――ギルド・ルクステリア支部の昼。外は穏やかな太陽の光が差していたが、その廊下を歩くギリウスの背中は力強い筋肉に覆われている反面、沈んでいた。
(今度は、壁を壊した覚えなんてないはずなんだがな……)
ギルドマスターであるイリナからの呼び出し。自ら鍛えた筋肉で叱責を耐えることはできても、精神的な圧力……いや、イリナには弱い。
(いや、待て。壁も壊してねぇし、怒られる理由がねぇ! たぶん……おそらく……)
しかしその確信は、扉を開けた瞬間に崩れた。イリナが机に書類を並べ、無言で彼を見ていたからだ。
「来たか」
「お、おう……で、今回は何が壊れた?」
「壊れてはいない。ただ――」
イリナは一枚の書類を取り上げ、淡々と告げた。
「最近、訓練場を利用している女性冒険者からの苦情が増えてな」
「……苦情? なんのだよ」
「読むぞ」
『訓練中の服装をもう少し考えてほしい』
『空気が暑苦しくてかなわない』
『指導のたびに筋肉を褒めろという空気がある』
『筋肉を見せつけてくるのをやめてほしい』
「……三つ目、誰だ犯人。出てこい」
「“筋肉信仰派”――お前が鍛えた若手連中だ」
「俺が!? いや、前にも言ってたけどそれは知らねぇって!」
イリナは紅茶を置き、静かにため息をついた。
「訓練場は冒険者として大成するために自ら鍛える場でもある。“筋肉は裏切らない”のは分かるが、限度というものがある」
「……っ、そりゃ正論だ」
「暑いなら風の魔術を頼めばいいだろう、誰かに」
「いや、自然の風の方がこう……身体に優しいっていう説があってな」
「どこ発祥の説だ、それは」
「あの――俺、です」
「却下だ」
(……やっぱ怒ってるやつだ)
「ともかく、明日から“筋肉信仰派”の連中に礼儀講習を設ける。指導係はお前だ」
「おい待て、俺がやるのか!?」
「当たり前だろう。育てたのはお前だ」
「そりゃ鍛えはしたが、宗派は知らねぇ!」
ギリウスは頭をかきながら、ひとつ大きく息を吐いた。
「……まあ、最近は妙に鍛え甲斐のあるやつもいるからな。若造どもが張り切る気持ちも分からんでもねぇ」
「張り切る方向を間違えるなと言っているんだ」
イリナは静かに机を指で叩いた。
「いいな? お前に指導係を任せる。 お前の立派な背中なら上手くやれるだろう」
「……なるほど、“努力は背中で語れ”ってやつか」
「そうだな。少しは言葉でも語ってほしいが」
「そりゃ無理だ。俺の語彙、八割が筋肉関係だし」
「残り二割は?」
「飯と睡眠」
「――バランスは悪くないな」
しばらく笑い合ったあと、ギリウスは立ち上がる。
「礼儀講習な……ま、やってみるさ。筋肉にも“心のフォーム”ってのが必要だろ?」
「それは、いい言葉だな……ま、周りに迷惑かける筋肉は、筋肉じゃねぇか」
イリナは微笑み、紅茶を一口。
ギリウスは肩の力を抜き、ようやく一つ肩を回した。
「ところでギルマス、最後にひとつ」
「なんだ」
「鳥の胸肉、持ち込み……できるか? 若造どもが勧めてくる鳥の胸肉ってのがまた良くてよ――」
「やめろ」
そんなギリウスの言葉を、スバッと却下したイリナであった。
――その日、ギルド支部には「筋肉は心に宿る」という新しい標語が貼り出されることとなる。
無論、誰が書いたのかは、言うまでもない。
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