第3話「帰路」

 屋敷から出ようとした俺は、改めて自分の恰好を見直してみた。服装はいつもの仕事服。動きやすくて、軽い。どこにも変なところはない。次に腰に提げた剣。これも狩人だから、別におかしなところなど微塵もない。そして、両手に大事そうに抱えた、女の生首。


「いや、これダメだろ。いくら夜だからといっても、人に逢ったらさすがにバレるでしょ」

「あら、何か問題でも?」

 魔女は知らん顔だ。

「そんなことよりも、星が綺麗ね! 久しぶりに見たわ! 空気もおいしいし! ああ、外は最高ね!」

 彼女はのんきに外の世界に出られたことを満喫していた。

「大声出すなよ! 気付かれたらどうすんだよ!」

「私は太陽ノ魔女よ? 堂々としていて何か問題でもあるの?」 

「大有りだろ! 暗い夜道で剣を引っ提げて生首持った男にばったり出会ったらどう思う⁈」

「そうねえ……。ヤられる前にヤらなきゃ、かしら」

「ダメだこいつ……。早くなんとかしないと」


 こいつに常識を求めた俺が馬鹿だった。

 しかし弱ったな。村の人に遭遇せずに帰れる可能性は無きにしもあらずだが、見つかった場合面倒事になるのは間違いない。この魔女の存在はあまり公にはしたくない。俺が困った顔で唸っているのを見かねたのか、魔女がため息を吐いた。

「全く、しょうがないわね。ここは私が何とかするわ」

「全面的にお前のせいで作られた困難だろ。お前が何とかするのが当たり前だ」

 俺の小言をスルーした魔女は、瞬きの間に瞳の色が赤くなっていた。

「これでいいわ」

「え?」

 見たところ彼女の瞳を除いて、先ほどと変わった様子は全くない。

「何かしたか?」

「いいからいいから。私がいいと言ったら絶対大丈夫なんだから。ほら、帰るわよ」

「お、おう」


 彼女にせかされるまま帰り道を歩き始める。何がなんだかさっぱりだ。だが、魔女が大丈夫というんだから大丈夫なのだろう。俺は誰とも逢わないことを願いながら、黙々と夜道を進んだ。魔女は村の様子を見たがっている様なので、俺は時折首の位置を変えてやりながら歩く。魔女は一言も話さず、熱心に村の様子を見つめている。さっきまでうるさかったものがいきなり静かになると、なんか寂しい。


 別にここに珍しいものなんてないだろうに……。だが、十数年という月日が経った村は、魔女の知っている村と変わってしまっているのかもしれない。彼女は今、二度と戻ることは出来ない思い出の村の様子を思い出し、感傷に浸っているとしたら……。ここは、ちょっかいを出さずそっとしておいてやろう。


「いやあ、この村は十数年経っても変わらないわね!」

「返せ! 俺の優しさを返せ!」

「何キレてんのよ⁈」


 そんな漫才をしているせいで、俺は若干周囲への注意を怠っていた。


「おーい! カイアさーん!」


 元気なおじさんが、こちらに手を振りながら近づいてくる。多分村のご近所さんだろう。小さい村故に、ここでは村人全員が知り合いみたいなものだ。特に家が村一番の農家だけあって、俺は村の人から一方的に認知されている。しまった。あちらに先に視認されてしまっていては、どこかに隠れる訳にはいかない。むしろ隠れたりしたら余計怪しいだろう。絶対絶命。女の生首を見られたら、確実に面倒な事になる。

「大丈夫よ。そんなうろたえなくても」

 魔女は小声で俺にそう言って、お茶目にウインクをした。俺は説明を求めたかったが、おじさんが目前に迫っていて、それどころではない。仕方なく追及を諦め、いつも通りを装う。

