第1話「答えは冷たさの中に」

 どうしてこんな事になっちまったのか。俺はただ、人探しに必要な手がかりを集めにここに来ただけだった。それなのに今、俺はとてつもなく奇妙な状況の只中にいる。


 地下の一室で、俺は女と二人きりだ。その女は目の前でゲラゲラとうるさく笑っていた。その笑い声が、部屋に反響してさらに騒々しさが増している。俺はその女を殴りたい衝動に駆られるも、グッとこらえた。

 普通の女だったら、俺はもう既にこの女を殴り飛ばしていただろう。人の真面目な話を聞いて笑うなど、言語道断。まして、大地が震えるような大笑いなんて許される訳がない。確実に俺を馬鹿にしている。しかし、俺は殴らない。

 この女はすごく美しい。正直、世の男達100人に聞いても、その全員が美しいと答えるはずだ。しかし、俺が殴れないのはそういう理由じゃない。そもそも、「彼女」という表現が適切かどうかすら曖昧だ。



 その女は俺の目の前で、「首」だけで、存在しているのだから。目に涙を浮かべながら、床の上で文字通り、笑い“転げている”のだ。

 


 時はその日の朝に遡る。


「お兄ちゃん、起きて! 朝だよ! お日様が眩しいよ!」

 幼く高い声と、眩しい光が俺を心地よい睡眠から引きずり出そうとしている。しかし、俺はそれに抗う。無駄だと分かっていても、男にはやらなきゃいけない時があるのだ。それが、今だ。

「あと五分……」

「三分以内に起きてこないとお屋敷に行けなくしちゃうよ!」

 む、それは困る。痛いところを突かれた俺は渋々妹の言う事に従い、ベッドからのっそりと這い出した。

「おはよう!」

「……おはよう」

 妹の元気一杯なお目覚めの挨拶に、俺はうんざりと返事をした。妹はまだ人の気持ちを思いやることを知らない、自分の感情に正直な子供だ。悪気がないことぐらい分かっているのだが、こればかりは不機嫌にならずにはいられない。

「着替えるから先に行ってろ」

「はあい!」

 妹はこれまた元気よく返事をすると、おさげえを揺らしながら小走りで部屋を出ていった。いつもいつも元気な奴だ。俺は大きなあくびを一つ、うーんと伸びをした。

起きたからには、気を引き締めるか。俺は深呼吸をして、まだ少し残っていた眠気を頭から追い出す。

「よし」

 そのまま手際よく着替えを済ませると、良い匂いがするリビングへ赴いた。



「おはよう」

 テーブルには俺以外の全員が既に席についていた。俺もそこに座る。

「みんな揃ったことだし、早く食べましょ」

「お腹減ったあ!」

 妹と母さんの言葉を合図に朝食を食べ始めた。俺は自分の分に切り分けられたパンを口に放り込む。

 今日の朝食はパンと目玉焼きという、我が家の定番メニューだ。うちはこの村では最も大きな農家なので、いつも新鮮な食材を食すことができる。さらに母さんの作る自家製のソースが、これまたうまいんだよな。

 食べながら、俺は父さんの顔をチラチラと見ていた。父さんは新聞を読みながら朝食を食べている。表情は別段、不機嫌そうにも見えない。この様子なら、きっと今日俺が屋敷に行くことも許可してくれるだろう。

 俺はもう一六歳だから、もう少し好きにさせて欲しいとは思う。しかし、家族を支えているのは、間違いなく父さんだ。俺はそれも分かっているので、あまりわがままな事は言えない。

「今日も屋敷に行ってくるよ」

「また行くのか?」

 さらっと流してくれると思ったが、父さんは新聞から顔をあげて、俺を見てきた。父さんは温厚な人柄だが、毎日重い農具をふるっているだけあって、見た目はいかつい。別に怒っている訳じゃないんだろうけど、真剣な眼差しは正直迫力がある。

