第16話 再び並行世界へ

 結局、隣にいる希美と開幕先制攻撃にノックアウトされた俺はほとんど映画の内容を覚えていなかった。


 どこにでもあるファーストフード店で昼食をとりながら、俺はまだ芳月先輩を怒鳴りつけたい気持ちでいっぱいだった。

 あの人は本当になにを考えているんだ。


 映画の内容をロクに覚えていなくとも、結末は覚えている。

 結局あの二人は結ばれることはなかった。

 高校生だった二人は在学中はうまくいっていたが、大学進学を機に遠距離恋愛になり、最終的には疎遠になって自然消滅という形で別れる。

 

 最後は大人になって、何年かぶりに同窓会で出会った彼女が結婚指輪をしているのを男が見て、あの頃には戻れないのだと知るという……そんな結末だった。


 なぜ、こんな映画を選んだというのか。


 内容を知らずにすすめたのだとしたら、不注意極まりない。

 だけど、見た目以上に抜け目ないあの先輩がそんなことをするはずがないことはわかっていた。

 ということは……俺に警告でもしているつもりなのだろうか。


 幼馴染という立場にあぐらをかいていたら、痛い目を見るぞと。

 この過去も未来も危うい世界なら、なおさらだと。

 考え過ぎかもしれないけど、ないとは言えなかった。


「ねぇ、ヒロ。どうかしたの?」


 考えこむ俺を心配そうに見る希美。


 希美は綺麗だ。

 すらりとした長身も、つややかな髪も綺麗だ。

 肌だって白いし、性格だって少し短気な部分はあるが、基本的にはいいやつだ。

 だからこそ、きっと俺が知らないだけで彼女は他の男に好かれているに違いない。


「いや、なんでもない。それで、全体的に映画はどうだったんだ?」

「切ない話だったけど、よかったと思うわ。心理描写も丁寧だったし、あの舞台も綺麗な場所だった。芳月先輩に感謝しないといけないわね」

「そうだな」


 芳月先輩の心づかいはありがたい。

 忠告だって素直に受け取る。


 しかし、だ。


 俺は希美とこれ以上を望んではいけない。

 俺と希美をつないでいるのは、過去の事故だ。

 あれによって生き残ったこと、そして半在者として並行世界に立ち向かっていること。

 それだけだ。


 なにか特別な感情が向こうにあるわけじゃない。

 あるとしても、それは事故による副産物で、勘違いのようなものだ。

 それに付け入るようなことはしたくない。


 ……いや、もしかしたらこれは言いわけなのかもしれない。

 素直に好きだと言えないことを正当化しているだけだ。

 それなら――


「希美」

「どうしたの、さっきから。今日、いえ昨日から変よ」

「大事な話がある」


 意を決して希美と向き合う。

 ずっと爆弾のように貯めこんできていたものを、自らさらけだす。


 そんなことを言うのは恥ずかしい。

 今までのような関係ではいられなくなるのは明白だ。

 それでも、このままだったら誰かに希美をとられてしまうかもしれない。


 それは、とても嫌だった。

 たとえ卑怯でも、一度自分の気持ちを口にしておくべきだ。


 視線がからむ。

 希美の瞳に自分の顔が映る。


 しかし、いざとなると中々言葉が出てこない。

 希美は黙って俺の言葉を待ってくれているのだが、見つめ合ったままなにも起きない。

 口を開こうにも言葉がなくては、事態はどうにも進まなかった。


 どれくらいそうしていたのだろうか。

 俺たちを現実に引きずり戻したのは携帯電話の着信音だった。


 ためらいながらも電話に出る。

 相手はナユタだった。


『木戸さん、並行世界が接近中です。吉野さんと一緒に戻ってきてください』

「はぁ? 時間はまだ……」

『想定よりも二時間ほど早い接近でした。申し訳ありません』

「……いや、それはまぁ仕方ないよな」


 相変わらず並行世界ってやつは時と場所を選ばない。

 腹が立つ以上にあきらめにも似た感情が先に立つ。


『介入可能域まであと三十分です』

「わかった。それまでには戻る」

『お待ちしています』


 電話を切る。


「ナユタからだった。三十分以内に戻らないと」

「並行世界ね。わかったわ」


 希美はしっかりとうなずいてくれた。

 すぐに頭を切り替える。

 そうして迫る並行世界に備える。


 なにもかも、後回しだ。

 店から出ると、雲が重く垂れ込めていた。

 しかしまだ雨は降っていない。


「ところで、ヒロ」


 ふと思い出したように希美は言った。


「大事な話はどうなったの?」

「……ま、それはまた今度だ」


 出鼻をくじかれたわけだし、今ここで言うようなことでもない。

 今は並行世界に備えないと。


 映画館からバイト先である喫茶店へと向かい、その下にあるナユタのもとへ。

 電車をつかって、ギリギリ三十分ほどで戻ることになった。


「今回も木戸さんと吉野さんは二人で向こうへ行ってください」

「了解」

「わかったわ」


 部屋で待ち構えていたナユタの指示に従い、奥から拳銃を取り出す。

 未だに一度も発砲されたことがない、ということになっている拳銃だ。

 それを確認しながら、希美はぼんやりとつぶやいた。


「なにか他に武器ってないのかしら」

「これで十分じゃないか?」

「そうじゃなくて、もっと煙幕とかそういう便利そうなものよ」

「他の装備といえば、閃光発音筒を携帯する人はいますね」


 俺たちが銃を装備するのを見守っていたナユタは空中に手榴弾のようなものの写真を映した。


「閃光……なんだって?」

「スタングレネードというやつです。大きな音と激しい光によって、一時的に周囲の人の視覚と聴覚を奪うためのものですよ。ひどい目にはあいますが死ぬことはありません」

「物騒だな。本当にそんなの持っていくやつがいるのか?」

「はい。当然多用はしませんよ。性質上どうしても目立ちますので。あくまで非常時に使うものです」

「興味あるわ」


 ナユタの表示した写真を食い入るように見ていた希美が恐ろしいことを言う。


「却下だ、却下。そんなもん怖くてやってられねぇよ」


 いくら死なないとは言っても、そんな手榴弾の親戚みたいなものを持ち歩くのはごめんだ。

 この拳銃だけでもかなりきついのに。


「そのほうがいいでしょうね。扱いの難しいものですから。今の役割に絶対必要な装備というわけではありませんので」

「……イライラが吹っ飛ぶかと思ったけど、そう言うならやめておくわ」

「そうしてくれ」


 冗談だとは思うが、希美の目は笑ってなかった。


「さて、おふざけはここまでにしておいて本題に入りましょう。今回の目標は三人です。情報は向こうへの介入後、位置情報と共に送信します。気をつけてください」


 俺たちはまた、前と同じ路地に向かい、前回と同じように携帯電話を耳に当ててナユタのカウントダウンを待った。


 そして、世界を越える。

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