4話 「ハーレム」
士郎は病院に全くいい思い出はなかった。病院にいい思い出なんてあるほうが少数だが。
士郎が感じる不快さの理由は、ある意味で良くあることが原因だった。病院という場所に付随する経験といえば、痛み、怪我、そして死。そういったネガティブなことある。
生きていれば多く、というより殆どの人が経験するようなもの。士郎だけが特別悲しい経験をした人間ではないわけだ。
「金持ちもある意味では超能力者よ。普通の人を超えた財政的能力を持つ存在」
神流は嘲笑した。
都内最大級の大学病院、その中の特別病棟。特別といっても重病や特殊な病状の患者がいる場所ではなく、いわばVIP。地位や金を持っている人間用の場所だ。
だからこそ、今神流と士郎がいるここには病院六階の吹き抜けに位置する空中庭園と呼ぶに相応しい院内公園が存在するのだ。
治療施設というより、養護施設に近い場所である。
「確かに金持ちは普通の人の能力は超えているな」
「だけど、超能力者と違うのは、それを勝ち取ることが出来るということ。もしくは、運よく手に入れる事が出来るということ」
「それで、その超能力で他の患者百人用の病室を十人用のリゾートにして、点滴代わりにワインを口から流しているわけか」
「わざわざ士郎と似てる立場だからたとえたのに随分ね。どうする? その力で腐った世の中を変えてみる?」
「金持ちだって苦労してる奴もいるだろう」
「井垣グループのお嬢様、井垣ゆりみたいにね。顔も割れて有名人になってしまったし。あんな所を見られて」
「『見られた』ことに困っているのはアイツより俺だけどな」
「貴方じゃなくて『ノア』でしょ」
彼女は大層愉快そうに笑いながら、携帯を取り出し、その画像を共有した。
もちろんSNS上ではなく、隣にいる士郎とだ。
SNSで今、もっともホットな画像。それが、今神流が彼に見せている、下着一枚で女の子を救うヒーローの画像である。
昨日、ファイアーマンの手先となったタンバから士郎は女子たちを守った。その時、井垣を連れ出そうと抱えたところを携帯カメラで撮られてしまったのである。
タンバのおかげで服は燃えており、ほぼ下着状態のヒーローが少女を抱える構図。
「殺人鬼を倒した謎のクールなヒーローがいきなり親しみやすい皆のヒーローになったわけね。さらに面白いのはその後。あの後、ゆりに耳痛いから下ろしてーなんていわれて、結局そこにいた救急隊員の所に預けて、あなたは半裸のままで逃走……本当に格好悪いったらありゃしない。もう目立つ必要はないのにね。ファイアーマンも見つかったし」
「あんなに早くファイアーマンが食いつくなんて思わなかったんだろう」
「ええ」
神流が何度も繰り返し笑い話を持ち出すのは、やはりある程度の不安があるせいだろうか。気丈で冷静な彼女だったが、先日、ファイアーマンの話を伝え聞くと流石に押し黙ってしまっていた。
井垣の治療と検査ばかりで、二人はろくに井垣と会話することができなかった。
幸いにも怪我は耳内の出血だけとちょっとした擦り傷で大した事はなかった。しかし、お嬢様の入院に医者や看護師が付きっ切りだったので、ファイアーマンやGHC関係の話は当然出来ず、二人はファイアーマンに関する詳しいことを彼女から聞きだせずにいた。
聞いたのは『殺されかけた事実』。そして三日という猶予――もしくは『三日後の犯行予告』。
「それにしても皮肉よね。被害者三人の中で、一番軽症なのが、あの刺された高野さんってのは。現代医学様々」
「それは初耳だな。刺された以上って……井垣はそんなに酷いのか? 耳だけって」
「――面会に行ってみたら分かるわ。士郎がいれば解決する問題だからいいけど」
「何で俺なんだ。医者は?」
「医者じゃ治せない病気もあるのよ」
時間つぶしを済ませた二人は、長い廊下を歩きVIPルームの病室前にたどり着いた。やけに高そうな井垣の苗字の入ったネームプレートを訝しく思いながら神流の様子を眺める。
「折角のお見舞いだし、次は流石に普通の服を着て来ようかしら」
黒い服を見下ろして神流は言う。
「正体を隠している割には目立つからな」
「いいえ。喪服みたいだからって、さきほど見知らぬお爺ちゃんに悲しそうな顔されたから。こんな暗い恰好して会いに来ても嬉しくないでしょう。あの子は」
「そうか?」
なんて言いながら、神流が病室の扉を開く。
そこには以前も見かけた井垣専任の女医と、ベッドに座る井垣がいた。
井垣にいつものヘッドフォンはなく、質のいい生地のパジャマを身に着けていた。病院着が別に未使用で掛かっていており、それは彼女の個人的な趣向によるものだった。それほどに井垣の言葉には影響力がある。
士郎は井垣の様子を確認する。カルテを取る女医と話しているときは、いつもよりか暗い表情をしていたが、士郎たちを確認するや否や表情がパッと明るくなった。
「どんな恰好をしたって関係なかったな」
「そうかしら」
女医がやってきた二人に気づき、軽く会釈する。
「面会の方ですね。もう終わるから待ってください……って井垣様? まだ――」
井垣はベッドからスクッと立ち上がった。彼女が病気で寝たきりの少女なら感動もあるものだが、そんな事あるわけでもなく。
二人に向かってゆっくり歩んできた彼女は――その細い腕を思いっきり広げ、力いっぱい、ぎゅっと抱きしめていた。
「いや、あの……」
当然の困惑である。
「井垣。間違えているぞ。神流はあっちだ。聞こえてるか?」
なんて士郎は『自分に抱きついている彼女』を一瞥し、さらに本来の目的であろう神流に目をやるが、当の神流は驚きもせずに肩を竦めるばかりだった。
「これは……どういうことなんだ?」
女医が病室を後にし、広い病室には三人だけになった。
そっけなく飾り気はないものの、テレビやデスクトップパソコン、冷蔵庫や個室のバスルームもあり、一人暮らしにも困らないほどの場所だった。
士郎は困惑を止めることもできず、井垣と一緒にベッドに座っていた。井垣は士郎の手を握り離そうとはしない。
なんというか、懐いているのだ。
「当然でしょう? 自分を助けた人よ。つり橋効果で好きになったのよ」
「本当なのか?」
「違う」
なんて即答するのは、他でもない井垣本人だった。だが、口ではそういいながらも、士郎を握るその手が離されることはない。
「別に好きじゃない。でも、離さない。ここにいて」
確かに士郎に触れようとする井垣の表情は恋する乙女のそれとは異なっていた。
どちらかというと、安心感――だが、その安心感は不安があってこそ生まれるものだった。
神流は説明する。
「士郎くん。さっき私『一番軽症なのは刺された高野』って言ってたよね」
「あ、ああ」
「今回のファイアーマンによる被害者は三人いる。ゆり、高野、そしてもう一人のクラスメイト」
「長嶺」
井垣が答える。
「彼女……長嶺が最も重症の患者なの。彼女に比べれば、この子は大分マシね」
「どういうことなんだ? 刺されたのは高野だろう?」
「長嶺の怪我はサウンドの攻撃によるものだけだから、すぐ治療は終わったし聴力にも問題ない。だけど、その後……別の場所でカウンセリングを受けているみたい」