「ああ、手がかりが見つかるまでは、あそこには出来るだけ行く様にしたい」

「手がかり、か。まだファルマを探すことを諦めてはいないんだな」

「もちろん。これは簡単に諦めていい様なことじゃない、そんな気がするんだ」

 俺は真っ直ぐに、父さんの眼を見た。一瞬の緊張感の後、父さんはすぐに新聞に目を戻した。

「いっていいぞ。なるべくお前は自由にさせてやりたいからな」

「ありがとう」

 俺は胸を撫で下ろす。

「鍵を貸してもらってもいいか?」

 父さんは懐から屋敷の鍵を取り出した。屋敷は豪邸ということがあって、鍵は父さんが管理している。いつもは父さんの部屋の引き出しに入っているんだが、多分俺がこう言うことを分かっていて、用意していたのだろう。父さんは優しい。

 俺が鍵を受け取ろうとすると、父さんは、手を止めた。

「分かっているだろうが、父さんは別にお前を縛ろうという気はない。お前はもう一人前だ。好きに生きてくれて構わない。だが、お前は私の息子でもある。私はお前が危険なことに関わっては欲しくないんだ」

「……分かっているよ」

 父さんはほほ笑むと、俺に鍵を握らせた。金属でできた鍵は重くて、そして暖かい。俺はそれをしっかり握りしめると、懐にしまった。


 やはり父さんは優しい。


 部屋に戻って、一通り支度をする。まあ持っていくものはこれといってないのだが。俺はベッドの脇に置いてあった細身の剣を腰に提げると、鍵がポケットに入っているのを改めて確認してから、家を出た。



 家から徒歩数分、屋敷は村の外れにある。この村のどんな建物よりも大きいので、外部の人はこの村の長が住んでいると思うに違いない。しかし残念ながら、この屋敷の持ち主であるおじさんは、現在絶賛行方不明中だ。そして、そのおじさんの消息の手がかりを探す為に、俺はここに足を運んでいる。

 扉を開けて中に入ると、毎度の事ながらその豪華さに感心してしまう。正直、屋敷の外観は、でかいのにはでかいのだが、いたってシンプルだ。大きさを除けば、同じ様な家が村にも数件はある。しかし、一旦中に入ってしまうと、そこにはこの小さな村には似つかわしくない光景が広がっているのである。

 それは、フカフカの絨毯(何の動物かは不明、きっと高い)だったり、大きなソファーだったり、金ピカのランプだったり。おじさんがどれだけすごい金持ちだったのかが一瞬で理解できる。

 そりゃあそうだ。何たっておじさんは歴代最強の《狩人》だったんだから。

俺はソファーに腰かけると、主のいない大広間をグルリと見回した。豪華な家具が、何となく寂しく見えちまう。きっと主の帰りを今か今かと待っているに違いない。

「おじさん、どこ行っちまったんだよ」

 俺の呟きは、誰に聞かれることもなく、広い屋敷の奥に消えていった。

 おじさんの名はファルマという。この国で彼の名を知らない者はいないという、超有名人だ。その強さから《死神》の名で同業者からは恐れられていたが、性格は穏やかで、国民からは好かれていたらしい。仕事で貰った報酬の半分を貧しい村に寄付したという噂も聞いた事がある。おじさんはみんなのヒーローだった。

 《狩人》とは、この国にはびこる化け物、《魔物》を狩る者たちのことだ。《魔物》の外見は様々だが、共通点が二つある。一つは魔法を使えること。もう一つは人間に危害を加える、という点だ。この国が出来る遥か以前、人類がこの地表を支配し始めた時より存在が確認されている。人類は《魔物》のせいで思う様に文明を発達させることができず、苦労していた。そこで目には目を、魔法には魔法を、ということで生まれたのが《狩人》だ。彼らは魔法を宿した武器を用い、《魔物》と互角に渡り合える様になっていった。こうして人類は安定して文明を築ける様になり、今の文明が出来上がったのである。

 《狩人》といえども、人間は人間である。《魔物》との一対一の戦闘では、人間側は分が悪い。だから《狩人》は基本、三人~四人のチームで戦う。

 おじさんは、一人で《魔物》を相手に戦えた。そして一度も敗北した所を見られたことがなかった……という話だ。とても同じ人間とは思えない。おじさんが一人いれば、国を十分に守れるレベル、そうまで言われていた。

