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吸血鬼な先輩~2部の話と、雑記

こんにちは、こんばんは!

前期アニメですが、2月になって本日、PAさんのアニメ「白い砂のアクアトープ」を見終わりました! 良いアニメでした。
特に、最後の風花の台詞で全部持っていかれました。
最初は「うん?」と思ったのですが、方言でそういうことなんですね……!
意味がわかるとめっちゃいいな! その一言がこのアニメの全てじゃん と最後のシーンだけ5回ぐらい観ました。そんな告白台詞を私も書けるようになりたいものです。告白台詞じゃない……? 私の解釈では告白です!!

個人的には、お仕事物な後半の方がどっちかというと好きです。
「花咲くいろは」、「サクラクエスト」、「SHIROBAKO」とお仕事物は大好物なんですよね。

そんな好みが「ふつおた」に続き、「吸血鬼な先輩~」に出ているなと自分でも思っています。


というわけで吸血鬼な先輩~ について前回ノートに続き、引き続き語ります。
https://kakuyomu.jp/works/16816700428557622836
またまたネタバレは注意です!


1部、2部と瀬名がオーディションに勝ち取るために色々とアドバイスを言っていますが、すべて正解なわけではありません。
それどころか 人によって、これ違くない? と思うのもあると思います。別に偉い人でもないし、声優じゃないので、声優を目指したこともないので鵜呑みにしないでください(笑
でも個人的には思う所を、それなりのリアルを、書いているつもりです。

その人だけの声。
 『何でもできます!』より『突出した個性』だと思います。
 もちろんキャラに合った声も大事ですが、それ以上に人と差別化できている、違う声質が重要だと思っています。
 アニメは基本的にたくさんのキャラが喋り、キャラ同士のかけ合いで成り立っています。同じ声ばかりだと区別がつかない。
 なので、メインどころはバランスを見て、かなり調整されます。この人の声いいけど、選んだこの人と被るから辞めようか、ということもけっこう。
 面白い声が全てにおいて正解ではないですが、その人だけの声は大事だなーと思う次第です。

 イベント稼働や、ラジオや、歌の面で見た目、トーク力、事務所の営業(笑)もありますが、やはりその人の声が1番ですね。埋もれない、突出したものがあれば選ばれる……そう簡単でもないですが。
 
 あとは、やっぱり一度起用した人は次も起用したくなりますね。
 知っている、さらにどんな声が出せるか、わかっている安心感は違います。

 
そんな感じで、
本編で書いたことは、声優のオーディションの必勝法とは違うかと思います。
けど声優さんのインタビューや記事を読んでのことでもあるので、全部が的外れでもないです、きっと。




次の話へ。
第2部のテーマは、
 ・演じることに向き合う
 ・自分らしさとは       です。

別作品の「ウィッチ・フイッチ」に通じるテーマではあります。
あっちは記憶喪失前も、後も本質は変わらなかった という話ですが、こっちは別人に演じています。

二つの名前を使い分けるのが面倒だったので、
「ふつおた」では芸名も本名も一緒にしたのですが、今作はあえて変えています。

芸名、声優名は
ふつうは本名に近しい名前をつけることが多いと思うのですが、一方で「なりたい名前」になれる、「なりたい自分」になれる、初めの一歩だと思うのです。
瀬名は「なりたい誰か」になってしまったわけですが、それもけして間違いではありません。

名づけることで、定義できる。
名は体を表す、はけっこうあると勝手に思っています。だからキャラ名は意識しますね。

我思う、故に我あり。 とは完全に思いませんが、
私は瀬名だ!と思うから、存在できている。
危ういけど、名づけることで、自ら宣言する、言い聞かせることで定義されています。

それに常に人は演じている、と思うんですよね。
自分らしさなんて、さっぱりわかりません。
私自身もだいぶキャラが変わったな……と思います。
リアルでは昔より明るく、社交的になった気がします。別に暗いキャラではなかったですが。
ただ、それも役職を得て、定義されてから変わった気もしていて、そういう意味ではその役を必死に演じているのかなと感じます。

久しぶりの友達に会うとどう接していたか、たまに忘れますね。手探りで、相手の態度を見て、テンション変えている気がします。
コロナ禍はその会えない期間が長く空いてしまうので余計に痛感します。
自分って何だっけ、どんなだっけと。

本編でも、瀬名はセナが薄くなっていくこと、しっかりと再現できていないことを感じ、焦っています。
自分らしさ すらわからないのに、他人を演じ続けるなんてかなり大変なことです。

そもそも、他人「A」を演じようと思っても、こっち「B」が思っている他人「A」と、本人「A」が思っている他人「A」は違うかもしれない。本質なんてわかりません。
クオリアの話ですね。
同じ赤色を見ているはずでも、同じ赤色を認知しているかわからない。
やはり他人を演じ切るなんて難しい。

他人「瀬菜」を演じていても、それは演じている「瀬名」で別物なんです。
それをミラさんは肯定した。
瀬名は特殊かもしれないけど、それでも他の人だって演じている。
想いの大きさは違うけど、同じです。
演じたままでいい。


クオリアといえば、「紫色のクオリア」は名作ラノベですよね。
哲学的にも、SF的にも、百合的にも好きな作品です。巨大感情いいですよね……!
脱線。


何かに出会って、どこかに行って成長して、これが自分らしさだと知る。
そんな自分探しな話も好きですが、無理に自分で定義する必要も、自分探しする必要もない。

そういった意味では、
本作は「他人に定義されることで、他人に認識されることで、自分を認識できている」と言えるかもしれません。

彼女が思う、故に我あり、
いや、
彼女がかむ、故に我あり かもしれません。

他者の存在を感じ、他者に触れ、他者に名前を呼ばれて、「瀬名」は自分を保てています。
だから自我が不安定になった際は、瀬名からミラに腕を噛んで欲しいと頼み込んだりもしています。
ミラさんが透花ではなく、瀬名灯乃と定義してくれたことは、瀬名にとっては大きなことなんです。


……なんか、収拾のつかない、訳の分からない話になりましたね💦
でも、こういうこと考えるの好きです…笑

別にテーマとか、論理とか、考えとか面白ければどうでもいいと思うのですが、
こんなことばかり考えて、文章書いています。いや、てきとーに気持ちのまま書いていることもありますが!

ともかく、第2部で瀬名は定義され、ミラさんの行為と好意により一歩前に進むことができました。
彼女の自我はちょっとのことじゃ、もうぶれないでしょう。
「私のことを思う彼女を思う、故に我あり」となったのでした。
……小難しいことばかり考えすぎですね! 

でも第3部も「選択」、「正しさ」を問う内容になっています。嘘です。イチャコラ話を書くんです、書きます!!


ということで、1部、2部の解説、脱線しつつの雑記でした。
深夜テンションで書いたので支離滅裂で、あとで消す、大幅修正するかもです。

またお会いしましょう。それでは!

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