第10話 撃つべき相手


 目がまわる。


 洗濯機にたたきこまれたような、上も下もわからないどこかに叩きこまれたような感覚。

 強烈な不快感をともなって意識が遠のく。

 乗り物酔いとはくらべものにならない強烈な気持ち悪さをなんとかしてこらえた。


「大丈夫、ヒロ?」

「な、なんとか……」


 目がくらむなか、視界の端で希美が手錠をはずしてくれる。

 とりあえず希美は無事らしい。

 俺もしばらくすれば元通りになるだろう。

 よろよろと壁にもたれかかったまま、つなげたままの電話でナユタに呼びかける。


「い、一応……無事に、着いた」


 ともすれば、吐きそうだけど。


『それはなによりです』


 若干ノイズ混じりでナユタの声が聞こえる。

 並行世界では、ほかに電話をかけることは不可能だが、なんだかすごいコンピュータであるナユタとは連絡をとりつづけることができる。


 原理は知らん。

 並行世界についたばかりで今はそんなことを考える余裕もない。

 せめて希美に心配をかけず、なおかつバカにされないように平気な顔をするので精一杯だ。


『目標のデータを吉野さんの端末へ送信します』

「きた」


 希美の持つ画面をのぞきこむと、そこには二人分の顔写真がうつっていた。

 顔立ちはやや幼い。

 どちらも俺たちよりかは少し年下の少年たちだ。

 ついでに周辺地図も表示され、目標を示す赤い点が光っている。

 二つの光点は一カ所に集まっていた。


 地図から察するにどうやら俺たちが昔通っていた中学にいるらしい。

 そこの生徒なのだろう。


「動ける?」

「もちろん」

「なら、行きましょう」

「ナユタ、また連絡する」

『わかりました。気をつけて』


 電話を切って、移動を開始した。

 世界を移動したといっても、身構えるような差はない。

 見知った町の見知った道を歩いて、中学校にたどりついた。


 並行世界とはいえ、母校に拳銃を持って乗り込むのはいかにも変な感じがする。

 退屈な授業中に妄想していたテロリストの乱入みたいなものを思い出した。

 まさか自分が乱入する側に立つとは思ってなかったが。

 本当に乗り込んだりはしないが、あの頃のことを思い出すと懐かしかった。


「久しぶりに中学に来るのがこんな形になるとはな」

「そうね」


 口では同意していたが、希美はこれといって感慨を感じているわけではなさそうだ。

 こいつの割り切りかたは、どうにもまねできそうにない。

 校舎にこっそり入ろうと堂々と入ろうと、制服ではない俺たちは浮く。


 そもそも俺たちはこちらの世界ではすでに存在しない人間だ。

 いくら母校で、たとえ恩師に会ったとしても不審な視線をまぬがれることはできないだろう。


 ましてや今は現在進行形で銃刀法違反の真っ最中だ。

 強引に突入して、目標に接触することもできるがその後が困ってしまう。


 だから、俺たちはその近辺で彼らが下校してくるのを待つことにした。


「中学か。ちょうどこの頃からだったな、俺たちがこういうことするようになったのは」


 九死に一生を得る、雨の日の事故が起こったのは俺たちがまだ小学生のときだった。

 並行世界が実在して、日々衝突を繰り返しているということを知ったのは中学生のときだ。

 ナユタに初めて会ったのもこの頃だった。


 あの頃から、もう何年もこんなことをしている。

 よく高校受験に成功したものだと我ながら感心する。


 人を撃つ。


 希美ほど割りきれてはいないが、俺には俺なりの考え方がある。

 これは殺人というわけではない。並行世界が衝突すれば殺した人間はすでに死んでいたことになる。

 だから、俺は誰も殺していない。


 つまり幽霊を払うようなものだ。

 死んでる人間をもう一回殺すだけだ。


 やや現実逃避めいているとはいえそう思わないとやっていられない。

 この理屈だと自分もまた幽霊ということになるが、それも含めてこう考えなくてはとてもできないことだった。


「来たわ」


 感傷的な気分にひたりかけていたが、その声でハッとする。

 希美は自分の携帯と校門から姿を表した生徒の顔を見比べていた。


「間違いない、あの二人よ」


 ようやく目標がでてきた。

 二人の男子生徒はお互いに面識があるらしく、連れ立って下校するらしい。

 一人ずつならもっとありがたかったが、このさい文句は言わない。


 制服のズボンに差してある銃の感触を強く感じた。

 二人のあとをつけて、彼らが大通りからわき道へ入ったところを強襲する。


「私が左。ヒロは右ね」


 簡潔に指示すると走りながら希美が銃を取り出す。

 安全装置のロックを無造作にはずすと、立ち止まりあっさりと銃を構えて前方に向けて発砲した。


 銃声。


 同時に宣言通り左側の一人が声もなく倒れた。

 俺も遅れないようにしっかりと狙いをつけてから引き金をひいた。


 俺の放った弾丸は相手の左胸を後ろから撃ちつらぬき、二人目も倒れる。


 これで終わりだ。


 悲鳴はなくとも銃声はたしかに響く。

 とはいえ、日本で銃声はそれほど耳なじみのある音ではない。

 不意に聞こえたとしてもそれを銃声だと判別できる人はほとんどいないため心配はしなくていい。


 問題はこの撃って倒れた人の扱いだが、これも並行世界が衝突してしまえば消失するためこのままにしておいていい。


 人を撃った感触が手に残る。


 なぜ、そのようなものがあるのかはわからない。

 けれど的を撃ったときとは明らかに手応えが違う。


 俺が人を撃った。


 そのことを考えようとすると、いつも自分の手が血で汚れているような不快感がある。

 でも、俺たちの世界では死人なんだ。

 だったら、生かしておくとお互いのためにならない。

 だから、仕方ない。

 そう自分に言い聞かせる。


 俺だって、同じ立場だ。

 殺されたって、文句は言えない。

 かすかに芽生えた罪悪感を振り払い、携帯電話でナユタに報告した。


「終わったぞ、ナユタ」

『確認しました。では、帰還フェーズに移行します。座標はそこでいいですか?』

「ああ。早く頼む」


 できるだけ早くこの場を離れたい。


『了解しました。では、カウントダウンを開始します』

「希美、カウントダウンだ」


 うなずいた希美が手錠で互いの手首を結びつける。

 携帯から聞こえる数字がだんだんと小さくなっていく。


 そして、俺たちは再び世界を越えた。


 もうすぐ一つになる世界を。

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