施設かも知れないと書かれていたものですから、少しでも手掛かりが有ればと思いまして・・・」

「困りましたねえ。教えてあげたいのは山々だけど、今は個人情報保護が煩いから・・・そう簡単に、はいそうですかとは言えないのよ」


 そう言いながら、園長は過去の施設出身者のファイルを探している。過去の出身者の数は結構な人数だったのだろう。あ行から順にわ行まで、各行一冊から五冊のファイルになっているようだ。その中のた行のファイルを四冊引き出し、一人ずつの書類に目を通しながら話す言葉を探しているようだ。(やはりか・・・)僕の心の中には絶望の二文字だけが大きな渦をなしているように思えた。


「分かりました。諦めて帰るしかないですね」


 肩を落とす僕の姿を憐れんだのか、園長は最後に僕の携帯番号を教えてほしいと言ってきた。でも、仮に僕の携帯番号を教えたとしても、意味が有るのだろうか。個人情報の保護という観点からすれば、継母についての情報を施設が知り得たとしても、僕に教えることは不可能だと思うのだけれど・・・。僕の疑問を感じ取ったのか、彼女は口を開いた。


「一応施設としては、情報を開示することはできません。でも、当時千鶴さんと仲良くしていた人が居て、何らかの情報を持っていたなら、その人から話が聞けるかも知れません。飽くまでもその人が了承してくれたらの話ですがね」


 消えかかっていた僕の希望という、小さな蝋燭ろうそくの灯がほんの僅かだけ大きくなったような気がする。そうだ、望みを捨てる事はいつだってできる。今はどんなに小さな望みでも、決して諦めてはいけないんだ。僕は園長に携帯の番号を教え、その日は帰る事にした。確率的には本当に天文学的数字かも知れない。でも、ほんの僅かでも望みが有るのなら、そこに一縷の望みを託すしかないのだ。


 次の手掛かりを得るまでに、果たしてどれだけの時間を費やすのか、でも、僕にはまだ時間がある。今日、明日中に何とかしなくてはならないというような、切羽詰まった状態ではないのだから、焦ってみたところでどうしようもない。先ずは一つ園長に下駄を預けたのだから、腰を落ち着けて待つことにした。そう、僕の雛探しは、まだスタートラインに着いたに過ぎないのだ。兎に角やれることをやった上で駄目ならば諦めもつく。でも、今諦めてしまったならば、きっと後悔することになるだろう。


 恐らく父の遺言の中に有った『全てきちんと受け止め、責任を持った行動ができると父さんは信じている』の言葉の意味は今の僕の考え方の指針を示してくれてるのではないだろうか。父は恐らくこの様な結論になる事を予期していたんだろう。だから、中途半端に諦めてしまうならば、最初から雛を探そうなんて思わない方が良い。もし、探すと決意したのなら最後の結論が出るまで、とことんやり通せ。それが、責任ある行動というものだ。あの遺言がそのように僕に訴えかけているような気がするんだ。だから僕は一度探すと決めた以上、もう後戻りはしない。そう僕は自分の心に言い聞かせた。

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