「カウンセリング?」
「心を病んでるみたいなの。彼と出会って」
手を握られていたせいか、士郎は井垣の緊張にすぐ気づいた。
緊張による汗ばみと震えが文字通り身近に感じ取れる。
「それと同じよ。この子も、ファイアーマンとの遭遇で『あてられた』。この子は長い間……時間にしてはそうでもないかも知れないけど、体感上、死の危機が迫っていた状況でファイアーマンと対峙していた。そして、殺される寸前でヒーローに助けられた。あけど、今でもファイアーマンへの恐怖は未だに残っていて心身を不安にしている……だけど、彼からこの子を守った士郎くんが、ヒーローが隣にいることでそれを和らがせている。名づけるなら『ヒーロー依存症』ってところかしら」
「また妙なネーミングを……」
「自分の命を救った人がいる。そのせいで、危機が去っても、その助けた人物がそばにいると不安になり、落ち着きがなくなるわけ」
女の子に積極的に触られて嫌な事はないが、それでも原因を考えると素直に喜べるわけもない。
「ま、医者の見立てでは一時的な物だって話だから。どちらかというと大変なのは、さっき言ったながみねって子ね」
その話題になった途端、再び井垣の表情が強張る。
「大丈夫か。井垣」
心配の声をあげる士郎に、井垣は首を縦に振ってくれた。そして続けて話す
「あの子……長嶺は、ファイアーマンに強要されてた」
何かの役に立つだろう、と井垣は話しはじめた。
「強要って?」
初耳の情報に神流も疑問を抱いていた。
「ファイアーマンは命令した。たばこを吸うように、そしてたばこをやめるように。高野の出血を止めて命を助けるように。高野や私を殺すように」
「どういうことなんだ。わけが分からない」
士郎の言葉に井垣はうなずく。
「うん。わけがわからない。だから、怖かった」
彼女の口から、二日目の事件について語られる。
「ファイアーマン分は携帯で声だけ出して――」
「待って。メモするから」
「神流」
「どうしたの」
士郎は彼女を制止し、少しばかり眉を潜め井垣に訊ねた。配慮をしたのだ。
「大丈夫か? 話しても。言いにくくはないか?」
「大丈夫。神流が必要な情報だから」
彼女がそこまで、というなら士郎は押し黙り、井垣は二日前の最悪な出来事を語るのだった。
井垣が一通り話した後のことである。
「ファイアーマンは人を操る、ってことね。しかも超能力じゃなしに」
井垣の話しから、神流は最も気になった部分を指摘した。
「彼は言葉と状況、そして炎の能力でタンバを操り、三人を襲わせた。そしてさらに、被害者である、『長嶺』さえも意のままにした」
「ドラマとかで見たことある。洗脳って奴だよ。恐怖や刷り込みで人を操るって奴」
士郎の言葉に、神流は悩ましげに軽く唇を噛む。
「典型的な目立ちがり屋のサイコパス。善悪概念が欠如して、楽しむことしか考えない。しかも口がうまく頭も回る。最高のタイミングで最低なことができるわけ。ただ一つ、救いなのは、彼は後五日は何もしないってことね」
「それって、あいつが最後に言ってた褒美って奴か? 信じるのか?」
「ああいうタイプのサイコパスは全てが楽しんでいるゲームみたいなものよ。彼は自分の負けを認め、褒美として一週間と言う猶予を私たちに与えた。そのルールを破ることは、彼が彼自身を否定するのと同じよ。全てが自分中心に回っていると考えている男が、それを破るはずもない」
「精神分析とか犯罪心理学って奴か。もっともらしくはあるけど、その予測だけで安心なんて出来るわけないだろう。俺はともかく、井垣はもう顔が割れてんだ」
「っ!?」
「いたた! ごめんごめん……悪かった」
士郎がそう分析すると同時に、井垣が抱きしめ……というより、締め付けてくる。嫌な事を言うな、ってことだろう。
「どうやら彼の目的はGHC、私たちね。対面した井垣=サウンド、そして私たちの投稿した動画に映っていたGHCのメンバーである私とノアの三人のはずだわ。ノアはもちろん、私もこの黒い格好は知られたけど、顔は分からないはずよ。なので注意する必要があるのは、この子だけ」
「どうしてファイアーマンは井垣の顔を……カメラには顔は写って無かったよな」
「ええ。その部分は編集でカットしたはずよ」
「なにかしらの方法でこちらの身元を知ったわけか……これは本格的にやばいな」
士郎は腕を組もうとしたが、井垣がくっついているせいでそうできず、姿勢を治して続けた。
「井垣だけじゃない。神流。悪い事は言わないけど、これは俺らでどうこうできる問題のレベルを超えてる。井垣の言葉を聞けばわかるだろう。アレは異常だ。殺人犯とはいえタンバって死人が出たんだ――しかも、その殺人犯をあっさり利用して殺せるのがファイアーマンなんだ。井垣はタンバが急に燃え出したって言った。もしかしたら、とんでもない遠くの距離の人を燃やせる力があるかも知れない」
「警察に任せるべきだっていうの?」
「それが一番だ」
「ま彼のせいで警察署がボーボー燃やされたでしょう。既に警察は全力で動いていると思うわ。突然の火事とはいえ、警察署いる警察が全滅したってわけでもなさそうだし、もしかしたらファイアーマンを目撃した警察もいるかも知れない。そうしたら、『炎を出す超能力者対策本部』の一つや二つ立ち上がってもおかしくないからね。少なくとも、彼は表に現れたのよ」
「明確な被害者もいるからな。井垣たちが警察に証言すれば」
「といっても、高野さんっていうのは刺されてすぐに倒れたから一連のことはしらないし、ながみねさんはまともに話せる状況じゃないみたいよ」
「でも井垣がいるだろう? 今は辛いかも知れないけど、少し経って」
「……私に事情徴収はない」
士郎の言葉をさえぎり、井垣は断言した。
「どういうことだ?」士郎の疑問に井垣は答える。
「井垣グループは私が裸のヒーローに抱かれている、ネットで出回っているあの写真だけでもカンカンだった。企業イメージが損なわれるからって。その上、そんな子が『炎を出す怪人に教われ殺されかけた』って事を発表できると思う? おかしくなったと思われる。いや、そもそもどんな理由でも警察の世話になること自体を避けたがっている」
「企業イメージって、死に掛けたんだぞ」
士郎は皺を寄せて憤慨するが、
「その死にかけた娘の病室に、一番最初にお見舞いに来てくれたのが神流と士郎だから」
愛情を注がれない富豪の娘。お金を投資すれば、それが愛情だと考えている。仕事しか考えていない。そういった立場の子は良く見る。
もちろん、今まで散々見てきた映画やドラマの中の話だが――
「ま、『絶対に来るな』と両親に言っているのは、この子だけどね」
なんて神流が吐き捨てる。
「親が愛情を注いでも、子が不良や反抗期にならないとは限らないわ」
「…………」
神流は冗談のように話していたが、井垣は押し黙っているだけだった。
その表情は、さきほどのファイアーマンの話の時よりも暗い。神流は同じ調子で続ける。
