軒下の下野さん

@Kisara

第1話


 軒下……軒の下になっている場所。人が雨風を避ける為の場所である。


 そう、軒下。最近でもあるところにはあるだろう。我が家にもある。

 軒下という存在は偉大で、恋愛小説などで雨宿りの状況などに欠かせない場所だ。男女二人が狭い場所を分け合い、肩を寄せ合い、何だかいい雰囲気になっちゃったりするのだろう。例えばラブコメとかで「ちょっと気まずい雰囲気になっていて、言いたいことが言えてない両想いの高校生男女二人が傘を忘れちゃって、雨の止み間を帰ろうとするも雨がまた降り始めて、軒下に雨宿りした女の子の元に男の子も雨宿りのために軒下に入ってきた」といった場面などは最たる例だろう。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『雨、止まないね』


『そうだな……』


『……』


『……』


『『あ、あの(さ)っ!』』


『『……』』


『あのっ……お先にどうぞ』


『い、いやそっちこそ』


『そっちこそお先に』


『いやいやそっちこそ』


『『…………』』


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 みたいなっ?! 会話をしちゃったり?! するんだろうっ?!


 はぁぁぁぁぁぁぁあああ!


 そんな青春めったにねぇからぁぁぁぁぁぁぁあああ!


 どっちも傘持ってきてないとか、ちゃんと天気予報見とこうよぉぉぉぉおお! 事前準備大事だよぉぉぉぉおおお?! そんなに濡れたいなら湖にに行きましょうよぉぉぉぉおお! プールはダメですよぉぉぉぉおお!


 どっちか傘持ってきてたら相合傘イベント可能ですよそれも青春ですね爆発しやがれリア充めちくしょぉぉぉぉおお!





 ……ふぅ。





 おっと、ちょっと熱くなってしまったみたいだ。


 結論として何が言いたいか?



 軒下にはラブコメなど無いんだっ! 異論は認めない! そもそも軒下に少女が都合良く傘を忘れている訳ないだろう!





「って思ってたんだけどなぁ……」



 高校生一年目の一日目、門をくぐり体育館の中で三年間を共に過ごすであろう人達と、肩を並べて式を過ごした帰り。帰り道が同じ方向だった隣の男子生徒と別れた後だ。


 そう、居たのだ。軒下に。制服を着た少女が。彼女はそこに一人佇みながら、どこか淋しそうに空を見ていた。深窓の令嬢と呼ぶべき雰囲気の華奢な美しい少女だ。ジロジロと見てしまっているが、彼女は全く気づいた様子はない。


「あの制服ってうちの高校だよな」


 僕が通うことになった私立恋大城(れんだいじょう)高等学校はかなりオシャレな制服をしているらしい。それ目当てで入る生徒も数名居ているみたいなので、よっぽどなのだろう。確かに少女を見ていると、とても可愛い。可愛い。大事なことなので二回言った。


「でも、何で……」


 ただ、僕の頭の中にあるのは七割の疑問だ。残りは二割の下心と、一割の危機感だ。


 ——ここで、その一割を信じて少女を無視していれば良かったのかもしれない。


「晴れてるのに軒下にずっといるんだ? あの子」


 そう、そうなのだ。雨は降っていない。降っていないのだ。むしろ快晴と言ってもいいだろう。それに今は春。日陰で涼むという感じでもない。それに彼女が空を見上げる理由が分からない。UFOでも探しているのかなミステリアスな少女だねかぁわいいねーんな訳あるかっ! そんなくだらない考えが脳内で巡る。


「…………」



 僕はそこで一歩踏み出した。踏み出してしまった。



 気になったら聞かずにはいられない面倒な性格と、彼女とお近づきになりたいという思春期男子の下心が出てしまった。


 だから、こう聞いてしまったんだ。


「どうして君はそこにいるの?」


 と。


 ——そうすれば彼女と関わらなくても良くなったかも知れなかったのに。


 彼女はこちらをゆっくりと見て、微笑んだ。とても綺麗な、綺麗な笑みだった。透き通ったガラスのような、そんな笑み。心臓が脈打つことを忘れたかのような僕を見て、彼女はこう言った。




「軒下が好きなんです」




 こう、一言。



 鳥の羽ばたきや風の吹き抜ける音がやけに大きく聞こえる。その後、静寂。




「…………えっ、とぉ〜」


「軒下が好きなんです。私」


 もう一度、彼女は言った。


 別の意味で、心臓が止まったように感じている僕。


 空は雲一つない青空で、全てを照らす太陽の光さえ届かない軒下に彼女がいる。






 それが僕と——下野さんとの最初の出会いだった。

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