 だが、突如最強の男は姿を消した。俺が生まれる前の話だ。国をあげての捜索が一月ほど続けられたそうだが、結局何の手がかりも見つからなかった。《魔物》に喰われたんじゃないかとか、国外逃亡とか、色々言われている。謎の失踪から十数年、おじさんはもう過去の人になっていた。

 俺は今でも、おじさんは生きていると信じている。最強の男が《魔物》に喰われたとか、とてもじゃないが信じられない。というか生きていなきゃ困る。この質問はきっと、最強の男にしか答えられないのではないかという疑問を、俺はある日から抱いている。正直、質問一つの為に死んでいるかもしれない男を探すのは馬鹿げていると思ったりもする。だが、俺はどうしても答えが知りたいのだ。あの日俺の中に意図せず植えられた不安の種を取り除きたいのだ。

 そうあの日は……。



 過去へ想いを馳せる前に、風が窓を叩く音で我に返った。感傷に浸っている場合ではない。一秒でも早くおじさんの行方の手がかりを見つけなければならない。

 座り心地のいいソファーから腰を上げると、早速作業に取り掛かることにした。



「よしっ!」

 気合いを入れた俺の手に握られているのは、バケツと雑巾。背中にはモップとほうきとちりとりまで装備している。完全武装だ。調査の前にやらなくてはいけないこと、それは掃除だ。

 おじさんの屋敷の管理は、おじさんの弟である俺の父さんに託された。持ち主が生きているかもしれない可能性がある以上、勝手に売ったりすることは出来ない。この屋敷を売れば、一生働かずに生きていけるというのに。母さんは残念に思っているだろう。だが、俺にとっては好都合だ。

 父さんは俺に調査を許可する代わりに、屋敷の掃除を条件として提示してきた。俺は調査のことで頭がいっぱいで安請け合いしいまったが、今思うとあの時給料も一緒に請求しておけばよかったと、広い屋敷の中に入って初めて後悔した。俺は渋々タダ働きをすることにしたのである。

 しかし、すぐにその後悔は吹き飛んだ。この屋敷には、俺が今まで見たことがないような物がたくさんある。それを掃除しながら見ていくのが、とても有意義だったからだ。一部屋一部屋掃除に行くのに、まるで冒険の旅に出る様な感覚を覚えた。田舎の一狩人では、一生目にすることのできない物を手に取って眺めることが できるのだ。今では、掃除するのが楽しくてしょうがない。

 まずはどこの部屋を綺麗にしてやろうか、グヘヘ。俺はニヤニヤしながら、恐怖におびえているであろうチリや埃を撃退しに向かった。



 埃まみれの部屋を二、三綺麗にした所で、俺は掃除を切り上げた。今日はこれぐらいでいいだろう。屋敷の掃除は楽しいが、あくまで俺の目的は調査だ。掃除のしすぎで調査が出来なくなれば元も子もない。

 今日の調査場所は書庫だ。書庫、といってもこの村にある図書館よりも、その蔵書量ははるか上だ。とても一人の人間の所有物とは思えないくらい多くの本がそこには保管されている。先日掃除した時に本しか見当たらなかったから、調べるのを後回しにしていたのだ。何しろ調べるとなれば本一冊一冊を調べなくてはならないからな。想像しただけでも気の遠くなる作業だ。しかし、今日はやっとその決心がついたってわけだ。調査を開始して五日になるが、これといった手がかりはまだ見つかっていない。書庫は調査するのが大変だと思っていたのだが、こうも何も掴めないとなると、ちょっと気が沈んじまう。ここでこの怪しげな書庫から手がかりを探し出して、景気づけたいもんだ。



 数時間後。本棚が壁に沿ってぐるりと配置されたその部屋で、俺はあおむけに転がっていた。

 目の前に広がる天井をボーっと眺めて思考を止めて、どれぐらい経っただろうか。窓から入るオレンジ色の日差しが眩しくて、うめき声をあげて重い体を起こす。

 もう夕方か……。周りに乱雑に放置された本の山を見て、ため息をつく。今日も収穫はなし、か。

 書庫にある本を片っ端からパラパラめくっては、戻していく。そんな作業をずっと続けてきた。

「はあ……」

 長いため息を吐いて、俺は側に積みあがった本を片付け始めた。ここにあった本は、魔法についての本ばかりで、おじさんの手がかりになる様な代物ではなかった。随分と表紙が汚れている古い物から、割と最近の年代の物まで幅広く揃えてある。