「でも、この子のお陰で井垣グループの『治安ボランティア部門』という架空の部門から資金をGHCに横流してもらえるから助かってるわ」
「このまえ、井垣グループからは『支援』を受けているって言わなかったか」
「いいことだけじゃヒーローは務まらないわ。いいことをしたら誰かがお金くれるなら話は別だけど」
終始井垣の様子が気になっていた士郎だったが、思った以上に神流はそれを気にかけていないようだった。あるいは、そう見えているだけなのだろうか。気の知れた仲だからこそ、神流は井垣に遠慮していないのか。それとも――
「ともかく、現状で私たちに出来ることはないわ。この子が設置している集音装置を随時チェックすることと、SNSのGHCアカウントのチェックとコメントくらいかしら」
「まだファイアーマンを探すのか。神流」
「ええ。だって、話してないもの。探さなくとも三日後に出てくるでしょうけど」
「井垣の話、聞かなかったのか? 死ぬぞ?」
「死なないわよ」
「手袋じゃ済まなくなるぞ。火傷隠し。それに……不死身でもないくせに」
井垣もまた、少しばかり心配そうに神流を見上げていたが、口を挟むことはなかった。彼女もまた神流を制止したかったかもしれない。
「ナイフで刺されても平然としているような奴を説得できるとは思ってないけど」
「分かっているなら口出ししないで。それに……もう関わらないとこっちが決めても、向こうにとっては関係ないはずよ。できる準備はしないと」
士郎は頷く。
「それに、まずはこの子ね。今の消耗したこの子をどうにかしてあげないと」
「それには賛成だ」
「じゃ、よろしくね」
「よろしくって……よくわからないけど、俺に任せていいのか」
「表立って事が出来るのは、顔が割れていない士郎君、あなただけだから」
「表立って何をするんだ?」
「医者が言ってたけど、この子の精神的なケアに一番なのは普段通りの生活が一番だと言っているわ。危機や不安のない場所でいつもどおりの日常を過ごせば和らぐはずだって。この子にファイアーマンとのやりとりを手伝って貰うかどうかはさておいて、とりあえず治ってもらわないと」
「手伝う。やめないから」
井垣は即答する。明確な命の危機に直面し恐怖した今でも、まだファイアーマンに固執する井垣。何が彼女を駆り立てているのか分からない。
「ということで、よろしくね。士郎」
その日は、その病室で夜まで過ごした。他愛のない会話やゲームなどで二人と共に時間を潰し、井垣が眠ると士郎は解放され帰宅を許された。
そして、神流はある『治療法』を士郎に提案した。
意外にも、神流の提案は士郎にとっても魅力的なものであった。
それにそれをするにあたって、保護者のエリノに事情を説明すると意外にもあっさり許可が下りた。
そして士郎は、その治療のための服装を手に入れた。ヒーローヘルメットよりも憧れていた服装である。
次の日の朝、それを着て早速、井垣の待つ病院に向かい合流した。
相変わらずソワソワしていた井垣だったが、士郎が合流すると一気にいつもの無愛想な好調を取り戻していた。そして近すぎる距離を保ちながら、井垣は日常の一日を開始し、士郎もそれと同様の一日が始まってゆくである。
「みなさん。お話があります。とつぜんですが、本日転校生がいます。ですが、少し……彼は特別といいますか、とにかく仲良くしてくださいね」
その治療法とは、『井垣と学校生活を共にする』ということだった。
学校生活は、士郎の望んでいた事の一つであった。
中学校を卒業した後、数年間、殆ど外出せずに生きてきたが、特にそういった生き方を望んでいた訳でもなかったのだから、一般的な『高校生活』を過ごしてみたいと常々考えていたのだ。暇な日々を映画やドラマ、漫画アニメで時間を潰しながら過ごしていた士郎にとって、特に高校というのは、フィクション、とりわけアニメなんかでの舞台になることの多い場所であった。そういったフィクションの視聴によって、そして学校に行くことができないという抑圧から、理想は肥大化し、学校生活への大きな憧れが生まれていたのである。
そしてだ。井垣と同じ学校への転入という方法が提案されたわけだ。目的は井垣の日常生活への補助、および護衛だった。
ファイアーマンが明確に狙う可能性のある人間は井垣一人だった。その事情を知り、さらに身を挺して守ることができて、身を挺しても怪我をすることもない……適材な人材は士郎しかいなかったわけだ。
試験もなく昨日今日で名門に転入できたのは他でもない、井垣グループという権力があったお陰なのは言うまでもない。
そして井垣は高校一年なのでそれと同じ、一年として編入することになったのだが。
「…………」
士郎はさまざまな表情を見せる『女』生徒たちの前に思い出していた。
いくつかのフィクション作品にも同じような立場が主人公の作品を見たことがある。主人公が転校生であるという設定はそれこそ山ほどあるのだが……そうではない。
井垣ゆり。彼女が通っていたのは、『女子高』なのだ。
クラスメイト(女子)の前で自己紹介する少し前、初登校後、教室に向かう前、授業開始の直前のこと。
学校に入ってやっとそこが女子高であることに気づいた士郎は、こっそりと職員専用の男子トイレの個室に入っては、携帯を取り出した。
「女子高って、マジかお前」
士郎は電話越しに全力で呆れていた。井垣の力を借りたとはいえ、提案し事を進めたのは神流だったのでクレームは当然彼女にである。
『問題ないわ。十年前くらいかしら……性同一性障害の男の子が女子高に入ろうとした事が拒否された事で訴訟があって。判決において「女子校または男子校に片方の性別を入学、または入学拒否することは適切ではない」という判決が出てから、厳密には男子校女子校という概念は崩れてるの』
「でも男子校も女子校も現にあるだろう?」
『判例はあくまで法律上の話。和を重んじるって日本人の思想は別だけど……学校側としては、片方の性のみを受け入れる学校側の特徴が潰れることになるから、万が一そういった場合があった時にはそれを拒否するわ。で、もし入学側が訴訟を起こせば裁判になって、おそらく入学が許可されるでしょうね。だけど、わざわざ裁判まで起こして別性の学校に入った生徒は気まずいでしょうね。実質、例の性同一障害の男の子もすぐに転校してしまったそうよ』
「で、訴訟もなしに俺が入れちまったってわけか」
『井垣グループの威光ね。貴方は裏向きでは井垣グループの関係者、という事になっているから。……ま、生徒不足で共学化の話しも持ち上がっているみたいだから、学校側もテストケースという事であまり抵抗はなかったみたいよ。男子用の制服もあるし』
「男は俺一人ってことだろう?」
『職員を除けばね。かなり、いい環境だと思うけど? 色々と』
「お前楽しんでるな?」
『私はそこそこね。報告を楽しみしてる。ただ、士郎君にあまり楽しんでもらっても困るけど。あくまであの子のためよ』
「……こういうのもなんだけど、しばらく学校を休めばよかったんじゃないか。わざわざこんなことしなくても」
『日常を過ごさないと意味がないの。安全な場所で療養すれば、その分、日常への乖離の安全性に安心を感じ、日常に適応できなくなるわ』
