第2話 

 父が他界して一か月が過ぎた。僕は二日ほど休みを取り、家の中を整理することにした。いつまでも父の所有物を家の中に残しておいても仕方ないので、要らないものは捨ててしまおうと思ったのだ。僕の身長は父よりも十センチほど高かったので、父のスーツは殆ど着る事ができなかった。なので、父の衣類は全部リサイクルに出すことにした。家財道具も不要なものは引き取ってもらい、全て整理し終わると、ただでさえ一人住まいには広すぎる家も、以前にもまして広く感じる。


 整理している時に父が使っていたノートPCとUSBメモリーが出てきたので、取り敢えずファイルを調べてみることにした。父は仕事にもこのPCを持ち歩いていたので、もしかして会社の秘密情報とかが入っていたら、データーを会社に持って行った方が良いだろうと思いPCを開いてみた。するとやっぱり暗証番号でロックされているファイルが幾つか出てきた。その中に一つだけ暗証番号無しの武志へというファイルが有ったので、開いてみることにした。


 武志へ。お前が今、このファイルを開いて見ているということは、父さんはお前が二十五歳になる前に、この世を去ってしまったということだと思う。何故なら、これからお前が読む内容は、お前が二十五歳の誕生日に、話して聞かせようと思っていたからだ。


 それはお前が幼い時からずっと知りたがっていた事。つまり、母さんと雛のことについてだ。先ず、結論から先に言おう。雛はお前の実の妹ではない。そして、雛の母親である千鶴もお前とは全く血が繋がっていないということだ。お前の本当の母さんであるこずえは生まれつき心臓が弱く、お前と言う命をこの世に産み落とす代わりに、自分の命を亡くしてしまったんだ。


 私と梢はとても愛し合っていた。だからお前が梢の腹に宿った時、どんなに嬉しかったことか。しかし、ある時、梢の顔色が非常に悪くなり、医者に連れていったんだ。そうしたら、医者から宣告されてしまったんだよ。彼女の心臓に異常が有って、もしかしたらお前を生むことによって、彼女の命が引き換えになるってな。父さんは凄く悩んだんだ。梢の事を愛していたから。もし、梢の命を助けようと思うなら、お前の命を見捨てなければならない。逆も然りだ。


 そんな私の姿を見て、梢が俺に言ったんだ。「自分は仮に生きていたとしても、早死にしてしまうかも知れない。でも、お腹の子には将来がある」てね。恐らく彼女は、最初から自分の命を賭してお前を生むつもりでいたんだと思う。私が何と言おうと、彼女はお前を生むと言ってきかなかった。そして結果は理解できたと思う。


 私は、再婚するつもりは全くなかった。そう、ずっと梢を引きずっていたんだと思う。私にとっては、男女の違いはあるが、お前は梢の忘れ形見だ。だからどれだけお前の事を愛してきたか。お前が、彼女のような優しい子に育ってくれるようにと、いつも見守り続けていた。


 しかし、そんな私が驚くような出来事が有ったんだ。


 お前が二歳になった或る日の事。私は一人の女性を見かけたんだ。その人は産婦人科のクリニックに入ろうかどうしようかと迷っているようだった。そして私が彼女の後ろを通り過ぎようとしている時、急に振り向いて私にぶつかってしまったんだ。その時、私は思わず「梢!」って叫んでいた。そう、お前の死んだお母さんにソックリだったんだ。彼女は高木千鶴という全くの別人だった。しかし、私がお前の母さんの名前を叫んだので、興味を持ったのかも知れない。私が少し話しませんかと言うと、彼女は微笑みながら付き合ってくれた。私も何故、彼女が産婦人科の前で、入るのを躊躇っていたのか知りたいと思っていたんだ。


 近くの喫茶店に入り、彼女の話を聞くと、彼女は付き合っていた彼氏が別な女を作って居なくなってしまったと言っていた。そして、捨てられた後で妊娠に気が付いたというんだ。その話を聞いたとき、もしかしたら梢が引き合わせてくれたのかも知れないと思い、私は気が付いたら「私と一緒に住みませんか。お腹の子供も私の子として育てればいい」って話していた。彼女は幼い時に親に棄てられ、孤児院で育った経緯が有ったので、愛情に飢えていたんだと思う。ただ、親の愛情を知らずに育ったからかもしれないが、子供に対してどのように接したらよいのか分からなかったんだろう。ただ、本能的に自分の腹を痛めた子供には母性で接することができたが、血の繋がりが無いお前に対しては、辛く当たってしまったんだと思う。


 それでも、お前は彼女に反発することがなかったし、私もいつか彼女がお前の心を素直に受け入れてくれると信じてた。しかし、それが逆に彼女にとっては重荷だったのかも知れない。お前が小学校二年生の時に、離婚届と手紙を一通残して出ていってしまうという結果になってしまった。私がもっと彼女の気持ちを分かってあげられたなら、あんな事にはならなかったと思うと、彼女にもお前にも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。ただ、私がお前に感謝したいのは、雛が生れた時、お前が素直に雛を可愛がってくれたことだ。


 お前がもし、雛と千鶴を探したいと思うなら、少しだけ手掛かりを上げよう。実は私が千鶴と籍を入れた時、彼女が育った孤児院に挨拶に行ったことが有る。その後彼女がその孤児院に顔を出したかどうかは、確証が無いのだが取り敢えず書いておく。お前が探すか探さないかは、全て本人の意思だから私は何も言わん。


 これで以上なのだが、これから先、嬉しいことや悲しいこと、色んな事を経験するだろう。だが、全てきちんと受け止め、責任を持った行動ができると父さんは信じている。そして、幸せな暮らしができるように祈っているよ。最後にこんなにも早くお前を一人にしてしまい申し訳ない。


 読み終わった時、僕は本当に一人ぼっちになってしまった事を実感した。そして、僕はこのファイルをメモリスティックに保存し、ずっと保管することにした。

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