 まあおじさんが消えたのが俺の生まれる前だから、十数年前の本までしか揃っていないが。ここの部屋は、おじさんが消えた時に、時が止まってしまったのだ。主人の帰りを待つ数千冊の本達。それ故にここの部屋は心なしか、寂しい気がする。


「寂しい、だって?」

 そうだ。この部屋はなんていうか、本当に、体感的に寂しいのだ。他の部屋と比べて、ここは寒すぎる。窓からは陽光が注いでいて、部屋を暖かくして然るはずだ。

 俺は急いで部屋から飛び出して、同じ様な場所に面した、別の部屋に駆け入った。ここは寝室の様だ。大きなベッドが置かれていて、窓からの日差しが降り注いでいる。

 そしてここは、暖かい。

 おかしい。何故あの部屋は、あんなに寒いんだ?

 俺はもう一度あの本が置いてある部屋に引き返してきた。絶対にこの部屋に何かあるはずだ。俺は本棚を一つ一つ確認することにした。この部屋にあるのは綺麗に壁に沿って並べられた、本と本棚だけだ。寒さの原因はきっとここにあるに違いない。

「まさか、魔法が仕掛けられているのか?」

 そんなことがあるのだろうか。おじさんの行方が分からなくなった時、数十年前にここは、捜索隊が調べ尽くしているはずだ。魔法なんて大それたものがまだここに残っているとは、考えにくい。そんなものがあればとっくの昔に解除されて、手がかりはもう見つかってしまっているはずだ。

 だからここを調査するときに、魔法がかけられている可能性ははなから除いていたのだ。もっと小さな、根気よく探して見つかる様な、そんなささいな手がかりらしきものを俺は予想していた。例えばおじさんが書いた、居場所のヒントになるメモとか、そんなものだ。

 しかし、間違いなくこの部屋の気温は低い。それはやはり魔法が関係しているとしか考えられない。

 数十年前に捜索隊が気付かなかった魔法に、一介の《狩人》が気付いてしまった。これは奇跡としか呼びようがない現象だ。俺は全身の血液が沸騰した様に熱くなっていくのを感じた。自然と鼓動が早くなるのも分かる。しかし、脳みそは冷静でいなくてはならない。このまたとないチャンスを逃す訳にはいかないのだ。落ち着け、落ち着け。魔法が見つかった所で、解除できなければ元も子もねえ。それも、一人で、だ。

 冷静にあたりを見回す。部屋にあるのはやはり大量の本とその本を収めている本棚だけだ。しかし、絶対にこの中に魔法を解く鍵があるはずだ。

 ここに掛けられている魔法は多分、結界を張る様な、空間に作用する魔法の類だろう。それも、王が編成した捜索隊を惑わす程の、超強力な魔法。そうなれば考えられる可能性は、《王具》だ。

 通常、人間は魔法を使うことができない。これは周知の事実だ。赤ん坊でも知っている。《狩人》は魔法の宿った武器を使い魔物を倒すが、《狩人》その人が魔法を使えるわけではない。

 しかし、例外として《魔者》と呼ばれる者たちが存在する。《魔者》とは、魔法を使うことができる人間だ。極少数だが、その様な不思議な術を使える者が存在する。太古の昔は、彼らだけで《魔物》を退けようとしていたらしいが、化け物に数人の人間では相手になるはずがない。そこで編み出された代物が、《魔具》だ。《魔者》の魔法の力を、武器等に付加し、普通の人間でも魔法の効果を得られる。これにより《狩人》は《魔物》を狩ることができるようになったというわけだ。

 そして、ここに掛けられている魔法は、《魔具》の中でも最上位、王族や偉い方々にのみ使用が許されている《王具》を用いたものの可能性が高い。おじさんならそんなすごいものの一つや二つ持っていたってわけないだろう。