「考えてはいるんだな」
『ええ。だからよろしく。楽しむなとはいわないわ。井垣を隣に置きながら女の子と戯れるなら問題ないけど。ともかく、彼の動きがあるまでは、井垣を守って』
井垣はどうやら同じ教室に士郎がいることで安心できているらしく、特に常にくっついている必要はなさそうだった。時々、意味もなく触りに来ることはある程度で済んだ。
井垣に学校のことを訊ねてみたが、面白いくらいこの学校のことを知らなかった。入学してから一年も経っていないから、というわけではなく、学校そのものに興味がないようである。
そして。
休み時間を二度経て、クラスメイトの反応は三つほどに分かれていた。
一つは、
「初島君、って言うんだよね。よろしくね! 女子高に男子なんて面白いじゃん! 私はぜんぜん気にしないから!」
「ねね、今日みんなでお祝いでもしようよ! カラオケとかで、パーッとさ!」
「これ、私のアドレス。登録してね。連絡してよ?」
まずは絶対的な好感を持つ女子たちだ。
健全な女子高生としては男子に惹かれるもので、実際この中にも校外の男子と交流している子たちもいる。遠くの男子と交流する『面倒』な行為より、常に通う場所に男子がいるのなら、それに越したことはない。
その好意の一転集中が女子たちの亀裂を生むことになるやも知れないが、それまで考えられないのは若さって奴だ。
また、士郎は十分に好感を持たれる外見を持っていた。
士郎は日本国籍ではあったものの、エリノと似た特徴を持っている。ハーフやクォーターのような、一般的にウケのいい西洋と混血の嫌いがある。
さらには、士郎は実際の年齢は高校一年よりずっと上だ。高校で就学したことがないのだから、一年ということが罷り通るのではあるが。そういった面で、彼は他の同年代の男子より生物学的に『大人びて』おり、それを魅力と感じる女子もいたのである。
簡単に言うと若干大人の男としてモテているというわけだ。
もう一つの勢力は、彼女らとは全く逆のものである。
「なんなのあれ。気持ち悪い……」
「どうしてあんなのが入ってくるのよ? 女子高でしょ?」
女子高という同一性でのグループにやってきた男子という異質を、否応なく嫌悪するものである。一見レイシズムのように思えるが、それは女子高というルールを無視して入学した型破りの異質分子であり、正当かどうかはさておき、嫌悪する理由に納得はできよう。
そして三つ目のグループは――
「…………」
無関心。もしくはそう見せているだけの女子たちだ。
これはその他、ともいえよう。問題児井垣と士郎の接触を確認し、彼女と懇意であるという関係をいち早く見抜き、関わると面倒だと把握できた賢い女子。
または全力で狙う為に機会を疑う策略家、そもそも男子に興味がないというタイプ、どうでもいいと達観する者もいる。全く別の目的を持っているのもいた。
そして、そんな女子たちに囲まれる士郎といえば。
小学と中学、男子とつるんで遊ぶ楽しさは知っているのだ……とにかく、この状況はどうも自然に楽しめるようなものではなかった。
経緯も立場もしかり、もちろんハーレムモテモテやったぜという風にはならない。告白の手紙を怪力で破ってしまうとか、キスで相手の唇を噛み切ってしまうとか、病院送りにする可能性もあるためである。
とはいえ、気をつけて遊ぶくらいなら全く構わないとは考えていた。
だが……それより先にはやる事はあったが。
昼休み開始前に数分早く授業が終わり、士郎はまず、井垣の下へ向かう。
「ご飯っていつもどうしているんだ」
「外で食べる」
「弁当か? 学食もあるみたいだけど」
「大体は外食するけど」
「ああ、そういうことか」
一般的な高校の食事方法ではないようだ。
「今日は別に……食べなくても別にいいけど。外行きたくないし」
「何か購買で買ってくるか? ちょっといく場所があるから遅れるかも知れないけど」
「うん」
士郎の存在もそうだが、今の彼女は人の目が多い方がどうやら落ち着くようだ。学校におとなしく来たのも、そのせいかも知れない。
彼の目的は二つあった。一つは当然井垣のお守り。そしてもう一つを行うために動いているのだ。
まず、士郎は二つ隣のクラスに向かった。昼休みが始まり、多くの女子が購買や学食に向かっていたが、その流れに逆らうように歩いてたどり着く。
教室にはまだ半分ほど生徒が残っていた。どう声をかけようかと迷っていた時のこと。
「あ、話題の男子の人か。こんにちは」
「ああ。こんにちは」
幸いにも男子である自分のことをあまり気にしない子が声をかけてきてくれた。
目がくりっとして大きく、愛嬌のある笑顔が特徴的が、朗らかそうな女の子だ。
「何か用?」
「ちょっといいか? あの……高野さんっている?」
「高野さん? あ……今日は、というか当分来ないよ。入院してるんだ」
「どうして?」
事情は知っていたが、探りを入れてみる。高野という人間のことが知りたかったのだ。
「大怪我したみたいで入院してるんだ。死ぬような怪我じゃないとは言ってたけど、詳しいことはわかんない。高野さんの友達も良く分からないみたいなんだ。でも、どうして? 今日転校してきたのに」
「いや、その」
「あーもしかして、高野さんの事聞いて? 美人さんだからね。まさか学校外まで知られてるくらい有名だとは思わなかったよ」
「そうじゃないけどさ……。そういういえば、高野さんと仲のいい、ながみねさんって子もいたよね」
「本当に転校生? いろいろ知ってるね」
「いや、その……井垣と知り合いなんだよ。聞いててさ」
「あー高野さんに苛められてるっていう……じゃあ、高野さん殴りにでも来たんだ」
「違うよ」
「だって井垣さんだよ? 権力バリバリのお嬢様じゃん。知り合いの男を入学させて高野さんイジメくらいしそうだもん」
明るい物言いだったが、士郎は当然気に入らなかった。
確かに井垣の立場や態度は好かれるものではなかったが、そういった予想で、井垣の知りあいと名乗った自分にはっきりとここまで言うのだから。
「あのさ……他に、高野と仲のいい女の子っていないのか。常につるんでいるっていうか」
「いるよ。あそこの二人。なんかちょっとあったみたいで、最近暗いけど」
彼女は教室の隅で、ぼそぼそとパンを食べる二人を指差した。
「ありがとう」
「ねぇ」
「ん?」
「士郎君、って言うんだよね。わたしは、橋本めぐ。よろしくね」
「ああ……よろしく」
士郎は彼女を適当にあしらっては、高野と友達という二人の下へと向かった。彼女らはすぐに近づく士郎に気づいたが、彼女らは特に長く視線を合わせることもなく、再び視線を落としていた。
「二人は――」
「遊びに誘うのとかはやめて。そういう気分じゃない」
そうではない。士郎は改めて訊ねた。
「大丈夫か。怪我はなかったか」
「知ってるの? 『あのこと』」
ショートの目つきの悪い女子が尋ねる。
「ああ……井垣と知り合いでさ。話せるかな」
隣の椅子を視線で指す女子。士郎はそこに座った。
するとロングの気弱そうな女子が語る。
