第15話 待ち合わせの意味って?
通常であれば、そんなことは気にしない。
にもかかわらず、俺は服装にまで気をつかってしまった。
なにを着ていくべきか。
考えがぐるぐると一周して、結局普段通りの靴を含めても一万円に届かないような格好を選んだ。
というか、考えるまでもなく他に服がなかった。
『それで、なんで私に電話してくるんですか』
「いや、どうにも不思議で。これはお前に訊くしかないなと思ってさ」
待ち合わせ場所の駅前で俺は携帯電話から聞こえるナユタの声に耳をかたむけていた。
『なにか不思議なことがあったんですか?』
「ああ。俺、今待ち合わせ場所にいるんだけどこれってなんの意味があるんだ?」
『それは二人で行くなら落ち合う場所が必要でしょう』
「そうじゃなくて。俺と希美の家って徒歩五分もかからない距離なんだよ。なのに、どうしてわざわざ距離のある待ち合わせ場所を用意しなくちゃいけないのかってこと」
一緒に行くにしても、俺が迎えに行けばすむ話だ。
それからバス停にでも、駅にでも行けばいい。
わざわざ徒歩で十五分近くかかる駅前で待ち合わせることなんかないだろう。
『木戸さんは風情のない人ですね』
「どういうことだよ?」
『待ち合わせからすでにお出かけは始まってるんですよ。待ち合わせをするという、その雰囲気が大切ということです』
「それはつまり、旅先でコンビニ弁当を食べるのはなぜかちょっともったいない気がするのと同じ感じか?」
『センスのないたとえですが、そんな感じです』
それより、とナユタは続けた。
『私も不思議なことが一つあるのですが』
「なんだ?」
『今、木戸さんは待ち合わせ場所にいるんですよね』
「ああ。駅前だ」
『待ち合わせ時間はいつなんですか?』
「十時からの上映だから、九時ってことにしたけど」
『今、何時ですか?』
駅前広場にある背の高い時計を確認する。
「七時だな」
『よかった。その様子だと、時計を読み間違えたわけではないんですね』
「当然だろ」
『じゃあ、なんで待ち合わせ時間の二時間も前にいるんですか』
「早めに家を出たら、こうなった」
『遠足前に眠れなくなるという事例はたくさんありますが、木戸さんもそういう子どもだったみたいですね』
そんな経験はない。
だが、この状況をかんがみればナユタの例えは妥当なものだろう。
「じゃあ二時間ほど話し相手になってくれよ」
『今から吉野さんに会うのに、それまで私と話をするんですか?」
「そうだけど」
『もしかして、これは浮気に入るのでしょうか。木戸さんは悪い男というやつですね』
「なにいってんだか」
『いえ、少し気になっただけです。まぁ、いいです。じゃあ時間つぶしを兼ねて、質問します。木戸さん、今日並行世界が衝突予定だということ、覚えてますよね?』
「…………」
忘れてた。
昨日、たしかに希美を映画に誘うまでは覚えていたんだけど、それから今まですっかり忘れてしまっていた。
「……お、思い出したよ」
『しっかりしてください。まぁ、時間の猶予はありますからそう気にする必要はありませんが、忘れられるのは困ります』
「わかってる。夕方だろ? また正確な時間がわかったら連絡してくれ。そんなことよりもっと楽しい話をしよう。それこそ時間はたっぷりあるんだからさ」
『いえ、木戸さん。浮気の時間はおしまいです。ちゃんと周りに目を向けてください』
「え?」
言われるがまま、電話を耳にあてたまま周囲を見回す。
すると、横断歩道の向こう側に希美の姿があった。
もしここに百万人いたとしても、俺は彼女の姿を見つけられたに違いない。
信号を待っている希美は白いワンピースにネイビーのカーディガンを羽織っている。
肩から小さなカバンをさげ、そして手には長い真っ赤な傘を持っていた。
真っ黒な髪と、白い肌。
それと服装はとても合っていて俺は思わず息をのむ。
希美は俺と目が合うと、控えめに手を振った。
『木戸さん』
「あ、な、なんだ?」
『見とれてたんですか』
