第5話 サボったお菓子


 俺たちは並行世界にまつわる作業を、大きく分けて二つ担っている。


 そのうちの一つが、芳月先輩によって応援要請がなされた〝修正作業〟だ。

 これは今朝俺が体験したものと似ている。


 並行世界の衝突によって、混濁した記憶を元に戻すのがのが修正作業。

 俺たちが今からこれの手伝いをやらなくてはならない。


 本来の仕事は別にあるのだが、慢性的な人手不足のため時折こうして駆り出される。


「ちょっと待ったぁ!」


 三人で店に向かう道中、杉山がコンビニの前で立ち止まった。


「お菓子を買っていこう」

「いきなりどうしたんだよ、杉山」

「なに言ってんだ、木戸。オレたちは学校をサボったんだから、それらしいことをしないとダメだろう。このまま普通にバイト先へ行ったらサボった感が足りない」

「サボった感? いるのか、それ?」

「当然いるさ」

「私、先に行くから」

「待つんだ、吉野」


 さっさと喫茶店へ向かおうとした吉野の前に杉山がすばやく立ちはだかった。

 そのあたりの素早さはさすがラグビー部といったところか。

 いや、適当だけど。


「オレたちはこれからなにをする? 修正作業をするんだろ」

「そうよ」

「じゃあ、どうなる。疲れるだろ? だったら、甘いものでも買って用意しておくとその後が違うぞ。えぇ、そうだろう?」


 なんでそんなうっとうしい言い方なんだ。


 しかし、希美も杉山の言葉に大きく揺さぶられているようだった。

 見るからに心が動いている。

 その証拠にさっきちょっとだけコンビニのほうを見た。


 あいつ、甘いもの好きだしな。

 すぐに芳月先輩のもとへ向かわないといけないという義務感と葛藤しているなら、最後の後押しは俺がしよう。

 旅は道連れというやつだ。

 サボった感の補給とやらは、みんなでやっておこう。


「なぁ希美、じゃんけんしよう。俺が勝ったらコンビニに寄る。お前が勝ったらまっすぐ向かう。それでいいだろ?」

「ええ、わかったわ」


 希美はあっさりと了承する。

 昔から俺と希美は対立すると、この方法で決着をつけてきた。

 付き合いが古いため方法が子どもっぽいが、手っ取り早くて気に入っている。


「それじゃあ、じゃんけん」

「ぽん」


 俺がグーで、希美はチョキ。


「俺の勝ちだな」

「よしっ、決まり!」

「……仕方ないわね」


 大げさにガッツポーズをとった杉山をそのままに、希美はコンビニへと入っていく。

 俺と杉山もそれに続いた。


 そこからはみな、バラバラになり思い思いのお菓子をかき集める。

 俺は適当に板チョコでも買っておくことにしよう。

 甘いものは疲れた体にいいってさっき杉山も言ってたしな。


「しかし、じゃんけんで説得するとは、やるな木戸」

「時間がないときに意見が別れたらじゃんけんで決める、っていうのがわかりやすくていいだろ」


 なんでもかんでもじゃんけんで決めるわけじゃない、時間が限られているときだけだ。

 だから早朝の議論はじゃんけんでは決めなかった。


「しかし、そんなに大切か? 学校をサボった実感って」

「当たり前だろ」


 背後の棚にあるスナック菓子をあさっている杉山はそのままの姿勢で俺の問いに返事をする。


「木戸はわかってねぇな」

「実感なんかなくたって、俺たちもうすでにサボってるだろ。なにをしたって出席日数は帰ってこないんだぞ」

「だからこそだよ」


 杉山は俺の鼻先に棒状のスナック菓子を突きつけてきた。

 板チョコを盾にしてガードしておく。


「まっすぐ向かうんじゃなくて、こうしていかにも『サボりました』ってことをしておくとだな、このお菓子を食ってる時に『ああ、学校サボったな』って思うんだよ」

「はぁ」

「そういう実感が、休んだ分を取り戻すべくがんばるための活力になるんだぜ」

「そういうものか?」

「ああ、そうだとも」

「先、行くわよ」


 俺たちがそんな話をしている間にさっさと希美は自分の分だけをレジに持ち込んでいた。

 その量は俺よりも、発案者である杉山よりも多い。

 遠目からもわかるような甘そうなお菓子がいっぱいだった。

 さっきまであんなに渋っていたのに。


 女子のほうが切り替えが早い。

 そんな杉山の言を裏付けるようだった。


「おい、杉山。あんまりのんびりしてると希美に置いていかれるぞ」

「吉野のやつ、意外とノリノリじゃねぇか」


 俺たちもそれなりに買ったあと、あらためて喫茶店へと向かう。

 まだここを離れてから一時間と経っていないというのに、戻ってくるとは思ってなかった。


「おはようございます」


 八時開店の店にはすでにお客が何人かいた。

 カウンターには壮年の男性が立ってカップを磨いている。

 白髪の混じった髪を綺麗に後ろへなでつけたあの人は、北条宗吉といってこの店のマスターだ。


 戦国武将のような名前のマスターは非常に無口で、俺たちに向かって会釈をするだけだった。

 考えてみると声を聞いた記憶がない。

 それくらい口数の少ない人だ。


 この紳士的なマスターが並行世界に知っているのかどうか、俺にはわからない。

 ただそういった作業を手伝っているのを見たことがないので、案外ただの喫茶店経営者なのかもしれないと思っている。


「あ、思ったより早く来てくれたね~!」


 底抜けに明るい声と共に、店にいる唯一の従業員がこちらに向かってきた。

 髪を軽く茶髪に染め、ヘアピンでまとめた彼女は店の制服を着ている。

 身長は同じ女子である希美よりもわずかに低い。

 彼女が芳月先輩だ。


「ちゃんとご指示通り、三人で来ましたよ」

「ごくろー、ごくろー。じゃあ、準備がしてくるから下で待ってて。マスター、ちょっと抜けますね」


 そういうと芳月先輩はわざとらしく「あ~、忙しい」とつぶやきながら店の外へと消えた。

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