「責めるのはいいけど……他の人に言いふらすのだけはやめて。私たちだって……でも仕方なかった。怖かったから」
ロングの気弱な女子の言葉に、士郎は首を傾げる。
二人は、あのタンバ――ファイアーマンに操られた時にいた高野の友達だ。高野と長峰が被害に遭ったとき、逃げることができた二人だ。彼女らは恐怖しているというより、後悔しているように見えていたのだ。
「もしかして、あの男から逃げたこと、言ってるのか?」
「逃げたら殺す、って言ってたけど、あんなの逃げないわけないでしょう! でも長峰さんは……だから……」
ショートの子の言葉に士郎は首を横に振った。
「責めにきたわけじゃない。大体、あそこで全員が止まっていたら、余計に被害が増えてた。それに、二人が通報したから、早く対処できたんだろう」
「…………」
あの時井垣も救急車を呼んだが、この二人は井垣の予想を裏切り、すぐに携帯で警察に通報を行っていた。そのお陰で到着が早かったという事実は間違いない。
「むしろほめられるべきだろう。あんな災害みたいなもんに出会って、落ち着いていられるわけがねぇよ。それに……誰一人死ななかったみたいだしさ」
当然タンバを除く。
「それでも高野さんは刺されたの。それに長峰さんなんて……学校にもう来れないかもって。何があったか知らないけど」
ショートの彼女は厳しい口調で自分を責める。
「とにかく、警察にも色々話したけど……ぜんぜん私たち知らない。もしかして事件の事を知りたいの?」
「いや、そうじゃなくてな……二人が心配で」
『え?』
二人が同時に疑問の声をあげる。
「高野さんの怪我は治るし後遺症もないみたいだし、長峰さんだって体に怪我はしてないんだ。井垣だってピンピンしてる。あとは二人が無事なら、よかったなって」
「どうしてわざわざ……」
GHC――グレイテスト・ヒーロー・クラブは、単にファイアーマンを見つけるためのグループであると士郎は考えている。悪党タンバを撃退したのも、単にファイアーマンへの手がかりの為であろうと。
だが、折角ヒーローをやるなら、そういう肩書きを持つなら安寧を齎したい。それが体の無事だけではなく、心もだ。
この学校には井垣の他に悪党から傷を負った人間がいる。高野と長峰は医者の治療にかかっているので安心できるが、他の被害者である二人についている者はいない。
だからこそ、自分が彼女らをケアしたかったのだ。『ノーイヤー』とはいえ、聞く耳を持たないなんて事はないようにしたかった。超人的な力を使わなくて救える人がいるなら、それに越した事はないと考えていたのだ。
こうして事情を知る自分が話をするだけでも、きっと救われると考え、こうして二人に接触した。
初島 士郎は、そういう人間である。
「ありがとうな。わざわざ」
士郎は少し二人の表情が晴れたのを確認すると、席を立った。
「あ、あの……ありがとう」
「……ありがとう」
二人が感謝の言葉を述べる。
やっぱり悪い子には見えなかった。
「井垣と少しは仲良くしてやってくれ。あいつもいい奴じゃないかも知れないけど」
「あの、初島くん、っていうんだよね」
「ん?」
「パン食べない?」
なんてショートの女の子が視線をそらして、真新しいパンを差し出す。
お礼のつもりなのだろう。
「ありがとう」
士郎はそれを素直に貰う。井垣には、これだけでは足りないかも知れないけど、昼ごはんの足しにはなるだろう。
「なんの事情で入学したかは知らないけど……男子だから大変だろうし何かあったら相談して」
「次、一緒にお昼ご飯でも食べよ? 高野さんと長峰さんと一緒に。井垣さんとの事は、二人が戻ったら言っておくから」
思わぬ収穫に士郎は笑って、二人に軽く手を振ってから去って行った。
「…………」
「……いい人だね。ね?」
ロングの子が彼の背中を見て微笑む。
「…………」
「……惚れた?」
「うるさい」
二人と会った後の士郎は少しだけ落胆した。
学食と購買がその原因である。
学食と購買といえば、昼休みになると生徒が群がり混沌とする、スリルな場所だと思っていた。もちろんフィクション知識だが。
お嬢様学校だからか知らないが、列はなく、繁盛記のお洒落なカフェテラスのごとく優雅な食事風景があった。
最新の学食のシステムのお陰。つまりは潤沢な資金のある学校である証拠でもある。
(そういえば……井垣は何が好きなんだ、あいつ。勝手なイメージだけど、なんかジャンクフードとかすきそうだ。外で食ってるって言ってたし。でも一応お嬢様だから食生活だけは豪華かも知れない。外で食うって言うのも、ここのが合わないから高級店に行っている可能性もあるしな)
なんて分析してみる。
そして、それと同時に井垣と神流と出会ったのは、つい数日前の事であることを再認識する。当然といえば当然だが、思った以上に彼女らの事を自分は知らないのだ。とはいえ、文字通り死線を潜り抜けたせいか、それとも様々な秘密の共有のせいか……それとも自分が彼女たちを気に入っているのか、あまり他人という感じはしない。
ろくな友達がいなかった。いるはずもなかった。この年で学校に通わなければ、友達なんてそう出来やしない。
「困ってる?」
すっ、と隣に姿を見せたのは、先ほど高野の友達を紹介してくれた女の子――めぐだった。井垣を馬鹿にしたような物言いのせいで、あまりいい印象はなかったが……それでも悪い子ではなく、単に少し無神経なだけかも知れない。さっきの子たちだって、イジメに加担していたけどすぐに分かってくれたんだ。
士郎は普通に対応することにした。
「井垣に飯を買ってやろうと思ったけど、どんなのがすきか分からなくて」
「ああ、彼女は何と言うか……粉物が好きみたいよ。うどんとかお好み焼きとか。だから焼きそばパンなんか買ってあげると喜ぶんじゃない? パンにソバだからね」
「よく知ってるな」
「うん。君も好きでしょ? とくに焼きソバなんか」
「ま、まあ」
最初は一般論だと思った。
だが、彼女は少し含みのある笑顔を見せた。先ほどまでの朗らかで純粋なそれとは少し違う。
「しょっぱいのが好きだもんね。お兄さんがドイツ人だからかな?」
「どうしてそれを……」
当然、士郎は彼女とは初対面だった。エリノの存在も、そして彼がドイツ人であることを知るわけもない。だが、彼女はそれを言い当てたのだ。
「放課後。裏倉庫に来て。カギ、あいてる」
「お、おい」
「……一人で。井垣も、誰も連れてこないで」
彼女はすぐに振り向き、そのままどこかに行ってしまい、その顔を見ることもできず、真意を掴むこともできなかった。
声は低く、イラついているように思えた。
だが、それは少し震えていているようで……感情を知ることは出来なかった。
「うまい」
モソモソと焼きソバパンを食べる井垣を見ながら、士郎は考えていた。
当然、あの『めぐ』という女の子である。
見た目は本当に普通の、可愛げのある女子生徒だった。それだけだ。それしか分からない程度の関係の女子なのだ。
そんな彼女がどうして自分の事を知っているのだろうか。
