閉鎖的な共同体ものや、語り手の「正しさ」が少しずつずれていくホラーが好きな方におすすめの短編です。
舞台は、住民一人ひとりがうみがめのたまごを守り育てる街。語り手の「僕ら」は、校則のような「うみがめ三条」を唱えながら、級友の旅立ちを涙ながらに祝福します。その朗らかな口ぶりと、描かれる光景の異様さとの落差に、序盤から背筋が冷えました。
娘を捜す母親に、黒板へ「うみがめ」の漢字を書いて丁寧に説明する場面は、親切であるほど話が通じない恐ろしさが際立ちます。文字化けを使った演出も効果的です。
母と子の物語としての余韻も深い一作。ぜひ夕焼けの浜辺まで見届けてください。
額に卵を産みつける「うみがめ」を、町の人々が当然のように守っている。その異様な世界に慣れた頃、転校生の死と母親の登場によって、守っていたものの正体が明らかになっていく展開が見事でした。とりわけ印象に残ったのは、娘を奪った怪異が、母親の記憶を読み取り、娘に似た存在を作り出す結末です。それは謝罪なのか、母親の願いに応えようとしたのか。それとも、人間の感情を理解できない存在が、記憶をなぞっただけなのか。最後の「オカアサンだったんじゃないかな」という言葉も、怪異への恐怖を消し去るのではなく、むしろ別の問いを残します。人間を犠牲にしていた存在を、それでも母と呼べるのか。まだ深層心理に精神汚染が残っているのではないかというザラつきが残ります。