最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
藤嶋千紘という女の子は、書いていてとても不思議な存在でした。というのも、彼女は一見すると明るくて、冗談を言ったり、誰とでも仲よくできるふつうの大学生。でもその明るさの奥には、強い芯と、静かな寂しさが流れていたように思います。
彼女は、かつて陸上に人生を賭けていました。努力を惜しまず、目標に向かって突き進んできた子です。だからこそ、ケガで競技を諦めたとき、世界からひとりだけ取り残されたような気持ちになってしまった。誰に責められたわけでもなく、自分が勝手に「役割を失った」と感じていた――その気持ちは、どこかで私たちにも覚えがあると思います。
人は、何かに一生懸命になればなるほど、それがなくなったとき、自分の“空っぽさ”に気づいてしまいます。千紘もきっとそうでした。走ることを辞めたあと、自分には何が残るんだろうと戸惑っていたのだと思います。
そんな彼女が「育乳」というテーマに出会ったのは、ただの気まぐれでした。でも、その選択は彼女にとって、努力を別の形で取り戻す第一歩だったのです。競技のための体づくりから、自分を慈しむ体づくりへ。誰かに勝つための努力ではなく、自分を大切にするための努力へ。
それって、とてもすてきな転換だと私は思っています。
千紘は、ずっと「女の子らしい体は邪魔」と思い込んできたけれど、本当は――ちょっとだけ憧れていた。自分も、かわいい服を着たり、おしゃれしたりしてみたかった。そういう気持ちにも気づけた。一つの道をあきらめた先に、新しい道があることに気付いた。
育乳というテーマは、もしかしたら人によっては軽く見えるかもしれません。けれど、そこに至るまでの過程には、たくさんの迷いや葛藤、そして前向きな意志があります。千紘はそれをちゃんと背負って、進んでいきました。
この物語を読んで、もしあなたが「もう一度、自分の体や気持ちと向き合ってみようかな」と思ってくれたなら、それほど嬉しいことはありません。
うまくいかなくてもいい。変われなくてもいい。大事なのは、「変わりたい」と思う気持ちを、自分の中に見つけられること。千紘がそうだったように、自分のペースで、自分なりのスタートラインに立ってみること。
そういうことの大切さを、この物語で少しでも感じてもらえたら、うれしいです。
そして最後に。藤嶋千紘は、「走ることをやめた女の子」ではありません。彼女はきっと、これからも自分の人生を走り続ける女の子です。進む方向は変わったけれど、その姿勢は変わらない。そんな彼女の姿が、どこかで、誰かの背中をそっと押せたなら――書いた甲斐があったと思います。
改めて、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。