「バカ言え。希美の私服なんて珍しくもない」
『そうでしょうか。吉野さんは普段、わりとパンツルックだと思いますけど』
「パンツって……ズボンははいているだろ、なにいってんだ」
『木戸さんはもう少しファッションについて知ったほうがいいかもしれません。せっかく、吉野さんもがんばったでしょうに報われませんね』
「なにが? え、もしかしてまた俺、変なこと言った?」
『いいえ。どうぞ、今日は楽しんでください。じゃあ、切りますよー』
「あ、おい」
電話が切れると同時に目の前の信号が切り替わる。
希美は小走りで俺のもとまでやってきた。
「ごめん、待った?」
「いや、そんなことはない。でも、やけに早いな」
「ああ、その、別に、大した理由はないんだけど。ヒロだって、十分早いわ」
「そうだな。俺も大した理由はないんだけど」
やばい、恥ずかしい。
意味はないけれど、視線をはずしてしまう。
希美の視線もどこか宙をさまよった挙句、なにも持っていない俺の手元でとまった。
「また傘、持ってないの?」
「あ、そうだな。今日はもつかな、と思って」
「前にそれで大変な目にあったのに、こりないのね」
「面目ない」
でも、なんとかなるだろうと思ったのだ。
現に、希美は傘を持ってきている。
突然の雨でも、もう心配はない。
***
映画を観る前にすることはいくつもある。
そう、例えばそれはパンフレットを買うことだ。
あの薄い冊子は割高だが、なによりも映画を観に来たという感覚を与えてくれる。
直前になれば飲み物やポップコーンを買うのもいい。
これも料金が高めだが、買うのも悪くない。
映画館の雰囲気代も込みの値段だと考えれば財布の紐もゆるくなる。
早すぎた俺たちはそんなあれこれを見て回りながら時間をつぶして、それから入場開始と共に劇場へと入った。
芳月先輩が俺たちにくれたチケットは、恋愛をテーマとした映画のものだった。
その舞台が学校で、かつ主役が高校生であるせいか席を埋めているのは俺たちと似たような年齢の人ばかりだった。
といっても、時間が早いため超満員というわけではない。
比較的後ろの座席を選び俺たちは並んで腰かける。
結局、飲み物もポップコーンもなしにした。
この後、昼ごはんを食べることを考慮して買わないことにしたのだ。
……しかし、今さらだが近い。
スクリーンではなく、希美との距離が。
二人で出かけたことが今までなかったわけじゃない。
だが、それまではどちらかといえば兄弟のような距離感で接することができていた。
しかし、今日は意識してしまう。
いつも以上に。
本編の前にいくつか挟まる新作映画の予告編もまともに観れない。
希美はじっと食い入るように映像を観ている。
落ち着け、落ち着け。
頭のなかで呪文のように念じながら、ようやく始まった映画を鑑賞した。
恋愛ものの映画はあまり観たことがない。
こういう機会がなければ、一生観なかったかもしれない。
で、俺の心中を察することのない映画がのっけから濃厚なラブシーンを展開しやがった。
そりゃ過激さで言えば、アクション映画に挟まるようなもののほうがよほど過激だ。
しかし、自分とそう年の変わらない男女が抱き合い、キスをするシーンはあまりにも刺激が強い。
芳月先輩を俺は心の中で呪った。
いっそつまらない映画でもいいから、もっと穏やかに進む話を選んでくださいよ!
ちらりと希美の様子をうかがう。
とても真剣な眼差しで映画を観ていた。
バカみたいにもがき苦しんでいるのは俺だけのようだ。
一人だけ声にならない悲鳴を噛み殺しながら、スクリーンに無理やり意識を集中させる。
映画的な技法で、のっけからのラブシーンは時系列で言えばかなり後半にあたるようだった。
濃厚なキスをしている二人の回想という形で、物語が始まる。
集中しろ、と何度も自分に言い聞かせ続けた。
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