「こんばんは~」

 口元がひきつった奇怪な笑みを浮かべる俺に、おじさんはニコニコと話しかけてきた。

「やあ、こんばんは。また屋敷に行ってたんですか?」

「あはは、そうなんですよ~」

「へえ。屋敷のお掃除は大変でしょうに」

「そうですね。でも日頃見ることができない物が色々とあって楽しいですよ」

「そいつぁいいですね。私も今度お邪魔したいものですなあ」

「屋敷の物を取らないなら大歓迎ですよ」

「や、酷いですよカイアさん。私がそんなことする訳ないじゃないですか~」

 バシバシと強い力で肩を叩かれながら、俺は苦笑するしかなかった。いつ手に持っている物に言及されやしないか、心臓がバクバクと音を立てている。

「では、家族が待っているので」

「引き留めてしまって申し訳ない。それでは、ごきげんよう」

 おじさんは手をブンブンと大きく振って俺を見送ってくれた。俺はもう誰とも遭いたくなくて、速足で帰路を急いだ。おじさんから十分距離をとった所で、リリアが口を開いた。

「どう? バレなかったでしょ?」

 彼女はニヤニヤと不適な笑みを浮かべている。

「驚いたよ。一体どんな魔法を使ったんだ?」

「偏光魔法よ。私の周囲の光を少しいじる魔法。私を意識して見ながら私の声を聞かない限り効果は続くわ。あのおじさんには、私の事はただの箱に見えていたでしょうね」

 さすが魔女だ。これぐらいのことは、御茶の子さいさいということだろう。しかし、一つ疑問が残る。

「それ、最初に説明してくれたら気楽に歩けたんだけど、何か説明できない事情でもあったのか?」

「あったわ」

 魔女はベエっと舌を出した。

「そうしないと、あなたが焦る面白い顔を見れないでしょ? いやあ、愉快だったわ。思わず吹き出しそうになっちゃった」

「……」

 俺は無言でリリアの首の向きを変え、ちょうど顔が俺の手に埋まる様に抱え直す。

「ちょっと何するのよ⁈ 何も見えないんですけど!」

「……」

「無視するな!」

 

 俺は家に着くまで一言も口を利かず、魔女に周囲の様子を見せることもなかった。


 家に辿り着いた時にはすでに夕食が始まっている時間だった。今頃家族は俺の帰りを心配しながらテーブルを囲んでいるだろう。早く帰って安心させてやらねば。しかしその前に、やるべきことがある。

「いいか、リリア。とりあえずその魔法は解くな。家族とのご対面は夕食の後だ」

「はあ⁈ 私もご飯食べたい!」

 案の定、リリアはふくれてしまった。この体でご飯が食えるというのだろうか。そんな疑問はさておき、何とか言いくるめないとならない。

「あのなあ、今家族はテーブルについて食事中、或は今から飯なんだ。そんな最中にお前を見せてみろ。どうなると思う?」

 彼女は少し唸った後に、答えた。

「あまりの美しさに目を奪われるわ」

「お前に聞いた俺が馬鹿だったよ……」

「あら? でもあなたは私を見た時、惚けていたじゃない」

「あ、あの時、俺は俺のかっこよさに惚けていたんだ」

「キモっ! 近寄らないで、ナルシストが移るから!」

「ぶん投げるぞ! あとお前も相当自意識過剰だからな!」

 いかん。相手のペースに乗せられている。この生首を家族に見られることは絶対に阻止しなきゃならん。見せるとしても、説明のあとだ。

「とにかくだ。一般の善良な市民は女の生首という代物は食事時には見たくないの。食欲失せちゃうの。というか本当は一生に一度も見たくないの。キャンユーアンダースタンド?」

 リリアが俺の勢いに少し引いて、顔をひきつらせる。

「そこまで言わなくても……。しょうがないわね、分かったわ。食事が終わるまでは部屋で静かにしてる」

「頼んだぞ」

「任せておきなさい。それぐらい伝説の魔女にとってはお安い御用よ!」

 俺の念押しに魔女は多分体があれば胸を張って答えていただろう自信満々の顔だ。逆にそれはそれで不安なんだが……まあ大丈夫だろう。

「じゃあ、入るぞ」

 俺は玄関の扉を開いた。

「ただいま」

 俺のその言葉を合図に、ドタドタと元気な足音が聞こえてきた。

「お兄ちゃんおかえりー!」

 妹が玄関までお出迎えの遠征に来てくれた。口の周りについているシチューで、今が食事中だったと分かった。やはり、俺の判断は正しかったのだ。

「キャーーー! 何、この可愛い娘は⁈ 天使⁈ 女神⁈ お姉さんにもお出迎えの言葉を下さい~~~!」

 妹がポカンと口を開けて、顔面蒼白で俺の手の中にある物を凝視している。その問題の張本人は涎を垂らしてまだキャーキャー言っているが、空気を察したのか、「あ」と一言呟いて、固まってしまった。

 どうやら俺の判断はちっとも正しくなかった様だ。頼む、妹よ。お前は強い子だ。だから、俺の目の前で今しがた食べた物をぶちまけないでおくれ。


 こうしてリリアと我が家族との初対面は、最悪の形でスタートした。

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