第11話 防衛
『――お疲れ様です』
耳にあてていた携帯電話からナユタの声が聞こえた。
どうやら世界を越えるときでも、耳からはなさずにいられたらしい。
けど、今度こそ俺は中々動けなかった。
希美が手錠を外すと同時にその場に座り込む。
何キロも全速力で走らされたような気分の悪さが胃の内容物を食道まで押し上げてくる。
それが口から出てこないように、きつく目と口を閉じてこらえた。
「ヒロ、大丈夫?」
希美のひんやりとした手が額に触れる。
目を閉じているが、その心配そうな表情がまぶたの裏に浮かんだ。
「希美は、いつも、平気そうだな」
「ええ、慣れたから」
「コツみたいなものは……」
「ないわね」
「だよなぁ……なぁナユタ、酔い止めってないのか」
『残念ながらありません』
「だよなぁ……」
拳を作って、自分の胸を何度か叩いて気をしっかりさせる。
まだ気を抜けるような時間じゃない。
衝突までに戻ってきたが、今はまだ並行世界との同期中だ。
向こうからこちらに乗り込んできている半在者もいる。
その目標となるのは、こちらの半在者である俺たちだ。
「よし、なおった。起こしてくれ」
伸ばした手をとって、希美が引っ張り立たせてくれる。
「無理しないでよね」
「わかってるよ。ナユタ、聞こえてるか」
『もちろんです。酔いはさめましたか?』
「動けないほどじゃない。俺たちは次にどこへ行けばいいんだ?」
『杉山さんと合流してください』
「あいつには一人でなにをさせてるんだ?」
『防衛です。向こうの世界では誕生しなかった子どもについてもらっています。その応援へ向かってください』
「わかった」
ナユタとの通話を切ってすぐ、杉山に電話をかける。
心配していたが、意外とあっさり電話に出た。
『お、戻ってきたのか』
「まぁな。お前は一人で護衛だって聞いたぞ」
『って言っても、もう六時だからな。母親も一緒だし下手に手出しはできないだろ』
乗り込んできた半在者は可能なかぎり、目標以外の人間は殺さない。
同じようにこちらも乗り込んでいったさいに、できるだけ半在者以外を殺さないようにする。
なぜなら殺害によって発生する重度の混濁は、自分の世界の痕跡を消してしまうことになるからだ。
極端な話、毒ガス兵器かなにかを並行世界に持ち込んで向こうの人類を全員殺してしまった場合、それは敗北なのだ。
衝突後、どちらの世界がより強く残るかはそこに生きる人によるところが大きい。
つまり怪人をすべて倒しても、一般人を巻き込んだら正義の味方たりえないのと同じようなことだ。
俺たちは正義の味方というわけではないけれど。
簡単にまとめると、どちらも勝利条件は『半在者を減らし、自分の世界で生きている人を殺さない』ということに尽きる。
だから、俺たちも半在者を殺すためだけに学校へ乗り込むことはしなかったし、下校してからも路地に入るまで待ったのだ。
もちろん、切羽詰まれば半在者を殺すことを優先する場合もあるだろう。
前にどこかの木戸博明を希美が撃ち殺したように。
「今からそっちに合流する。場所はどこだ?」
『えっと、あそこだ。コンビニ。ほらあの駅からちょっと行ったところにあるやつ』
「わかった。無茶するなよ」
『おう』
「駅近くのコンビニだってさ」
「そう、わかったわ。それより、ヒロ。大丈夫なの?」
心配そうに顔をのぞきこんでくる希美に俺はがんばって笑顔を見せた。
実を言うと、まだ酔いは残っている。
けど、残りは移動しているうちに自然となんとかなるだろう。
「何回やっても慣れないもんだな、やっぱり」
「向こうの世界に飛ぶのが?」
「それもそうだけどもう一つ」
俺は人差し指と親指だけをたてて、手で銃の形を作ってみせた。
「撃つほうも」
「誰だってなれないわよ、そんなの。なれないことになれればいいわ」
「おまえは時々、堂々と無茶を言うよな」
「なれないことになれるようになればいいわ。なるようにもなるわ」
「ややこしいこと言いやがって」
「ふふっ、それだけ元気になればもう大丈夫ね」
午後六時を過ぎて、あたりは段々と暗くなり始める。
夏が近くなり日が長いと言ってもこの時間になると街灯がつきはじめていた。
目的のコンビニが道路越しに見える。
横断歩道を渡れば、すぐ目の前だ。
中から親子連れが出てきて、少し遅れて怪しい男子高校生が出てきた。
キョロキョロをあたりを見回すその姿は体格も相まって、動物園のクマのように見える。
どうやら杉山が護衛しているというのは、あの親子らしい。
もうすぐ合流できる。
信号が変われば。
コンビニの前に搬入のトラックが停まった。
そのせいで親子と杉山が見えなくなる。
その瞬間に銃声が一発、響いた。
立て続けにもう一発聞こえる。
俺たちにはそれが銃声だとわかるが、周囲の人々はそれがなんの音であるかわからず、また気にもとめていない。
だが、甲高い悲鳴が聞こえるとさすがにざわめきはじめた。
絶対になにかがあった。
それも良くないことが。
「くそっ……!」
一瞬だけ車が途切れる。
信号はまだ赤だが、俺は道路に飛び出した。
そのまま道を横断して杉山のもとへと駆けつける。
トラックの向こう側、銃声の響いたその場所には怪我人が二人いた。
まずは血を流して倒れた子ども。
そして、その子抱きかかえて泣き喚く母親を悔しげに見下ろしている杉山がいた。
コンビニの壁にもたれた杉山の表情は苦痛に歪んでいる。
「悪い、木戸。ダメだった」
杉山の肩からは血が出ていた。
銃声は二発分響いていた。
杉山はその一発目からは子どもをかばうことができたのか。
それとも子どもを撃った後で、杉山の存在に気づいた襲撃者が二発目を撃ったのか、それはわからない。
だが、俺たちは子どもを守ることができなかった。
そして、今は杉山も危険にさらされている。
視線を周囲に走らせる。
騒ぎを聞きつけ、人が集まってくる中で一人だけこちらに背を向けて走り去る姿が見えた。
追わないと。
「希美は杉山を!」
「ヒロ、一人で動くのは……!」
「すぐに戻る!」
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