愛華の入社前の出来事です
「「「「かんぱーい!」」」」
乾杯の音頭と共に大学の同期達とグラスをぶつける。
社会人となって働くようになったら、こんな風に気軽に集まれる機会は少なくなるだろう。それが少し寂しかった。
幸いなことにここにいる四人は全員が就職先は決まっており、四月から働き始めることが決まっている。
かくいう私は、色々と事情があってギリギリまで決まらなかったのだが、最後の最後で大逆転を決めることが出来たので一先ずホッとしていた。
「それにしても愛華が社コーポレーションだっけ? ダンジョン開発を中心にしている企業に就職することになるなんてね。ちょっと驚きだったわ」
「まあそうよね。実際、私自身も未だに信じられないと思っているくらいだし」
フライトアテンダントになることが決定している私達の中で一番美人の大久保 喜美がビールを飲みながらそんなことを言ってくる。
ただグラス半分くらいまであった量を一気に飲んで「プハー」と息を吐く姿はただのおっさんで、折角の美人が台無しだった。
「アタシもダンジョンとかよく知らないけどー結構有名なところなんでしょう?」
「結構どころかその界隈だったら有名も有名よ! 正直羨ましいくらいだし」
あまりダンジョンについて知らない美容師となる葛城 綾香に対して、意外とダンジョンとかに詳しいらしい瀬戸 広子が食い気味に言っていた。
彼女は実家の旅館で女将になるべく修行を積むのだとか。
そして私こと五十里 愛華はこれまでの話から分かる通り、ダンジョン開発を主にしている社コーポレーションに入社することが決定している。
しかも単なる社員としてではなく、探索者として活動すること込みで。
ただそのことはこの四人には話していない。
探索者は魔物を相手にする以上、命を落とすこともある危険な仕事だ。
だから正直に話しても変に心配をかけるだけだろうと思ったのだ。
「社コーポレーションは五年前にその社長となる人が一念発起して起業した会社らしくて、その業績は毎年鰻上り。この会社の株を買っておけば間違いなしと言われている、成長中な上に超安定的な会社と言われてるんだから」
「へー凄いじゃん。良かったねー愛華。そこなら給料も良さそうじゃん」
「へへ、ありがとう」
ここにいるメンバーには、私の親が多額の借金を抱えてしまったことは伝えてある。
それで心配をかけていたこともあった。
だからその言葉には嫌みなどなく、私も素直に頷けた。
「しかも最近になってダンジョン産の食材を使った専門店を開店したとかで、そこがまた評判が良いらしいの! ああ、私も一度くらいは行ってみたいなあ」
「行けばいいじゃん」
「通常の予約枠は半年以上も埋まってるとかで、その日に並ぶとなると朝一からいっても入れるか分からないくらい人気なんだって」
最近の広子は次期女将となるべく忙しい毎日を送っているから、そんな時間はないと嘆いている。
「噂だとVIP用の特別枠とかがあるらしいけど、そんなの一市民の私達が手に入れるなんて夢のまた夢ってもんだからなあ」
「えーでも入社する愛華ならイケるんじゃないの? 社員枠とかでさー」
「バカ、新入社員にそんなの取れる訳ないでしょう。仮に取れたとしても、それが空気読めない行動とかだったら愛華が気まずい思いをするじゃない」
「まあ、確約はできないけど、もし予約が出来るか聞いてみるくらいはしてもいいわよ。あくまで新入社員だからそんな期待しないでほしいけど」
「本当!? ありがとう、愛華!」
そんなことを話しながら頼んだお酒を次々と空けていく。
ここにいるメンバーは割と酒に強いので、普通の女子会よりも酒のペースが早いのだ。
そうして全員が良い感じに酔っ払ってきて、広子がいつものようにマシンガントークを開始し始めた。
「やっぱり今の日本で有名な探索者と言えば、「鉄人」か「氷姫」なのよ! どっちもC級だけど、その中ではトップのパーティのリーダーだって話だし、実力は決してB級に劣るものじゃないって言うもの!」
今までこんな探索者について語ることはなかったのだが、あまり興味のなかった他三人に気を使っていたらしい。
だが私がその関係者になることで、どうやら箍が外れたようだ。
「よく知らないけど、探索者ってC級で凄いの?」
喜美が広子に尋ねている。
「滅茶苦茶凄いわよ! 日本にはB級探索者はたった四人しかいないし、世界各国でも同じようなものなんだから! そんでもって日本のB級は海外を飛び回ってるとかで、滅多に国内に情報がないから主にC級が日本の主戦力なわけ! ちなみに稼ぎも相当良いらしいわよ!」
探索者について熱く語る広子。
下手をすると、これから探索者になる私よりも詳しいかもしれない。
「へーじゃあ、その二人が今の日本で一番強い人ってことなんだー?」
「いや、実はもう一人、隠れた候補がいるって噂があるのよ。表舞台には出てこない名も無き凄腕集団の中でも随一の腕を持つ隠された存在だって。まあでも、流石にこれはネットの噂が独り歩きしただけだと思うけどね」
「名も無き探索者って、なんだかちょっと厨二っぽくなーい?」
「そうね、流石にちょっと作り話っぽいわね」
私も同意して頷いていると、広子が勢いよくこっちに寄ってきて肩を組んでくる。
「愛華! あんたはきっと会社で探索者と接する機会が増えるはずだから、面白い探索者の情報とかあったら教えてよ! 機密漏洩にはならない程度でいいから!」
「うっさ!」
耳元で大きな声で話されて滅茶苦茶うるさいのだが、そんなことは気にもせずに広子は話を続ける。
「それと金持ちがいたら逃がすんじゃないわよ! 社長の息子とか会社にいるかもしれないし、億万長者の探索者とかもいるかもしれないんだから! 分かったわね!」
「分かった! 分かったから近いって。てか酒臭いって!」
「よし、じゃあ飲め! 就職祝いだ!」
この調子で酔っ払っている広子に半ば無理矢理飲まされて、その翌日の私は二日酔いに悩まされることとなる。
なお飲みまくった、もとい飲まされまくったせいか、この時の会話を思い出したのは先輩と知り合ってしばらく経ってからのことであった。