『ファイアーマン』という言葉がちらつく。何の根拠もないが、理解しがたい事象を全ての彼のせいにしてしまいそうな状況ではある。
「どしたの」
表情に出ていたのか、井垣が訊ねる。
「……めぐって知ってるか?」
「人?」
「ここの生徒だよ」
「めぐみ。めぐる。めぐ。三種類くらいいるけど。他の学年だともっといるかも」
「高野のクラスにいる子なんだけど。橋本ってやつだ」
「…………」
少し考える素振りをして、
「顔は知ってる。めぐ、って呼ばれてるの見たことある。どしたの」
「どんな奴なんだ?」
「どんなって」
「ほら、例えば……誰かをいじめるとか、人の弱みに付け込むとか」
「そんなのは高野くらいしかいない」
彼女は続けて『めぐ』のことを教えてくれた。
「多分、普通の奴。普通に学校来て、普通に授業受けてる。他の子とも仲いいし友達も多い。ま、本当はどうか知らないけど。猫被っている女なんていくらでもいるし。今日士郎に色目使ってた女の中に、普通に彼氏持ちとかいるから」
「マジか……ってそれはいいんだよ」
「何かあったの」
「いや、その……気になることがあってな。一度話したんだけど、へんな感じなんだ」
「…………」
『呼び出された』って事はなんとなく言いづらかったので、士郎はわざと言葉を濁した。
「変わってるとこは、あるかも知れない」
何かを思い出したように井垣が言う。
「どういうところだ?」
「めぐ自体は変わってないけど、変わった奴と友達ってとこ」
「変わった奴? 誰だ?」
「名前知らないけど、うちの三年生。一年が三年生と友達ってだけでも変だけど、その知り合いの三年が変わり者」
「変わりもの……井垣が言うくらいなら、相当変わってる奴なんだろうな――って、ごめんごめん。紅しょうがを投げないでくれ」
士郎は彼女を落ち着かせ、更に耳を傾ける。
「すごく頭のいい奴らしいんだけど、授業にちゃんと参加していないらしい」
「そこまでは井垣と同じだよな」
「……話さないよ」
「わかった。黙って聞く」
「この学校いいとこがあって、昔気質の学校みたいに、子供だから一緒くたに適当に授業させるんじゃなくて、素質とか才能とか挑戦を奨励するような、そういう教育システムをとってる。例えばすごく絵がうまくて将来性があり、それを本人が望むなら、美術に特化した授業の割合を増やすとか、そういう奴」
「よく考えてるな」
「で、めぐと仲がいい三年はパソコンとかすごい詳しいらしい」
「あいまいだけど、工学系ってかな」
「朝から夜まで、特別なパソコン室みたいなとこで閉じこもって勉強してる。で友達もいないし、顔も出さないけど……その彼女と仲がいいのが『めぐ』。私に話しかけてくるくらいだから、友達は多いと思う」
その言葉を受けて何かしら言いたかった士郎だったが、既に焼きソバパンの紅しょうが全てが口に入っていたのでやめておくことにした。口から吐き出されたらたまらない。
「なるほどな。わかった。ありがとう」
「うん」
「で、悪いんだけどさ。放課後少し用事があるんだ」
「別に暇だし。付き合う」
「いや、一人じゃないと駄目なんだよ」
「一人にするの。私を?」
捨てられそうな子犬みたいにうなだれる彼女。思わず頭を撫でたくなったが、多分鼓膜を潰されるのでやめとく。
「いや、一応神流に任されているし……少しだけ待ってくれ。すぐ済むと思う」
「どこにいくの」
「裏倉庫なんだけど」
「……あー」
感情を込めず感嘆する彼女。
「なんだよ、それ」
「それ、第二校舎の今使ってない倉庫だけど。もしかして、誰かに呼び出された?」
「うん、まあ……そうだけど」
「すごく目立たない所にあるから、色々『個人的』に使われる場所」
「というと?」
「いい話は、男教師と女子生徒がこっそり会っていろいろしてたらしい。もしくは、女生徒がこっそり会っていろいろしてとか」
「なるほど」
「悪い話は、呼び出されて数人でボコボコにされるって話もある」
「男子校みたいだな」
「見られちゃまずいことするところってこと。ま、士郎をボコボコにするような女がいるわけもないし、告白とかじゃない。しらんけど」
しれっと話す彼女。
「ま、出会って一日で告白してくる女なんて、ガバガバのビ○チ女だと思うけど」
「……口悪いな」
その可能性はおそらくないと思うが。
とにかく、行ってみるしかないだろう。
「大丈夫か?」
放課後。井垣を帰すために校門前でタクシーを拾った士郎はそう訊ねる。
帰る先は病院。そこまでの距離ではない。
井垣は既に退院しても問題ない状況ではあったが、検査入院という名目をつけて、しばらくそこにいることにしている。井垣グループの影響が大きいそこには、常に人の目があり、監視カメラもある。賞味、警察署を燃やされる時点でどこにいても危険なのは代わりなかったが、少なくとも玄関の扉が銃撃で壊れた人気のないマンションよりはマシだろう。
井垣は一度タクシーに乗り込むことをやめ、再び士郎を見た。ちょいちょい、と士郎を招き寄せると、彼女はぐっと士郎を抱きしめた。
まだ不安なのだろうか。
いくら依存症の気があるとはいえ、別れ際に抱きしめられる程ではないと思いつつも、不安定な井垣にどうこう言うこもなく、士郎は甘んじてそれを受け止める。
彼女がタクシーになって去って行ったのを見届けたから、士郎はあらかじめ井垣に教えて貰った裏倉庫へと向かった。
学校は大きな建物を二つ要していて、一つが通常教室が並ぶ第一校舎。そして部活動や特別な教室がある第二校舎が存在している。
その第二校舎の裏から更に離れた、雨に晒され黒ずんだアスファルトの壁が特徴の小さな倉庫があった。グラウンドの隅に位置するそこは、第二校舎と学校を囲む塀で死角になっており、さらに手入れされていない木々が生い茂っているため、数メートル離れた場所では倉庫の壁のみが少し見える程度で、その存在が忘れられるのは当然とも思える。
ただ、少し移動して入り口を見ると、そこは予想以上に新しい電子錠がついている。
そして、その扉は解放されていた。だが、中は暗く、離れた場所では中を確認することはできない。
「おい、いるか」
めぐを探すが、返事はない。
士郎は少しタメを作ってから、その倉庫の中が見えるところまで歩いた。
「ここは……なるほどな」
中にあったのは、多くの運動器具だった。殆どが錆付き、ごれているものだったが、真新しく開封されていないものもあった。
それらは全て、最近の教育是正により生徒に危険とされ、中止された運動関係器具ばかりだった。例えば柔道着や剣道の竹刀、ロープや障害物競走の柵、バッドなどだった。
それを身ながら、なにげなく、士郎が倉庫内に一歩踏みよった時だった。
「おぉ!?」
背中からおもいっきり突き飛ばされ、士郎は態勢を崩しながら倉庫の中に入ってしまった。続けて大きな音がして倉庫の扉が閉まり、倉庫の中は眼前も見えない程に真っ暗になる。すぐにカチッ、と古めかしいスイッチ音がして、倉庫内に弱弱しい電球が点った。
そこにいたのは、めぐだった。
表情は険しく、学校指定の体操着を着ている。短ズボンから長く伸びた健康的な脚が魅力的ではあったが、それを堪能する余裕など当然なかった。
