突然ミーティングルームに呼び出されて椅子に座る前に怒られていた。
「お前の教育が悪いんじゃないのか。もっとコミュニケーションをとらないとダメだろ」
上長の顔を見ると、完全に自分が正しい側に立っている人間の表情をしていた。
正義の執行者というか、悩める社員を救済する名監督の顔である。
話を聞くと、中途で入ってきた40代の女性社員が「会社に行くのが怖い」「チームが冷たいです」と上長に訴えたらしい。
彼女は入社してまだ4か月目だ。
「会社が怖い」
「チームが冷たい」
なんというか、凄い言葉である。
ここは小学校の教室だっただろうかと錯覚してしまいそうになる。
百歩譲って彼女がそう感じるのは勝手だ。
人には人の感じ方がある。
俺がどうしても納得いかないのは、その彼女の「お気持ち」を100パーセント真実として受け止め、一切の事実確認や裏取りをしないまま、10対0でこちら側に非があるという前提でボールを投げてきたこの上長のことだ。
「チームが冷たいって言ってるぞ」とそのまま現場に下ろしてくる神経がわからない。
労務管理ってまさにあなたの仕事のはずである。
それを「現場のコミュニケーション不足」という、誰も反論しづらい便利なマジックワードを使って丸投げしてくる。
そもそも俺たちは業務を円滑に進めるためのコミュニケーションなら全く問題なく取っている。
それは仕事だからだ。
ただ、彼女の「怖い」「冷たい」といった内面的なお気持ちの部分までケアする筋合いはない。
チームメンバーは彼女の専属カウンセラーでもなければ、ご機嫌取りの友人でもないのだ。
上長はきっと「コミュニケーション」という言葉を使えばすべてが解決すると思っている。
世の中にはそういう人がいる。
雑談をして、みんなで和気あいあいとすれば職場の悩みがすべて消えると本気で信じている人たちだ。
家に帰ってからもずっと腹の底が煮えくり返っていた。
なぜ俺が、いい歳をした大人の機嫌を気にして「今日もいい天気ですね」「週末はなにかされたんですか」なんてへらへら話しかけなければならないのだろうか。
まったくふざけた職場である。
こんな不毛な感情労働を強いられるなんておかしい。
部屋で苛立っているとふと頭に浮かんだことがあった。
ああ、そうか。
これは神の啓示なんだな。
こんな泥船みたいな場所にはもう長くいてはいけない。
さっさと傑作を書き上げて、公募で結果を出して別の世界へ抜け出せという天からの強烈なメッセージ。
そう考えると、あの無責任な上長も、お気持ち表明おばさまも、俺の執筆意欲を強制的にブーストさせるための着火剤に思えてきた。
はいはい、わかりましたよ。
やればいいんでしょ、公募。
俺はパソコンの前に座ってテキストエディタを開き、このドス黒いもやもやした感情をすべて原稿の文字数へと変換してやろうと固く心に誓った。
はい。