首だけ魔女との数奇な旅《エキセントリップ》
言霊遊
はじまりの村
プロローグ「屋敷の中にも雨が降る」
酷い天気だった。針の様に鋭い雨が地面に落ちては砕け、轟音と共に雷が山に突き刺さる。
私は人を待っていた。ある男に呼び出され、そいつの屋敷に着いたのはいいものの、肝心の男は不在。人を呼びつけておいて留守とは。一体どういうつもりなのかしら。
まだそんなに遅い時間ではないのに、窓から見える景色は酷いものだった。あたりは黒く厚い雲だか霧だかで覆われ、屋敷の中は真っ暗だ。私が指をパチンと鳴らすと、広間に備え付けてあったランプに次々と火が灯った。
得意げに鼻歌を歌いながら、大きなふかふかのソファーにピョンと飛び乗る。
「……」
暇だ。金色の長い髪の毛を指でいじりながら、周りを見回してみる。コン、コン、とリズム良く、大きな時計の針が時を刻む。
そうだ、屋敷を探索してみよう。ちょうどあの男がどんな屋敷に住んでいるのか気になっていたところだ。
「べ、別に私が一緒に住む事になるかもしれない屋敷だから、というわけではないんだからね!」
独り言が虚しくただっ広い広間に響き渡った。
しばらく歩き回っている内に、書斎を見つけた。見渡す限りの本、本、本。
「すごい量ね……」
王宮の図書館に匹敵するレベルじゃないかしら。
「ん?」
私は本棚と本棚の間に不自然な隙間を見つけた。その奥は、手に持っているランプでは照らせないほど深く、暗い。
それは隠し通路の入り口だった。
私は半分好奇心、半分不安な気持ちで通路を進んだ。進んでも、進んでも、終わりが見えない。
気付いたことといえば、この通路は下に下にと続いているのだ。一体この先に、何があるというの? あの男は何を隠しているのかしら。
しばらく進むと、終わりが見えてきた。ランプの明かりに照らされて浮かびあがったのは、小さな部屋に置かれたガラクタの山だった。
埃っぽい部屋を一通り調べたところ、どうやらここに山積みにされたガラクタは全部、魔法にまつわるものの様だ。折れた魔剣、魔力が封じられた形跡のある水晶、等々。
「どうしてこんな場所に……?」
どれも使い物にならないガラクタばかりだ。隠しておかなくていけない様な物など何一つない様に見える。一体なぜ?
その時、後ろに人の気配を感じた。すぐ後ろだ。私に悟られずに後ろをとれる者など、一人しか思いつかない。
振り返った先、ランプに照らされたその顔は、まさに私を呼び出した男その人のものだった。
「気配を消して私に近づくなんていい度胸ね、ファルマ」
「どうしてここに?」
ファルマの大きく見開かれた目。驚いてる、驚いてる。私は、待たされた仕返しができたと、満足してニヤリと笑った。わざとらしくプイッと顔を背けて頬を膨らませる。
「あなたがこの私を待たせたのが悪いのよ。伝説の魔女であるこの私、《太陽ノ魔女》を待たせる男が、この地球上に存在するなんて信じられないわ」
ちらっと横目で見ると、ファルマはこの部屋が見つかってよほど悔しかったのか、俯いたままその細身の肩を震わせている。ざまあみろ、だわ。
私は彼から目を逸らし、ガラクタの山に目を向けた。
「ねえ、どうしてこんな地下深いところにこんなガラクタを置いているのかしら」
「今日は……雨だね」
ファルマの質問の答えにならない言葉に、私は思わず彼の方を振り返る。
「え?」
瞬間、彼の姿がぐるぐると回りながら下に遠ざかる。その彼の右手には剣が、血に染まった剣が握られていた。顔は俯いていてよく見えない。
部屋に、私の本来首があった場所から噴き出した大量の血がまるで雨の様に降り注ぐ。
私の頭は放物線を描き、ぐしゃ、というトマトが潰れる様な音と共に地面に叩き付けられた。私の体も同時に地面に崩れ落ちる。
そっか。私、切られたんだ。
痛みが、疑問が、絶望が、一気に私の意識を占領した。それはまるで、私の体から流れ出た血が、床に広がっていくように。
ファルマ、私あなたのことが……。
閉ざされていく意識の中で彼の口が動くのが見えた。何を喋っているのか聞こえなかったが、もうそんなことはどうでもよかった。
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