「一体なんのつもりなん――」
立ち上がろうとした瞬間、彼女は乱暴に士郎の肩辺りを蹴る。さすがに姿勢を崩しては、尻餅をついて彼女を見上げる状態になる。
「あのね」
皺を寄せる、士郎を見下す彼女。その表情は分かりやすい怒り……というより不機嫌そのものだった。
大して士郎は倒された痛みや肩に足の汚れがついた事への怒り……はまったくなく、むしろ困惑ばかりだった。
そして彼女は、その暴力の理由を口にした。
「気に入らないの」
「え?」
「なんでこんな事があるのよ。女子高に男子が入ってくるなんて、信じられない!」
「…………は?」
「は? じゃないっての」
「もしかして……俺が男子だからか? それが、気に食わないのか?」
「当たり前でしょう! 他になにがあるっていうのよ!」
士郎は肩の力が抜けてしまった。
まさか、そんな分かりやすい理由だったなんて、逆に全く予想しなかったのである。
ファイアーマンの関係者とさえ思ってしまったのに……ちょっと過敏になりすぎていたようだ。
つまり、これは分かりやすい「いじめ」って奴だ。女子が男子を一対一で苛めている、という状況が多いのか稀なのかは分からないが。
「でも、どうして俺の素性が分かったんだ。ドイツ人の兄がいたこととか」
「職員室でアンタの資料を偶然みただけよ。ドイツ人の兄が保護者なら、しょっぱいドイツ料理を昔から食べてるでしょうしね」
「……そういうことか。頭いいな」
「は? 余裕ぶってんじゃないっての!」
最初に井垣の事への言及といい、おそらくこれが彼女の本性だろう。表と裏の顔を使い分けるようなタイプのようだ。
もちろん、ここで士郎が彼女を屈服させるのは簡単だった。士郎がよっぽど気弱な男子でない限り、体格差や力の差で可能のはずだ。超人的な力などなくとも。
士郎はやっぱり腑に落ちなかった。
いくら気に入らなくとも、いじめを行う側は相手を選ぶものだ。理由があり、相手が気に食わなくても、それをする為に感情的に動くのはイジメとは少し違う。
イジメはまず、ターゲットの把握から行われる。優劣がはっきりとされてからはじまる。 基本的に相手が圧倒的に弱い立場の場合に成立するのがイジメだ。
性格の優劣(当然性格に優劣はないが。あくまで、強気か弱気かの問題である)があった場合、一対一のイジメは容易く成立するが、彼女と自分は今を含め三回目の顔合わせに過ぎないので、それが分かるわけもない。特に弱気を見せたつもりもない。
力の差がある男女間の場合、女からのイジメを成立させるためには、もっと強引な手が必要となるはずである。例えば危険な武器とか、社会的立場とか。前者は犯罪だし(イジメも犯罪だが)、後者は学生ではなかなか難しい。『女の武器』なら有効かも知れない――例えば男子高校生が興味がある女子のそれをチラつかせて、それを材料に優位に立つことも出来る。ハニートラップ、というべきか。
ただ、彼女が選んだイジメの方法は、教科書に出るような分かりやすい暴力と威圧によるイジメである。
なので、彼女の『イジメ』は何とも理解できないことだった。だから士郎は怒るにも口撃による反撃も出来ないでいたわけだ。
士郎は『探り』を入れることにした。
「どうして体操着なんだ」
「アンタの返り血で制服が汚れるのがイヤだからよ」
なんて彼女は入り口付近の金属バッドを取り出した。
いちいち行動が過激する。過激すぎて、不自然な無計画さが浮き彫りになっているように思えた。今の彼女が、そこまでの暴力行為を行うほどに感情的にも見えない。
「俺が単に男子だから気に食わないのか」
「単にアンタの存在そのものがうっとうしいのよ。馬鹿みたいな顔して。近くで息をしているだけで殴りたくなる。できれば、とっとと学校から出て行ってほしいの。私だけじゃなくて、皆がそう思ってる」
「どいてくれれば勝手に帰るよ」
「そういう意味じゃない! もう二度と登校してくるなって事なの!」
「…………」
士郎が立ち上がるが、彼女は今度はとめなかった。じっとバッドを手に、こちらを睨んでいる。
「全部が気に食わないのよ。気取った態度もそうだし、女に囲まれてへらへらして。どうして女をつまみ食いするようために来てるんでしょう?」
「…………」
「あんたみたいな男子がいるだけで、もう学校に入ってきた意味もないじゃない。アンタの存在が全員にとって邪魔なのよ!」
「…………」
「それに……」
「…………」
「…………」
「それに?」
士郎はなんとなく気づいた。困ったように頭を掻いて、肩を竦める。
「もう悪口なんて出ないだろう。だって俺のこと知らないもんな」
「知らなくても嫌いなものは嫌いなのよ!」
彼女の言葉には気迫があったが、やはり迫力が足りない気がした。
彼女の顔が皺を作りなれてないせいか、柔らかい声だからか。
「俺がなんか言って、やっとそれにのっかって悪口が出るもんな。本当に俺とか男とか……俺の存在が嫌いなら、いくらでも言葉なんて出てくると思う」
「…………」
「めぐってさ、本当に俺が嫌いなのか?」
「さっきからうるさい! 何が分かるのよ! アンタに!」
「分からないから困ってるんだよ。それに、金属バッド持ってる手、震えてるぞ」
「!?」
これは完全にブラフだった。別にそんな素振りは無かったが、そうして彼女を困惑させ、ボロを出させようとしたのだ。
だが、それ逆効果だった。
「……そんなに殴って欲しいのね」
「いや、違うけど」
「分かったわ。ここまで私を怒らせて、ただで済むと思ってないわよね」
彼女が一歩、士郎に近づいた。士郎は選択の失敗に気づく。
確信はある程度していたが、全て推測に過ぎない。彼女のこと、彼女の心の中、本当の感情を知らないのに、勝手に決め付けているだけだったのだ。
彼女はバッドを構える。
殴られるのは賞味問題じゃない。一番問題なのは、バッドが凹むくらい殴られても痣一つ付かない体であることに気づかれること。二番目は自分を殴った事が知れてしまい、逆に彼女の立場がまずくなることだ。
せいぜい殴られた瞬間にわざとらしく痛がりながら、倉庫の向こうにでも飛び込んでしまおう。派手に怪我したフリでもすれば、満足するか怖がって逃げるかも知れない。
「あなた知らないでしょう。ぶん殴られてくたばる前に教えてあげる」
「…………?」
「アンタの友達の井垣たちを襲って、高野さんを怪我させたのは私なのよ」
「…………」
「あそこにいる全員が気に入らなかったのよ。権力振りかざして適当に生きている奴と、それを群れてしか攻撃できない奴! 全部ね! そういうやつらは、皆殺してやるのよ。どう怒った?」
「いや、違うだろう」
「誰も知らないけどね。あんたも同じように――」
「俺、その場にいたもん」
「……え?」
「犯人は男だけど。変な」
「…………嘘」
「どうしてそんな嘘を――」
「士郎!」
士郎の言葉を遮るように、その名前を叫ぶ声が聞こえた。そして倉庫が思いっきり開くと外からの光が漏れ、中にいた二人は目を細める。