 そうなれば、少し探索が楽になるはずだ。魔法を解除する方法は、《王具》を見つけてから考えるとして……。《王具》は王都でしか製造されておらず、貴族や王族が持っていることが多い。そのためか、《王具》の外観はきらびやかな金色で覆われている。正直、俺にはどうして貴族どもがそんな金ぴかが大好きなのかさっぱり理解できないのだが。だがそのおかげで、とりあえずこの部屋から黄金色に輝く何かを探し出せば、それが《王具》である可能性は高い。

 俺はさっそく本棚に戻してしまった本をもう一度引っ張り出し、光り輝く不審なものはないかを調べ出した。さっきは見落としていた何かが見つかるかもしれない。そんな期待を胸に抱いて俺は次々に本を手に取っては、ページをめくっていった。


 部屋に差し込んでいた日が消え去り、月明かりが差し込み始めた頃、俺はある一冊の本にたどりついた。ランプの明かりに照らして、その本を観察する。

表紙は「魔法の基礎知識」というタイトルと共に、絵心の欠片もない人が描いたような変な魔法使いが描かれている。中身も普通の内容で、先ほど調べた時にはすぐに棚に戻してしまった。しかし、二回目に手に取った時、大量の本を短時間で触れた俺には引っかかるものがあったのだ。

 それは、重さだ。この一冊は、他の同じ厚さの本に対して、わずかだが重たい感じがする。たったそれだけだが、調べてみる価値はある。俺は本の表紙を指でなぞった。かすかに、凹凸が感じられた。また、表紙のはしには注視しないと分からないように切り込みが、のりで塞がれているのが確認できる。俺はそこに爪を当てると、ピーっと切れ込みを一気に開いた。表紙を剥がすと、その表紙が覆っていた場所に、黄金色に輝く小さな板状の物が貼り付けてあった。

「きたあああああああああああ!」

 思わず両腕を高々と掲げ、一人しかいない広い書庫で大きな雄叫びをあげた。遂に、遂に見つけたぞ! 数十年前に誰も気づかなかったメッセージに気が付いたんだ! なんだか掲げた拳が痛いけど、どうしてだろうな!

 俺は痛みの原因が何なのか見る為に、上機嫌で拳を開くと……。


 そこには、粉々になった黄金色の《王具》の亡骸があった。


「うわあああああああああああ!」

 やっちまったよ! あまりにも興奮してたから! うわあ、どうすんのこれ⁈

 数秒前の有頂天はどこへやら、俺はどうしていいか分からず、その場をあたふたと行ったり来たりするしかなかった。成す術なし、か?

 突然、部屋が眩しい青い光に包まれた。俺はその眩しさに思わず眼を瞑った。一体何が起きたんだ? 突然の出来事に思考が追いつかない。しかし、その光の暖かさが、まるで誰かが俺を抱きしめてくれているみたいで、俺は先ほど感じていたこの世の終わりの様な絶望感が、消え去って行くのが分かった。数分のうちに暖かさは俺から離れていった。俺はそっと眼を開けた。


 だんだんと、視界が戻ってきた。見たところ、部屋に変わった様子はない。だが、さっきのあれは……。

「魔法が解けた?」

 《王具》を破壊したことによって、何か仕掛けてあった魔法は解けたんじゃねえか? つまり、結果オーライ?

 気を取り直して、俺はこの部屋を見回す。魔法が解けたなら、さっきと違う何かがあるはずなんだ。二度ある事は三度あると言ったもんだ。俺はまた、棚にある本と睨めっこを開始した。


 そして、それは突然見つかった。4つ目の本棚から本を取った時、抜き取ったその空間から風が吹いてきたのだ。よく見てみると、この本棚には背に当たる部分が存在していない。先ほど本を調べていた時には確かに本棚の背があった。その隙間からは果てしない暗闇が顔を覗かせている。

 なるほど。この部屋だけ寒いのはこれが原因か。そして、魔法が隠していたのはこの入り口だったのだろう。一体この先に何があるというのか……。俺は少しの不安、それと好奇心を胸に本棚をどかしにかかった。本棚の裏から現れたのは、やはり何かの入り口みたいだった。自分の体より二回りほど大きいその闇から、俺を呼ぶ様に冷たい風が吹いてくる。

 行くしかないでしょ。俺は剣をしっかり腰に携帯したのを確認して、恐る恐る一歩を踏み出した。

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