外の光から飛び出してきた小さな陰は、めぐに襲い掛かっていた。そして、彼女に馬乗りになる。
「井垣!」
士郎が叫ぶ。
「アンタってそういう人だったの! どうして――」
「違う! 井垣待て!」
めぐの体操服をクシャクシャに掴み、怒りを見せる井垣を士郎が制止する。その井垣の下には、突然のことに目を丸くし、声も出せてない彼女がいた。
士郎は背後から井垣を抱き上げ、めぐの体から井垣を離す。
「井垣。どうしてここに?」
「全部聞いてた。士郎の背中」
「背中?」
士郎は思わず自分の背中を触れると、そこに何か固いものが付着していることに気づいた。爪でそれを引っかくと、簡単に外れる。
士郎はそれを確認した。
「小さい……マイク? いつの間に」
すぐに士郎は気づいた。別れ際に自分を抱きしめる時に、背中にくっつけたのだ。
やっぱり抱擁ではなかったわけか……。
「それで全部聞いてた」
「どうして」
「変な事すると思って。この倉庫いくっていってたし」
そういうのに興味があるのだろうか。とりあえず、この件を追求するのは後にしよう。
「はあ……やっぱり無理」
横になったままのめぐが、溜息をつきながらゆっくり立ち上がった。
金属バッドを元の籠の中に丁寧に戻し、彼女はポケットから携帯を取り出して、どこかに電話をかける。
「もしもし。私。ごめんね。ぜんぜん駄目だった。うん……うん」
「めぐ。どういうことなんだ」
「はい」
質問に答えることなく、彼女は誰かに繋がっていたままの携帯を、士郎に手渡した。それを受け取り、士郎は耳に当てる。
「……もしもし」
『初島君』
か細く、枯れたような弱弱しい女性の声。どこか聞き覚えのあるようにも思えたが、思い出せない。
『めぐは何も悪くない。説明するから、めぐと一緒に来て』
その言葉だけで、電話は切れてしまった。
「……一体」
「む」
めぐに携帯を返しながら士郎は井垣を見る。井垣は敵意ギラギラの視線でめぐを見上げ、困ったようにめぐは「あはは」なんて笑うが、すぐに表情を改めて、思いっきり頭を下げる。
「ごめんなさい! 悪気は……あったけどごめんなさい!」
ただただ士郎と井垣は困惑するだけだった。
第二校舎に向かうめぐの表情は、最初に出会った時と同じ、普通の明るい女の子のものだった。
「士郎って落ち着きあるよね。もっとびびると思ったよ」
にゃはーと朗らかな笑みとともに彼女は言う。
「びびったに決まってるだろう。なんなんだよ。あれは演技か」
「まあね。演劇部じゃなくて体育系だから、駄目だったみたいだけ。ワルって難しいんだね」
「ワルのフリをしてたのか?」
「ワルというか、『悪』。もう、悪いところしかない、邪悪な存在って感じかな」
「がおー」と怪獣をイメージしている時点で、やっぱり浅はかではある。
悪に浅はかなほどいいことはないが。
「出会った……最初からなのか?」
「そうだよ。一番最初に会った時からね。士郎の言う通り、士郎のことなーんも知らなかったから、悪口のバリエーションもなかなか無くて」
「どうしてそんな事を」
「頼まれたんだ。先輩に」
「誰だ?」
「変な奴」
代わりに井垣が答える。昼休みに言っていた『パソコンに詳しい変な天才』のことだろう。その先輩っていうのは。
「士郎と会ってね。できるだけ悪い奴になれっていわれたの。ちょっとくらいなが殴ってもいいって言われたけど、さすがにね~」
「まだ会った事ないけど、やな奴だな。その先輩は」
「先輩と言う事が逆だね」
「逆?」
「言ってたよ。『初島君はいい人だから、ハルちゃんが殴っても、殴り返されることは絶対にない』ってね。ハルちゃんがそういうから、信じたけど……でも人を殴った事なんてないしできないって言ったけどね」
「なんか安心したな」
「でしょ? めぐちゃんみたいな優しい子はそういないよ?」
なんてウィンクしてみせるめぐに、「けっ」という感じで井垣が鼻を鳴らす。
「井垣もありがとうな。助けてくれて」
「……しらん」
士郎はフォローしてみるが、身を挺したのが無意味だったことを知って、少し不機嫌なようだ。
「でもさ、こう嫌っている感じから、ぱっていい子だって分かると、好感度あがらない? 『実はこんなにいい子でしたー』なんてさ」
「それはあるかも」
「でしょー? お詫びに後で何が奢ってあげるよ。一緒に喫茶店でもどう?」
「別にいいけど」
「よっしゃ。彼氏ゲット!」
「井垣。おごって貰おうな」
「ん」
「なんだ。二人付き合ってんの? もしかして、御曹司カップルって奴? うわーすげぇ」
「何もかも違うよ。こいつは御曹司だけど、俺は」
「ニート」
残酷な一言を井垣はぶつけると、めぐは笑った。
「ニートって、学生でしょう? はは」
「……そうだった。そうだよ。俺学生だぞ、井垣」
『学生』って響きが少し嬉しくて、士郎は笑った。
「彼氏かは兎も角、友達ね? クラス違うけど、仲良くしてね?」
そんな事を話しながら、三人は第二校舎の最上階にやってきた。
「第二校舎は全部特別教室なんだ。文化系の部活とか、室内体育施設みたいなのが集まってるとこね。で、一番上にいくつか教室があるんだけど、その一室がハルちゃん先輩の基地になってるんだ。ほぼ一人で占拠してるって感じかな? もちろん学校の認可済み」
「すごい人なんだな」
「でしょう? 変わって人だけど、真面目で優しい人だよ」
「優しい人が、男を殴れって命令はしないだろう」
士郎が正論を吐く。
「そういえばそうかも。ま、ミステリアスな部分があるから、それが出ちゃったんだよ」
三人が止まったのは『特別教室C』と書かれた扉の前だった。関係者以外立ち入り禁止という看板がかけられている。
「先輩? 来たよ」
『どうぞ』
小さい返事。電話で聞いたよりそれはさらに小さく、元気のない声が返ってきた。
「はい、どうぞ。秘密基地~」
めぐが扉を開くと、その『秘密基地』内の窓の外から夕日が漏れ、一瞬目が眩んだ。
そこは人二人が横になるのが精一杯の部屋だった。その狭さなのに、さらに壁側には専門書がぎっちり詰まった本棚。窓沿いには、難解な言語を映し出す三台のモニターがあって、それが波のように流れている。
それを映し出すためのマシンが小さく低い空気音を立てていて、それだけが、彼女の息遣いを除けば、この部屋の唯一の音源だった。
「…………ハ」
士郎は言葉を失った。彼一人だけが、呆然とせざるを得なかったのだ。
長く、全く手入れのされていない黒髪。
細すぎる、その体のサイズに合わないシャツと、防寒の為の白衣。充血気味の目を覆うのは、黒縁の味気ない眼鏡。その瞳は光がなく焦点が分からない。
それが単なる栄養失調気味の偏屈な天才であれば、良かったと思う。
実際、初見の井垣には彼女がそう見えていた。
だが、その変貌と、成長と、再会は、士郎にとって衝撃的な物だった。
「ミハル……」
「久しぶり。初島君」
その声から感情が読み取れないのが、何よりも怖かった。
彼女は士郎にとって初めての、そして唯一の――
『宿敵』なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます